十七周年記念企画・闇鍋if

ドキドキ☆闇鍋肝試し大会

3話 ハロー!満月でもない夜に

幽霊が見えてしまう輩にとって、肝試し大会ほど興ざめするものはない。
怖いのは幽霊より人間だ、などとしたり顔で抜かす奴がいるが、人間を怖がっていたら社会で生活できない。
やはり霊体のほうが恐ろしいと佐熊は思うのだ。
奴らは人間社会から繋がりが外れたにもかかわらず、まだ人間と繋がろうとしてくるのだから。
隣を歩く吉川未央、この女は東京における佐熊九狼の同居人且つ共同経営者であるのだが、先ほどから、ずっと大人しい。
場の雰囲気に呑まれているのだろう。
ただ、墓に石を置いて返ってくるだけのイベントだ。
何を怖がる必要がある。
「や、やっぱりスタート地点で待っていた方が良かったかも……」
「ペアで強制的に参加させられたんだぞ?待っているなんて、あいつが許してくれると思うか」
あいつとは、スタート地点にいた笹川修一のことだ。
未央の友人だが、佐熊も最近、彼と一緒に仕事をする機会があった。
その時に知ったのは、彼がえらく強引で人の話にろくすっぽ耳を貸さない自己中心的な人物であるという事実であった。
「そりゃそうなんだけど、でも、そこは友人サービスってことで」
「そんな融通の利く相手ならいいが」
笹川の融通が利くか利かないかは、最近知り合った佐熊よりも詳しくご存じな未央である。
ぐぅの音も出なくなったか、再び大人しくなった彼女を背後に従えて、佐熊は公園を歩いていく。
今のところは何もない。
風さえも吹かず、蒸し暑い中を無言の行進だ。
「た、平清盛の墓って言ってたよね。本物かなぁ?」
「なわけあるか。ここが何処であろうと、あれは公園に建ってなかっただろ」
「た……祟られたりなんてことは」
「ないない。レプリカに、そんな力があるわけない」
ここが何処なのか――笹川も詳しく教えてくれなかった。
ただ、どこでもない場所だよ、とだけ。
そんなわけがない。
どこでもないとしたら、異世界だとでも言うつもりか?
全く馬鹿げている。
アニメや漫画の見過ぎだ。
いや、奴のことだからゲームのやり過ぎか。
大体、未央も未央だ。
普段は幽霊なんぞ信じていないと豪語しているくせに、何故か今は左右を忙しなく見渡したりして少々怯えすぎである。
藪がカサリと音を立て、未央が「ひぃっ」と小さく叫ぶ。
ようやく脅かし役のお出ましか。
「がおー!狼だぞ〜!」
「ひぇっ!?……って、何……?かぶりもの?」
藪から飛び出してきたのは、上半身裸で顔にはすっぽり狼のマスクを被った男だった。
裸の上半身は、みっちり茶色い毛で覆われているから、さしずめ狼男のつもりだろう。
ただし、咆哮するのではなく「がおー」と言葉で言っていたから、怖さは欠片もない。
「ちゃちな狼男ですね。ダグーさんかな?なんにしても人を驚かしたいのでしたら、もっと迫力をつけたらどうです」
「だ、ダグーさん……?」
「あぁ、言わなかったか?前に狼男と仕事をしたっていう」
「あー、あれ?え?ホントの本当に狼男だったの?」
「そうだ。嘘ついて何になる?」
「い、いやいや、だって狼男なんてフィクションの存在でしょ?」
「俺もそう思ってたんだが、目の前で変身されちゃーな」
「うんうん、それに俺もダグーじゃねぇしな」
「え?」
いつの間にか、ちゃっかり会話に混ざってきた狼男が言った。
「俺はダグーじゃないが、正真正銘狼男だ」
「へぇ……どれどれ?」
ダグーも正真正銘狼男だったが、狼男なんて二人も三人もいて貰っては困る。
佐熊はバケの皮を剥ぐべく、自称ダグーではない狼男の顔を掴んで引っ張った。
「いでででぇ!ガウッ!!食っちまうぞ!?」
「わぁ!」
「ほ、本物っ!?」
「だから言ってんだろ?正真正銘の狼男だって」
「だ……ダグーさん以外にもいたのかッ」
「そうだよ。狼男が世界中で一人だけなわけねぇだろが」
牙を剥いて壮絶な笑顔を向けられた。
黄色く尖った牙は作り物にしては些か精巧で、顔の手触りも本物の獣のようであった。
しかし――しかし、狼男は満月で変身するのではなかったか。
