クレイ×リュウ編
クレイが用意された部屋に入ってみると、そこで待ちかまえていたのは小さな少女だった。「おぉっ、一丁前にタキシードなんざ着やがって!カワカッコイイなぁ〜、お前ってば!」
行儀悪く椅子の上で胡座をかき、黒のタキシードで着飾ったクレイを囃し立ててくる。
甲高いキンキン声なれど、この口調は紛れもない。
白滝竜こと、リュウ兄さんの口ぶりである。
「兄さん……随分と小さくなりましたね」
側に近寄り、見下ろしてみる。
背丈は恐らくクレイの半分ほどもあるまい。
中学生、或いは小学校の高学年ぐらいだろう。
黒い髪の毛は、おかっぱほどの長さで、切りそろえられている。
黒縁のメガネをかけているせいか、どことなく、垢抜けない印象を受けた。
「ヘッ。近寄ってきて、言うことがそれだけかよ」
口汚く呟くと、リュウが顔をあげる。
挑戦的な目がクレイを捉えた。
「どうせなら可愛いとか言ってみせろよ?ン?言えねぇか?まぁ、言えねーよな。俺が見たって今の俺が可愛いとはお世辞にも言えねぇからなぁ」
クレイは少し言葉に詰まった後、こう応えた。
「いえ。兄さんはエキセントリックだと思います」
お世辞にも褒めていない。
リュウも怪訝に眉を潜めた。
「エキセントリックゥ?なんじゃそら」
ぴょこんっと勢いよく椅子から立ち上がり、クレイの後ろに回ると、ポンと背中を叩いてくる。
「お前テキトーに言って俺を喜ばせようったって、そうは問屋が卸さねーぞ?まぁいい、それよりお前、もうすぐお前の誕生日だったよな?なら、お前の誕生日を祝って、俺様が特別なプレゼントをしてやろうじゃねぇか!」
「特別なプレゼント……ですか?プレゼントなら、春名から貰いました」
なんと、フライングで恋人から既にプレゼントを貰っていたらしい。
春名からのプレゼントを取り出そうとするクレイを押さえつけ、無理矢理着席させると、リュウは、ごほんと激しく咳払い。
メガネの縁を指で上げ、やぶにらみにクレイを睨みつけた。
「馬鹿野郎。こんなとこでまでノロケは聞かさなくていいんだよ。それにな、俺がお前にあげたいんだ。春名ちゃんは、この際まったく関係ないだろうが」
納得して頷くクレイに微笑むと、いきなりスカートの吊りを両方ともズラし、ブラウスの前をはだけた。
「俺様のプレゼントはズバリ!俺様自身だッ。さぁ、受け取れクレイ!!」
部屋を静寂が包み込み――
クレイは、きょとんとした様子で首を傾げる。
「兄さんを、ですか?」
少女がニヤリと笑う。
「そうだ。間違っても、いりません、なんていうなよ?お前に拒否権はないんだからな」
先ほどの勢いでリュウのブラウスのボタンは引きちぎれ、素肌が覗いている。
白い肌。といっても病弱な感じではなく、部屋で本ばかり読んでいるタイプの軟弱肌だ。
胸はミグよりも真っ平で、女の子と言われなければ気づけないかもしれない。
「ありがとうございます」
頭をさげるクレイに近寄り、リュウが囁いてくる。
「おぉよ、ありがたく思え。この俺様のヴァージンをお前に捧げようってんだからなァ!」
「バージン?しかし……」
再び首を傾げるクレイの額に軽くデコピンを放つと、リュウは寒そうに身震いした。
「いちいち悩むんじゃねぇや。可憐な美少女、じゃねぇけども、若い女が己の躰を男にあ・げ・るっつってるんだから、ありがたく頂いておくのが男ってもんだろ。ほら、昔の言葉で言うじゃねぇか、据え膳食わねばナントヤラってな!」
よく見ると、リュウの腕には鳥肌が立っている。
鳥肌立てるほど寒いんなら、無理して脱がなくてもいいのに……
少し考え、クレイはタキシードの上着を脱ぐと、リュウの肩にかけてあげた。
「お?クレイ、なかなかどうして紳士じゃねぇか。そうそう、寒かったんだよな〜……って!違うだろ!どうして、そうなんのかなぁっ!?」
だが兄さんときたら、クレイの親切心を踏みにじるかの如く、上着を床に叩きつける。
抗議の目で見つめるクレイの腕を取り、ぐいぐいとベッドへ引っ張っていった。
ベッドの中央にリュウは寝そべり、クレイは、その横に腰掛ける。
