十七周年記念企画・闇鍋if

ドキドキ☆闇鍋肝試し大会

6話 おばけだぞ〜!【ガチ】

意識が目覚めて彼が考えたのは、ここは何処だ――の一言であった。
全く見覚えのない野外だ。
草が鬱蒼と生い茂っている。
彼の住んでいた街には存在しなかった緑の多さに心を和ませていると、自ら笹っちんと名乗る男に腕を引っ張られ、『オバケ役更衣室』と書かれた看板の下がったテントへ放り込まれ、そして今は藪の中を宛もなく歩き回っているという次第だ。
いや、全く宛がないわけではない。
驚かされ役を見つけて、脅かさないといけないノルマがある。
一人でも脅かさないと、成仏させられませんと笹っちんには言われた。
自分は、やはり死んでいたのか。
だが、何故意識がある?それも、はっきりとした意識が。
生前の記憶もあった。そうだ。
俺は確かに死んだのだ。
七神の能力者に、脳味噌を吹っ飛ばされて……
「ク〜〜ロ〜〜トォ〜〜ンッ」
「うわっ!」
いきなり背後から抱きしめられて、黒服の青年は悲鳴をあげる。
抱きついてきた不埒者へ振り返ってみれば、そこにいたのは帽子を目深にかぶった青年であった。
「ゾッ、ゾナ!?ゾナなのか!」
「うん。クロトも、ここに化けて出てきていたんだな。よかった〜!誰も知った顔がいないかと思って、寂しかったんだ」
「……いや、待て。化けて出てきた、だと?」
「そうだよ。笹っちんってやつに言われなかったか?」
帽子の青年ゾナ曰く、笹っちんによると自分達は既に死んでいるので幽霊というかたちで、ここに召喚されたらしい。
召喚とは何だとクロトが尋ねると、ゾナは笹っちんの受け売りだけどと前置きして、死者を霊界から呼び出す儀式だと答えた。
成仏するには生者、現在も生きている者を一人以上、脅かさないといけない。
「なんだって、俺達がそんな真似をしなければならないんだ」
「俺に言われても知らないよ。笹っちんに聞いてくれ」
「で、その笹っちんは、どこへ行ったんだ?」
「さぁ……いつの間にか見失っちゃってさ。仕方ないから誰か驚かそうと思ってウロウロしていたら、きみを見つけたんだ」
「俺を脅かしたところで生者ではないからノーカウントだぞ」
「うん。でさ……個別にウロウロするのもなんだし、一緒に行かないか?」
とっておきのさわやかスマイルで微笑みかけたにもかかわらず、クロトの返事は辛辣であった。
「断る。また先ほどのように抱きつかれては、たまらんからな」
「ご、ごめん。もう二度としないから、だから一緒に……」
「それより、生者と亡者の違いは、どうやって見分ければいいんだ?」
「えぇと……俺の足下や周辺を見てもらえば一目瞭然かなぁ。きみのまわりにも浮かんでいるけど」
言われてゾナの足下に目をやれば、薄く透き通っている。
彼の周りにも、そして自分の周りにも、人魂が浮かんでいた。
なんとも判りやすい"幽霊"だ。
「体の濃さなんだけど、全部を薄くすることも出来るみたいだ。さっきすれちがった知らない幽霊は、全身が透き通っていたよ」
「ふむ……薄ければ薄いほど、脅かし効果は高いと思うか?」
「自分がやられた場合で想像してみりゃ、透明であればあるほど怖いんじゃないか」
「やり方は?」
「薄くなれ〜、薄くなれ〜って心の中で念じるんだ」
言われたとおり薄くなれと念じてみると、どんどん自分の体が透明へ近づいていくのでクロトは驚いた。
完全に透明になった処で、ゾナの側を離れようとする。
彼は一緒に行きたがっていたようだが、お断りだ。
スキンシップは、死んでいても断固拒否なクロトであった。
だが、立ち去ろうとするクロトの背中へ、ゾナがぽつりと話しかけてくる。
「あのさ。幽霊同士だと透明になっても見えているから。その……俺を置いてかないでくれよ。もう、抱きついたりしないから」
「駄目だ。お前は、どうも信用できない」
「そんなぁ。俺、怖いんだよ。成仏できなかったらって思うと、ずっとここに一人でいなきゃいけないのかなぁって」
「死んで怖いもクソもあるか。他の成仏できない奴と末永く幸せに暮らせ」
「なんで、そこまで嫌うんだ俺のこと!俺、生前きみに何かしたか!?」
生前の彼に嫌がらせをされたことは一度もないし、それほど深いつきあいがあったわけでもない。
だが、別の自分が囁いている。
ゾナは信用ならない奴だと。
別の自分とはなんだ。
それも判らない。
亡霊ながらも、クロトは頭を抱えた。
死んでから、記憶が混乱しているのか。

