13周年記念企画:BAD DREAM

小百合編

第一話 ここが異世界?

警報の音で我に返る。
「え……?」
私は、警報のなる踏切の真ん中に立っていた。
見慣れた景色。いつもの風景。
これのどこが、第二のステージ?
やっぱ死んだなんて、嘘だったんだ。
私、生きてるじゃん。
「おい、さっさと渡らないと危ないぞ!」
誰かが私に向かって叫んでいる。
そうだね。渡らないと危ないよね。
私は、さっさと歩いていくと、既に降りきった遮断機をくぐって向こう側へ出た。
何故あんなところにいたんだろう?
私、確か学校へ行く途中だったはず。
というか、学校へ向かう途中の道に踏切なんてない。
私の家から学校までの距離は、歩いて十五分しかないんだから。
……大体、ここ、どこ?
道路の両脇に建つ店も、全然見たことのない名前ばかり。
全く見覚えのない景色に、私の不安は高まってゆく。
やだぁ、迷子?いい歳して、迷子?
でも記憶のないうちに知らない街へ迷い込むなんてこと、あるんだろうか。
「大丈夫か?」
多分、今の私は恐怖と動揺で青ざめていたと思う。
だから声をかけてくれた人にホッとして、そちらを振り返った。
目の前にいたのは、背の高い男性だった。
Tシャツから伸びる腕は逞しく、履き古したジーパンも似合っている。
目つきは悪いけど、悪い人ではなさそう。
私を心配して、声をかけてくれたんだものね。
「顔色が悪ィな……どっかで休むか?」
背中に回された手が暖かい。
私は無言で頷くと、彼に案内されるまま近くの喫茶店へ入っていった。

奥の席が空いていたので、二人向かい合って座る。
うふふ……なんだかデートみたい。
こんな時だっていうのに、私は一人で浮かれてしまう。
だって、男の人と喫茶店って一度も行ったことがないんだもん。
こうやって真正面から見つめ合っても、やっぱ目つきは悪いけど。
でも、人は見かけによらないって言うじゃない?
少なくとも、私を心配してくれている気持ちがビンビン伝わってくる。
「何か飲むかい」と聞かれたので、ちらりとメニューへ目を通した。
「……アイスティーで」
ぽつりと囁く私へ頷くと、彼は片手をあげて注文を取ってくれた。
うふふ、こういうのもデートっぽい。
アイスティ飲んで落ち着いたら、この後は街をぶらりと歩いてみたい。
そして彼の名前を聞いたら、彼の家にもお邪魔するんだ。
彼の部屋で話すうちに、二人は愛に目覚めちゃったりなんかして?
私の可愛さにクラリときた彼が、勢いあまって私を押し倒すの。
ブチュッとキスされて、私は目を見開き、唇が離れた後は、こう呟くのよ。
『ファーストキスだったのに』……って。
でも『すまねぇ』って謝る彼へは首を振り、『あなたが最初でよかった』と微笑む私に彼も安心、二人は更に愛を確かめ合うの。
お互い、裸になって。
――ここまで妄想すると、私は自分の計画に満足した。
学校?今日は休むから、いいの。
どうせ今から行っても、ばっちり遅刻扱いになるだろうし。
「どうして、踏切の真ん中で立ち止まっていたんだ?」
不意に聞かれたので、えっとなって顔をあげる。
「悩み事でもあったのか」
下がり眉で心配している彼と目があった。
あ、もしかして……自殺願望者と間違われている?
誤解を解くべく、私は正直に答えた。
「いいえ。自分でも、よく判らないんです」
「判らないって、何が?」
怪訝に眉をひそめる彼へ、俯き加減に続けた。
「自分でも知らないうちに、あそこに立っていたんです。私、学校へ向かっていたはずなのに。ここ、どこなんでしょう?」
「ここは新宿だが……」
一旦言葉を切り、彼が身を乗り出してくる。
「記憶が飛んじまったってのか。何かヘンなモノを注射した覚えは?」
「ヤク中じゃないですよ、私」
心配してくれるのは嬉しいけど、変な勘違いは勘弁して欲しい。

っていうか、新宿?
新宿って、東京都の新宿区?
うっそー!?
すいません、私の家、神奈川なんですけど!

