7.DEATH JUDGMENT

――気がついたら、独りぼっちになっていた。
「……ティ?」
ソロンは慌ててキョロキョロと周りを見たが、誰もいない。
ティルもキーファも、そしてランスリーやレイザックすらもいなくなっていた。
真っ白な空間に、たった一人。
上も下も真っ白で、自分が立っているのか宙に浮かんでいるのかも怪しくなってくる。
だが、何故だ?
この光景には、見覚えがあった。
こんな奇妙な場所、生まれて初めて来たはずなのに。

――間違いない。
俺は、一度ここへ来たことがある。

頭の中で、誰かが呟く。
額当てを外した時に意識の中で目覚める、もう一人の自分が。
地下組織で生まれたソロンの記憶にはないけれど、意識の深層に眠るソロンには記憶のある場所だ。
ブレイクブレイズが暴走して空間に飲み込まれた時、ここへ来たのだ。
すると、ここはブレイクブレイズが切り裂いた空間だろうか?
しかし魔剣はデス・ジャッジメント、つまりソロンが念じなければ発動しないんじゃなかったのか。
レイザックという男が見せた、あの紙。あれが異常現象の引き金だったはず。

いや、奴の名はレイザックではない。

また脳内で、声がする。
ソロンの中にありながら、ソロンではない誰かの意志が言う。レイザックの今の名を。
彼の名はチャリオット・ジャッジメント。
ロストガーディアンに生まれ変わった、かつての親友だと。
何だ。
何で俺は、そんなことを知っている?
それに親友って、俺の親友はキーファだけだ。レイザックなんて名前じゃない!
不安と恐怖がムクムクと心の中へ広がってゆき、とうとうソロンは我慢できずに喚き散らした。
「いい加減に出てきやがれッ!テメェは何者なンだ、レイザック!!」
彼の呼びかけに応じたのか。
黒い影が現れたかと思うと、そいつは瞬く間にソロンと同じ姿に変わった。
ただし額には何もつけていない。
それを見て、ソロンは無意識に自分の額に手をあてる。
ひんやりとした感触があった。大丈夫、額当てはついている。
「俺と同じ姿になりやがッて、今度は何のつもりだ?まやかしなら、もう結構だ!」
逆ギレ気味に癇癪をぶつけるソロンに対し、今し方現れたばかりのソロンはむっつりと答える。
「まやかしなンかじゃねェ。俺は、本当のオマエだ」
自分そっくりの声で言われ「何ィ」とソロンが眉を吊り上げて睨みつけると、もう一人のソロンもガンを飛ばしてくる。
「聞こえなかッたか?俺が本当のソロン=ジラードだッつッたンだ。後から生まれやがッたテメェこそ、俺にとっちゃ邪魔者でしかねェ。テメェこそ何者なンだ?」
「ナニモノッて……お、俺はソロンだ!俺がソロンなンだ!!」
自分と喧嘩していても埒があかない。
いや、これが己なのかはさておき、どちらがソロンなのかを言い争っても仕方がない。
もしかしたら両方ソロンなのかもしれないのだ。
ソロンなんて名前、それほど珍しくもないんだし。
不毛な言い争いをやめ、ソロンは尋ねた。
「オマエがデス・ジャッジメントだとしたら……なンで、ロストエリアを出てッちまッたンだ?」
目の前の自分、いやデス・ジャッジメントが答える。
「下界でハーミットが生まれるッて声を聞いた。だから迎えに行こうと思ったンだ」
ならば何故レイザックに相談しなかった?
親友なんだろ、とソロンが尋ねると、デス・ジャッジメントは首を振る。
「したさ。そしたら、あの野郎、ハーミットが生まれるのは何百年も後だ、お前の勘違いじゃねェのか?なンて笑い飛ばしやがッた。だからムカついてよ、俺一人で迎えに行くことにしたンだ」
なるほど、それはソロンでもムカつく。デスが一人で出ていったのにも頷ける。
それで?を先を促すと彼は額に手をやり、悩ましげな視線を下へ向けた。
「そッから後の記憶がねェ……気がついたら、俺は俺でありながら俺の意識が届かねェ場所にいた。体は俺なのに、意識は別のヤツ――つまりテメェが操っていて、どうにもならねェ」
「……声ッてのは」
ソロンの呟きに「ン?」とデスが顔をあげたので、改めてソロンは尋ね直した。
