4.ケーキは、ごちそうに入りますか?
上から下まで真っ黒コーディネイトな青年はクロトと名乗り、同行する面々を振り返る。「なるほどカップル限定、か……皆、相方がいるんだな」
「君には、いなかったのか?」
ジャンギの問いにクロトは頷き、意識が目覚めた時、自分だけ一人っきりだったと告げる。
先ほどの七面鳥騒ぎでも一人だけ変化が訪れず、蚊帳の外気分を味わった。
「いや、さっきの騒ぎは蚊帳の外で良かったじゃねぇか」
すかさずシズルが突っ込み、未だ素っ裸で茶色クリームまみれの刃も強く頷く。
まさか、この変身が次の展開へ持ち越されるとは思ってもみなかった。
「お前らも一度、仲間外れを味わってみろ。何のためにいるんだか判らなくなるぞ」
何のためにと言い出したら、このパーティーの開催自体謎だが、よほど孤独を感じたのかクロトは不機嫌そうに口を尖らせる。
なら、七面鳥になりたかったのか?と原田が尋ねれば、クロトは違うと首を真横に振った。
「カップル限定だというなら、相方が欲しかった。馬鹿騒ぎへ興じるにも、一人じゃ白けるぜ」
こんな馬鹿騒ぎに参加してみたかったとは、変わった感性の持ち主だ。
ふと、ジロが思いつきを口にする。
「さっきの会場、片想いペアが何組かいたみたいッス。ここでいうカップルって、片想いする相手がいるって意味で使われているんじゃないスかね?」
「じゃあ、ジロはルリエルに片想いしているの?」と、すかさず突っ込んだのは桃色の髪の毛をポニーテールにしばった少女。
ジロは「え?違うッス」とバッサリ否定して、皆に突っ込まれた。
「オイオイ、言った側から自分の推理を全否定してんじゃねーよ」
「片想いって、どちらかがってこと?ジロがルリエルを好きじゃないんだったら、ルリエルがジロを好きって結論になるんだけど」
ルリエルは無言だ。じっと皆を見つめるだけで、違うともそうだとも答えない。
ポッと赤くなったり図星を突かれて逆ギレしたりもしないんじゃ、片想いの線は捨てたほうが良さそうだ。
皆がワイワイ推理に興じる中、クロトだけは「片想い先が今の相方だとは限らんよな……」と小さく呟き、さっさと暗闇の中を歩いていく。
さっきの馬鹿騒ぎでは一人混ざれず孤独だったという割に、推理大会には混ざらないのか。
彼の寂しいボーダーが、いまいちよく判らない。
クロトを追いかけて、原田たちも歩くスピードを速めた。
――暗闇を抜けた先は、お風呂場だった。
部屋に入った後で振り返ると、壁には大きなツリーの絵が描かれていて、バスタオルがずらりと引っ掛けられてあった。
正面には赤と緑のストライプで彩られた、巨大な浴槽が湯気を立ち昇らせている。
七面鳥スタイルを洗い流すなら、ここでどうぞという事なのだろう。
「七面鳥だけに茹でられたりしないでしょうね?」と訝しがりながらも、ポニテ少女が真っ先に湯舟へ飛び込んだ。
「せめて湯加減を見てから入れ!」と心配する原田へ返ってきたのは「い〜い湯加減!皆も入ってみなさいよぉ」といったリラックスした一言であった。
湯は熱すぎず温すぎず、茹でられて食べられる心配だけはなさそうだ。
「体を洗ってから入ったほうがいいと思うが……まぁ、今更か。原田くん達もクリームを落とすといい」
ジャンギに促されて、茶色クリーム集団は全員風呂に入る。
透明だった湯は茶色に濁り、ぷかぷか鳥の羽や油が浮いて、肥溜めへ飛び込んだかのような気分になってくる。
「あがったらバスタオルを巻いておけってサービスか。しかし、ここは風呂だけなのか?お楽しみのアレってのは何だったんだ」
シズルが一周眺めまわしても、目に入るものは風呂とバスタオルしかない。
反対側まで歩いていった背高の青年はコンコンと壁を叩いていたが、やがて一ヶ所に両手をかけて壁を引き上げる。
