夏の旅行は異世界トリップで決まりだね!【2】
「ここ一番の観光スポットを聞いたらさ、あの建物が一番面白いって言われたんだよね」「へぇ、そうなんだ!早くいこいこ、入ろっ!」
女の子軍団がキャアキャア騒ぎながら、サンシャインシティへ向かうのなんて、これといって珍しい光景ではない。
それでも周りの人々が二度見ならぬ三度見してしまったのは、彼女たちが、まるでコスプレかと見間違うほどの派手な髪色をしていたせいだ。
ひとりじゃない。全員が、そんなテイストである。
今日って、なにかオタクイベントやっていたっけ?
そんなふうに首を傾げた通行人もいたことだろう。
だが物珍しげに見ていた人々も、やがて飽きて、それぞれの目的地へ急ぐ。
見知らぬ他人へ不用意に干渉しないのが、ここに住む大人たちの暗黙ルールであった。
「うわ、涼し!」「っていうか寒い!」
一番背の高い建物に一歩入った直後、アーリアとレンの口から感想が飛び出す。
それらを一切スルーして、ビアノの視線は案内板に釘付けだ。
「あたし、水族館いきたい!」
「水族館って、なぁに?」と尋ねたのは同じく案内板を眺めていたマナルナで、「え?知らないの?」だの「お魚が泳いでいるのを見る場所よ!」と他の子たちが大騒ぎする中、財布をポンポン手のひらで弄びながらジャッカーが笑う。
「軍資金は、いっぱい貰ってきたから、今日は上から下まで回りまくったろやないかい」
「上から下まで?そこまで回れる時間、ありますかねぇ」
レンも案内板を見るのに加わったが、建物は全部で五つもある上、娯楽施設は点在している。
「どこか一つ二つに絞ったほうがいいかもね」とアーリアも同意して、全員の顔を見渡した。
ピンクの髪の毛が目にも鮮やかな少女、ビアノの希望は水族館。
オレンジの髪に褐色肌、さらには尖った耳で一人だけ異種族感を放っている少女、マナルナは「プラネタリウム……って、なんだろ」と興味津々だ。
銀髪の少女、レンは「博物館があるようですね。いってみませんか?この世界について詳しく知るチャンスですよ」と案内板の上のほうを指差す。
財布担当を買って出た黄緑髪の少女、ジャッカーの希望は「ウチは、このナンジャタウンってのが気になるわー」だそうだ。
全員見事に希望する場所がバラバラで、アーリアは腕を組んで考え込んでしまう。
かくいうアーリア自身は【ハローワーク】と書かれた場所が気になるのだが、誰も希望しないところを見ると、子どもが興味を持つような施設ではないのかもしれない。
他の子は同世代っぽいのに、自分だけ歳上なのも憂鬱であった。
見たい場所を決めるだけで意見が分かれるようじゃ、食事を何処にするかでも揉めるに違いない。
その同世代っぽい少女たちは、あーだこーだ大声で騒ぎまくった後、すんなり「それじゃ水族館とプラネタリウムいってみよ」と意見をまとめてきて、アーリアは内心驚きながらも「そうしようか」と頷いたのであった。
少女軍団が入口を立ち去った後、別の一団がサンシャインシティへ到着する。
案内板には目もくれず、階段を駆け上っていく。
「その世界を知るには食文化を味わうのが一番の近道だ」とは眼鏡青年キースの持論で、特に行きたい場所が思いつかない他の面々は、彼の強引さに引きずられるようにして、ここへやってきた。
「食文化を楽しんだら、あとで展望台へも回らないか?」
不意に思いついたかのようにイワンが言うのへは「判っていないな」と、さも残念そうに首を振り、キースは一刀両断する。
「いいか、展望台と水族館とプラネタリウムはカップル専用御用達施設だ。したがって男しかいない俺達が行く必要はない」
きっぱり断言する彼に「きみは前に、ここへ来たことがあるのか?」とのハリィの問いにも首を真横に「ここへ来たのは初めてだ。だが俺達の世界にあるんだ、似たような施設が」と断り、キースの眼光が鋭く飲食店一覧へ突き刺さる。
「ふむ、軽食は駄目だな、がっつり行こう」
予算は限られている。
おまけに同行者が全員色気のない男ばかりとあっては、どこでどのように時間を潰すのかも計画的にやらねばなるまい。
文化を知るといった理由付けで食事に半分以上を費やせば、他の面々も文句言うまい。
そういう算段であった。
