10.
勇者一行が馬車で到着したのは砂漠のオアシス。またの名を砂漠王国ともいった。
「まんまじゃないか」とぼやくキースに続いて降り立ったエイジは、直射日光でふらりと立ち眩む。
「大丈夫か!?」
だが血相を変えて抱きかかえにきた斬の手から、やんわり逃れると、辺りを見渡した。
「……平気だ。しかし、ここから先どうやって魔王城へ行けばいいのか」
小さなつぶやきだったにもかかわらず、ザザッと砂を蹴って勇者一行を取り囲んだ軍団がある。
「教えてやろう!」
何事かと見てみれば、あの時取り逃がした魔物軍団ではないか。
「えっ、魔物!?」と驚くピコロットを押しのけて、クォードが一番先頭に立った魔族へ詰め寄った。
「ずいぶんと大勢引き連れて、ご満悦じゃないか。俺達を迎えに来たってのか?えぇ、アルタスよ」
アルタスとは、戦闘アナウンスにあった悪魔将軍アルタスであろうか。
クォードとは顔見知りのようだが、クォードも以前は魔王城メンバーだったのだし、驚くに値しない。
「そうだ、クォード。君の帰りが遅いので迎えに来た。あと砂漠王国は我々が占拠しておいたから」
なんでもないことのように、さらりと言われ、斬一行は、しばしポカーンと佇んでしまう。
「え、待ってくれ。オアシスが人類にとって最後の町になるんじゃなかったか」
「その前にクォードを迎えに来た、だと?」
ピーチクパーチク騒ぐ仲間を背に、エイジもクォードに真相を問いただす。
「どういうことだ。クォード、きみは陰で魔王軍と繋がったままだったのか?」
「いや、ばっさり縁は切ったはずだぞ……」
クォードも困惑気味に答えると、じろりとアルタスを睨みつけた。
「俺は勇者側へ寝返ったんだ。今更迎えに来られる筋合いもねぇぜ」
「だが、諸君らは城へ行く手段が見つけられないときた。僕の予想は外れているかい?」
間髪入れずドヤ顔で返されて、違うと言いたいところだが、実際はアルタスの言う通りだ。
腹いせ紛れにクォードはアルタスの鳩尾へハイキックを入れてから、道先案内を促した。
「じゃあ、魔王城へ案内してもらおうじゃねぇか。俺以外の奴らもな」
「お……おぐぅ……な、なんで今、唐突に蹴ったんだぃ、クォード……」
アルタスは苦悶の表情を浮かべており、大変申し訳ないのだが、斬も便乗して会話に加わる。
「君たちが迎えに来たのはクォードだけなのかもしれないが、俺達は彼と友達になったんだ。ここでお別れになるのは寂しい……どうか、一緒に連れて行ってもらえないだろうか」
「俺が連れていくって言ってんだ。お前に断る権利はねぇぜ、アルタス」
脅迫のつもりか、ぐりぐりとクォードには股間を足で踏まれて、アルタスは恍惚とした表情で「あふぅ、わ、判っている。クォード、きみは一度言い出したら人の話を聞かないって、魔王様からも伺っているよ」と答えると、しゃきんと立ち上がり、眼鏡をクイクイさせた。
「……では、ついてきたまえ。勇者一行」
踵を返したアルタスの後を追いかけ、クォードとキースが歩き出す。
エイジを促して歩き出した斬の側へ九十九も駆け寄ってきて、耳元で囁いた。
「全くの急展開で全然口を挟めなかったんだが、この後は魔王城へ到着できる――そういう展開でいいのか」
「そういうことだ」と斬も力強く頷き返す。
一行はアルタスの案内の元、魔族の能力でもって魔王城まで瞬間移動したのであった。
「瞬間移動できるなら、馬車なんて必要なかったじゃないか」
またしてもキースのぼやきが聞こえてきたが、所詮は結果論である。
まさか砂漠のオアシスが魔王軍に占拠されていて、しかもクォードを迎えに魔族軍団が現れるなど、案内役のピコロットでも知りえなかった展開だったのだから。
「おまけにあいつ、アルタスといったか?俺と同じ眼鏡アンド細身でキャラが被っているじゃないか」
「どうでもいいわよ、そんなの」とピコロットは無下にキースの文句を突っぱねた。
先頭を歩くアルタスへ確認を取ったのは、斬だ。