なんだか判らないけど、神奈川から一瞬にして東京までワープしたっぽい。
それもこれも全部、あの白髭お爺さんの仕業なのかしら。
「そ、そうか、すまねェ」
彼が頭を下げる。
私より年上に見える割には、素直で微笑ましくもある。
「いえ、そんな……すみません、心配して下さっているのに」
私も一応取りなしておいてから、改めて尋ねた。
「あの、いいでしょうか?お名前をお聞かせ願っても」
「えっ?」と彼は一瞬驚いたようだったけど、すぐに名乗ってくれた。
「あぁ……立場ってんだが、あんたは」
「あ、すみません。私のことは小百合とお呼び下さい」
再び彼が硬直する。
なにか変なこと言ったかしら……名乗っただけなんだけど。
「いや、下の名前だけ教えてもらっても……苗字は?」
私は胸を張って答えた。
「嫌ですわ、苗字なんて飾りです。私達、こうしていると恋人のようではなくて?ですから下の名前で呼び合いましょう」
ずずいと身を乗り出すと、トバさんが引っ込む。
心なしか、困惑しているようにも見受けられた。
ふふふ、私という美少女に恋人認定されてテレているのね。
もうヒトオシだわ。
「立場さん、下のお名前は何とおっしゃるの?」
「え、あ……その、そいつァどうしても教えないと駄目なのか?」
「駄目です」
視線を逃す彼へ、さらにずずいっと迫り、じっくり顔を拝見する。
第一印象では目つきが悪いと思ったけど、間近で眺めてみると案外イケメン?
テーブルに肘をつき、最大限まで身を乗り出す。
彼の目線で見れば、確実に見えているはず。
何って、制服の隙間から私のブラジャーが。
自慢じゃないけど、私の胸は大きい。
サイズ?Eだけど何か。
「さ、お名前を」
「名前って言われてもなァ」
「もぉ、じれったい方ですのね!そんなに私には教えたくないんですの?」
ぷぅっと頬を膨らませて怒ったフリをすると、ようやく彼も折れてきた。
「あぁ、いや、そういうわけじゃァねェが……竜二ってんだ」
「竜二さん、素敵なお名前でいらっしゃいますのね」
うふっと口元に手をあて、自分でも少々わざとらしいと思える笑みを浮かべた時、ようやくアイスティと珈琲が運ばれてきた。
たったの飲み物二つに、随分時間がかかったわね。
遅すぎるんじゃないの?
お客、私達の他は二組ぐらいしかいないのに。
竜二さんは珈琲に口をつけるでもなく、そわそわし始めた。
あ〜。きっと、ヤバイのに声かけちゃったと思っているんだろうな〜。
でも!ここで彼を逃したら、美少女としての名折れだわ。
せめてジーパンの下に隠された、立派なモノを見るまでは別れさせないんだからねっ!
「竜二さん、恋人はいらっしゃいますの?」
「いや、別に」
私は席を立つと、言葉を濁す彼の前に仁王立ちする。
こうやって上から見下ろすと、ちょうど彼の目前に私の巨乳が位置するって寸法よ。
いいのよ?触りたかったら、触っても。
揉んでもいいんだからね。
なんなら顔を挟んでパフパフしたって構わないわ。
「さっきから煮え切らない態度ばかりですのね、竜二さんってば」
「いや、だって、お前」
「小百合と呼んで!」
「あぁ、いや、小百合……お前、さっきまでと言葉遣いが全然違うじゃねェか」
あら、なんだ。
そんな些細な部分で引っかかってたの?
私の胸から目を逸らそうと必死な竜二さんの頭を両手で挟み込むと、私は自分の胸へ彼の頭を押しつけた。
「ぶわっ!?」
唐突に視界が真っ暗になったもんだから、竜二さんってば驚いている。
「あぁんっ、そんなモゾモゾされたら、ン`気持ちイィ〜ッ」
剥がそうと暴れる竜二さんを完璧ホールドし、私は自分の胸をグリグリ押しつけた。
竜二さんの顔の凹凸が私の胸に触れるたび、ゾクゾクする。
あぁ、息が熱い。
いいのよ、舐めても。
むしろ舐めて、舐めてぇ〜っ!
「やめろ!やめねェかっ」
でも、男女の腕力差って悲しいわね。
あっさりホールドを振り解かれ、私は勢いで床に尻餅をつく。
「あぅっ、い、痛っ……」
実際お尻以外どこも痛くないんだけど、さも痛そうに足首を撫でていると、息を荒げて、じっと私を見下ろしていた竜二さんがポツリと謝ってきた。
「す、すまねェ。だが、あんたも、あんな真似は二度と」
「小百合って呼んで」
「……小百合、あんたも二度と妙な真似をするんじゃねェ」
わざわざ言い直してくれるあたり、本当に根が素直な人なのね。竜二さんって。
「ごめんなさい……」
私は、私が一番可愛く見える角度で項垂れながら、小さく囁いた。
「だって私、竜二さんを……好きになってしまったんですもの……」
「ハァッ!?」
予想外の大きな反応に、そっと見上げてみると、竜二さんは、なんと顔を赤らめて視線を明後日の方角へ逃がしていた。
何この童貞みたいな反応。マジカワイイ!
「でも、ご迷惑でいらしたのね。すみません、もう、行かなきゃ」
立ち上がり、わざとらしく「いたッ」と足を引きずっただけで、彼は罠に落ちた。
「すまねェ、さっきので足を捻っちまったのか」
「あ、いえ、平気です」と断る私へ腕を回して、男らしく彼が言う。
小百合が怪我したのは俺のせいだから、責任を取って手当をする、と。
順番はおかしくなったけど、これで当初の予定通り、彼の家へ行けそう。
やったぁ☆