成り行きで兄さんを貰ってしまったものの、これからどうすればいいのか、クレイには、さっぱり思いつかなかった。
ひとまずリュウをマジマジと観察してみる。
見れば見るほど、小さな体格だ。
下手したらミグにも力負けしそうなほど、貧弱である。
いくら女子になっているとはいえ、これが後々体育会系マッチョに成長するとは到底思えない。
クレイの予想していた幼少版リュウは、今の姿を、そのまま小さくしたような元気少年だった。
目の前の少女は、家で遊んでばかりの完全インドア派にしか見えない。
「……なんだよ。あまりに可愛いんで、見惚れたか?」などと、にやついている辺りは、今のリュウと、それほど変わらないのだけれど。
「いえ」短く首を振り、クレイは尋ねた。
「幼い頃の兄さんも、眼鏡をかけていたのですか?」
「ん?あぁ。なんだ、メガネっ子は嫌いか?判っちゃいねぇなぁ〜。メガネは萌えだぜ、萌え!」
質問に答えているんだかいないんだか判らないことを述べ、リュウがメガネを外す。
「しっかし眼鏡なんざ久しぶりにかけたもんだから、頭がクラクラしやがる。おいクレイ、お前、横になって俺を支えちゃくんねーか?」
横になって支えるとは不可解なことを言う。
しかし言い返すと、またデコピンが飛んできそうなので、クレイは大人しく従った。
その上に覆い被さるようにして、リュウが乗っかってくる。
いつもの兄さんが乗っかってきたのなら、重くて振り落としている処だが、今はとても軽い。
「覚えてねーかもしんねーが、俺ァ、昔は眼鏡をかけていたんだぜ。大体、二十五歳ぐらいまでな」
ぴったりと肌を寄せ、クレイのネクタイを緩め、シャツのボタンも外しにかかる。
脱がそうとするリュウの手を押さえ、クレイが尋ねた。
「どうして眼鏡をやめてしまったんですか?」
「どうしてって、お前こそ、どうして俺の眼鏡が気になるんだよ。実は眼鏡フェチか?アァン?」
脱がすのを諦めた代わり、今度は膝でグリグリとクレイの股間を押してくる。
位置を変えようと身じろぎするクレイを見下ろして、リュウが、ふっと鼻で笑ったような気がした。
「眼鏡の代わりにコンタクトを愛用するようになったんだよ。眼鏡ってなぁ、案外不便でな?コレが。スポーツする時ぁ、危なくてしょうがねぇしよ」
身動きすればするほどリュウの膝が股間にあたるので、クレイはとうとう諦めた。
されるがままに股間を膝で刺激されながら、小さく囁く。
「では、今はコンタクトを?」
「まぁな。だが今日はしてねぇ。ご覧の通り眼鏡をかけさせられちまったからな。だから今も、実は殆ど見えてねーんだ。お前のイケメンなツラも、ぼんやりとしか見えねーぜ」
それにしては、的確に膝を動かしてくる。
本当は見えているのでは……?
「ぼんやりとだから、何処がどこだか分かんねーよ。ここが頭だろ?んで、ここが鼻……」
押さえられていない方の手で、順番に頭、鼻と触れていき、小さな指がゆっくりと唇をなぞってゆく。
「……で、ここがクチ……」
白い顔が近づいてきたかと思うと、クレイの唇と重なる。
ややあって、離れたリュウは口の端を歪めて笑った。
「……あんま、驚かねーんだな?期待していたか、それとも予想していたのか?」
横たわったまま、クレイも無表情にリュウを見つめ返す。
「するだろうという予感は、ありました」
「で?どうだ、実際にされた感想はよ」
クレイは黙っている。
ないヒゲをさするかのように、リュウは顎をさすった。
「いつもの無精髭な俺様にされるよかぁ、マシだと思うんだがなァ。嫌だったか嬉しかったか。お前が答える選択肢は二つに一つだかんな、間違えんなよ?」
「……いつもの兄さんにされても、きっと」
ぽつりと、呟く小さな声。
「……きっと?」
リュウが聞き返せば、クレイは身を起こしてリュウの体を抱きしめた。
「嬉しかったと思います」
「ホントかよ?俺は嫌だがねぇ」などと言いつつも、リュウの顔は緩みっぱなしだ。
「兄さんのプレゼントは、確かに承りました」
身を離し、微笑むクレイ。
