24th Anniversary

二十四周年記念企画・if長編

夏の旅行は異世界トリップで決まりだね!【3】

修学旅行が何のトラブルもなく終わるはずがないように、異世界トリップが恙無く日本観光で終わるはずもなかった――
「と判っていても、実際にトラブルを起こされるとムカツクのって何故かしら☆」
明後日の方向へ笑顔を向けてポーズを決める笹川に、すかさず突っ込みが入る。
「そりゃ自分が責任者だから、でしょ。バカ言ってないで、さっさと探そ」
そう言って連れのスタッフ、川口 恵はキョロキョロと辺りを見渡したが、その程度で見つかるんだったら、こうして騒いだりもしない。
異世界人の一人が、行方不明になった。
いないと判ったのは昨夜、寝る時間になってのことだ。
午前中までは一緒にいた。
途中で別行動を取り、戻ってきた時は確認していなかったとは同部屋の面々の証言である。
行方不明者の名前は、キース=アライメンツ。
メガネを掛けた細面の青年で、薄紫色の髪の毛が特徴だ。
「も〜、こういう迷子が出るから一緒に行動しろって言ったのにねぇ」
周辺マップを片手にぼやいているのは、同じくスタッフの小松 友公。
「一日食事だけで終わらす気満々だったんだって、キースって人。んで他のメンバーは、それに不服だったから逃げ出したって言ってたよ」
「何それ?ジジィみたいな考えのやっちゃなー。となると、じじむさい場所が好みかな?」
二人の雑談を聞き流しながら、笹川は笹川で自己流に探す。
棒立ちのまま、視界は遥か五十キロ先まで飛んでゆく。
店という店を片っ端から覗いていくも、それらしき人影は見つからず、しかし軍資金は数千円しか渡していないんだから、そう遠くまで行けるとも思えない。
考えられるのは、都外から来た悪いやつに誘われてホイホイ同行してしまったか、誘拐拉致の筋だ。
「どう?いた?」と川口に尋ねられ、笹川は首を振る。
「この近辺にゃいないみたいだ。都外へ出たかもしれないね」
「えーマジ!?金もないのに、どうやって」と驚く小松には、川口が「誘拐じゃないの?」と至極冷静に突っ込む。
「男なんか誘拐して何になるの?」との反応には、川口も肩を竦めて「知らない」と言うしかない。
男だから女だからではなく、誘拐を疑うとすれば無知な田舎者だと思われた線が強い。
「いなくなった奴って変な能力持ちだったっけ?」
小松に問われ、リストを眺めながら川口が答える。
「初対面の人から好意的に見られる能力があるらしいよ。ただのイケメンって感じ?」
ほぼ無能、凡人と言ってもよかろう。大して強くなかった奴だと笹川も記憶している。
尤も、今回呼び出した異世界人のほとんどが、現代世界においては普通の人間と大差ない戦闘力まで落とし込められている。
世界が違えば魔法の言語も異なるし、武器は予め呼び出す前に取り上げてある。
さすがに特殊能力、生まれついての能力までは封じられなかったが、異なる世界で能力をひけらかすような危険な思想の持ち主はいない。そのはずだ。
「ちょっといいだろうか」
不意に声をかけられて、三人は勢いよく声の方向へ振り返った。
「いなくなったのは俺達の責任でもあるしよ、手伝ってもいいか?」
褐色肌の耳トンガリ青年を筆頭として、剃髪した細身の男や小柄な少年、金髪の中年が心配そうな顔で、こちらを見ているではないか。
全員キースと同部屋の連中だ。
食事処を探すキースを、その場に置き去りにして、街の様子を見物していたという。
ホテルに帰還後は、それぞれホテル探索なりロビーで休憩するなりしていたので、誰もキースが部屋に戻っているかどうかの確認をしなかった。
気づいたのは、寝る直前だ。他の部屋も尋ねてみたが、彼は何処にもいなかった。
行方不明になってから約一日が過ぎている。
それでも戻ってこないところを見るに、やはり誘拐されたと考えるべきだろう。
「あー。危険かもしれないよ?」
一応言うだけ言ってみる笹川に「危険な目に晒されているかもしれないのは、あいつもだ」とイワンが答え、傍らでは甚平が何度も頷く。
「食事だけで一日過ごそうって考えるような奴だし、誰かについていったとは思えないんだよなァ。こりゃぁ絶対事件の匂いがすんぜ」
もう一度リストに目を通して、「かなりの女好きらしいけどね、こいつ」と川口がぼやく。
「まぁ、人手が多いなら探しやすくなるし。いいんでない?」とは小松の意見で、楽観的だ。
都外に出られた場合は三人で探しきれるもんじゃないし、人手がほしいのは笹川も同意見だが、問題は異世界出身の彼らに現代社会への適応力があるか否かだ。
そこへ「変態眼鏡が行方不明なんですって!?」「心配だね、私達も探すの手伝うよ!」などと口々に騒ぎながら女の子集団まで混ざってきて、行方不明の噂はどこまで広がったのか、もしや全員が知っているのではと三人が頭を悩ませる間にも「おい、行方不明になったのって、どんなやつだ?」と野次馬の数は増えてゆく。
「よし、なら三手に分かれて探索しよう」と異世界人に仕切られて、三人は渋々承諾した。
このまま此処ですったもんだ言い合いするよりは、マシだろう。
「判った。けど、メンバーは厳選させてもらうよ。大勢で歩き回るのも目立ってしょうがないしね」
笹川の案に、集まった全員が頷いた。


