8.生まれてきた意味

それから一週間が過ぎて。
賞金が解かれ、晴れて脱・罪人したソロン=ジラードは、冒険者としての第一歩を改めて踏みだし直した。


「出だしから挫いちまッたからな……今度は俺が依頼を選ばせてもらうぜ」
バラク島の冒険者ギルド本部にて。
壁に貼られた依頼へ目を走らせるソロンへ、む〜っと口を尖らせつつ傍らのティルも渋々頷く。
なにしろ自分の選んだ依頼が彼を災厄に巻き込んだのだ。何も言い返せない。
だけど、結局あの依頼は何だったんだろう。
ギルドを問い詰めてみれば、依頼人は架空の人物だというし。
架空の人物が相手では、当然報酬も手に入らない。
従って、依頼はなかったことにされた。
まったく、とんだ無駄手間であった。
冒険者への依頼というのは、絶対に信用できるわけでもなさそうだ。
ソロンにかけられた賞金にしても、そうである。
ギルド曰く誤認であり、申し訳ないとお詫びの粗品を貰った。
冒険者の腕を切ったからじゃないの?とギルド長へ尋ねたティルは、さらに謎な回答をされる。
なんと腕を一本落とされた冒険者など、いないというのである。
「あなた、一体誰の腕を切ったの?」とティルはソロンにも尋ねたが、彼は首を竦めるばかり。
恐らくは冒険者を騙るゴロツキではないですかね、とギルド長も話を締めて、この件は終わりとなった。
「おッ、バケモノ退治が入ってきてるぜ。コレなンかどうだ?ティ」
「どれどれ……って、ドラゴンじゃない!」
興味津々覗き込んだティルは仰天する。
ドラゴンというのは、世界最大にして最強の種族である。またの名を竜人族と呼ぶ。
本来はモンスターなどではなく、共通語を話し知性と魔力を併せ持つ亜種族の一種だ。
空にある天空都市か、他種族お断りのドラゴンヘイルに住んでいる。
だが、ときたま野生化した奴が外に出ていってしまう事もある。
野生化した彼らは理性を失っており、会話も通じない。
それが故にモンスター扱いされて討伐の対象になる。
彼らは何故、野生化してしまうのか。
その理由や原因は、未だに定かではないという。
今回出ている討伐依頼は、グリーンドラゴン。
毒を持つタイプの竜で、報酬は五百クレジットと破格の値段。
五百もあれば、当分は遊んで暮らせるだろう。
壁に貼られた依頼の中では一番高く、ソロンが目をつけるのも無理はないが……
「大丈夫?能力が落ちてるって、言ってたじゃないの。最初はゴブリンか野犬がいいんじゃない?」

デス・ジャッジメントがソロンの体を抜け出てから、ソロンは明らかに自分が前よりも弱くなったことを実感した。
それを実際に感じたのは、ロイスに戻ってワルキューレと剣の稽古をした時だ。
彼女の剣さばきを、ソロンは避けきれなかったのだ。彼女如きの剣を。
なんて言ったら騎士団長様は怒るだろうが、ソロンとしては非常にショッキングな出来事で。
次の日から無茶な特訓を始め、ティルや皆に止められて心配されるほどに至った。

多分、今の自分はティルと同じぐらいの強さだとソロンは考えた。
そのティルがドラゴン退治を渋っている。
ということは、この強さでは無理な依頼であるということか。
とにかく彼女をバロメーターとして依頼を選べば、失敗しなくて済むはずだ。
なにしろモンスターの名前を書かれても、ソロンには、それが強いのか弱いのかも判らないのだから。
「じゃァ、これなンかどうだ?」
次に値段の高い討伐退治を選ぶと、ティルは、またまた悲鳴をあげた。
「これってメデューサじゃない!無理よ、私達、魔法も使えないのよ!?」
「メデューサってなァ、魔法が使えねェとヤベェ相手なのか?」
どんな相手でもぶった切ればいいと思っているソロンに、ティルは大きく溜息をつく。
「あなたはザイナの図書館で、モンスター大辞典でも見るべきね。名前だけで判断できるようにならなきゃ、この先冒険者なんてやっていけないわよ?」
お小言に肩を竦め「そンなのイチイチ覚えてられッかよ」とソロンはソッポを向いてしまった。
その反抗的な態度にはティルもへそを曲げ「もうっ、ホントに冒険者としてやっていく気があるの?」と怒鳴った時。
「おいおい、ギルド窓口で喧嘩しているヤツは誰だ?オコサマは外で元気に遊んでこいよ」
誰かがカラン、と扉を開けて入ってきた。
聞き覚えのある陽気で、やや高い声。顔を見れば一目瞭然。
黒い肌のエルフで知っている奴といえば、一人しかいない。
ダークエルフのシャウニィだ。
「んん?なんだ、お前らかよ。ここにいるってこたぁ、無事汚名も晴れたってか?」
見つめられ、ソッポを向いたままソロンが頷く。
「あァ。ンで、あの依頼もキャンセルだ」
「依頼人がいなかったんだろ?」
ニヤニヤ笑いながら、シャウニィも頷き返す。
ティルがビックリして口を挟んできた。
「なんで知ってるの!?」
魔導師は肩を竦め、嘯いてみせる。
「長く冒険者やってりゃ嘘の情報を掴んだり偽の依頼でタダ働きなんてのは、よくあるこった」
「お前も冒険者だッたのか?」
驚くソロンにシャウニィは呆れた目を向け、ポツリと呟く。
「お前、記憶力悪すぎじゃねぇの?初めて出会った時、俺がなんて言ったのか、もう忘れちまったのかよ。言っただろ、依頼を引き受けようと思っていたら、お前らがソイツを引き受けちまったって」
けどまぁ、と軽薄に続けて彼はヘラヘラと笑った。
「引き受けなくて幸いだったぜ!無駄足踏むほど面白くねぇもんはないからなぁ」
「あら、そ」
なんとなくムカムカきたティル。
ソロンの腕を強引に取ると、戸口へと歩き出す。
「そこまで判ってるなら事の顛末を話す必要もないわよね?いきましょ、ソロン」
いきなり気の変わった彼女についていけず「え、でもまだ依頼を決めてねェぞ」と、ソロンは文句を言ったのだが。
「あぁ、聞かなくても知ってるぜ。お前らが、どれだけコーデリンで失態を繰り広げたのかもバッチリな」
シャウニィの嘲笑を背に、ズルズルと引きずっていかれたのであった……

