ハリィ×グレイグ編
笹川が次に用意してくれた場所は、ハリィとグレイグたった二人だけの亜空間であった。真っ白の壁に床、そして置かれている家具はベッドだけという不思議な部屋だが、向こう側のドアを開いてみれば大きな浴槽が用意されているし、ベッドの脇には色々な道具が収納された戸棚も置かれている。
「無駄に至れり尽くせり、だな」
呟くハリィを目で追いながら、グレイグも自分の格好を思い出し、少し鬱になった。
笹川御用達の召喚獣達に囲まれて無理矢理着替えさせられた服とは、通販などでよく見かけるゴシックロリータ調の黒いメイド服であった。
胸を押しあげる仕様になっており、ただでさえデカイ胸が、さらにデカく見えてしまうので余計に鬱だ。
下着だって女性用をつけさせられた。今履いているのは、真っ赤な紐パン。
こんなの、死んでもハリィには見られたくない。
部屋の中をウロウロしていたハリィが立ち止まり、グレイを見つめる。
「……しかし、君がメイドで俺がご主人様とはね。笑えない設定だな」
「……笑えない?」
意図が判らず聞き返すグレイへ近寄ると、彼は真っ向からグレイの瞳を覗き込んで笑った。
「当たり前すぎて、つまらないと言ったんだ。逆なら、それなりに楽しめたんじゃないか?君も」
「たったったっ、楽しむって、君を俺がメイド扱いするのか!?」
「そうだとも。というか、何でそこまで焦るんだ?もしかして、そうしたいという願望が」
「あるわけないだろう!!!!」
「そうか。まァ、俺の女体化なんて、薄気味悪いブサイクが出来上がるだけだろうしな……」
「そ、そんなことはないッ!」
「……そうか?今、容易に想像できたんだが」
剛毛の金髪でゴワゴワしてて、目つきはひねくれていて、全体的に化粧が濃くて、やぼったい感じ。
ハリィが自分で想像した自分の女体化は、気持ち悪いというかブスというか、ぶっちゃけ駄目なオバサン像だったのだが、グレイグは別のものでも想像していたようだ。
真っ赤になって否定するぐらいだから、何重もの美化フィルターがかかっているに違いない。
昔からハリィをヒーロー視している彼らしい想像だ。ハリィは苦笑した。
「まぁ、いい。それよりも、さっそく始めるとしようか」
「何を?」
「何って、この面白くもないゴッコ遊びをだよ」
「……面白く、ないのか?」
「ん?君は面白いと感じているのか?」
「………………」
「そうだな……君がやりたいというなら続行、嫌ならここで終了にしよう。それで、どっちがいい?」
グレイはじっとハリィを見つめ、ぽつりと呟いた。
「……続けよう」
「いいのか?」
「あぁ……」
「…………なら、別にいいが。よし、では第一関門を始めよう。第一の項目は、言葉遣いだ」
「言葉遣い?」
「そうだ。メイドさんは、ご主人様に絶対服従。いつ如何なる時も敬語で敬い、ご主人様と呼ぶ」
「奴隷じゃないか、それじゃ。君の家のメイドも、そういう扱いを受けていたのか?」
「いや。だが、これはゴッコ遊びだ。そしてゴッコ遊びのメイドというのは、そういう扱いを受けるものだ」
「そう……なのか」
「……どうする?まだ続けるか」
今度は迷うことなく、コクリと即座に頷くグレイ。
一体彼が何を考えているのか、ほんのり赤らんだ顔からは全く想像もできない。
少し思案した後、ハリィも企画を続けることにした。
グレイが何を望んでいるにしろ、もう少し彼の遊びにつきあってやろうと思ったのだ。
「よし。じゃあ、まずは敬語からだ。しかし……これは貴重な経験だな、君が俺に敬語を使うとは」
ハリィとは十歳も歳が離れているのだ。
しかも、そうでなくてもハリィは貴族、グレイグは庶民。
本来ならばグレイグは彼に敬語を使わなければいけない立場のはずなのに、何故か彼とハリィは昔からタメグチな関係を過ごしてきた。
他の目上の人間には敬語を使うくせに、グレイグは一番最初に出会った頃から、ハリィとはタメグチだったことを思い出す。
ハリィがそれを気にする性格ではなかったというのも原因の一つだろうが、問題の本質は、もっと精神的なものであると彼は自分で自分を分析した。
「まずは一人称からだ。君は今、女の子だから、俺ではなく私と言いたまえ」
「私……あぁ、それなら簡単だ。公で使う言葉を使えばいいのだろう?」
「そうだ。それと、語尾は【ですます】で統一しろ。下手な敬語を使うよりも簡単だ」
「了解した」
「そこは、了解しました……だろ?」
「あ……はい」
「いい調子だ。それから、俺のことはご主人様だ。間違ってもハリィと呼び捨てにするんじゃないぞ」
「は、はい。判りました、ご主人……様」
「上手いじゃないか。もしかして、メイドの経験でもあるのかな?」
「あ、あるわけないだろう!!!」
「ほら、敬語を忘れているぞ?」
「あ……あぅぅ」
からかわれて涙ぐむグレイグは普段でも可愛いのに、女顔というだけで萌え度八十パーセント突破だ。
彼が恥じらう様子を、ハリィはもっと見てみたくなった。
「よし。君が敬語を忘れるたびに、お仕置きするとしよう」
「えぇ!?」
驚くグレイを横目に、じっと彼の胸元へ視線を注いだ。なんとも大きな胸だ。
サイズにしてLぐらいはあるんじゃなかろうか。
見られていると判ったのか、グレイが恥ずかしそうに両手で胸を隠そうとする。
だが大きすぎて、とても隠しきれるものではない。そんな仕草も、可愛い。
「では、最後に復習だ。日常会話から練習してみよう。いや、第二段階への予習でもいいかな」
「よ、予習……?」
「そうだ。俺が帰ってくるシーンから始めよう。……ただいま〜」
「お……おかえりなさい、ご主人様」
「おかえりなさいませ、のほうがメイドさんっぽいんじゃないか?」
「わかった。おかえりなさいませ」
「うん、惜しいな」
「……え?」
何を間違えたんだろう?と、キョトンとするグレイ。
何の前触れもなくハリィは彼の胸に手をやり、いきなり先端を軽く摘む。
「きゃいっ!?」
途端にグレイグが可愛い悲鳴をあげて、大きく仰け反るもんだから、これにはハリィのほうが驚いた。
「す、すまん。痛かったか?強く摘んだつもりはなかったんだが……」
「ち、違っ……!ど、どうして、急にっ」
「言っただろ、間違えたらお仕置きするって。これは、そのつもりでやったんだが」
「お仕置きって、間違えたらって、どの辺が不正解だったんだ!?」
「君は言った。『わかった』って。おかえりなさいませの前に」
「あぁ」
「そこは言い換えるなれば、『わかりました』だろう?」
「あ……」
「それより、さっきの声だが……もしかして、君は、その……」
感じてしまったのか?とは、さすがのハリィでも直接聞けず、じっとグレイを見つめる。
彼は耳まで真っ赤に染まり、俯いてしまう。
しばらくモジモジしていたが、やがて顔をあげると、グレイグは小声で囁いた。
「さっきの声のことは、忘れて欲しい」
「……敬語を忘れているぞ」
再び乳首を摘み上げると「やぅッ!」ビクンッと体を震わせて、グレイがじっと見つめてくる。
「は、ハリィ……ダメ……ッ」
涙で潤んだ目を伏せ、小さくイヤイヤをされた。
仕草一つ一つが、いちいち可愛らしい。
知らず、己の胸がドキドキしていることにハリィは気がついた。
馬鹿な。相手はグレイなのに、元々は男なのに、ときめいている?