そのクレイの腕をぐいっと引っ張り寄せると、少女リュウがニヤニヤとイヤラシイ笑みを浮かべる。
「おいおい、何一人で完結しちゃってるんだよ。俺のプレゼントは、むしろ此処から――」
だが、最後まで言わぬうちにクレイが口を挟んできた。
リュウの言葉を遮るなど、温厚な彼にしては珍しい。
「いえ。此処からは俺のプレゼントを受け取って貰います」
きっぱりと言い放つさまに多少たじろぎつつも、内心の動揺を押し隠してリュウは顎に手をやった。
「ほぅ?プレゼント交換ってやつか。で、お前は何を俺にくれるってんでぇ」
クレイは男らしくシャツを脱ぎ捨てると、ズボンにも手をかける。
一気にズリ降ろした先には青地に熊さんの柄がプリントされたトランクスが出現したもんだから、思わずリュウはブッと吹いてしまった。
「……何故笑うんですか」
無表情に問われ、「わ、悪い」と謝ってから言い訳する。
「パンツもクマだとは思ってもみなかったんでな。ホント、クマさん大好きッ子だよなぁお前」
相変わらず無表情のまま、パンツも脱ぎ捨てたクレイが答える。
「俺が熊を気に入っているのは、兄さんが熊を俺にくれたからです」
なかなか意味深な言葉に、リュウの眉毛が跳ね上がる。
「ほぉぉう?」
が、今はそれを突っ込むよりも突っ込んでおきたい箇所があった。
「で、お前はスッポンポンになって、俺に何をプレゼントしようってんだ?まさか俺の真似して、お前を俺にプレゼントするなんていうつもりじゃあ」
鉄仮面だったクレイの顔に、ほんのりと笑みが浮かぶ。
「兄さんは前に言いました。いつか、お前と一緒に風呂へ入りたいと。ですから今日、一緒に風呂へ入りましょう。それが、俺からのプレゼントです」
「え?」
一瞬ポカンとなった後。
何も今日でなくっても、いつでも一緒に入ってやるぜぇ!
と、リュウは答えたかったのだが、あれよあれよという間にスカートを降ろされて、気がつけばクレイと一緒に自分も裸になって、風呂にドボンしていたのだった。
「……しかしよ、風呂だけで満足するたぁ、お前も欲がねぇよな、欲が!いいか?俺は今、幼女なんだぜ、よ・う・じょ!幼女を抱くチャンスなんざぁ今後これっきりないかもしんねーってのに、それを蹴るたぁ良い度胸だ。それとも何か?お前幼女には興味ねーって抜かすつもりか、このロリコン、ぶわっ!」
しゃべくっている途中で、お湯を頭からかけられたリュウは、ゲホゲホと咽せる。
むっつりとした表情でクレイが呟く。
「俺はロリコンではありません」
「て、てやんでぇ。ミグミクミカの三姉妹に惚れられてるくせによッ。それに春名ちゃんやヨーコ嬢ちゃんだって、お前よかずっと年下じゃねーか!」
鼻に水が入ったというのに、リュウの威勢は止まらない。
「それをいうなら、リュウ兄さん。貴方だって俺よりずっと年上です。兄さんはロリコンなのですか?」
「バッカ野郎、男の場合はな、ロリコンっていわねーんだ」
つるぺたの胸を突き出し、リュウは威張っている。
「それに俺がお前を可愛がるのは、親が子供を可愛がる心境と同じだ。お前の幼女好きと一緒にすんな」
「ですから俺は幼女が好きなわけでは、ありません」
「たまたま好きになった女が幼女だったと言いたい訳か?そんなのは後付理由だぜ!」
言い切ったリュウはシャワーで顔面に水をくらい、またまた大量の水を吸い込んでしまう。
「げほぶほがはっ!ク、クレイ、てめぇ卑怯だぞ!?」
むせる兄さんなど見もせずに、クレイは自分の体を洗っている。
「……春名は幼女ではありません」
すっかり機嫌を損ねてしまったようだ。
それに気づいたリュウも、ぺこぺこと頭を下げてきた。
「ま、まぁ、今のは俺も言いすぎた。スマン!それはそれとしてだ、幼女に、いや女になった俺と一緒に風呂に入りたいとぬかすたぁ、お前も男として成長したんじゃねぇか?そうだよな〜、もう二十二歳だもんなぁ!お前だって、いつまでも箱入り育ちじゃ春名ちゃんがガッカリしちまうってもんだ。そこでだ、春名ちゃんとゴールインするためにも、ここは俺様が協力してやろうじゃねーか」
能弁なリュウの申し出にも「結構です」と、クレイは冷たい。
