アミュ&クォード
野良パーティ募集を書き込もうとして、クォードの手が止まる。前の書き込みに、新着コメントがあったのだ。
「ほぅ……」と呟くクォードの横から、アシュタロスも覗き込んでみた。
返信タイトルは『俺達もログアウトできない』となっており、一度ゲーム内で会おうと呼びかけてきていた。
「名前に見覚えは?」とアシュタロスの問いに「ギルドイベントの奴らだ」とクォードは答える。
書き込み主はキースとなっているが、文面にはユンの名前も出されている。
記念すべき一回目の戦争イベントで、見事勝利を勝ち取った『第九小隊』のギルドマスターだ。
あれから何度も戦争イベントが行なわれ、どの回にも『第九小隊』は参加している強豪である。
「……一度会ってみるか。ついでに野良パーティにも誘ってみよう」
「ユンとやらのクラスはリーダーか。あまり戦闘で強いとは思えないけどねぇ」
アシュタロスがケチをつける横で、クォードは返信を書き込む。
数分で返信の返信がきて、ログアウトできないと公言したのは伊達ではない。
「すぐ行くってよ。じゃ、移動しておくか」
クォードはアシュタロスとアミュに同行を持ちかける事すらせずに、一人でch移動してしまう。
彼らしいといえば、彼らしい行動だ。
「まったく……追尾機能が実装されていなかったら、お尻ペンペンだぞ?クォード」
パーティを組んでいない相手でも行動トレースできる機能がついたのは、ごく最近だ。
ブロックされているアミュには使えないが、アシュタロスにはクォードを追尾できる。
所在なく立っているアミュを促し、アシュタロスも約束の場へ移動した。
向こうは四人、こちらは三人。
これなら楽々勝てる。
……いや、勝ってはいけないのだ。
スキルが放たれるまでは。
「強制ログアウトスキルが使われるのはバー三本目からだそうだ。従って、そこまで削る役目は前衛に任せ、三本目からは俺達後衛が様子を見ながら削る」
作戦を勝手に決めているのは、向こうの眼鏡青年。
名前はキース。
返信を書き込んだ本人だ。
キースが話している途中で、アミュとアシュタロスもch移動で到着した。
誰かに何かを聞かれる前に、クォードは二人を紹介しておく。
「俺の仲間だ。あいつらもログアウトできねぇ」
「回復は女医がいるから安心してくれ。この作戦でいいか?」
キースに確認を取られ、クォードが素直に頷く。
「いいぜ」
ぽつんと立っているアミュへはナナが話しかける。
「あなたもクォードさんのパーティメンバーですよね。一旦パーティを抜けて、こちらのパーティへ入ってもらえますか?」
我に返ったかして、振り向いたアミュは苦笑した。
「あ、パーティは組んでいないんです。では、おじゃまさせてもらいますね」
「ほぅ……」
パーティに入ってきたアミュを一瞥し、上から下まで彼女を眺め回したキースが惚れ惚れする。
かと思えば傍らのユンを突っつき、何かを小声で囁く。
ユンは嫌そうに眉根を寄せて眼鏡の雑談を遮り、皆の顔を見渡した。
「あと五分ほどでレイドボスが沸く。各自準備を怠るな」
「は〜い」と元気よく手をあげたのはナナだけで、他は黙って頷いた。
五分は、あっという間で、すぐにレイドボスが姿を現す。
頭がライオンで身体はドラゴンという、いってみればよくあるキメラの一種なのだが些か格好悪い。
「なんか……逆のほうが、まだマシだよね絶対」
ぽつりと呟き斬りかかるナナには、アシュタロスも深く頷いた。
身体がニョロニョロしているのに対し、頭でっかちにも見える。
こんなのにログアウトさせられて、アカウント消滅となったプレイヤーは納得いくまい。
前衛はナナとアミュの二人だけだが、ナナが意外や善戦している。
逆にアミュはレベルの高さの割には攻撃力が、しょぼい。
何故だ?と一時は首を傾げたアシュタロスも、すぐにその理由に思い当たった。
なんとアミュの武器は、初期の店で買えるバスターソードのままだったのだ。
あれでは素手で殴りかかるのと同じで、強さを生かし切れまい。
愚かな女だ。
クォードがブロックしているのにも納得である。
ナナが攻撃した後に、クォードもフォローのつもりか召喚獣を嗾けている。
おかげで前衛が事実上ナナ一人でも、バーは三つ目まで削る事が出来た。
「よし!ナナたんは防御で休んでいてくれ。あとは俺達で削ろう」
「クォードも休んでいていいよ」
アシュタロスに言われ、クォードは後方まで下がろうとして足を止める。
スキルの範囲は如何ほどだろう。
あまり離れすぎると届かないのでは?