「……ハリィ……」
「まぁ、そこはご主人様、だから、またお仕置きしなきゃいけないんだが……だんだん君が可哀想になってきたから、お仕置きは免除しておこう」
「うん……」
「…………。まいったな、そろそろ泣きやんでくれないか?」
「…………うん」
「まったく……君は反則的だ」
「……え?何が」
「反則的に可愛い、と言ったのさ」
「か……可愛いなんて……!!」
再び硬直して赤くなるグレイグを抱き寄せて、ハリィが呟く。
「聞こえるだろう?俺の鼓動が。君を見て、興奮してきたらしい」
確かにハリィのドクドクと脈打つ激しい心音が、密着した体を通じて感じられる。
グレイも、そっとハリィの体へ腕を回して胸を押しつけてきた。
柔らかい感触に、ハリィの心臓は飛び上がる。
驚いて腕の中を見下ろすと、至福の表情を浮かべて抱きついているグレイグが見えた。
「俺も……興奮している。君が、胸を触るたびに……感じてしまって、もう、どうにもならないんだ」
「……グレイ。一人称は『私』で統一してくれ。その顔で『俺』はアンバランスすぎる」
「あ……す、すまな……いや、すみません」
「うん。わたし、と言ってみてくれるか?」
「……わたし」
「やっぱり、そっちのほうがいい。ちゃんと統一してくれよ?」
「判りました……ご主人様」
よし、と独りごちてハリィはグレイグから身を離す。
「第一段階はクリアだな。君にしては、上出来じゃないか」
「……え?」
突然抱擁をやめられて、少し落胆するグレイに微笑むと、ハリィは尻ポケットから紙を取り出す。
部屋へ移動する前、笹川から強制的に渡されたカンニングペーパーだ。
これに必要項目が書かれている。上から二番目の項目へ目をやり、ハリィは内心舌打ちした。
おかえりなさいませの第一歩は、ニャンニャンから(ΦωΦ)
せっかく良い雰囲気だというのに、これはキッツイ。
しかも、これの後に口移しで食事というのも気に入らない。順序が逆ではないのか?
ちらとグレイグを見ると、彼はまだ呆けている。
先ほどの告白といい、グレイは体が女の子になったことで普段よりも積極的になっているようだ。
――これなら、大丈夫か?
そんなことを考えながら、ハリィは元通り尻ポケットに紙をしまい込むと、グレイへ微笑みかけた。
「よし、それじゃ第二ステップへ移行しよう」
「わ、わかり……ました、ご主人様」
「いい返事だ」
ニッコリと微笑みかけて警戒を解こうとするハリィ。
第二ステップはグレイにとって、あまりにもハードルが高すぎる。
少しでも緊張を和らげておかなくては。
だが不自然すぎる微笑み回数の多さに、グレイグの不安は、どんどんと増していくのであった……
気を落ち着けるため、戸棚からグラスを二つ。
それから冷蔵庫を漁ってワインを出してきたハリィは、片方のグラスをグレイへ手渡した。
「まずは乾杯といこう」
グラスを受け取ったものの、グレイは当惑を隠しきれぬまま尋ねる。
「……何に、ですか?ご主人様」
「決まっているだろう、クリスマスとやらにだ」
「あ……」
「まァ、俺達の世界にはないものだが、あの男……笹川の世界では、重要な意味を持つらしいぞ」
「そう……ですか」
「だから、それに習って乾杯でもしよう。君は確か赤のほうが好きだったよな?」
「あ、あぁ」
「……なりきるのを忘れているぞ、メイドさん?」
「は、はいっ!」
「安心しろ、もう触ったりしないから」
「ぅ……」
「乾杯」
「か、乾杯……です」
カチンとグラスを重ね合わせ、ハリィもグレイもワインに口をつける。
少し渋めの味がしたが、悪くはない。
笹川の住む世界産のワインだろうか、シールには聞いたことのないメーカー名が印刷されていた。
二口ほど飲んでテーブルへグラスを置いたグレイは、またしてもハリィがじっと自分の胸へ視線を注いでいるのに気づく。
なんとなく両手で胸元を隠すようにしながら彼は尋ねた。
「……そ、そんなに気になる……のですか?」
「ん?何が」
「何って、む、胸がですよ」
「君の?」
「……はい」
「そりゃあ、まァね……。そこまで見事な胸を見せられて、気にならない男なんているのかな?」
「……ッ。は、ハリィも」
「ご主人様、だろ」
「あ……ご主人様、も、やっぱり胸は……大きい方が、好きなのですか……?」
「まァな。君は嫌いか?」
「………………」
「すまん。こういう質問自体が嫌いなんだったな、君は」
シモネタはグレイが苦手とする話題である。
そのことを思い出し、気まずく俯いてしまった彼を見ながら、ハリィは、さて何と言って次の難関を切り出そうかと思案した。
恐らくグレイは『ニャンニャン』が何であるかなど、ご存じないであろう。
彼に恋人がいるという話は聞いたことがないし、娼婦館へ遊びに行く姿というのも想像できない。
彼は非常にウブで、少年のように純情なのだ。
「ハリィ」
「……また名前で呼んだな」
「ご、ごめんなさい。ご主人様は……色々な女性の胸を、そうやって眺めたりするんですか?」
「なんだ?探偵でも始めるつもりなのか」
「そ、そういうわけじゃない……ですけど、その……じっと眺めているから」
「大きな胸は好きだと言っただろう?」
「あぅ……」
「もちろん、好きなのは胸ばかりじゃないが、ね」
「え……?」
「さて。そろそろ第二段階に取りかかろうか」
「あ、はい。あの、それでご主人様。ニャンニャンというのは、一体何をすれば……?」
「それなんだが……」
いきなりハリィがズボンのチャックを降ろすもんだから、「わぁ!」と悲鳴をあげてグレイグは仰け反った。
いや、別に彼のナニを見るのが初めてというわけではないのだが、こんな部屋の中でいきなり脱ぎ出されたのは、子供の時以来なので、つい驚いてしまったのだ。
対してハリィのほうは「何を驚いているんだ?」と苦笑し、何でもないことのように、ぺろんと取り出した。
「なっ、なっ、なにをやっているんだ!みっともない、早くしまってくれ!!」
「オイオイ。地に戻ってるぞ?グレイ。ちゃんと演技をしてくれなきゃ起つものも起たなくなるじゃないか」
「だ、だって!それどころじゃないだろう、君は、そんなものを出してどうするつもりなんだ!?」
「……ニャンニャンってのはな、グレイ。異世界機関誌によると、とある世界で発生した俗語なんだそうだ」
「それと、君が出したソレと、何の関係がある!?」
「その世界では、こいつをくちで咥えたり愛撫することを、ニャンニャンと呼ぶのさ」
「……え!!?」
と、大きく驚いたまま硬直するグレイの側へ一歩近寄ると、ハリィは取り出したナニをズボンの中にしまい込んだ。
「ま、その世界じゃ男女は勿論だが、男同士でも、それを行うとかなんとか。……しかし君にそれを強制するのは、俺としても本意じゃない。君だって嫌だろ?こんな汚いモンを咥えるなんてのは……そこで、だ」
じっとグレイの顔、そして胸元へも目をやり締めくくった。
「口は無理だろうから、代わりに胸で代用してくれないか?君の、その胸で挟み込んで」
だが、ハリィの提案はグレイの怒号でかき消され、最後まで言わせてもらえなかった。
「胸で挟めだって!?君は正気なのか!」
「あ、あぁ」
「だとしたら、俺は君を見損なったぞ!この変態ッ!!」
「……何を怒っているんだ?」
「怒って当然だ!胸は、女性の胸は、そんなことをするためについているんじゃないッ。子供に乳を与えるための、神聖な部位なんだぞ!それを君は、一時の快楽の為に汚せというのか!!」
「まァ、確かにそうだが、しかし君は女体化したというだけで子供を産まないじゃないか」
「そういう問題じゃない!胸を、いやらしい行為に使うなと言っているんだッ」
「しかしグレイ、このプレイは俺達の世界でも普通に皆がやってる」
「皆がやっているからといって真似すればいいというものでは……皆が、やっているだと!?」
「あぁ。知らないのか?パイズリといってな、巨乳の娼婦が得意とするサービスだ」
「なッ!君は、娼婦館へも足を運んでいるのか!?」
「まァ……俺も一応、男なんでね」