「きっとランスリーよ!あの子が酒場でしゃべったんだわ、にくたらしいわねっ」
歩いているうちに怒りがぶり返してきたのか、ティルはプンプン怒っている。
グロムワット姉妹とはザイナで別れた。
半病人のメイスローを抱えたランスリーは教会本部のある島へ戻り、姉の世話をしながら暮らすつもりだという。
出会った頃のおしとやかさは何処へいったか、すっかり地に戻った調子で彼女は別れの言葉を述べた。
「そいじゃ〜、ソロンさん。ここでお別れッスね」
「あァ。ランスリーはザイナへ戻るのか?」
ソロンの問いには首を振り、視線を遥か遠くの地平線へ向ける。
「いえ、ファルゾファーム島に戻って姉ちゃんの看護をしようと思ってるッス」
「そうッスか」と、これはケルギ。
言葉遣いがランスリーと似てしまったため、薄い影が更に薄くなった。
「寂しくなるな……」
タイゼンも呟き、「でも、たまには遊びに来いよ。気分転換も兼ねて」と彼女を励ました。
タイゼン、そしてケルギやリオン達に一礼した後。
「ソロンさんも、お元気で」
じっとソロンを見つめた時だけ、以前のランスリーな面影を見た。
だが傍らのティルを一瞬チラ見して、再びソロンへ視線を向け直した時には今の彼女に戻ってしまった。
「ティルさんと一緒じゃ、苦労しまくりかもしんないけど。いっそ、あたしと聖都にくるッスか?」
「駄目!」
即座にティルがガバッとソロンへ抱きつき、タイゼンが下品に口笛を鳴らす。
「ヒュ〜ゥ、おあついねぇ。こりゃ、ロイスへ帰ったら即結婚式かな?」
寄り添うようにタイゼンの腕に抱きついていたリオンが、うっとりとした目でダーリンを見上げた。
「ティルさんとソロンさんもアツアツですけど、僕達だって負けちゃいませんよ。ねっ、タイゼンさん?」
再び繰り広げられたイチャイチャ劇まで思い出しそうになり、ソロンは思い出すのを打ち切った。
ランスリーが失恋の腹いせに、あちこちで吹聴しまくっているのだとティルは思いこんでいるようだ。
それは真実かもしれないし、単なる思いこみかもしれない。
まぁ、どっちだっていいじゃないか。
どっちだろうと終わったことだし、それについてランスリーがどう話そうとランスリーの自由である。
彼女のおしゃべりを止める権利など、誰にもありはしないのだ。
不意にティルが足を止めたので、ソロンは尋ねた。
「ギルドに戻るのか?」
「なんでよ」
不機嫌に即答すると、彼女は案内板を一瞥する。
いつの間にか街の入口に来ていたようだ。
「このままロイスへ戻るのも癪だし、酒場で一杯飲んでいきましょ」
ロイスへ戻るつもりだったのが、急に思いついて酒場へ行くことになったらしい。
思えば、この気分屋かつ無限の地雷地帯な女性とつきあうようになったのも、ほんの数ヶ月前なのだ。
二十三の誕生日を迎えたばかりの頃は、まさか自分が地上に出るハメになるなど思いもよらなかった。
ずっと地下で過ごし、地下で一生を終えるのだとばかり考えていたのに。
運命とは判らないものだ。いや、判らないからこそ人生は面白い。
地上に追い出されたのは運命のいたずらだったとしても、冒険者になったのは自分の意志だ。
そのことを、ソロンは後悔していない。
ついでにいえば、ティルの彼氏になったことも。
ティルは色々問題のある女だけど、可愛いところも沢山あるのだ。
なにより、ソロンに対して好意的だし。