探し人:キース=アライメンツ(26)
特徴:薄紫の髪の毛・長身細身・メガネ・パッと見シャープな印象
性格:女好きの変態・斜め上の発想
服装:薄緑色のスーツ上下



「……斜め上の発想って?」
ポツリと呟いた鬼島 哲平に答えたのは、青い髪の青年で名をユン=ウランブルドという。
「そのままの意味だ。常人が考えてもみない発想を繰り出す」
行方不明者と同じ世界の出身で、しかも親友とのことだ。
きっと内心では心配しているんだろう。見たとこ全くの能面無表情だけど。
「行動範囲は池袋のみにあらず、か。なら、風俗店を虱潰しに探してみようぜ」
上から下まで黒尽くめの青年、クロトに提案されて小松は首を傾げる。
「なんで?」
「失踪者は変態だとされるほどの女好きなんだろ?なら風俗は奴が立ち寄るに最も適した場所だ」
「……いや」と否定したのはユンで、「あいつは、そういう場所には行かない」と断言する。
「どうして?」
小松の疑問や怪訝な表情の黒服にも判りやすく、言い直した。
「用意された娯楽には興味がないと以前、本人が言っていた。ない場所に娯楽を作り出すのが醍醐味なんだそうだ」
「うわ〜……めんどくさそうな奴ゥ」
如何にも嫌そうな顔で呟く小松へ目をやってから、鬼島はユンへ確認を取る。
「探すには、こちらも斜め上の発想で考えないと駄目ってことですか?」
「そうなる……」
本当に面倒くさいことになりそうで、鬼島も目眩を覚えた。
そこへパンパン手を叩いて乱入してきたのは笹川で。
「考察は探す間にも出来るっしょ。まずは五人編成でメンバーを決めるよぉ〜!」

笹川案内での捜索メンバー:ユン・イワン・ユェンシゥン・ハリィ・神坐
小松案内での捜索メンバー:ナナ・クォード・エイジ(&ランスロット)・神矢倉・ソルト
川口案内での捜索メンバー:レン・ヒョウ・ヨーヨーセン・甚平・ビアノ

「え、ちょっとまって、この子に何が出来るの?」
笹川による人選振り分けで、さっそく文句を言ってきたのは川口だ。
この子と指さされた当のビアノは、自分が可愛く見える角度を保って「あなたに出来ない、お・い・ろ・け・よ」と言ってきて、憎たらしいったらありゃしない。
そりゃあ、川口に色気があるかと言われたら無いに等しいし、お世辞にも可愛い系の顔ではない。
だからといって、荒事になるかもしれない捜索に子どもを連れて行くのは、倫理観に触れる。
それに川口としても、どっちかってーと、お色気担当よりは荒事担当を連れていきたい。
しかし笹川は「他の四人が荒事に対応できるよ」と笑うばかりで、人選の変更はなさそうだ。
人選内訳に関しても「キースの人となりを知る者と、土壇場で使える能力を持つ魔族は必須だ」と言われ、では、この頼りなさそうな女児にしか見えないビアノを頼れとでも言うつもりか。
「つぅか、あんたのチームにいなくない?魔族」
「俺んとこはいいの。俺が魔族に匹敵する能力あるし」
納得いかない。
「俺んとこだけ六人編成なの?」との小松の突っ込みも華麗にスルーして、笹川は号令をかけた。
「ほんじゃ〜いくよーキース捜索隊、れっつらごぉ〜!」
こうして何処を探すのかの見当もつかず、初っ端から迷走しそうな人探しが始まった。


つづく