「金で女性を抱くなど、言語道断だ!!!ハリィ、君には……君には失望したぞ!」
潔癖症だとは前々から感じていたが、そこまで怒るとは。
プリプリと顔を真っ赤にして怒るグレイゾンを、ハリィは呆気にとられて見つめてしまった。
人を勝手に崇めておいて勝手に失望したと怒られても困るのだが、ひとまず彼の機嫌を直そうと、猫なで声で話しかける。
「君は本当に純粋だな。しかし、金で娼婦を買うと言っても、そこに愛がないわけでもないんだが」
「娼婦館に好きな人がいた、とでも言うつもりか?」
「あぁ……若い頃は本気で好きになった相手もいたよ」
「……ッ」
「お、おい?グレイ、どうした。具合でも悪く」
「そんな話……そんな話、聞きたくないッ!」
「……やれやれ。俺は、また君を怒らせてしまったらしいな。だが君が何に怒っているのか、それの理由だけでも聞かせてくれないか?」
「…………」
「君は、俺が娼婦館で女を買ったから怒っているのか?それとも胸で愛撫しろと言った件について怒っているのか」
「全部だ!!君が誰かを好きになったことも、む、胸で卑猥行為をしろと言ったことも……全部が嫌だ!」
「嫌だと言われても困るんだが……溜まりに溜まった欲求を吐き出すには、娼婦館は絶好の場所で」
「第一!俺は、くちで咥えるのが嫌だなんて一言も言っていない!!」
今度はハリィが「え?」となる番で、涙ぐんで絶叫するグレイの顔を、まじまじと見つめる。
溢れ出る涙を乱暴に拭ったグレイは、強い視線で睨み返してくると「君がしてくれと言ってくれたら……俺は何でもするつもりだった!」一気に思いを吐き出し、また俯いてしまう。
その頬が見る見るうちに赤く染まるのを眺めながら、ハリィはニヤニヤ笑いを浮かべ、からかうように尋ねた。
「何だ。怒っているのかと思ったら、君は嫉妬していただけなのか」
「…………」
「要するに、君は俺が誰かとベッドを共にするのが気にくわない。そうなんだろ?」
「……あぁ」
「なら、ご主人様として君に命令しよう。いいかな?メイドさん」
「……は、はい」
「俺のコイツを、君の胸で挟み込んでくれ」
「……ど、どうしても、それがやりたいのか?胸で、やりたいのか?」
「あぁ。君の胸は、とても柔らかそうなんでね」
「……む、胸で挟むというのは、君にとっては気持ちいいことなのか……?」
「あぁ」
「くちで咥えるよりも?」
「あぁ」
「……………………」
「駄目か?」
「い、いや。やる。やります、ご主人様」
再びチャックが降ろされ、膝をついたグレイの目の前でハリィのナニが顔を出す。
けしてビッグでもないがリトルでもなく、まぁ、言ってみれば大きさ的には極めて標準だ。
じぃっと食い入るように眺めるグレイの頭を軽く撫でて、ハリィが苦笑する。
「……君のと比べるとお粗末なモノですまんが、やってもらえるか?」
声をかけられ、初めて気がついたかのようにグレイも我に返った。
「あ、ぅ、ご、ごめんなさい……」
「どうした?何を謝っているんだ」
「いえ……ご、ご主人様のも……立派だと思います」
「はは、気遣うなよ。というか、君に褒められても嬉しくないな」
「……すみません……」
「いや、別に怒ってるわけじゃない。君ほどのビッグマグナムの持ち主に言われてもなぁと」
「それは言わないって約束しただろう!」
「あぁ、そうだったかな。悪かった」
「そ、それじゃ……」
そろそろと己の上着をめくり上げると、ボリューム溢れる巨乳、いや爆乳を根本から持ち上げて、両脇からハリィのナニを挟み込む。
想像していたよりも遥かに柔らかく、そして暖かな感触がダイレクトに伝わってきて、ハリィの口からは喘ぎとも吐息ともつかぬ声が漏れた。
だが初めて聞く彼の奇妙な声に、却ってグレイのほうが不安になり、胸でしっかりとハリィのナニを挟み込んだまま、メイド姿の親友は心底心配そうに見上げてきた。
「は、ハリィ?大丈夫なのか?」
「だ……大丈夫なのかって、何が?」
「いや、今、変な声を出しただろう。痛かったのかと思って」
「い、痛くは、ない。ただ、その、思ったよりも……あぁ、動くな、動かなくていいっ」
「え?」
「君は動かす必要ないんだ。俺が動く」
荒い息を吐いた後、ゆっくりとハリィが腰を動かしてゆく。
谷間へ擦りつけるように彼のムスコが往復するのをグレイは肌で感じたが、そうしているうちに自身の中にも奇妙な感覚が生まれてくる。
肌の擦れ合い、摩擦から来る快感?いや、そうではない。
ハリィのあげる声が原因ではないかと、グレイは疑ってみた。
無心に擦りつけてくるハリィは恍惚とした表情を浮かべている。
今までに一度も見たことのない無防備な顔だ。
それに、彼が時々あげる溜息とも吐息ともつかぬ声を聞くたびに、グレイの胸もドキドキと高鳴った。
「ハリィ……」
「……なんだ?」
「き、気持ち……いいのか?」
「……あぁ……」
「…………」
「……悪いな。俺一人だけ楽しんでしまって」
「い、いや!別に、それは構わないんだが……」
「だが、なんだ?」
「君を見ていると、こっちまで変になってくるみたいなんだ。さっきから、ずっと……胸が、ドキドキしていて止まらない」
動くのをやめ、ハリィは真顔でグレイを見下ろした。
「そういや、君はさっきも言っていたな。俺に胸を触られるたびにドキドキすると」
即座に目線を外し「ぅ……」と呻いたまま俯いてしまったグレイに、優しく指示を出した。
「すまんが、ちょっと四つんばいになってもらえるか?」
意図が判らぬまでも、素直に四つんばいになった彼の尻へ手を伸ばすと、ハリィはスカートの中へ指を突っ込んだ。
「ひゃぁッ!」
「っと、感度がいいな」
「い、いきなり、なにを!?」
「いや、もしかしたら君も感じてるんじゃないかと思ってな」
「べ、別に、感じてなんか……!」
「そうか?その割には、ヌルヌルじゃないか」
「ぅ、んっ……は、はりぃ、だめ……ッ、ゆ、指……入れ、ないで……っ」
「俺が命じたら君は素直に応じるつもりだったんじゃないのか?」
「そ、それとこれとは……違っ……!!」
「似たようなもんさ。んん、派手な下着をつけているな。これは誰の趣味だ?君の、ってわけじゃなさそうだし」
「違うッ!あの男に、渡されたんだッ。これをつけろと……!」
「だが、こうも濡れてたんじゃ、つけていても意味はないな。取ってしまおう」
「ハ、ハリィ!勝手な真似をするなっ」
「いいじゃないか。今さら裸を見られて困る仲でもあるまい」
ぐいっと紐パンの紐を引っ張られ、その反動でハリィのナニがグレイの顔の間近に迫る。
先ほどの行為のおかげか、ハリィのそれは、すっかりエレクトしており、「はぅっ」と息を呑み、しかしながらグレイの目は釘付けとなる。
グレイが硬直しているうちに、ハリィは彼のパンツを脱がし、ぽいっと遠くへ投げ捨ててしまった。
部屋の隅へ捨てられた紐パンを振り返り、グレイはブツブツと恨めしそうに呟く。
「ほ、他の女性とする時も……こんな風に、強引なのか?」
「まさか。君は少々誤解しているようだから言っておくが、俺は素人さんには手を出さんよ」
「で、でも!以前、聞き込みをすると言って別れた時は、するようなことを言っていたじゃないかッ」
「あれは売り言葉に買い言葉だ。君が挑発してくるから、挑発で返したまでだよ」
「う……」
「さて、そろそろ第二段階もクリアということにしておこう」
「えっ?だ、だが、まだ口で咥えていないぞ?」
「口はナシだ。胸でやってくれた分のお礼として、パスにしておく」
「問題をすり替えるつもりか!?」
「……そんなに咥えたかったのか?だがフェラは初心者向けのプレイじゃない。君には無理だ」
「無理かどうかは、やってみなければ判らないだろう!?」
「無理だよ。それに……これ以上続けたら、俺が先に果ててしまうしな。次に進もう。ああ、それと」
「……何だ?」
「何をむくれているんだ?全く、可愛いなぁ君は」
「か、可愛くなんか……!そ、それよりも!言いかけていた事を言ってくれッ」