ぐいっと真上に引き上げられた壁の中には、大きなボウルと刷毛が隠されていた。
ボウルの中身は生クリームだ。近くに散らばるのは色とりどりの蝋燭。
「なんだこりゃ、ケーキ作りでもやれっていうのかな?」
青年の隣にしゃがみ込んでジャンギも呟いたが、ここには窯などない。
あるのは風呂釜と壁にかけられたバスタオルだけだ。
「キッチン用具が他にも隠されていそうだ。手の空いている奴は壁を調べてくれるか」
背高青年に命じられて、風呂に入っていない面々は片っ端から壁に張りついてコンコン叩いてみる。
総動員で探した結果、コンロと冷蔵庫を発見できた。
壁にコンセントがあるので、電源の問題もクリアだ。
「電気が通ってやがんのか……」とクロトが呟く。
どの部屋も始終明るいし、電気が通っていること自体に驚きはない。
問題は、ここでケーキを作ったとして、それで何がどう変わるのかといった点だ。
「生クリームと刷毛で、どうやってケーキを作れってんだ」
首を傾げるシズルへ冷蔵庫から取り出した卵を渡してやり、背高青年が苦笑する。
「一応、冷蔵庫に砂糖と卵、それから小麦粉が入っているぜ。けど、本当にケーキを作る気なのか?」
青年は改めて龍輔と名乗り、風呂上がりの相方を皆に紹介した。
「俺は龍輔、こっちは風花。ここらで情報交換といかないか?俺達は別々の会場に集められて、クリスマスパーティへ強制参加させられた。ここまでは共通概念だよな」
「俺達は出口を求めて移動してきたんだが」と、シズル。
「一緒に行動していた仲間、ソロンとティルが脱落しちまった……七面鳥トラップでな」
「あー、その二人は本当にカップルだったんだろう。ざっと見た感じ、両想いっぽいカップルは全員トラップに引っかかっているようだった」
相槌をうち、龍輔は風花に目をやる。
「俺達は違ったのが幸いしたというか……まぁ、俺は馬鹿騒ぎに乗ってもよかったんだが風花が」
歯切れの悪い龍輔に対し、「襲いかかってきたら金玉を蹴り飛ばしていたところよ!」と風花は鼻息が荒い。
ジャンギの脳裏をキースとナナがよぎり、深い溜息を吐き出させる。
桃色髪の少女とは、どの世界でも気が強いのであろうか。
ともあれ真のカップルがおかしくなるというのであれば、今いるペアは全員片想いないし只の知り合いな間柄なんだろうか。
クロトに至ってはソロだ。相方不在なほうが正気でいられるとは恐ろしいパーティである。
「これまで次のキーだと思ったのは全部罠だった。そう考えるとケーキ作りは罠で、別のキーアイテムがあるんじゃないか?」とは刃の推理だが、どれだけ部屋内を調べてもケーキ作りの材料と道具以外は見つからない。
念のため風呂釜の栓を抜いて底を調べてみもしたが、下へ続くような階段もなかった。
「そういえば……サンタは一緒に来なかったの?」
ルリエルに指摘されて、その場にいた全員、デキシンズが同行していなかったことに今頃気づく。
「確かクリスマスってのは、七面鳥、ツリー、ケーキ、サンタ、プレゼントがキーアイテムなんだったよな?このうち、七面鳥とツリーとサンタはクリアしたから、残りはケーキとプレゼントか……」
指折り確認しながら、ジャンギはキースの発言を思い返す。
あの言い方だと、サンタとプレゼントはセットなんじゃなかろうか。
「だったら、ケーキは作って正解なんじゃない。さぁ、そうと判ったら、さっそく作りましょう!」
勢いよく冷蔵庫を開いて卵を取り出した風花は、生クリームの入ったボウルに殻ごと卵を放り込んで、グシャグシャかき混ぜる。
「え?」と驚く皆の前で卵の殻が混入した泡立て生クリームをコンロの上に置いて、火をつけた。
途端にボォッと大きくなった火が、ボウルを丸々溶かし尽くす。
「えぇと、なんだこれ、何作ろうとして失敗したんだっけ」