「並行世界の障害だな。諸君らは一度、別の並行世界で出会っている。だから記憶が混線したのだろう」

突然横合いから話しかけられて、クロトもゾナも、ぎょっとなって身構える。
黒スーツにサングラス。長い金髪は、夜中だというのに光り輝いている。
警戒する二人に、なおも男が話しかけてきた。
「その世界でゾナ、君はクロトに精神的な迷惑をかけた。あまりにも不快であった為、その時の記憶がクロトの魂に混ざり込んでしまったのだ」
「そっ、そんなの!俺は記憶にないんだけど!?」
「その記憶は、君には不快ではなかったからな」
「一体、何があったんだ?その並行世界とやらで、俺の身に」
「知らない方が幸せな記憶だ。欠片しか残っていないというのが、何よりの証だ。君自身が思い出したくない記憶を、俺が教える必要もなかろう」
知っているなら教えてくれても良かろうに、中途半端に暈かされたせいで不満も二倍だ。
クロトは黙って男の様子を眺めてみる。
足下が透き通ってもいなければ、周りに人魂も浮かんでいない。
となると、こいつは生者か。
「あ、あんたの言っていることが本当だって証拠はあるのか?大体、あんたは何者なんだ!どうして、俺達を知っている!?」
「そうか。諸君らとは初対面だったな……俺の名はリュウ=ライガ。時の管理人だが、今は迷子になった連れを探す、ただの肝試し参加者だ」
「迷子?誰を捜しているんだ」
「シン=トウガ。諸君らも名前ぐらいは覚えていると思うが」
「シンだって!?」
その名前なら、よく覚えている。
ユニウスクラウニを途中で裏切った、能力者だかそうじゃないのかも判らなかった元仲間じゃないか。
生者のリュウが探しているとなると、シンも生き残ったのか。
小心な臆病者だと思ったが、あの世界で生き残れたとは意外な気がした。
「シンは今、俺と共に暮らしている。あの頃のシンとは同一ではない……といったところで、諸君らには理解できない範疇かもしれん。とにかく彼を見つけたら、ここにいたぞと念じてくれれば」
「なんで俺達が教えなきゃいけないんだ!それに不快な記憶のことだって、信じたわけじゃないんだからなっ」
「……そうか。もし協力してくれるのであれば、成仏条件となりえるターゲットを代わりに教えてやったのだが」
「脅かされ役と脅かし役の見分けが、お前にはつくというのか?」
「無論だ」
「何故、シンは行方不明になったんだ」
「脅かし役に脅かされて、パニックに陥って逃亡した」
やはり臆病者と感じたのは間違いではなかったのだ。
しかし、たかが肝試しのオバケ程度でパニックに陥るほどの臆病だったとは。
シンとも生前は全く交流がなかったが、今、会ってみたいとクロトは考えた。
どうやって最後まで生き延びられたのか。
何故、あのタイミングで裏切ったのか。
全部聞き出したい。
「いいだろ。見つけたら教える」
「ク、クロトッ!?こんな怪しい奴を信じるっていうのか!」
「お前よりは信用できそうだ」
「そんなぁっ」
「では交換条件として、脅かしターゲットを教えてもらおうか」
「あぁ。この藪を真正面に突っ切っていくと、平清盛と書かれた墓石の前に出る。その墓の後ろで待て。脅かされ役が現れたら、君は姿を現すだけでいい」
「それだけで皆、驚くのか?」
「人は、人ではないものに恐怖を示す。幽霊は脅かし役にうってつけだ」
「その割に、あんたは俺達を見つけても驚かなかったようだが」
「……俺は、人ではないのでな」
では頼むと言い残し、リュウの背中は闇へ消えた。
クロトがずんずん歩いていくので、ゾナも慌てて後を追う。
なし崩しに同行する形になってしまったが、文句も言っていられない。
まずは成仏条件を成立させる。そして、その後はシンを捜索だ。
「な、なぁ。あいつ、結構抜けているよな」
「何がだ」
「だって、シンを探してくれたらターゲットを教える、とかにすればいいのに探す前から教えてくれるなんて……」
「正直な奴なんだろ。お前と違って」
「おっ、俺がいつ嘘をついたと!?」
「教えてもらったら探さなくていいと考えるような奴が正直だとは、俺には思えん」
「うわぁぁんっ!ごめん、今のナシ!!シン探し、つきあうから機嫌治してくれよぉ〜っ」
何やら必死で弁解を重ねるゾナを後ろに従えて、クロトは墓の前に到着した。
まだ誰も生者は辿り着いていないようで、辺りは静まりかえっている。
いや、何個か墓の上に石が置いてあるのを見るに、何人かは辿り着いた後のようだ。
この墓の後ろから姿を現すだけで、皆が驚くという。
だが、一人だけでも脅かせば充分だろう。
何人もを驚かす悪趣味はクロトにもゾナにもない。
二人揃って墓石の後ろにしゃがみ込む。
図らずもクロトと密着状態になったゾナは、そっとクロトの横顔を盗み見た。
生前同様、綺麗な顔だ。死んでしまったなんて信じられない。
まぁ、それを言うなら自分もなのだが……
「おい、鼻息が荒いぞ。静かにしろ」
「ごっ、ごめん」
亡者になっても鼻息を感じるとは、不快だ。
自分の真横で鼻息をフガフガさせるゾナを、クロトは心底軽蔑の眼差しで見つめてやった。
だいたい、なんで彼が興奮しているのかも判らない。
興奮するような状況ではないはずだ、今は。
イライラするクロトの耳に、足音が近づいてくる。
脅かされ役がやってきたのか。
「やっと見つけたのだー!あれか?ダグー。タイラノキヨモリの墓って」
「た、たぶんね。はぁ〜、永遠に見つからないかと思ったぁ……」
一人は銀髪の少女で、元気に騒いでいる。
もう一人は黒髪の青年。
こちらは、やたらお疲れ気味で地面にへたり込んでいる。
ヘトヘトに疲れ切っている奴を脅かすのは気が退けたが、これもノルマだ。
クロトは音もなく、墓の影から姿を現す。
反応は、過剰に返ってきた。
「んっ……ぎゃああぁぁぁぁあああああああーーーーなのだーーーー!!!!!」
「ひぃぃぃっ!おっ、おばけぇぇ〜〜〜っっ!!おぅたすけぇぇ〜〜〜!!」

