第一話 ドキッ!曲がり角で、あの子と衝突☆
ジェナックはデジタらいすハイスクールの新一年生!だが、彼は今猛烈なスピードで坂道を駆け上っていた。
入学式の翌日から、さっそくの遅刻である。間に合わなかったら、今後の印象が最悪だ。
「うぉぉぉ!!」
全力で走ったおかげか、坂道を最短タイムで登りつめ、ゴールの校門まで後僅か。
五、四、三、二、一……
ギリギリで校門を駆け抜け、そのまま教室へと向かう。
チャイムの鳴り響く廊下を疾走しながら、ジェナックは考えた。
――始業チャイムが鳴るまでに、教室へ入れなかったな――
予定では、チャイムの鳴る前に教室へ駆け込むはずだったのに。
不意に走っているのが馬鹿馬鹿しくなり、もう走るのをやめようかと思ったのだが、曲がり角が迫ってきていたので、もののついでと、そこまでは走っていった。
「きゃぁぁっ!」
曲がった瞬間、野太い悲鳴とぶつかって、ジェナックは歩いてきた誰かと正面衝突したばかりか相手を巻き込んで転倒した。
「うっ……くそっ」
「い、いやじゃぁ、誰か、誰か助けてたもれぇ〜」
なんとしたことか。
事もあろうに女性を下敷きにしてしまったようだ。
慌てて立ち上がり、ぶつかった相手を、よくよく眺めてみる。
太い眉毛だ。いや、太いのは眉だけじゃない。腕も胴体も太い。
だが、デブではない。どちらかというと、着物の裾から伸びる手足は筋肉質である。
「す……すまん、急いでいたら減速し損ねた」
減速する気なんて更々なかったのだが、一応言い訳する。
ぶつかった相手は、しばし無言になった後、おもむろにジェナックが予想しえない斜め上憶測を言い放った。
「そなた、さては、わらわに乱暴を致すつもりでぶつかったのでおじゃるな?」
「なんだって?」
「おぉ嫌だ。これだから下々の通う学校になど行きとうなかったのじゃ」
「いや、まて。俺とお前は今、その角でぶつかって出会ったばかりの初対面だぞ」
「シッ、シッ!そのような汚れた視線で、わらわを見つめるでない」
立ち上がった拍子に、女性の着物の裾が翻り、ぶっとい太ももが垣間見える。
途端に「きゃぁっ」と、顔に似合わぬ悲鳴をあげて、女性は裾を押えて座り込んでしまった。
「いやぁ、助けてたもれぇ。このままでは、わらわは犯されてしまう、下々の者に」
「何がしたいんだ、お前は……」
もう完全に一時間目は遅刻だし、見知らぬ女に痴漢呼ばわりされるしで、ジェナックは学校に到着早々、家に帰りたくなった。
あまりに騒がしかったのか、近くの教室から教師まで飛び出してくる始末。
「君達、何やっているんだい?うるさいよ、もう授業は始まっているんだぜ」
真ん中分けの金髪で、チャラい感じの教師だ。
ジェナックは正直に話した。
「この女が俺の進行を邪魔してくるんだ」
「いや、いや」
首をブンブン振って、女性が教師へ哀願する。
「この男は、わらわを押し倒して着物を脱がそうとしたのでおじゃりまする」
吃驚仰天。
何を言い出すやら、唐突な冤罪発言にはジェナックも目を丸くする。
「誰もそんな真似はしていないぞ!」
二人を交互に見た後、教師は言った。
「着物って何もしなくても裾や胸元が、はだけたりするよね。ていうか、うちは一応制服があるんだから、ちゃんと制服着てこなきゃ駄目だろ」
後半は女性に対する説教だった。
というか、このマッチョな女性は、ここの生徒だったのか。
いや、まぁ、チャイムの鳴り終えた学内にいるぐらいだから部外者ではあるまい。
「とにかくね、えぇと、君達、名前は?」
「新一年のジェナックだ」
ちらと廊下の先を見てからジェナックが名乗り、続けて座り込んでいた女生徒も名乗る。
「わらわも同じじゃ、今年入学したばかりじゃ。姫崎香護芽と申しまする」
「あぁ、なんだ。君達どっちも一年生なのか。じゃあ僕の担当生徒だな?僕はデヴィット、君達一年生の担任さ。さぁ、そうと判ったら、さっさと教室へ入ってもらおうか」
「判りもうした」
先ほどまでの剣幕は何処へやら、神妙な顔つきで香護芽が立ち上がる側では、ジェナックが素っ頓狂な声をあげる。
「一年の教室が一階だって?」
「そうだよ」
何を驚いているんだ?という表情の担任へ、重ねて問う。
「俺は四階だと聞かされていたんだが」
「それは食堂がある階だね。きっと君の中で勝手に教室だと思いこまれたんだよ」
教室の上にかかっているプレートを見ると、確かに1−1と書いてある。
そして隣の教室にはプレートがなかった。
「一組しかないのか?」
再び疑問を口にするジェナックへ、デヴィット先生が答える。
「そうだよ。一学年につき一クラスだ。判りやすくていいだろ」
そして、ふと思いついたかのように付け足した。
「あ、ところで君達、二人とも遅刻だね。遅刻者は廊下で立ってもらうよ、これを持って」
そう言ってデヴィットが差し出したのは、シューシューと勢いよく白い蒸気を噴き出しているヤカンだった。
「ヤカンだと!?普通は水の入ったバケツだろうが!」
たちまちジェナックは抗議の声を荒げ、傍らでは香護芽が首をひねっている。
「どこで沸かしたんでおじゃるか、このヤカン……」
だが担任は聞く耳を持たず、「常識通りに僕が教師をやると思ったら大間違いだよ」とドヤ顔で言い切ると、ジェナックと香護芽の二人に煮えたぎったヤカンを押しつけて、教室のドアを勢いよく閉めた。
教室へ戻った途端、生徒の一人が手を挙げて立ち上がる。
「先生、ずいぶんと廊下で長話していましたね。でも今時、遅刻で体罰は酷いと思います」
新一年で、名前は自己紹介の時に聞いた。そうそう、確か葵野 力也とか言ったっけ。
パッと見、没個性っぽくて、デヴィットの脳裏には残りそうもなかった奴だ。
現に今、こうして思い出すまでにも少々時間を要したし。
「言っただろ?僕は常識通りの教師じゃないって。なんなら、君も体罰を受けてみるかい?」
「えっ、め、滅相もない」
葵野少年は、しおしおと着席し、かと思えば隣に座っていた目つきの悪い三白眼が勢いよく立ち上がる。
「葵野は関係ねぇだろ!それに体罰が良くないっつっただけで、なんで体罰食らわなきゃなんねーんだよ」
「教師に口答えするからさ」
あっさり受け流しながら、デヴィットは血気盛んそうな生徒の顔を、じろじろと眺めた。
坂井 達吉。先ほどの葵野の幼馴染みだそうだ。
顔はチンピラヤクザみたいで全然好みではないけれど、威勢のよい部分は好感が持てる。
「ふむ、そうか。なら君に聞いてみようかな」
「何をだよ?」
人相悪く睨みつけられても、全然憶することなくデヴィットは言った。
「君の考える学校生活ってやつをだよ。君は、どんな学校生活なら満足なんだい?」
「そ、そりゃあ……」
言おうとして、坂井は言葉につまる。
アドリブは、あまり得意ではないのだ――