死んだ魚の目でシズルに呟かれたって、誰も答えられない。
「お前、スイーツ作ったことないんだったら手を出すなよ!」
眉間に皺を寄せまくったジロに怒鳴られて、風花は顔を真っ赤に怒鳴り返す。
「だって、スイーツは混ぜて焼けば完成するって前に悠平が言ってたんだもん!」
「あーいや、確かに順序としちゃあ間違ってねぇけど……」
この大胆かつ大雑把な失敗には、さすがに相方の龍輔もフォローが出来ない。
卵はストックがあるが生クリームは一つだけしか用意されておらず、これではケーキが作れない。
「えーん、どうしよう。クリスマス失敗しちゃったぁ〜!」
風花が床にペタンと座り込み、恥も外聞もなくビービー泣き始めて、収拾がつかなくなってきた頃。
軽快に歌声が近づいてきたかと思うと、暗闇ロードを通り抜けてソリに乗ったデキシンズが姿を現した。
「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るぅ〜♪どうしてクリスマスには鈴を鳴らすのか?神の子たる救世主キリストが生まれたことを伝える為に鳴らされたのが始まりなんだぜ☆」
奴にしては真面目な豆知識のオマケつきで。
「そのソリ、引手がいないのに、どうやって動かしてんです?」
ジロの素朴な疑問に「足で床を蹴って滑らせているに決まっているだろ」と笑顔で答えて、デキシンズは鈴を高らかに鳴らした。
「ケーキが食べられなくて泣いている子供たちに、サンタクロースからのプレゼントだ!さぁ、一緒に食べようじゃないか」
ごそごそと懐から取り出されたのは、生クリーム仕立てのケーキだ。
側面には太くて縮れた茶色の毛が何本も張りついている。
色からして、恐らくはデキシンズの毛に違いない。
これは酷いクリスマスケーキテロ。
「げぇっ!汚ェ!」と叫んで大人たちは後ずさり、子供たちも汚らわしいものを見る目をサンタへ向ける。
「どうしたんだ?せっかくのケーキだぞ、一緒に食べようじゃないか。ほらほらほらぁ」
こんな汚物を顔の前に突き出されては、泣いていたはずの風花といえど、こめかみに青筋を立ててブチきれるしかない。
「あんたが一人で食べなさいよ!」とばかりに勢いよく突っ返し、デキシンズの顔面へ叩きつけた。
「ぶへぁ!」
顔にケーキを貼りつけたデキシンズはツルンと足を滑らせた上、後ろに置いてあったソリへ倒れこんで後頭部を強打する。
そのままピクリとも動かなくなった。
「ケーキに続いてサンタも消失か。どうするんだ?これから」とクロトに問われても、どうすればいいのか。
完全に行き詰ってしまい、皆で途方に暮れていると、またしても暗闇ロードを通り抜けて顔を出した者がいる。
「サンタクロースは、どこだい?ソリを引こうにもソリが見当たらないじゃないか」
やってきたのはトナカイの着ぐるみに身を包んだ青年だ。
「誰?」との誰何に踊りながら「真っ赤なお花のトナカイさんだよ!」と名乗りを上げて、着ぐるみの中からサッと取り出したのはポインセチアの葉が一枚。
「それ、花じゃなくて葉っぱだぞ」とジロに突っ込まれても、トナカイは気にせず話を進めた。
「クリスマスにサンタクロースがプレゼントを配るのは何故か?皆の喜ぶ笑顔が見たいからさ!さぁ皆、プレゼントを配りに行こうじゃないか」
「配りたいなら、あんた一人でやんなさいよ」と風花は冷たい。
まぁ、気持ち的にはジロや刃にしても同じだ。まだ、パーティの仕掛け人を見つけていない。
しかし、下がり眉のトナカイが「え〜、プレゼントは何でもアリなんだよ?例えば、ここから出たいといった要望でも」と言った直後、全員が彼の側へ詰め寄った。
「よし、今すぐ配って終わりにしよう。配る会場へ案内してくれ」
本音全開な刃に迫られて、トナカイはポッと頬を赤らめながら「こっちだよ」と断り、手をパンパン鳴らす。