「声ッてのは、誰の声だッたンだ?ハーミットが生まれるッて、お前に教えた野郎の声だ」
「野郎じゃねェ、女だった」
どこか遠い目つきでデス・ジャッジメントは想いを馳せる。
「聞いたことのねェ、だが綺麗な声でよ……俺ァ、そいつを聞いた時、何が何でも信じてやろうッて思ったのさ」
そいつがデス・ジャッジメントを人間に転生させ、ソロン=ジラードという人格を新たに植えつけた張本人なのか?
しかし何のために。悩むソロンを一瞥し、デス・ジャッジメントも呟いた。
「ここ数百年、異世界からのアクセスが多くてよ。真人も困ッてらしたンだ。もしかしたら、あの女も別世界の刺客だッたのかもなァ」
「で、まんまと引っかかっちまうなンて、テメェはそれでも12の審判なのかよ?」
辛辣な言葉をかけると、デス・ジャッジメントはカッとなってソロンに掴みかかってくる。
「じゃあ、テメェこそどうなンだ?たッた二人しかいねェトコに、新しい仲間が増えると聞かされて!ロストエリアへの道が判らなくて困ってるッてのを聞かされて、それでも迎えに行かねェッてのかよ!?」
親友とはいえレイザックと二人っきりで暮らしていたのだと考えると、デスの気持ちも判らないではない。
いくら仲が良くても、たった二人ぼっちでは寂しさや退屈を感じないわけがない。
たまには、もう一人二人、違ったメンツが欲しくなったりもする。
そんな時に、仲間が増えるかもしれないと聞かされようものならば。
罠かもしれないという疑いを持ったにしろ、ソロンだって同じように迎えに行っただろう。
ソロンとデス・ジャッジメントは、同じ体に根を張った人物だ。
根っこの部分じゃ似たような思考の人格に違いない。
「悪ィ、お前の気持ちも考えねェで」
ソロンが謝ると、デスもポリポリと顎をかき謝ってくる。
「いや……俺こそカッとなッちまッて悪かったな」
やはり性格的に似たもの同士のようだ、この二人。
「ランスリーは、ハーミットなのか?あいつが生まれ変わりだッたのか?」
次の問いの答えには、少々間が開いた。
デス・ジャッジメントは考える素振りを見せていたが、ややあってから答えらしきものを見つけ出す。
「いや……俺の見立てじゃ、あいつはハーミット・ジャッジメントじゃねェ。残念だが……」
本当に残念そうに、何度も何度も首を振る。
デス・ジャッジメントは、ああいう女が好みなのか。
女の好みは微妙に自分と似て非なる、などと考えつつも、ソロンは続けて質問した。
「けど、あいつは自分がハーミットだッて言ってたぞ?」
「そいつは別の誰か、キーファとかいうテメェのトンマな親友と同じで誰かに思いこまされてるだけだろ」
「誰の親友がトンマだ、この野郎!」
ついつい腹を立てて、相手の胸ぐらを掴み上げてしまった。
自分と同じ性格の相手と話をするのは、どうもやりづらい。
口が悪いと判っているだけに、なおさら始末が悪い。
「トンマで悪けりゃ変態だろうが!なんだ、ありゃ!?暗示にしろ人の体だのチンコだの触ってきやがッて」
「あ、あれは、俺にだって判らねェよ!でも多分、あれも暗示の一種なんじゃねーのか!?」
そうだと思いたい。
まぁ、キーファの奇行については、さておくとして。
問題は、これからのソロン自身である。
ロストエデンに帰りたいのか?とソロンが聞けば、デス・ジャッジメントは即答した。
「当然だ。情報がデマだと判った以上、俺が下界にいる必要もねェからな」
もう一度ギロリと睨みつけられ、気迫だけは負けまいとソロンも睨み返す。
「だから……残りたいと駄々をこねるような野郎は、俺の体から出てッてもらうぜ」
「ど、どうやッて?」
ソロンという別人格が生まれてから、デス・ジャッジメントは意識の深層にいて体を自由に操れなかった。
今までがそうなら、これからだって無理なはず。
だがデス・ジャッジメントには何かの策があるようで、ソロンの額当てに指を当てた。
「テメェを、この額当てに封印する。テメェさえ体を抜けでりゃァ後はどうとでもなる」
「そンなこと」
できるのかよと尋ね終わるよりも早く、視界が全て真っ白に染まり――ソロンの意識は吹き飛んだ。