今時の子供でも、お化け屋敷に入ったカップルでも、ここまで驚いたりはしないのではなかろうか。
というぐらいの大絶叫、加えて身をひいて仰け反るというオーバーリアクションである。
たかだか幽霊が出たぐらいで大袈裟な。
呆れるクロトの前では、青年が手をバタバタさせて後退する。
少女も目をがっちりつぶって、悲鳴をあげ続けた。
「あわわ、あわわわっ、た、たすけて〜先輩っ!」
「ぎゃあ〜〜!怖いのだー!怨霊退散なのだー!!ランカは食べても美味くないのだぁぁっ」
青年は尻でずりずりと後退していったかと思うと、四つんばいで逃げ去っていった。
少女もまた、目をつぶったまま猛ダッシュで逃げていく。
あれじゃ、そのうち石か何かに蹴躓いて、大怪我をするかもしれない。
心配だ。
そう思ったクロトは、彼女の後を追いかけた。
ゾナが慌てて追いかけてくる気配を、背後に感じる。
「クッ、クロト、追い打ち攻撃は可哀想だぞ!?」
「追い打ちなど、誰がするか。あいつの目を開けさせないと危険だ」
「あ、あいつって?あの女の子!?」
「他に誰がいる?」
追いかけて、少女に触れるかどうかも判らないが、あのままにはしておけない。
なんせ自分が脅かしたせいで、ああなってしまったのだから。
追いかけながら、生前の自分にはなかった優しさだと気づき、クロトは僅かに微笑みを浮かべる。
横で再び鼻息をフンガフンガ荒くするゾナの存在は、スルーの方向で。
「んぎゃあぁぁあー!前がみえないのだー!真っ暗怖いのだぁぁーん!!」
「落ち着け!目を、あけろ!!」
「ぎゃあー!知らない奴の声が耳元でするのだー!幻聴怖いのだー!」
大声で叫んだら、余計驚かせてしまったようだ。
少し考え、クロトは優しい声色でもって、少女の耳元で囁き直してやる。
「……大丈夫だ、怖くなどない。目をあけてごらん?」
するとランカはパチッと目をあけ、樹木にぶつかる寸前で急停止した。
危なかった。
あと数秒遅かったら、木に激突して骨折ぐらいはしていたかもしれない。
「ハニャ?今のイケメンヴォイスは誰だったのだぁん。耳元をくすぐる、甘い囁き……あれが天使様というやつなのか?」
何やら唐突に、顔に似合わぬポエミィな発言を繰り出す少女を遠目に見守っていると、先ほどの青年が走ってくる。
まだ目には多少の怯えが残っていたが、少女を見つけた途端、ほっと安堵の溜息を漏らして笑顔で近づいた。
「あぁ……よかった、ランカ。無事だったか」
「ダグー!もしかして、耳元で囁いたのはダグーだったのか?」
「耳元?いや、囁いてないけど……もしかしたら、天使様かもしれないね」
「やっぱり!?」
「うん、俺達を心配して守ってくれたのかもしれない」
天使様が耳元で囁いてくるのは、彼らの間では、よくある出来事なのだろうか。
ともあれ、二人仲良く去っていくのを見送ってから、クロトも踵を返す。
傍らで、ゾナが笑いかけてきた。
「イケメンボイスだって。彼女、きみの顔もちゃんと見てみれば良かったのにな。そうすりゃ、イケメンなのは声だけじゃないって判ったのに」
「幽霊を怖いと認識している以上、ちゃんと見るのは無理だ。なのに、まじまじと眺めろというのか?酷い奴だな、お前は」
「うっ。どうして俺の発言だけ、悪意全開で受け止めるんだ……」
「イケメンだの何だのと、気味の悪い事をほざくからだ。今度同じネタを振ってきてみろ、完全に存在を無視してやる」
「うぅぅ……反省しますぅ〜」
ゾナがしょぼしょぼしょげかえっていると、誰かが近づいてくる。