「あぁ。次からは、ちゃんと敬語で統一してくれよ?メイドさん」
「あ……は、はいっ」
――かくして。
オッパイ攻撃が思った以上に気持ちよかったということもあり、ハリィは早々に次のステップへ進むことを決めたのであった。
次に進むと言われても、グレイには気にかかって仕方のない箇所があった。
「次は君が俺に食事を作ってくれるんだそうだ」と、台所へ歩いていくハリィを呼び止め、グレイはおずおずと尋ねる。
「は……ご、ご主人様」
「なんだ?まさか料理をしたことがない、なんて言い出すつもりじゃないだろうな」
「あ……そ、それもある……ありますけど、その……それ」
「ソレ?」
「…………い、痛くない……のですか?」
冷蔵庫をガサゴソ漁っていたハリィは振り返り、グレイが何に視線を注いでいるのかが判った途端、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。
「アレやソレじゃ判らないぞ。はっきり言ってくれ」
わざと、そんな質問を浴びせると、銀髪のメイドさんは真っ赤になって黙り込んでしまった。
グレイが見つめていたのはハリィの股間、つまりはモッコリと膨らんだ箇所である。
先ほどの行為でエレクトしたままのソレを無理矢理ズボンに詰め込んだわけだから、当然直立したままのソレがズボンの布を押し上げていた。
突っ張って痛くないのか?と尋ねたグレイは、自分でも信じられないほどの破廉恥な質問に、自分で驚いていた。
しかし質問の意味が判っているくせに、わざと尋ねてくるハリィも、なかなかどうして意地悪だ。
ああいう状態に、グレイだってなったことがないわけではない。
学生時代、性格の悪い虐めっ子達に、無理矢理ああいう状態にさせられて、大変恥ずかしい思いもした。
だから、気遣って尋ねたというのに。ハリィの馬鹿。
いつまで経ってもグレイが黙ったままなので、根負けてハリィのほうが折れてきた。
「……悪かった。どうも俺は君に下品な話題を振ってしまうクセがあるようだ」
「そういう悪い癖は、早めに直してく……下さい」
「うん。で、コレだが……ちょっとトイレに行って、スッキリさせてくる。君は先に料理でもしていてくれ」
「あ!ま、待ってくれ、ハリィ!」
むんずとズボンの裾を引っ張られ、ハリィは苦痛に顔を歪めるが、グレイへ向き直った時には根性で笑顔に戻っていた。
「ど、どうしたグレイ」
穏やかに尋ねれば、彼は真剣な目で見つめ返してくる。
「と……トイレで、出すのでしたら、わ、私が……お手伝い、します」
何を?と聞く前にモッコリ部分を手でさすられ、ハリィは慌てて飛び退いた。
「ちょ、ちょっと待った!君は純情なフリして、時々ものすごい大胆になるな」
「だって……こういう時は、早めに出した方が……痛みも和らぎますから」
「経験があるというのか?」
「……はい」
「まぁ、それならそれで、ズボンを引っ張るのがどういう影響になるかぐらい、判るだろ?」
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いや、謝らなくてもいい。いいから離してくれると、ありがたい」
「…………はい」
「さて、と。気持ちはありがたいが、自慰ぐらいは一人で出来る。君は、これから料理をするんだろ。こんな汚いものに触っちゃ」
「汚くない!!」
「え?」
「汚くなんか、ないッ」
「……いや、汚いだろ?」
「君の体だ!汚いところなど、あるものかッ」
なにかまた、美化フィルターでも重ねられているようだ。
美女はトイレに行かないというのと同じで、グレイグから見たハリィは、垢一つついていない清らかなボディの持ち主らしい。
人を美化するのは勝手だが、その妄想を、こちらまで押しつけられるのは勘弁である。
だが困惑のハリィへ微笑むと、グレイグは素早く彼のチャックを引き下ろした。
「だ、駄目だと言っているだろうが!」
焦って股間を両手で押さえるも一足遅く、細やかな指に突っ張ったアレを触られ、指の冷たさにハリィは一瞬、頭が真っ白になった。
ヤバイ、と理性は警笛を鳴らしていたが、勢いは止められない。
次の瞬間には、白濁としたものがハリィの先端から放たれ、グレイグの顔を、したたかに打ちつけた。
「ぶぷぅっ!?」
いきなりの不意討ちに、グレイのほうも何が起こったのか判らない、といったまま床へ倒れ込む。
続いて、口の中や鼻といった気管にでも入ったのか、苦しげにゲホゴホやり出した。
あぁ。だから、いいと言ったのに……
ハリィも床へ座り込み、苦しそうなグレイへ目をやる。
こうなるだろうというのは予想できたから、彼には絶対咥えさせたくなかったし、手伝いだってさせたくなかった。
白く濁った汚いものは、親友の顔から頭にこびりつき、そしてメイド服にまでも染みを作っている。
最悪だ。
よろよろと力なく立ち上がると、雑巾を探しに風呂場へ向かう。
背中越しに、激しい咳に混ざってグレイの謝罪が聞こえた。
「ごっ……ごめ、ごめんな、さいっ……!」
「……いい。謝らなくていいよ、君は悪くない」
「で、でも……っ」
「それより顔と手をよく洗って、ついでに目も洗っておくんだ。入っていたら、後で大変な事になるからな」
「…………ハリィ」
「少し、トイレで頭でも冷やしてくる。……食事の支度、頼んだぞ」
口調は静かで怒っていなかったけれど、トイレのドアを閉めるまで、ハリィは一度も振り返らなかった。
辱めを受けてしまったのだ。きっと絶対百パーセント、怒ってしまったに違いない。
グレイは、身も心も引き裂かれる想いがした。
突っ張っていて辛そうだったから、彼を楽にしてやりたかっただけなのに。どうして、こんなことに……
考えれば考えるほど、胸は苦しくなり、涙が後からボロボロと溢れ出た。
一方のハリィも、少なからずショックを受けていた。
といっても、グレイグに対する怒りはない。
触られただけでイッてしまった、自分の情けなさに対する怒りだけが、心の中で渦巻いている。
グレイグが女体化しても、彼は平常心を保てる自信があった。
それが、どうだ。ちょっと恥じらう仕草を見せられただけでドキドキし、彼に触れられただけで射精するとは。
「……相当、参ってるな……」
ぽつりと呟くと、ハリィはトイレの壁にもたれかかった。
とはいえ、いつまでもトイレの中に籠もっているワケにもいかない。
大きく深呼吸して、気持ちを落ち着けると、ハリィは出ていく決心を固めた。
とにかく、これ以上無様な真似は見せられない。特に、グレイグの期待と羨望を打ち砕くような失態は。
グレイがハリィを尊敬しているように、ハリィだってグレイグの良き兄貴分でありたいとは思っているのだから。
「さっきはすまなかった。ちゃんと洗ったか?」
極めて明るく切り出したのだが、トイレを出て直後、ハリィはまたも驚くハメになった。
愛しの弟分、親友にして今はメイドのグレイグは、床に座り込んで泣いているではないか。
その泣きっぷりときたら、めそめそなんて可愛いものではなく、涙の海で床上浸水してしまうんじゃないかと思うほど、激しい号泣っぷりであった。
もし今日が誰かの葬式だったとしても、ここまで涙に暮れる奴は居まい。
「ど、どうした。目が痛いのか?早く洗わないと」
「……ハリィッ……!」
「!」
ぎゅうっと腰に抱きつかれ、ハリィはドキマギする。
グレイの顔が、ちょうどハリィの股間に当たっており、ズボンを通して息の暖かさまで感じてしまいそうだ。
すっきりしたばかりだというのに、また興奮していたんじゃ、二の鉄を踏むはめにもなりかねない。
抱きついたまま、なおも涙を流すグレイを落ち着かせようと、ハリィは優しく彼の背を撫でてやった。
「グレイ、何を泣いているんだか判らんが、さっきのことなら気にしなくていい」
「…………っ、ハリィ、嫌わないで……」
「嫌う?俺が君を?冗談はやめてくれ。たとえ逆はあったとしても、俺が君を嫌ったりするもんか」
「……嫌ったり、しないっ。俺は、俺にとって親友と呼べるのはハリィ、君だけなんだ……だからっ」