「俺達の目的を知っていながら、魔王様の元へ案内するつもりなのか?相当の余裕だな」
「いや……クォードに頼まれたのでは、断れない。判るだろう?」
先ほど彼がやられていた、ハイキックからの股間グリグリ連携攻撃を思い出し、斬は納得する。
せっかく真面目キャラで出てきたのにドS責めでギャグキャラ化させられたんじゃ、たまらない。
斬はアルタスに深く同情し、改めてクォードを仲間に出来た幸運を噛みしめた。
彼がいなかったら、今頃はもっと旅が長引いていたかもしれないのだ。
「魔王ってやつの正体も、お前は知ってんのか?」
クォードに尋ねられ、アルタスは素直に頷いた。
「人間の言葉でいうと百閧ヘ一見にしかず、だったか。まずは謁見してくれ」
「なんで今、わざわざ人間の諺を用いたのよ」といったピコロットの疑問は、大きな扉を開ける音でかき消される。
扉の向こうは大広間で、長身の男が両手を広げて歓迎する。
「ようこそ、クォードとその他大勢の人間たちよ!」
どんな怪物かと構えていたのに、見た目は人間と同じサイズで、とんだ肩透かしだ。
紫の髪の毛を腰ほどまで伸ばしている他は、これといった特徴もない。
「は?」
奇声を発したクォードを皆でガン見する。
「そういえば、クォードは魔王に言われて勇者を見に来たんじゃなかったか……?」
ひそひそとエイジに囁かれ、斬も、出会った頃を思い出す。
そうだ、確かにクォードは言っていた。
魔王に命じられて、勇者の出現を確認しに来たのだと。
その彼が魔王を見て驚くのは、どうした事か。
彼は魔王に一度会っているはずである。城を出る前に。
「どうしたんだ、クォード。何かおかしなところでも」と聞きかける斬を押しのけ、クォードは魔王と思わしき男へ荒々しく詰め寄った。
「なんで、お前が魔王になってんだよ、アシュタロス!」
「ほう、魔王様の本名はアシュタロスというのか」
意味なく眼鏡をキラーンさせるキースの横では、ピコロットが意味深に言葉を区切って呟く。
「魔王に、なっている?」
もう一人の眼鏡その2、アルタスは泡を食った様子でクォードを咎めに回る。
「無礼だぞ、クォード!このお方は魔族の頂点を治めし唯一無二の存在、大魔族アシュタロス様なんだ」
クォードは「知ってるよ」と不愛想に応え、なおもアシュタロスの襟首を下から掴んで引っ張り降ろす。
「その大魔族サマが、なんだって異世界で魔王を気取ってんのか聞いてんだ。ここにいた、見知らぬ魔王は、どこにやった!?」
「見知らぬ魔王……そうか、もしかしてクォードに勇者観測を命じた魔王と今の魔王は別人なんじゃないか」
小さく呟いたエイジへ、クォードが嬉々として振り返った。
「その通りだ、エイジ。さすが魔族を統べる血筋の男だ!」
「いや、そんな大層なものではないんだが、アーグレイの血は……」
ものすごいアゲアゲッぷりに本人はドン引き、斬は羨望の高まりが止まらない。
「あぁ、その魔王なら、私がちょちょいと倒してやったとも」
またしても、さらっと言われて、九十九が驚愕に叫ぶ。
「なんだと!魔王が倒れたのに、何故俺達は元の世界へ戻れない!?」
「それは……」
おのずと皆の視線がアシュタロスに集まり、本人が結論付けた。
「次の魔王が私に決まったからだろう。だが、安心するといい。私もクォードが戻ってきたので、これで失礼するからね。さぁクォード、待たせたな。一緒に魔界へ帰ろう」
こうして――
勇者と戦う前に魔王は滅び、世界に平和が訪れた――
まるで打ち切り漫画のように冒険が終わってしまい、勇者一行は茫然と佇むばかりだ。
「い、意味が判らない……」
「私もよ……」
頭上を白い文字がズラズラと流れていき、どうやら人の名前だと判る頃には各々の視界が真っ白に染まっていく。
斬は最後にエイジへ別れの言葉を言うのを忘れたと気づいたが、言う暇も与えられず元の世界、ワールドプリズへと戻っていったのであった……