空にのぼる月は、満月ではない。
佐熊が指摘すると、狼男は首を二、三度振って答えた。
「それなんだよなァ。なーんでかなァ、変身できちまったんだ。まァ、俺は脅かし役に入れられてたんで、こいつは好都合って思ってよ」
「い……いい加減な狼男だな」
だがダグーだって満月じゃないのに変身していた。
ひとくちに狼男といっても、変身理由はピンキリなのかもしれない。
「しっかし、お前ら全然驚かねぇのな。脅かし甲斐がないったらないぜ」
「驚きはしましたよ。二人目の狼男でしたからね」
「そっか、二人目だからか」
「えぇ。それでは、また」
狼男とは会釈で別れ、先に進む。
未央は先ほど吠えられたのに驚いたのか、まだ胸に手を当てて冷や汗を流している。
なので、佐熊は少しからかってやった。
「少し、ビビりすぎなんじゃないか?」
「だって、肝試しなんて久々すぎて……」
「肝試しといったって、所詮は藪から飛び出して驚かすだけだろ」
「それが怖いんだって。ドッキリ的な意味で」
未央はドッキリに弱い女だったのか。
なら、今度から仕事を取ってくる時はドッキリ形式で脅かしてやることにしよう。
日頃、身卸屋の仕事をバカにしてくる彼女への報復を考えていた為、次の脅かし役が出てきた時に佐熊の反応は遅れた。
ヒュ〜ドロドロドロ、という如何にも安っぽいお化け屋敷のBGMと共に、女が藪の中から出現したのだ。
未央は自分に霊感はないと思っている。
その未央にも見えてしまったのだ、藪の中の幽霊は。
そいつは人間が仮装している等といった生やさしいシロモノではない。
体が半透明に透けており、藪の向こうまで見渡せる。
これで驚かない奴が居たら、逆に驚きだ。
「ひっ、ひえぇぇぇーい!で、出たぁぁぁっっ!!」
「ん?」
絶叫に佐熊が顔をあげてみると、至近距離に幽霊の顔があった。
側では未央が腰を抜かしているところを見るに、彼女にも見えているとは珍しい。
いや、彼女に霊感はなかったはずだ。
となると、これは作り物?
にしては、よく出来ている。
透けているというだけではない、気配まで幽霊とそっくりだ。
「おい、お前ら。あたしが見えているのか?」
「あぁ。とてもよく見えているが」
「そうか……ならば、話は早い。あたしは人を捜しているんだが、こう、ごっつくて岩の塊のような男か或いは眉毛の太い、やや筋肉質の男を見かけなかったか?」
「……いや」
「ふむ……そうか。じゃあ、邪魔したな」
立ち去ろうとする幽霊を、佐熊は呼び止めた。
偽者にしろ本物にしろ、肝試し大会の最中に人捜しをする彼女に興味を覚えたのだ。
どこの野生児か、女はボロ雑巾のような衣類を纏い、髪はボサボサであった。
「探し人の名は?」
「あぁ……長門日源太ないし、十和田九十九だ。聞き覚えは、あるか?」
「いや全く。だが、もしこの会場で会ったら、あんたに教えよう。あんたの名は?」
「暁永禮」
「暁、ね……判った。俺も探しておくが、会えるといいな」
「あぁ、すまない。協力感謝する」
言うが早いか、ボッ、ボッボッと女の周りに炎が集まってきて、女の姿は、ふわりと煙のようにかき消えた。
やはり本物だったか。
ならば協力を申し出たついでに、取り憑かせてやればよかった。
隣で腰を抜かしていた未央が、口をパクパクさせているのに佐熊は気づいた。
「ん?どうした、未央。金魚の物真似か」
「あ、あ、あなたって……動じないのね……」
「そりゃあな、こんな仕事ばかりしていれば」
「い、いやいやいや、いや。動じるでしょ!普通!本物だったし!見えたし!!てか幽霊って見える人にしか見えないはずでしょ!なんで私にまで見えたし!?」
「さぁな。よっぽど現世に心残りでもあるんじゃないか?あの幽霊は。なんたってイベントの最中に人捜しをするぐらいだし」
ぎゃんぎゃんヒステリックに騒ぐ彼女を置き去りに、佐熊はさっさと奥へ歩いていく。
置いていかれると気づいた未央も、慌てて立ち上がり、彼の後を追いかけた。

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