「うん。判っている、今のは軽いジョークだ。……すまなかったな、さっきは。汚いもんを君にかけちまって」
「ハリィ……ハリィッ」
「よしよし。そろそろ泣きやんでくれないか?君の泣き顔を見ながらじゃ、うまい飯もまずくなる。……ところで、」
ちら、と台所へ目をやったが、湯が沸いた様子も、まな板を使った形跡もない。
ハリィがトイレに入ってから出てくるまで、グレイがずっと泣きはらしていたのは一目瞭然であった。
トイレへ行く時、言葉が足りなかったか。少し反省し、激しく泣きじゃくるグレイの耳元で囁いた。
「君は自炊したことは、あるのか?ないなら、俺がお詫びに夕飯を作ろう」
「えっ……で、でも、食事は俺、いや、私が作らないと……」
「泣きながらじゃ、危ない。指を切ったりしたら大変だろ。それに君がやるのは支度じゃない、接待だ」
「……ぅ……」
「まだ泣き足りなかったか?だが、そろそろ泣くのは終わりにしてくれ」
「……うん」
「よし。それじゃ、テーブルセッティングは任せた。こっちが作り終わるまでには完成させといてくれ」
「は、はいっ!」
案外素直に頷いたところを見ると、やはり自炊の経験はないと思われる。
まぁ、騎士には専用の宿舎もあるし、仕事の忙しさから常に外食で済ませていそうなイメージもあるから、予想が大当たりだったとしてもハリィは驚かなかった。
グレイが涙を拭いて立ち上がり、いそいそとテーブルを取り出す姿を横目に、再び冷蔵庫を開けた。
夕飯用として、一通りの材料は揃っているようだ。
「君は肉と魚、どっちが好きだ?」
大声で尋ねると、居間の方から返事が来た。
「どちらでも!君……ご主人様の作るものなら、何だっておいしいですっ」
「はは、そうか。なら俺の好みで作るよ。ああ、それと」
「判っています。手と、顔を洗ってきますね!」
「うん。あと目も、ちゃんと洗っておくんだぞ。うがいも忘れるなよ?」
「はいっ」
だいぶグレイの元気も回復してきたようだ。ついでに敬語も復活している。
ちらと様子を伺うと、テーブルの上には白いテーブルクロスと花の生けられた花瓶が置かれていた。
料理はダメでも、テーブルセッティングに関してはプロのメイド並だな、と友達の意外な特技にハリィは感心する。
こっちのほうも着々と仕上がっている。
グレイは赤ワインが好きだから、それに併せて肉を焼いた。
冷蔵庫に、上等な牛肉が入っていたのだ。
恐らくは笹川が用意したのだろうが、余興用にしては少々奮発しすぎではないのか。
つけあわせにサラダも作り、料理が完成する頃には、頭を洗い終えたグレイも居間へ戻ってきていた。
まだ髪の毛は濡れているようだが、一応ドライヤーで乾かしてきたのだろう。日の当たる匂いがする。
ハリィは「どうせなら、俺も一緒に入ればよかったかな」などと冗談めかして笑い、グレイグを困惑させつつ居間へ入った。
「料理もできた。熱いかもしれんから、気をつけて運んでくれよ」
声をかけると、慌ててグレイが立ち上がる。
「はいっ」
だが、問題は此処からだ。説明によっては、またも彼を泣かすことになる。
続ける前に、続行か否かを聞かなくては。
ステーキの盛りつけられた皿、サラダにワイン、ワイングラスなどを運んできたグレイグは、ハリィの対面へと腰掛ける。
「まずは乾杯でもしようか」
グラスに酒をついで、二人はグラスを併せた。
「……さっきも乾杯したばかりなのに」
くすり、とグレイが微笑む。
何気ない仕草なのに、異常に可愛く見えるのは女体化しているからなのか、それともグレイ本来の可愛さなのか。
内心の動揺を押し隠し、ハリィは本題に入った。
「それよりも、だ。第三段階目についてだが」
「……わ、判っています……その、く……口移し…………ですよね?」
「あ、あぁ。つまりは、その……キスするというわけだが。君はキス、したことがあるか?」
「…………いえ。は、ハリィは?」
「いや、俺のことはどうでもいい。大事なのは君の気持ちだ」
「…………したこと、あるんですね」
「……まぁな」
「相手は……?」
「誰だっていいじゃないか。今は関係ないし、君の知らない人だよ」
「教えてもくれない……んだな」
「……わかったよ。傭兵になって日が浅い頃、先輩だった女性に無理矢理された。……これでいいか?」
「え……む、無理矢理?」
「あぁ。本気でキスしたのは、もっと後になってからだが……これも、どうでもいいだろう。問題は君なんだ」
「…………経験豊富、なんだな。ハリィは」
「だから!俺のことは、どうでもいいと言っている。君は、これが初めてなんだろ?いいのか、相手が俺で」
語気も荒く問い詰めると、グレイはビクッ!と体を震わせて俯いてしまった。
だが「嫌なら、ここでやめよう」と親切にも奨めるハリィへは、ふるふると首を振って彼は答える。
「いい。やる。相手が君なら……大丈夫だ」
頬を染めて応えるグレイへ、逆にハリィのほうが聞き返してしまった。
「大丈夫って、何が?」
「君は、経験豊富なんだろう?」
「いや、まぁ、経験豊富と言っていいものかどうか……」
「……君こそ、いいのか?お、俺は今でこそ女性になっているが、本来は男なんだぞ。男と……するのは」
「だが今は女だ。それに君が相手なら、俺は別に嫌だとは思わんよ」
「……ハリィ」
「ん?」
「や、やろう。君が相手なら、できる気がする」
一大決心で言い切ると、はむっと肉を頬張り、途端に「はふぅっ!」と涙目になって飛び上がるグレイグ。
「おいおい、熱いと言ったばかりだぞ」
ハリィは苦笑しながら、グラスを差し出してやったが、グレイはそれを拒否してモゴモゴやっている。
不意に気が変わり、ハリィもグラスを置くと、グレイを抱き寄せて、モゴモゴしている口元へ口づけた。
「んむっ」
グレイは大きく目を見開いたまま、こちらを凝視している。
勢いで飲み込むなよ、と、ハリィは願いながら半開きの口を割って舌を差し込むと、アツアツの肉の切れ端を舌で器用にすくい取り、唇を離す。
口の中が自由になった途端、グレイは大声で騒ぎ立てた。
「なっ、なにをするんだ、イキナリ!!」
「君が手こずっていたようだから、手伝っただけじゃないか」
「だ、だからって……こっちにだって心の準備というものがッ」
「肉を口に入れた時点で、心の準備は完了していたんじゃないのか?」
「そ、それは……」
「まぁ、それはそれとして、おいしかったよ。ごちそうさま」
「なにを言って、これを作ったのは君じゃないか!」
「君のエキスがステーキに味付けされたんだ。だから、君に礼を言ったんじゃないか」
「え、エキスって、な、なんの話……」
「君の唾液さ」
「そ、そんなの、味なんてっ」
グレイは、これでもかというほどに頬を紅潮させ、またも涙ぐんでいる。
またしても泣かせてしまったわけだが、今度の涙は悲しい涙ではないからヨシとしよう。
彼は恥じらっているだけだ。
なおも騒ぐ彼の唇を二度、三度と無理矢理塞ぎ、口内を舐め回してやると、グレイはようやく大人しくなった。
いや、ハリィが抱きかかえてやらないと自分で立ち上がることもできないぐらい、放心している。
「……ほら、立てるか?次は風呂だ、君はさっき入ってしまったかもしれんが」
「き、君は破廉恥だ……」
「キスがか?それとも一緒に風呂へ入るのがか」
「どちらも、だ」
ぎゅ、とハリィにしがみついたまま、グレイはぼんやりした頭で考える。
経験豊富ではないと謙遜していたが、とんでもない。ハリィはキス魔だった。
きっとグレイの知らない十年間、彼は各地を放浪しながら、あちこちの女性に手を出していたに違いない。
それを思うと胸がキリキリと痛むので、グレイは頭の中から嫌な考えを閉め出した。
「なら、もう止めるか?今なら君も、これ以上恥ずかしい思いをしなくてすむぞ」
「いや、やる。最後まで、君が、どれだけ情事に慣れているかを観察してやる」
「……まぁ、別にいいがね。君が嫌じゃないなら、それで構わないんだ」
くすっと笑われたような気もしたが、どうでもいい。
風呂場でハリィはどこを、集中的に洗ってくれるのだろう。