カラン、と音を立てて額当てが床に落ちる。


「……ソロン、ソロン!?ねぇっ、聞こえてる?私の声ッ!」
続いて遠くのほうから潮が満ちるように大きくなって耳に届いてきたのは、ティルの泣き叫ぶ声。
「話がついたようだな。さて……表に出たのは、どちらの人格か」
背後には、レイザックの呟きも聞こえる。
膝をつき、座り込んでいた逆毛の男は虚ろな目を二度三度バシバシと瞬きしてから、狂乱の恋人へ声をかけた。
「あ、あァ、大丈夫だ……聞こえてるぜ、ティ」
ごしごしと瞼をこすり、彼女の顔を見上げる。
うん、涙と鼻水でグチョグチョである。
続いて、ランスリーとキーファにも目をやった。
こちらも、みっともない顔で泣いていた。
視界はクリア。思考もクリアと順番にチェックして、ソロンは己の体をペタペタと触りまくる。
頭、胴体、手、足。全部揃っている。
額当てなどという金属の塊ではないことだけは、確かだった。
額当てを拾い上げ、レイザックが呟く。
「ふむ……デス・ジャッジメントが負けるとは、意外な結果に終わったものだ」
お前はソロン=ジラードだろう、デス・ジャッジメントではなくて。
そう尋ねられ、ソロンは即座に頷いた。
「あァ、俺はデス・ジャッジメントじゃねェ。あいつとは会ったけどな」
一瞬だが、レイザックの顔には微笑みが浮かんだように思えた。
だが、彼はすぐ笑みを消してソロンに尋ねてよこす。
「彼は何と言っていた?」
「ロストエリアに帰りたいッつってたぜ?あァ、エリアを出た理由は仲間を捜すつもりだッたとか何とか」
「そうか、ならば」
拾い上げた額当てを懐にしまい込むと、レイザックが呟く。
「これを持って帰るとしよう」
「え、そんなんでいいのか?ソロンの事は、もう諦めるってのかよ?」
キーファの問いへは首を振り。
「いや、これがデス・ジャッジメントなんだ」
レイザックと、もう一人。ソロンも頷いて、彼の懐を指さした。
「ホントは、そこに入るのは俺の予定だッたンだがよ。予定が狂っちまッたらしくて、デスがそっちに飛ばされちまッた」
「そうではない」と、ソロンの答えにも首を振ってレイザックが言いなおす。
「お前の意志力が、デス・ジャッジメントに打ち勝っただけのこと……結果、お前を額当てに封印しようと術をかけたデス・ジャッジメントが逆に封印されたのだ」
「へ?」となったのはティル達ばかりではなく、ソロンもだ。
途中で意識を失ったのに勝つとか、そんな勝利ってありなのか?
「表面に浮かぶものばかりが意識ではない。お前の深層が、デス・ジャッジメントの想いよりも強かった。……それだけの話だ」
納得のいかないソロンへレイザックは、ほんの少しばかり苦笑してみせる。