バシャッと湯をかぶり、せっけんを洗い流すと、ようやくリュウの方へ振り向いた。
「春名との愛は自分の力で育みます。兄さんの助力は、必要としていません」
「ほぅほぅ。言うようになったな、お前も。で?具体的には、どうやって愛を育もうってんでぇ。いっとくがなぁ、春名ちゃんだって女だぜ。いつまでもお手々つないでランラランララーンじゃ満足できないってもんよ。俺の指南もなしで、お前に判るのか?男の女のアイラブユーが!」
ベラベラしゃべりながら、リュウがクレイの腰に手を回してくる。
彼が何をしようとしているのか咄嗟に予想したクレイは、手ぬぐいで自分の股間をガードした。
途端に背後からチッと舌打ち、「つきあいが長いとデメリットも多いなぁ」という呟きも聞こえた。
「兄さんと今日、風呂へ入ろうと思いついたのは、よこしまな気持ちからではありません」
ついでに誤解を解いておくのも悪くない。
クレイは淡々と話しかける。
「プレゼントという形ならば、兄さんも喜んでくれると思ったのです。それに」
「そう思うんならよ」
ぺったりとクレイの背中にはりついて、リュウが呟く。
「オチンチンぐらい触らせてくれたっていいじゃねぇかよ」
「触ることに何の意味があるのですか?」と、いつものくせでクレイは尋ねたのだが、リュウは答えず、代わりに溜息が返ってきたのみであった。
「……まったく。お前が恋の相手じゃ、春名ちゃんも苦労しそうだぜ」
何故ここで、また春名の名前が出てくるのか。
最初に春名の話題はタブーだと自分で決めておきながら自らルールを破るとは、なかなかどうしてリュウも難儀な性格をしている。
クレイは内心頭を抱えたが、不意に背中が軽くなったので後ろを振り返る。
そこには、肩をすくめて苦笑するリュウの姿があった。
「ま、春名ちゃんが俺と同じ事を言ってきても『どうして?』なんて聞き返すんじゃねーぞ」
「春名が……ですか?」
オチンチン、触りたいの。
ね、クレイ。触らせてくれる?
――なんて言ってくる春名などクレイの頭では想像もできなかったが、一応頷いておいた。
「洗い場で話してばかりじゃ風邪ひいちまう。さっさと浸かって、とっとと寝ようぜ!」
気持ちを切り換えるが如く大きな声で騒ぐリュウに、もう一度頷くと、クレイも湯船に足をかける。
「おぉ、小さいと一緒に入っても余裕があるな!こいつぁ極楽極楽」
浮かれるリュウへ、クレイは満足げに再三頷いた。
「そうです。兄さんが小さい今だからこそ、一緒に入れると思ったのです」
今思いついた、とっさの言い訳ではない。
少女になったリュウを見た瞬間から、脳裏に浮かんでいた。
クレイもリュウも体格は良い方だ。
特にリュウは、相当な筋肉質であると言ってもいい。
そんな二人が一緒に風呂へ入るとなると、どうしても共同銭湯か温泉になってしまう。
しかしシャイなクレイとしては、そのような場所へ出かけるなど断固お断りだ。
そこへ天の祝福か、はたまた悪魔の詛いなのか、兄さんが小さな少女になってしまうハプニングが起きた。
これを利用しない手はない。
そういったわけで、偶然のチャンスを有効利用したのだった。
「はっはっは、なんだかこれじゃ、お前が俺のオヤジみたいだぜ。パパ〜ン、だっこしてぇ〜」
鼻にかかった猫なで声をあげてくる気持ち悪い幼女を、クレイは膝の上に乗せてやる。
なんだかなんだでリュウも喜んでいるみたいだし、これで良かったのだろう。
「パパ〜ン、水鉄砲でも食らえ〜」
ホッと安心している鼻先に水鉄砲をくらい、今度はクレイがゲホゴホする羽目に。
「ガハハハ!油断したな、クレイッ。幼女だからってナメんじゃねーぞ!」
負けじとクレイも水鉄砲を撃つが、幼女リュウは身軽にヒョイヒョイとかわしてしまう。
「フハハ、ナリの小ささは伊達じゃねぇんだよッ。悔しかったら当ててみろ!」
むきになって二人して水鉄砲に興じている間に、零時の鐘が鳴る。
その直後、起きた悲劇については、あえて語らないでおこう。
風呂場を抜け出すまでに一難儀あった、とだけ伝えておくことにする。