「おい、フォーミュラー。お前が俺を守れ。万が一、俺だけ残ったりしねぇよう」
頭ごなしの命令でもアシュタロスは怒ったりせず、にっこり微笑んでクォードの横へ連れ添った。
「いいとも。紙防御だけど、君一人ぐらいなら守れない事もない」
二人の様子を見ていた眼鏡がヒューヒュー口笛を吹いて囃したててくる。
「女に守ってもらうとは、良いご身分だな。お前ら二人は恋人同士なのか?」
「違う!」と苛立つクォードの横で、アシュタロスは悠然と微笑んだ。
「うちのカレシは恥ずかしがり屋なんだ。あまり冷やかさないでもらえるかな?」
「おい、誰がカレシだ!?」と怒るクォードには、耳元で宥めてやる。
「面倒だから、そういうことにしておきたまえよ。我々の関係は他人から見ると複雑だ」
クォードとアシュタロスがおしゃべりしている間に、敵のスキルが発動したかして。
「ナナたん?ナナたん、返事をしてくれッ」
眼鏡が必死の形相で騒いでおり、セツナが上を指さした。
「見て!ナナちゃんの名前、グレー表示になっているわ」
名前の灰色表示はログアウトないし引退者の色だと、どこかで見た覚えがある。
となると、ナナは無事にログアウトできたのか。
俄然、ここを脱出できる希望がわいてきた。
「よし、防御このまま!回復は任せるよ、時々チクチク虐めてスキルを発動させよう」
アシュタロスの指示に、誰もが頷く。
狼狽えていた眼鏡も武器を構え直し、通常攻撃で様子見に入る。
キースが少々攻撃しただけで、バーは三分の一ほど削られた。
よっぽど良い武器を持っているのか、とキースを調べてクォードは驚く。
こいつ、滅茶苦茶レベルが高いじゃないか。
「おい、そこの眼鏡!お前はレベル高すぎるから防御に徹しろッ」
間髪入れずに「俺は眼鏡じゃない!キースだ!!」と吠え、しかしキースは素直に防御する。
ここまで誰一人として作戦に文句を言ったり反発する者はいない。
それだけ必死なのだろう、ログアウトしたくて。
四本目まで削れた後は、ログアウトスキル連発となった。
敵も必死だ。
アミュ、ユン、キースと順に消えていった後はクォードの姿も掻き消えて、セツナとアシュタロスも、どちらが最後だか確認する暇もないままログアウトした。
目が覚めた二人を待っていたのは、キエラの喜びの叫びであった。
『おっしゃあ!全員復活』
傍らにはダグーもいる。彼もログアウトしていたのか。
『やれやれ、酷い目にあったね。しかし、それなりに面白かったからヨシとするか』
ぽつりと呟き、こきこき肩を鳴らすアシュタルトの横では、クォードがスネた様子で座り直す。
『面白かった?面白かった記憶なんざ一ミクロンもなかったぞ、こちとら』
『けど、二人で参加したスキー競争は楽しかっただろ?』
顎を掬い上げて見つめてやると、クォードは、かぁっと赤面して視線を外す。
興味津々にキエラが『おっ?中でラブフラグでも立っちゃったの』と冷やかしてくるのへは、『ラブフラグなら最初から立ちっぱなしだったよ』とアシュタロスが受け答え、「とにかく全員無事に脱出できてよかったよ。そうだ、今日はお祝いにケーキ焼こう!」と、ダグーが会話を締めて立ち上がる。
無駄な明るさにも辟易したクォードは、立ち上がると窓の桟に足をかける。
『うるせぇ、ケーキなんて食ってられるか』
「え、ちょっと、どこ行くつもりなんだ?」
慌てて尋ねてくるダグーへ『気晴らしに散歩してくる』と、ぞんざいに答えると、さっさと窓から飛び出して、勝手な振る舞いで全員を苦笑させたのであった。