竜二さんは五階建てビルに住んでいた。
事務所兼自宅なんだそうで、看板には『大西建設』と書かれている。
土建屋さんだったのね。道理で逞しい肉体なわけだわ。
こうやって密着していると、よく判る。
シャツの上からでも、鍛えられた上半身が。
肩を貸してもらっている間、私はそれとなく彼の胸に頬を寄せ、思う存分匂いを嗅いだ。
ハァハァ、ちょっと汗臭いところが如何にも土建屋っぽくてイイ。
エレベーターで部屋まで行く間も、私はぴっとり彼に密着する。
ハァハァ、胸板、ハァハァ。
頬をなすりつけていると、胸板の上に出っ張りを見つけた。
見つけた……フハハハ、とうとう見つけたわ!竜二さんのチクビをッ。
シャツの上から、そっと指でこすると、彼が体をびくりと震わせる。
「……言っただろ、妙な真似はするんじゃねェ」
「妙な真似って?」
私は何も知らない純真な子供の表情を作って、小首を傾ける。
「だ、だから……」と、これには竜二さんのほうが気恥ずかしくなったか目線を逸らした。
あー、すごく扱いやすい人。
調子に乗って、私はジーパンの膨らみをじぃっと凝視する。
触ったりしたら当然彼は怒り出すだろうから、見るだけよ、見るだけ。
私の視線に気づいた竜二さんが、体を捻って隠そうとする。
あっそ。見せないつもりってわけ?
それならそれで、お尻を凝視しちゃうもんね。
ジーパンに包まれている彼のお尻は、きゅっと引き締まっていて触りたくなるほど良い形。
いわゆる美ケツというやつね。
エレベーターという密室で、無言で汗だくになる竜二さんと、無言でお尻を凝視する私。
彼にとって嫌な沈黙の時間は、四階到着と同時に終わりを告げた。
一度四階で降りて、別のエレベーターで五階へあがる。
五階に彼の部屋はあった。
プレートには『秘書室』って書かれていたけど、土建屋にも秘書っているんだぁ。
部屋の中は、ベッドが二つ。
あとは壁備え付けの本棚と立派な机、併せて椅子が置かれていた。
意外とアンティークでまとまっている。
もっと、ごっちゃとゴミで散らかった男の部屋を想像していたのに。
あとベッドってのも意外。
外見から布団派かと思っていたけど、ベッド派だったのね。
「二つある……」
思わずポツリと漏らしたら「大西さんは仕事中だ」と返ってきた。
「大西さん?」
「俺と一緒に暮らしている人だ」
言葉少なに語ると彼は片方のベッドへ腰掛け、私を降ろした。
「足を見せてみろ。テーピングぐらいはしてやれる」
「はい」
おずおずと足をベッドの上に乗せ、私はスカートをほんの少しめくりあげる。
彼の位置からだと、ばっちり見えているはず。私のパンツが。
今日はヒラヒラレースのついた、純白パンティを履いているのよ。
何しろ今日は、身体検査のある日だったから。
レディは同性相手でも、身だしなみをきっちりしとかないとね。
「……!」
案の定、彼は巧みに視線を私の足首だけに集中させ、位置を確認し始めた。
「どの辺が痛むんだ。ここか?」
めっちゃ油断している、今がチャンス――!
私は素早く座り直すと、一気に攻撃へ転じた。
すなわち、ベッドに腰掛けた状態の竜二さんを押し倒すという行動に。