場を仕切りまくる眼鏡男を一瞥した後、ソルトは傍らに立つヒョロリとした青年へ囁いた。
「なっ、オシッコ行くふりして、別んとこ行ってみようぜ」
「あー?いいけどよ、団体行動乱して大丈夫なんか?」
「でも、団体行動しろとも言われてないぞ」と食い下がる少年をチラ見し、甚平は脳内で少年の計画と眼鏡青年の計画とを秤にかける。
彼としても、一日を食事だけに費やすのは退屈だ。
それに眼鏡野郎以外の全員を巻き込んで、他の処へ逃げ出すのは面白そうじゃないか。
よし、決めた。こいつの案に乗ってやろう。
お食事処を吟味するキースには気づかれないよう、手招きでハリィとイワンを呼び寄せると、甚平は小声で計画を話した。
そして和食屋に落ち着いた後は一人、二人と時間をずらして用足しを理由に席を立ち、四人はビルを抜け出すのに成功したのであった――
「さて、どうする?財布は、あの野郎が持っているんだろ。タダコの場所しか入れんぜ?」
甚平が言うのへは、イワンが「個人で多少もらってきている。これで四人が回れる場所へ行こう」と用意周到なことを言ってきて、差し出された財布を見てみれば、1000と書かれた紙が五枚ほど入っている。
「別に施設へ入らなくたっていいんだ」
ハリィの示す先ではソルトが物珍しげに町並みを眺め回しており、商店街をぶらつくコースもアリっちゃアリだろう。
「それもいいな、つーか、それがいいな!文化が知れる上、カネもかからんで一石二鳥よな」
甚平が賛成し、イワンも「あちらに店があるようだ」と興味津々、人の流れを追いかける。
そこへ「あ、あのー」と声をかけてきたのは見知らぬ少女たちで、恐らくは現地人と思われた。
どの子も鞄を手に持ち、短めのスカートに半袖のシャツという揃いの出で立ちで、もじもじしながらイワンを見つめている。
「それ、何のコスプレですか?す、素敵ですっ」
「それ?」と首を傾げる本人は勿論、何を言われたのかが判っていない。
甚平とハリィも「おい、コスプレってなんだ?」「判らん。イワンを異形だと言いたいのかな」とヒソヒソ小声で話し合う中、最初に声をかけてきた少女が「よ、よかったら写真撮って……いぃ、ですか?」と尋ねてきた。
写真が何かは判らずとも、それを取るのは、この土地の風習なのかもしれない。
「あぁ」とイワンが許可を出すや否や、少女たちは「わわ、ありがとうございますぅっ!」と晴れやかな笑顔で喜びを全面に出し、平たい板をイワンにかざしてパシャパシャ音を立て始めた。
あの平たいのはデータを収集する機械で、この世界では見慣れないイワンの姿を記憶しておきたかったのだろう。
そう推測すると、ハリィは顎に手をやり呟いた。
「……なるほど。施設を見て回るよりも、現地人と触れ合ったほうが情報を得られそうだ」
「そいつぁいいねぇ。つか」と肘で突かれ、なんだ?と振り返るハリィへ甚平が言うには。
「旅籠にいた時から気になってたんだけどよ、なんで俺達ァ、ここの住民と話が通じるんでェ?ここは笹川ってェやつの話によりゃあ、異世界ってやつなんだろ?」
「それはきっとワークス神のような存在が、この世界にもいるんだろうさ」
「あ?」
要領を得ない甚平にハリィは「俺の世界には言語を翻訳する神様がいるんだ。だから、そうした神が他の世界にいたとしても驚かんよ」と微笑む。
「へぇ、神様が言葉を訳してくれるってか。世界は広いねェ……」
二人の元へ駆け寄ってきたソルトが「なぁなぁ、あっちに変なものが売られてた!お前らも見てみろよ、すっごく変だから」とハリィの服の袖を引っ張りながら報告してきて、少女グループから解放されたイワンも、こちらへやってきた。
「三軒先に書物を売る店があるそうだ。そちらを見てきても構わないだろうか」
「なんだよ、お前、さっきの女の子らと別れちまったのかよ。ケェーッ、使えねぇ野郎だな!」
何故か悪態をつく甚平に首を傾げるイワンを見ながら、ハリィは声をかける。
「本屋はソルトの見つけた珍しいものを見た後に立ち寄ってみよう、どうせ同じ通りにあるんだ」
少し考えて「……そうだな、そうするか」とイワンは妥協、甚平も「面白ェもんってのは見つけた時にっきゃ見れないと相場が決まってんだ。いこうぜ」と乗ってきて、四人は商店街を歩いていった。
つづく