そんなことを考えながら、グレイは大人しく風呂場へ連行されていった……
「さっき汚してしまったからな、ついでに服も洗ってしまおう」等と軽快に話しながら手早く背中のファスナーを引き下ろし、ハリィはグレイグを脱がしてゆく。
メイド服を脱いだ下には何もつけておらず、咄嗟にグレイは胸と、そして股間を手で覆う。
だが、どちらも隠しきれていない。
特に胸は片手で隠せるような大きさではなく、後ろから伸びてきたハリィの手にムンズと乳房を掴まれて、グレイグは身を堅くした。
「ハ、ハリィ……君は、その……本当に、胸が好きなんだな」
「胸が好きというか……先ほどから、少し考えていた」
「何を?」
「……君が可愛いのは、女性と化しているからなのか。それとも、君本来の可愛さなのか……ってな」
「な……何を言っているんだ!か、可愛いなんて、そんなこと」
「あぁ、君は男だから可愛いなんて言われても嬉しくないのは判っている。だが、それでも可愛いものは可愛いんだ」
首筋を這う、生暖かいもの。それがハリィの舌だと判った途端、グレイの体を、ぞくぞくとした何かが走り抜ける。
こんな行為にドキドキしてしまうなんて。背徳だ。
グレイの首筋に舌を這わせながら、ハリィはグレイの胸を揉み始めた。
最初は、ゆっくりと。そして徐々に、形が変わるほど、ぐにょぐにょと激しく。
だが、あまりに激しすぎたのか、腕の中のグレイが苦痛に顔をしかめる。
「んぁっ、は、ハリィ」
「……ん、痛かったか?」
「うん……も、もう少し優しく扱って……欲しい」
「すまん」
大きくても感度は先端まで敏感なようで、揉めば揉むほどグレイグの乳首は尖り、そいつを両方ともコリコリと指で弾いてやると、グレイの口からは甘い吐息が漏れた。
「ハリィ……」
彼が身悶えするたびに、柔らかな尻がハリィのナニに強く押し当てられ、己の股間に熱い高まりが集まるのをハリィも感じる。
呼吸が、そして鼓動も早くなっていくのを止められないまま、腕の中の親友へ熱っぽく囁きかけた。
「なぁ、グレイ」
「な、何だ?」
「……俺は、君の中に入りたい」
「え!?」
「君と繋がりたくて仕方ないんだ。判るだろ?君の尻に当たっているものが、君の中に入りたいと言っている」
「そ、それは……その、つまり……で、でも………」
「……まぁ、いい。先に体を洗おうか」
グレイの手を引き風呂場へ導くと、彼を風呂桶の縁へ腰掛けさせて、シャワーを浴びせてやる。
さらに、ボディシャンプーをたっぷり手に出すと、スポンジも使わずに直接手で胸を洗ってやった。
「や……ッ!ハリィ、スポンジならそこに……ぁぅっ」
いや、洗うだけじゃない。
片方の乳房にむしゃぶりつき、強く吸い上げられたもんだから、グレイグはまたしても快感に翻弄される。
それでいて、もう片方はシャンプーをつけた手で、こねくりまわされているのだ。
ヌルヌルとした感触とハリィの温かい手とで、それだけでもイッてしまいそうになる。
乳房から口を離したハリィが小さくグレイの名を呼ぶ。
それに応えようと、大きく喘いでいたグレイも彼を見て、目と目が遭いドキリとする。
ハリィの目は今まで見たこともないほど熱っぽく、普段の軽さからは考えられないほど真剣であった。
「君が、好きだ」
「え……?」
「君を愛している。いや、君の体が女だからというわけじゃない。俺は君が男のままだったとしても、好きなんだ」
「…………」
「急に変なことを言い出して、すまない……だが。俺は君が嫌だと言っても、今の欲望を止める術を知らない」
見れば彼の股間は再びギンギンに漲っており、さっきトイレで出してきたはずのモノも充電完了状態だ。
尻と胸、それからグレイの喘ぎ声を聞いているうちに、こうなってしまった。
――とはハリィの談で、グレイは、ただひたすら彼の溢れんばかりの精力に呆然とするばかり。
普段何事にもマイペースで、どこか女性に対しては枯れたイメージもあったのに、意外な一面を見せつけられてしまった思いだ。
「君とやれるのは、今この時をおいて他にない。男に戻ってからでは、ココに入れるのは無理だろ?」
「あっ……」
「……だが君の意志を無視して繋がっても、それでは意味がないんだ。君は、俺を受け止めてくれるか?」
「う、受け止めるというのは、つまり……君のソレを……」
「入れるということだ。ココと……ココに」
股間の茂み、それからお尻をツンツンされ、グレイはキャッとなる。
しかし茶化すにはハリィの目は真剣すぎて、どう答えればいいのやらグレイが迷っていると、野性の本能を抑えきれないハリィが焦れたようにグレイの股間へ顔を埋める。
「君は尻と股間、どっちが感じるんだ」
生暖かい息が直接かかり、グレイは反射的に身を逸らした。
「あっ、あぁ……ど、どっちって言われても」
そんなの急に聞かれたって、判らない。
どっちも感じるといえば感じるし、そもそもハリィが触るだけでグレイは感じてしまうのに。
銀の毛をかき分け、二、三度指で軽く突いた後、ハリィが身を起こす。
「だがグレイ、これだけは間違えないで欲しい。俺は君が、今の君が女だから盛っている訳じゃない」
「さ、盛っているだなんて、俺は、別に」
「いいから、話は最後まで聞いてくれ。……俺は多分、君と出会った時から君が好きだ。好きだったんだ」
「…………!」
「十五の頃、勝手な理由で君を一人にしたのは、すまないと思っている」
「ハリィ……」
「戻ってきて、強靱な肉体と強さを手に入れた君を目にした時、俺は少し……寂しかった」
「え……?」
「君が俺の知らない奴になってしまったような気がして……だが、君の内面は昔の君のままだった」
「そ、それは、どういう意味で?」
「君は昔の頃と同じで、俺に優しく、俺に対しては素直だったということさ」
「い、いや、その、素直とか、優しいとか……俺は、そんなつもりで君に接しているわけじゃ」
「そうなのか?だが君の優しさで、俺はだいぶ救われている」
「……それをいうなら、君だって。君だって、俺には優しいじゃないか……」
「そりゃ君はお隣さんだし、俺から見れば年下だったからな。嫌われたくなかったんだよ、君に」
「それに、ちゃんと戻ってきてくれた」
「……君のことは、ずっと頭に引っかかっていた。君が、虐められているんじゃないかと考えたこともあった」
「…………」
「俺は、家を出る時――あの時、君も連れて行くべきだったのかな」
初めて聞くハリィの独白に、グレイグは胸の内がキュンッと高鳴るのを感じた。
ハリィは昔から自分の思いや考えを話してくれるような男ではなく、はっきり言ってしまえば少々自己中心的な処があり、何を考えているのか判らない部分も多い。
だから、そこが不満と言えば不満でもあり、常々グレイは、彼が自分のことをどう捉えているのか、彼は本当に自分のことを親友だと考えていてくれているのかを、疑問に思っていた。
感動するグレイグの前で、ハリィは照れたように笑い、軽く誤魔化す。
「なんて、君の意志も無視して無謀な旅へ連れて行くこともできないか」
「俺は君が誘ってくれれば、絶対一緒に行ったはずだ。なのに、君は一人で行ってしまった」
「……グレイ……」
「君がいなくなってから、俺は……本当に寂しかった。虐められもした」
「!」
「俺は周りに馬鹿にされまいと修行した。いつか君が帰ってきてくれるのを待ちながら、それまでに強くなっておこうと」
「……すまない」
「い、いや……こんなのは俺が勝手に考えたことであって、君が謝る事では」
「グレイ、好きだ」
「ハリィ……」
「君も、俺を好きかい?いや……好きでいてくれると嬉しいんだが」
「……うん。好きだ、ハリィ。俺もずっと、君が……君が、初めて遊びに来てくれた時から、ずっと……」
グレイの言葉は途中で途切れ、二人は熱い抱擁、及び熱いキスを交わす。
「もう一度聞くが、君は前と後ろ、どっちが気持ちいいんだ?」
唇を離したハリィに耳元で囁かれ、ぼぅっとした面持ちでグレイグは頷いた。
「……前から、入れて欲しい。君の顔が、よく見えるように」