輝く金髪で遠目にもリュウだと判り、彼が一人でもないと気づいたクロトは声をかけた。
「なんだ、シンは自力で見つけちまったのか」
「あぁ。君達には協力を仰いでいたからな、一応報告に来た」
「ど……どうも。お久しぶりです」
「あぁっ、シン!?シンじゃないか、久しぶり〜!」
肌は褐色で、白い髪の毛の男。
クロトの記憶にもあるシン=トウガは、あれから全く歳を取ったように見えない。
だがリュウ曰く、彼はクロト達の生きていた頃のシンとは別物だそうなので、歳を取っていないのも、その辺のところが関係しているのだろう。
ゾナに喜ばれても、シンは引きつった苦笑いを浮かべている。
無理もない。
奴は途中でユニウスクラウニを裏切り、連邦軍に下ったのだ。
しばし黙っていたクロトは、口を開く。
「何故、裏切った?」
「俺は……俺は、誰も裏切っていない。元から君達の仲間でもなければ、連邦軍の仲間でもなかった。俺は、あの世界では異端者だった。最初から、最後まで。君達には悪かったと思っている。俺みたいな異物が混ざり込んだせいで、未来の変わってしまった人もいたかと思うと。でも……あの頃の俺には、どうにも出来なかった。運命に抗う力がなかったんだ」
「つまり裏切ったのではなく運命に流されていた、と……そう言いたいのか」
「あぁ。信じて貰えないかもしれないが、それが真実なんだ」
睨み合うクロトとシンを交互に眺め、ゾナはオロオロ困惑している。
彼には判るまい。
シンが連邦軍側へ保護されるよりも前に死んでしまったのだから。
睨み合っていたのも数秒で、クロトは、ふいっとシンから視線を外し、リュウへ問いかけた。
「もし、こいつという異物が入り込まなかったと想定した場合。俺達の運命は、どうなっていた?どのみち連邦軍には勝てなかったのか」
「俺の視た予知では、彼の紛れ込まない未来は存在しなかった。彼は必ず君達の世界へ紛れ込み、多くの死者を眺めながら最後まで生き残っただろう」
「……シンは、どうやって生き残ったんだ?」
「凍結の能力が発動して、その場にいた全員を凍らせた。あの時は俺が介入して救い出したが、俺が手を出さずとも、必ず彼は生き延びたはずだ」
「なるほど……シンは、能力者だったのか」
「よ、予知?未来?クロト、それにリュウだっけ、二人とも何を言って」
「クロト。俺の答えは満足できる回答だっただろうか」
「満足とまでは、いかないが……いいさ、あんたの答えに納得してやる。それじゃ、亡霊は退散するとしよう」
「え、退散?うわっ!?」
キラキラと己の身が輝きだして、ゾナは悲鳴をあげる。
否、輝きだしたのは自分だけじゃない。クロトもだ。
これが、成仏するってことなのか。
いや、でも、まだクロトにあんなことやこんなことを全然していない。
肝試しっていったら、カップルのイチャイチャは定番じゃないのか?
ここで二人行動したのも何かの縁、そう、言ってみれば俺達はカップル的な、アッー!
――最後まで雑念を振りまきながら成仏していくゾナと、それから満足げな笑みを浮かべて同じく成仏していったクロトを目で見送り、シンが、そっとリュウへ尋ねてくる。
「肝試し大会も、もうすぐ終わりなんでしょうか」
「そのようだな。トリはオカルト好きに任せて、俺達も退場するとしよう」
「あ、はい」
言うが早いか、二人の姿は瞬時にかき消える。
幽霊ではないが人間でもないリュウにとって、シンを伴い次元移動する程度は朝飯前であった。

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