すると天井の板が一枚外れ、すいっと上から縄梯子が降りてきた。
「ソリは置いていくのか?」
クロトの問いは、トナカイにあっさり流される。
「サンタクロースがいなくなってしまったんじゃ、ソリで移動するのは無意味だよ」
「いなくなってって、そこにいるじゃねぇか。気絶しているだけだろ?」といったシズルのツッコミは華麗にスルーされて、トナカイは縄梯子を登り始める。
縄梯子は思ったよりも短く、トナカイに続いて上の階へ足を踏み入れた皆の耳に音割れした声が響き渡る。
『レディース、エンド、ジェントルメン!アンド、おとっつぁん、おっかさん!カップル専用クリスマスパーティ、真のラウンドが今始まる……!』
「また、このアナウンスかよ」
前の会場に戻ったのかと思えば、そうではない。
この会場には全てが揃っていた。
中央に巨大なクリスマスツリーが聳え立ち、周辺にはカップル御用達のテーブルと椅子のセットが複数置かれている。
料理は全てバイキング形式。ほこほこと湯気を立てて美味しそうな匂いが、ここまで漂ってきた。
ケーキもある。汚い毛や卵の殻など混入していない、まともなケーキが。
パーティションに仕切られた場所も健在だ。きっと、あの影にはダブルベッドが置かれているに違いない。
そしてツリーの下では赤い服のサンタクロースが、大きな袋を乗せたソリの上で待ち構えていた。
「え、あれ?ここにもサンタクロースがいる?じゃあ、デキシンズは偽者だったのか」
会場にはサンタしかいない。カップルが一組もおらず、ここまで辿り着いたのはシズルたちだけのようだ。
「俺達カップルじゃねぇんスけどねぇ」とジロがぼやき、ルリエルがツリーの一番上を指さした。
「見て。ここにも一番星」
「まぁ、定番オーナメントなんだろうぜ」
さして取り合わず、龍輔はサンタクロースへ話しかける。
「プレゼントは何でもいいって聞いたぜ。ここを出て帰る方法をプレゼントしてくれ」
だが、サンタときたら首を真横に振って「プレゼントは純粋な子にしかあげないルールだよ」と断ってくるではないか。
「じゃあ、あたしにちょうだい!帰る方法」と風花が手を差し出しても、サンタの言い分は変わらない。
「あんたは素直じゃないから駄目だ」
「どうして、あたしが素直じゃないって言いきれるの!?あんたに、あたしの何が判るのよぅッ」
悔しさのあまりか風花は地団駄を踏んでいるが、そんなに暴れたらバスタオルが取れてしまいそうで原田は内心ハラハラした。
「そっちの彼を好きなくせに、嫌いなふりをしているじゃないか」
そっちのと指を差されて驚いたのは龍輔だ。
風花が好きなのは誉であって、自分は嫌われていると思っていたのに。
「ちっ!ちちちち、違うわよ、別に龍輔の事なんて好きじゃないんだからぁ!」
風花は泡を食っている。完全的外れだったら、ここまで慌てたりしまい。
「でも彼にチューされたら嬉しいんだろう?金玉を蹴るなんて脅しているけど、ありゃあ嘘だ」
サンタは淡々と真顔で指摘しており、なんかちょっと怖い。
「本音じゃ襲ってほしかったんだ、七面鳥だった時」ともズバズバ言われて、風花は「思ってないったら、適当なこと言わないで!」と必死の形相で怒鳴り返しているけど、真っ赤に染まった頬が全てを物語っている。
龍輔と風花の顔色を交互に伺い、どちらもまんざらじゃないのを見届けた上でジャンギは結論付けた。
「えっ……じゃあ、風花と龍輔は真のカップルだったのか」
「違うったら!」
ドン!と床を蹴った勢いで、バサッと風花のバスタオルが落ちる。
「きゃあぁぁ!?」と自分の両手で隠す前に、龍輔の両手がムンズと胸を掴んできた。
「風花、バカ、暴れるな!今は全裸なんだぞ!?俺が隠してやるッ」
両手で覆い隠すことで好奇の目から守ってくれた、と言えなくもない。