「そうか。俺も前からいきたいと思っていた。嬉しいよ、君と俺の考えが同じで」
「ハリィ……」
「また涙ぐむ。君は感動屋さんだな」
「だ、だって」
「だが……そういうところも含めて、君の癖は嫌いじゃない。そういう部分も含めて、君は君、なんだろう」
「…………ハリィ」
「ん?」
「だいぶ、調子が元に戻ってきたんじゃないか?」
「あぁ。君に全てを話したら、スッキリした。君が俺の気持ちを受け止めてくれたことに関しても、感謝しているよ」
「でも、そうしているほうが君らしくて……素敵だ」
「グレイ……おだてたって、何も出せやしないぞ?」
「出せるじゃないか。君の……さっきのを、いっぱい出して欲しい。俺の中に」
「グ、グレイ?下品な冗談は君が嫌いとする処じゃなかったのか?」
「これは冗談なんかじゃない……本気で言っている。だから、平気だ」
エレクトした部分をグレイグの白くて細い指にギュッと握られて、ハリィはまともに動揺する。
告白しあった事で、普段は内気で恥ずかしがり屋なグレイにも何かの力を与えてしまったようだ。
恥じらいながらも受け入れる、そんなシチュエーションを思い描いていただけに、この反動は、ちょっぴり意外だ。
だが同時に、心の奥で燃え上がるものもある。ボディシャンプーを洗い落としてやりながら、ハリィは何度となく最愛の親友へ熱いキスを浴びせてやる。
一方のグレイは、なすがままにされながらも、しっかりハリィの勃起したナニは離さず、抱きかかえられるようにしてベッドへ移動する時にも、けしてそれから手を離そうとはしなかった。
グレイグの握りしめた指を解いてやり、何気なく体を自由にしたハリィは裸のまま台所へ向かう。
後を追いかけようとするグレイには手で制し、ワインを片手に戻ってきた。
「素面じゃ君も照れくさいだろ。飲みながらやろう」
などと言っているが、照れくささを感じているのは恐らくハリィ本人の方であろう。
瓶へ直接口をつけてラッパ飲みする親友にグレイは心配して「飲み過ぎは体に悪いぞ」と注意するも、口移しに呑まされて目を白黒させる。
「……堅いことを言うなよ。聖夜ぐらいは気楽にやろう、無礼講だ」
「君はいつだって無礼講じゃないか」
「そうだったかな?まぁ、いい。それとも君は、こういう時ですら真面目にやりたいと」
「……い、いや、こういう時にどうすればいいかなど、思いつきもしないが」
「だろ?だから今は、俺のやりかたに併せてくれ」
「う、うん」
言いくるめられ、納得がいかないまま頷くグレイに微笑むと、ハリィはベッドに身を横たえた。
「君も寝ころべよ」と言われるがままにグレイもハリィの隣へ寝そべる。
横から伸びてきた手が、まず胸、そして腹から臍へと下り、股間へと移動するのを眺めながら、ぼんやりとグレイは考えた。
ハリィは、いつもこうやって自分のペースで女性をくどいたり、エッチなことをしているのだろうか、と。
素人には手を出していない。彼はそう言ったけれど、やけに場慣れしているのが気になる。なので、ぼそりと尋ねた。
「……君は、今、好きな人はいるのか?」
「いるよ」
「え!?」
「君さ」
「そうじゃない!お、俺以外の……女性でっ」
「そうだなぁ、いる……いや、いたといったほうが正しいかな?」
「! そ、そうか。その……その人は、俺も知っている人か?」
「まぁ、君が覚えているのならね」
「……れ、レピアとかいう人か?君のチームにいる」
「レピア?違うよ、彼女はボブのお気に入りだ。それに、俺はああいうタイプは苦手でね」
「そ、そうか……それは失礼した」
「君は覚えてないかな?俺の家に昔、メイドがいただろう」
「……あぁ!名前は覚えていないが、確かにいたな。黒人で、大柄な人だった」
「そうだ。あの人だよ」
「それで、あの人が何か?」
「……いや、だから、君以外に好きな女性……だよ」
「えぇ!?」
「えぇってこたぁないだろう」
「だ、だって、あの人は、あの時点で三十路を越えてたんだろう!?今はすっかり、ご年配じゃないか!」
「まぁ……ね。だが、好きになるのに年齢は関係ない」
「か、関係ないって……」
ハリィの女性の好み――自分に告白するぐらいだから、てっきり自分に似たタイプだろうと予想していたのに、とんでもない方向の女性が現れてグレイは仰天する。
ハリィの家に勤めていたメイドさんのことは、朧気ながら記憶にあった。
褐色の――というよりは真っ黒に近い肌で、全体的に大柄で太った女性だった。
髪は縮れて真っ黒で声も大きく、大らかな人ではあった。むしろ大雑把といってもいいぐらいに。
お隣のご主人様は超がつくほどの堅物なのに、よく、ああいうガサツな人を雇ったものだと、グレイは子供心に違和感を覚えたぐらいだ。
「しかし、なんだ?急に好みを聞いたりして。また探偵ごっこの再開か?」
「い、いや、その……ちょっと気になっただけなんだ。君って、どういう女性が好きなのかと」
「あぁ、なるほど。君に告白するぐらいだから、俺が色多き男なんじゃないかと勘ぐっているわけだな」
「べ、別に、そういうわけでは」
「だが残念ながら君のお隣さんは、君が思っているほどにはモテない男でね。唯一好きになったのは、昔お世話になったお婆さんと、お隣の幼なじみぐらいだったのさ」
「そ……それは関係ない」
「関係ないって、なにが?」
「君が誰かを好きになることと、君がモテるかどうかは、関係ないだろう?君が気づかないだけで、君を好きになった人がいるかもしれないんだ。例えば……れ、レピアという人とか」
「君は、いやにレピアを気にするね。もしかして、ああいう女が好きなのか?君は」
「違う!お、俺だって、ああいう女性は好きじゃない……」
「そういや、君が誰かと恋したっていう話も聞いたことがないな。いないのか?君こそ、俺以外に好きな人は」
「…………」
「やれやれ、自分の話になるとダンマリか。ずるいなぁ、君は」
「……聞いても面白い話とは思えない。だから」
「俺としちゃあ、聞きたいんだがね。でも、君が嫌ならやめておくよ」
「そ、それよりも。いたと過去形で言うということは、もう諦めてしまったのか?」
「何が?……あぁ、アニータの事か?」
アニータ、そうそう、確か、そのような名前であった。スカイヤード家のメイドさんは。
懐かしむようにハリィは目を閉じ、しばし考えにふけっていたが、やがて目をあけ微笑むと、グレイをじっと見つめる。
「彼女、君のこともよく覚えていてね。あの坊ちゃんが騎士団長になるなんて、信じられないねって、いつも言っていたよ」
「そ、そうか。まぁ、俺も自分で信じられないからな……」
「それはそうと、二十六になった君を坊ちゃん扱いしてるぐらいだ。俺のことだって今も坊ちゃんと呼んでいる。男扱いされてないんだよ、彼女には」
「……そうなのか?それで?」
「何度か求婚したこともあったんだが、軽く流されてしまってね。結局ふられちまったってわけさ」
「あ……」
「うん。だから、今はいないってことになるかな。君以外に好きな女性は」
「……すまない」
「謝ることはないさ。君が悪いわけじゃないんだから」
しょぼくれるグレイの髪を優しく撫で、ハリィが小さく溜息をつく。
「君は優しいな。ボブなんか俺が失恋したって聞いた時、どうしたと思う?奴はな、大爆笑してくれたよ。同じ親友でも君とは、えらい違いだ」
親友……って、ボブが?
ボブというのはハリィのチームにいる黒人の大男だが、自分以外の親友が出現したことにグレイは少なからずもショックを受ける。
いや、ボブがスクール時代の友達だというのは以前、ハリィ本人から聞いていた。
しかし『親友』とハッキリ口に出して言われたのは、今が初めてである。
それにしてもハリィの交友関係は、女性の好みも含めて自分とは全く違う。
180度は違うんじゃないかってぐらい違いすぎる。
ハリィは自分の何処が好きなのだろう、とグレイは改めて考える。
――やっぱり、今は女性の体をしているから、彼はグレイのことを好きだと錯覚しているだけなのでは?