あいつも、下界へ降りたことを後悔してなきゃァいいンだが。

失った自分、もう一人の自分。
デス・ジャッジメントのことを思い出すと、鼻の辺りがツンとくる。
誘い出す声にのってしまったが故に、彼の運命は大きく変わってしまった。
レイザック――いやチャリオットと二人で世界を見守る一生だったはずが、人間に再転生させられた。
おまけに自分の中に生まれた、もう一人の自分に長いこと体を乗っ取られて。
彼は不幸だった、二十三年もの間。
ロストガーディアンという長い人生から見れば、二十年弱など、ほんの一瞬かもしれない。
だが自分が彼の立場なら、きっと我慢できない。
自分の思い通りにならない体など、ない方がマシだと思うだろう。
「どうしたの?黙っちゃって」
ティルの声で我に返り、ソロンは俯く。
「ン、アァ……ちょッと、俺が生まれた意味を考えてた」
「生まれた、意味?」
思ってもみない返答だったらしく、ティルはポカンとしている。
まぁ、ひどく落ち込んだりしない限り、普通は自分が生まれてきた事の意味など深く考えたりはしまい。
それに何故生まれたのかを考えるより、これからどうするかを考えた方が建設的でもある。
ドラゴン退治を蹴ったせいで落ち込ませちゃったのか、とティルは彼を気遣うつもりでグイグイ腕を引っ張った。
「ね、それよりも早く酒場へ行きましょうよ。おごってあげるから!」
引きずられるようにして歩きながら、ソロンが尋ねる。
「ティは考えたことないのか?生まれてきた意味ッてのを」
「ないわねぇ」
気のない返事を聞き流し、ソロンはブチブチと小声で呟いた。
「俺は、ホントは生まれてこない方が良かったンじゃねェのかな……」
「何言ってるのよ!!」
くるっと振り向いたティルに大声で怒鳴られ、惰性で歩いていたソロンはオットットと躓きかける。
「ネクラな発想なんて、ソロンには似合わないわ!どうしたの?騎士の誰かに酷いことでも言われたの!?」
過保護なお母さんよろしく問い詰めてくるティルを押しのけると、ソロンは視線を外し気味に応えた。
「……この体は、元々デス・ジャッジメントのモノだッたンだ。精神も、アイツだけがいて……なのに、人間に戻ッた拍子で『俺』が生まれちまッた。ずッと、俺がアイツの体を乗っ取ってたンだ」
しかしティルはソロンの悩みを「なによ、そんなの気にする必要ないわ」とアッサリ一蹴。
反論しかける彼を手で制すると、ばっさり言い切った。
「いいこと?たとえ、その体が元々はデス・ジャッジメントのものだったとしても、ソロンが生まれてから生きてきた二十三年間はソロン自身の人生なのよ。精神だけじゃない、体も含めて!」
「なら、なンでアイツが抜けてから、俺は弱くなッちまッたンだ?体も俺のモノなら、アイツが抜けようがどうしようが変わらないはずだろ……」
間髪入れず言い返すと、再びソロンは項垂れてしまう。
やっぱり弱くなったことが彼の心をも弱くしてしまっているようだ。
「精神的なものよ。自分の中に知らない誰かがいたなんて知ったら、私だってショックだわ」
当てずっぽうにティルが言い返す。
本当のところは彼女にだって判らない。なにしろ医者でも学者でもないのだから。
それでも当てずっぽうなりに、彼女はとくとくと優しく言い含めた。
「地道に訓練すれば、いつかは元通りになるわよ。うぅん、それ以上になれるわ。努力って人を裏切らないから」
「いつかは……か」
ますます項垂れる彼の背中をポンポンと叩いてやる。
「焦らないで。それにね、ソロン。あなたが強すぎると、私が一緒にコンビを組めなくなっちゃうじゃない。だから、一緒に強くなっていきましょ?」
消滅したものに戻ってこいと叫んでも無意味だし、消滅した後に生まれてゴメンナサイと謝られても遅すぎる。
それよりは頑張って前向きに生きてもらったほうが、今は亡きデス・ジャッジメントも草葉の陰で喜んでくれるであろう。
仕方ない。ティルの言うように、今までの強さはなかったものとして修行をやり直すとするか。
まだ二十三年しか生きていないのである。いくらでも、やり直しはできよう。
「……ンじゃァ、まずは酒場で一杯ひっかけようぜ。ンで、宿屋でチョイと酔い覚ましした後に依頼を探すとすッか!」
顔をあげバシッと両手を併せるソロンを見て、ティルも満面の笑みを浮かべると彼の腕に抱きついてきた。
「それでこそ、ソロンよ!さ、行きましょ」


闇組織壊滅から約半月。ソロンはようやく、第二の人生を歩き出す。
デス・ジャッジメントから開放された今こそが、本当の人生の始まりなのかもしれない。
12の審判の生まれ変わりとしてではなく、一人の人間として。
冒険者ソロンの旅は、今始まったばかり。
これからの彼の活躍に期待しつつ、この物語の幕を閉じるとしよう――

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