「ぐぁッ」と悲鳴を発する彼へのしかかり、ぐぐっと顔を近づける。
「や、やめろっつったはずだぞ!?妙な真似はッ」
「むぅぅ〜ん、ちゅぅううう〜〜」
彼の抵抗など一切お構いなしに、私は彼の顔へ唇を近づける。
私が何をしようとしているのか竜二さんも判ったのか、精一杯両手で抵抗してきた。
あまりに必死なもんだから、私の胸を掴んでいるのにも気づいていないみたい。
すかさず私は叫んでやる。
「あぅっ!そんな強く胸を揉まれたら、痛いっ」
効果てきめん。ビクッと全身をふるわせて、彼が怯んだ。
もちろん、その隙を見逃す私じゃない。
彼の両手を巨乳でプレスすると、ぶちゅっとキスをかました。
「んぶぅっ!」
予定とはだいぶ違っちゃったけど、やったわ。
ついにファーストキスを竜二さんに奪わせてやったわ!フハハハ!
閉じようとする口の中に、無理矢理舌をねじ込ませる。
逃げまどう彼の舌を追いかけ回すのに必死になっていたら、ぐっと押し返された。
「……ッ、なんで、こんな真似を」
口元をごしごし腕で拭って、竜二さんが狼狽する。
私は、しれっとして応えた。
「もちろん決まってます。ファーストキスを好きな人に捧げたかったの」
「ふざけんなッ」
あら、ふざけてないわ。本気よ。
「女子供だと思って優しくしてやりゃあ、つけあがりやがって……!」
眉毛を逆さ八の字に吊り上げて怒っているけど、ふんだ。全然怖くないわね。
うちのパパのほうが、ずっとずっと怖いんだから。
「こんな美少女がキスしてあげたんだから、もっと喜びなさいよね」
「喜べるかァ!」
「キスだけじゃなく、今ならセットでバージンもついてきます!」
「いらねェよ!!」
テンポよく切り返してくる、その性格。嫌いじゃないわ。
身を起こしたトコ悪いんだけど、もう一度横たわって貰いましょうか。
「こんな、逆レイプみてェな真似して、ただで帰れると思うなよ!?」
大人げなく彼が私を脅してきたので、逆に脅してやった。
「なによ、私のパンツ見たくせに!」
ちょっと小学生の喧嘩っぽかったかもしれない。
「見たくて見たんじゃねェよ!」
「キスだってされたし、私が言いふらせば、あなた破滅よ!?」
「されたって、テメェの方からしてきたんじゃねェかッ」
「証拠がなければ、世間は大抵女性に味方するもんよ!」
これは割とホントだったりする。
嘘だと思ったら、ネットでTwitterを検索してみて。
大抵は皆、冤罪も疑わないで一方的に痴漢をクズって決めつけているもん。
「ぐだぐだうっさいわね、男のくせに!」
「何だとォ!?」
竜二さんは完全にマジキレだ。
あ、でもキレている顔もカワイイかも?
「とにかく!あなたは私のパンツを見たんだから今度は私があなたのパンツを見る番よ!」
「ふっ……」
ビキビキと竜二さんのこめかみには瞬く間に青筋が入り、ふざけんな、と彼が叫び終わる前に、私はレスリングの要領で飛びかかる。
でも二回目は、さすがに彼も油断しなかった。
「ふざけんじゃねェ、このクソアマがァッ!」
ビスッ!と首筋を強く殴られて、私の意識は、あっけなく飛んでしまった。

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