どんどんネガティブな思考に進んで暗く沈む彼を心配したか、ハリィがいやに優しい声色で話しかけてきた。
「どうしたんだ?急に無口になってしまって」
「え……いや、その……」
「また誰かと俺の関係を勝手に想像して、落ち込んでいるのかい?」
「ち、違う……いや、違わないけど、でも」
「当ててみせようか。君が今、嫉妬しているのは……」
「…………」
「ボブか?」
「ど、どうして判ったんだ!?」
「まぁ、さっきまで話していたのが彼の話だったからね。そんな処じゃないかと」
「…………君は、ボブとも仲が良いんだな。友達ではなく親友の域にまで達するほど」
「まぁね。だが、君ほど仲が良いわけでもない」
「え?」
「今でも奴はレピアの事で、いちいち突っかかってくるし、さっきも言ったようにデリカシーがゼロだからな。君はその点、奴よりは礼儀も優しさもふまえていて、話していると気が休まる。良き親友だと俺は思っているよ」
例えるならば、君は癒し系でボブは悪友だ。
そう締めくくって、ハリィがワインの瓶を差し出してくる。
仕方なく受け取り、グレイもぐっと瓶をあおった。
こんな風にして、お酒を飲むのは初めてだ。
勢いよすぎて、ちょっとむせてしまったが、胸元に垂れてきたワインをハリィに舐めとられヒャッとなる。
「き……君の巨乳好きは、あの人の、アニータさんの影響なのか?」
「ん?あぁ、まぁ、アニータも巨乳といえば言えないこともないか……だが、違うよ。彼女に限らず、胸は大きい方が好みなんだ。十五の頃からね」
「十五の頃から!?……マセていたんだな、君は……」
「まぁね。二十越えても純情な君とは違って、汚れてるんだよ。傭兵だからな」
「傭兵というのと、君がエロスなのは関係ないと思うが」
「そうかもな。で?君はエロスな男は、お嫌いかい」
「……君以外なら、あまり好きではない」
「それを聞いて、安心したよ」
「だ、だが!君の下品な冗談が好きなわけでもないッ」
「ハイハイ。以後、気をつけるようにしよう」
茶化して肩を竦めると、グレイの手を自分のナニに誘い、ハリィが囁いてくる。
「さて……おしゃべりは、この辺にして、そろそろやらないか?君はコレにご執着していただろう、さっきの気分を思い出して手扱きしてくれると嬉しいんだが」
手扱き、という単語に聞き覚えがなくても、握らされてしまっては彼が何を期待しているのか判らないでもない。
真っ赤になりながら、グレイは微かに頷いた。
「わ……判った。精進する」
「別に、そこまで気負うほどの事じゃないよ」
くすくす笑われ、グレイの頬はさらに紅潮した。
「む……胸で挟まなくてもいいのか?」
「いいんだ。今は手でやって欲しいんだよ」
「……じゃあ、胸でなくても気持ちよくなれるんじゃないか、君は」
「ん、あぁ、いや。口よりは胸、胸よりは手……かな?」
「なんだ、それは」
「気にしなくていいよ。それより手を動かしてくれないか。……そう、上下に」
「あ、あぁ。判った」
「…………」
「…………」
「うん。うまいね」
「そ、そうか……?」
「君、そのまま元に戻らなかったら、俺と結婚するというのはどうだろう?」
「え!?」
「って冗談だよ、冗談。そこまで驚かなくても」
「……い、いや、その……じょ、冗談だったのか……?」
「え?」
「………………」
「……もしかして君は、今でも俺の嫁さんになりたいのかな?昔も言ってたよな、そう、五つぐらいの時に」
何十年も前の話を、よく彼は覚えているものだ。
己でさえ忘れていた恥ずかしい思い出話を掘り起こされ、ハリィのナニを握りしめたまま、グレイは赤くなって俯く。
それに……ハリィに結婚しないかと言われた時、ときめいてしまったのも事実だ。
もし、このまま元に戻らなかったら――考えもしなかったが、ありえない話ではない。
だが万が一、そのような事態になったとしても、自分にはハリィがいる。
彼ならグレイが男であろうと女であろうと一緒にいてくれる。グレイは漠然と、そんな風に考えた。
「だが、駄目だ。俺は生涯誰とも結婚する気はないよ、たとえ君が相手だったとしてもね」
「え……ど、どうして?」
「結婚したら家督を継がなきゃならない。それが嫌で家を飛び出したのに、今さら継ぐってのもねェ」
「で、でも君は勘当されている身なんだろう?」
「それが、そうでもないんだよ。この間、親父殿から通信が多々入ってね」
「仲直りしよう、と?」
「いや。それすら飛び越えて、見合いの話を持ち込んでくる。自分勝手な親だよ、誰に似たんだか」
「見合い……」
「まぁ、親父殿も、お歳だからな。長男を何としてでも呼び戻して、家を継がせたいらしい」
「君が……結婚…………」
「……大丈夫だよ、心配しなくても。する気なんて、ないんだから。見合いも全部すっぽかしてるしな」
「でも、いつかは結婚するんだろう?」
「しないよ」
「……させられる、かもしれない。君は貴族だから……」
「何のために俺が家出したと思ってるんだ?俺は貴族を捨てたんだ、つまりは親父殿に縛られる必要もないってことさ。だから、最近は」
通信コードを変えてやったんだ、とハリィは笑い飛ばし、グレイの胸の谷間へ顔を埋める。
暗いニュースで気の重くなったグレイも、彼の愛撫を受けるうちに、だんだんとリラックスしていく。
「いい顔だ」
うっとりするグレイを見てハリィは呟き、続けてこうも言った。
「君と、こんなに色々と話したのは、本当に久しぶりだ。子供の頃以来じゃないか?」
「そうだな……俺も、君と色々話が出来て嬉しかった。知らないことも知ることができて」
「あぁ。君は意外と好奇心旺盛だね。余計な事でも口走っていないか、心配だよ」
「……いつか心の余裕が出来た時に、俺も君に話したいことがある」
「ん?君の初恋話とかか」
「……そうだ。その時は、こうして聞いてくれるか?」
「いいとも。その時も、寝物語として聞きたいものだね」
「えっ……い、いや、その……そういう場所で聞くような話では」
「冗談だよ。君はすぐ信じるんだなぁ」
「……っ」
「だが少ししゃべり疲れたかな、俺は少々眠くなってきたんだが……君は、どうする?」
「え!?」
「……その様子だと、続けたい。そういう結論でOKってことかい?」
「う……うん。だ……ダメなのか?」
「……まぁ、君にトコトンつきあうつもりで始めた以上は、最後までつきあうよ」
「そ、そうなのか?」
「うん。元々、これは君がやりたいと言い出した遊びだしな」
「え!? べ、別に俺は、これは笹川ってやつがやると強制で決めて!」
「だが、やりたいと申し出たのは君だぞ。俺は最初に聞いただろ、君にやるか否かの選択を」
「……言わないでくれ」
「後悔しているのか?」
「………………」
「俺は後悔してなど、いないよ。君の色々と可愛い面を見ることも出来たしね」
「……は、恥ずかしいから、そういう気持ちは心の奥にしまっておいてくれないか」
だが、一度眠たいなどと考えてしまうと、本当に瞼が下がってくる。
ゴシゴシと瞼をこするハリィを見て、グレイはしばし考えたのちに変更を申し出た。
「君は本当に眠いみたいだな……無理してつきあわなくてもいいんだぞ」
「あぁ……すまないな。俺からやりたいと言い出しといて先にリタイアするなんて」
謝りつつもハリィは大あくびをかまし、ごろりとベッドに寝そべる。
ふと時計を見ると、零時まで、あと一分といった時刻を指していた。
「……クリスマスも、もう終わりか」
寂しげに呟くグレイの横顔を眺め、ハリィも囁いた。
「クリスマスは毎年来るだろうよ。来年また同じ企画があれば、君に最後までつきあうのも一興かな」
「そ……そうだな」
「だが、その前に。君、本当に元に戻れるんだろうな?」
「そ、そんなのは知らん。笹川に聞かなくては」
「…………戻れなかったら、本当に俺と」
「えっ……」
カチリ、と時計の針が動いて零時を指す。
同時に下へ視線を向けたハリィが、さも残念そうに溜息を吐いた。
「……なるほどね」
「なにが?なにが、なるほどなんだ?」
ハリィの視線を追って己の股間へ目をやったグレイも、彼が何に落胆したのか気づき、続いて笑いがこみ上げる。
「クリスマスの奇跡は、クリスマス限定ってわけさ」
「なるほど、たしかに『なるほど』だ。ところでハリィ、君は先ほど何か言いかけたが」
「あぁ、気にしないでくれ。大したことじゃない。そうだ、ついでに何か着ておこうじゃないか。裸でホールに呼び戻されちゃたまらないからな」
「う、うん」
――こうしたわけで。
用意周到なハリィのおかげで、ホールへ呼び出された時、ハリィとグレイグはしっかり服を着て現れたのであった。