「ちょ、ちょっと、ちょっと、やぁん、モミモミしないでぇっ」
どれだけ胸を揉まれても、風花は龍輔の金玉を蹴りあげたりせず、されるがままになっている。
イチャイチャモミモミする二人には、見ているこちらが当てられてしまう。
「マジでラブラブカップルだったんじゃねぇか」
恥ずかしさから直視できずにシズルはそっと視線を外して、ちらっと刃の様子を伺う。
あの二人が真のカップルだったなら、ここまで残った自分たちも、もしや真のカップルなのでは疑惑が発生だ。
「俺は素直ではないかもしれないが……頼む、元の世界へ帰りたいんだ。帰らせてくれないか」
真剣な表情で頼み込む刃にサンタが返したのは、刃への答えではなく。
「だそうだが、いいのか?シズル。このまま何事もなく帰ってしまっても」
「へ!?俺ぇ!?」
素っ頓狂に喚くシズルへ今一度サンタが問う。
「そうだ。お前は刃が好きだろう。なのに七面鳥になっても手が出せず、ベッドインも出来ず、豚の丸焼きを食べるしかなかった。本音じゃ刃とイチャイチャしてみたいのに、それが出来ない可哀想な恋愛下手」
「う、うるせぇ!恋愛下手で悪かったな!!」
思わず勢いで怒鳴り散らしてから、シズルはハッとなる。
ついうっかり煽りに乗せられて本音を吐いてしまったが、刃は今のを聞いて、どう思ったのであろうか。
刃はバスタオルの端っこを掴んで、しばらく沈黙していたが、ややあって上目遣いに「……シズルは、俺とイチャイチャしたかったのか?」と尋ねてくるもんだから、シズルは大きく頷いた。
いや、頷いてから「あっ!違う!今のナシ」と慌てて自らの返事をなかったことにしようとしたのだが、刃に抱きつかれた瞬間、理性が何処かへすっ飛んだ。
「シズル、俺もお前が好きだ。お前がイチャイチャしたいというのであれば、その願いを先にかなえよう。それで、イチャイチャとは具体的に何をすればいいんだ?」
シズルは鼻息をフンガフンガさせながら「まずはベッドに行こうぜ!」と刃の手を引き引き、歩き去っていった。
「ここで告白タイムが入るとは、最大のトラップだな。俺は相方がいないから、その点においてはセーフだが」と呟き、クロトの目がサンタを睨みつける。
「純粋な子しかプレゼントがもらえないときたもんだ。君が無理なら、俺もアウトかもしれないね」
クロトに同意しつつ、しかしとジャンギは原田を促す。
「原田くんはプレゼントをもらっておいで。君なら、きっと願いはかなうはずだ」
「俺も、純粋じゃありませんよ」と、原田は謙遜気味だ。
残った面々が気後れする中、ジロが果敢にもサンタへ物申した。
「大金持ちにしてくださいッス!」
帰る道ではなく、そうきたか。
サンタクロースは懐から財布を取り出すと、ゆっさゆっさと身を揺する。
「ほぅら、ほぅら、儂の財布から零れ落ちる金を拾うがよい」
下品な声色で、いやらしい笑顔を浮かべるサンタには、見ていただけの原田もドン引きだ。
「小銭しかないじゃないスか!」と怒るジロへは、サンタも「物欲を願うなんてのは下衆の極み、純粋とは到底言えない」と真顔に戻って言い返す。
ジャンギに背を押されるようにして、原田は渋々サンタクロースの元へ近づいていったのだが。
ゴーンゴーン……と、腹の底まで響き渡る鐘の音が聞こえてきたと同時に、サンタが「おおっとタイムアップ、時間切れだ!今夜のクリスマスは、この辺でお開きに〜」と些か演技がかった調子で叫ぶとソリに飛び乗った。
ソリは、ふわりと浮かび上がり、「ま、待て!」と叫んだジャンギがソリに飛びついてサンタと一緒に何処かへ飛んでいきそうになるのへは、クロトと原田もソリへ飛び乗り、置いてけぼりを回避する。
ソリに乗った四人は、パカリと開いた天井の穴に吸い込まれるようにして消えていった。