友を失った。
今度こそ、本当に。

もう何処を探してもデス・ジャッジメント、すなわち自分の知るソロン=ジラードには会えない。
額当ての中に封印された彼を、取り出す方法でも見つけない限り。
だが、もし封印を解除できたとしても、彼には宿るべき肉体もない。
だからチャリオットは、あと三百年を一人で生きていかねばならない。己の使命が終わるまで。
「……悪ィ。俺が勝っちまッてアンタは、その、たッた一人の友達を」
謝りかけるソロンを手で制し、レイザックはクルリと踵を返す。
「謝らねばならないのは、本来ならば私のほうだ。お前の魂をデス・ジャッジメントの体から強引に引き抜こうとした……お前を、殺そうとした」
結果として失敗したからいいようなものの、成功していたらソロン=ジラードという魂は永久に失われた。
ティルは涙であけくれ、ランスリーもキーファも、そしてラー達も毎日お通夜の気分で過ごした事だろう。
そしてソロンもティルに別れを言う暇さえ与えられず、永遠に彼女と離ればなれになっていたのだ。
事の重大さにようやく気づいて青ざめるソロンへ、ぽいっと何かが投げられる。
慌てて受け止めたそれは、なくしたはずの冒険者カードであった。
「なッ、なンで、テメェがコレ持ってンだァ!?」
あわくって掴みかかるソロンの手から、するりと逃れ出ると、レイザックは顰めっ面で苦言する。
「旅先で出会った妖精が持っていた。冒険者が自分のカードを手放してはいけないな、ソロン」
アナと出会えてカードを見たからこそ、レイザック側も色々と動くことができたと言えなくもないのだが。
「その子、アナっていう子じゃなかった?彼女とは何処で会ったの?」
ティルの質問へは、曖昧に首を振る。
「さぁ、何処でだったかな……忘れてしまったよ」
覚えているが、何から何まで教えなくてはいけないという義理もない。
それこそ、どうでもいい事なのだし。
床に落ちていた魔剣も拾い上げると、これはティルへ手渡した。
「デス・ジャッジメントが封印された今、魔剣は長い眠りにつく……次のデス・ジャッジメントが見つかるまでの間、この剣はロイスで保管しておいてもらえないか?」
「え、いいけど」
いともあっさりOKしたティルを見て、ソロンはコッソリ眉を潜める。
――たまには本気で自分の脳を使った方がいいぞ、ティ。
魔剣なんて曰く付きの、しかも空間を割るような物騒な剣は、ロイスへ持ち込まない方がいいに決まっている。
例え剣がデス・ジャッジメントにしか使えなくても、珍品というだけで金の亡者は食いついてくる。
平和で穏便な生活を求めるならば、国に秘宝なんてものは必要ないのである。
ソロンの憂鬱には気づいていないのか、ティルがレイザックへ尋ねた。
「でも、いいの?あなたが持ち帰らなくて」
「いいんだ」
レイザックは首を振り、ティルを優しい目で見つめる。
「お前達に管理を託す。子孫を残し、その子孫にも言い含めておくといい。次のデス・ジャッジメントが現れた時、剣を渡すようにと」
つまり次の周期とやらがくる前に、レイザックは12の審判の役目を終えてしまうのであろう。
だからティル達、地上の民に剣の受け渡し役を頼みたいというわけだ。自分の代わりに。
「子孫?子孫って……」
「子供の事ですよ。あなたにも、いつかは子供が生まれるでしょう?」
ポツリとランスリーに突っ込まれ、ぽかんとしていたティルは見る見るうちに真っ赤になった。
かと思えば、バッシーン!と勢いよくソロンの背中を叩き、一人でデレデレしている。
「や、やだぁ!子供だなんて、私達、まだ早すぎるよね?ねぇソロンッ」
突然の奇襲にゲホゴホ涙目でむせるソロンへ、レイザックも目を向けた。
どことなく寂しそうに見えたのは、絶対に気のせいではない。
彼の両目には哀愁と未練が見え隠れしている。
「ソロン……」
迷った後、レイザックは尋ねた。
「デス・ジャッジメントは、他に何か言っていなかったか?」
「アンタに対してか?それとも」
質問に質問で返すソロンへ早口にやり返す。
「何でもいい」
そうだなぁ、とソロンは少し考えてから、ハッと思い出した。
「あぁ!そういや、変なことも言ッてたぜ?ハーミットを探しに行った理由だがよ」
「女の声が聞こえた件か。それならば本人からも聞いているが」
なんだ、そこまで話して、それでいて邪険にされたのか。
そりゃ〜デス・ジャッジメントが怒るのも当然だ。
失ったもう一人の自分を代弁するかのように、ソロンもムッとした顔で続ける。
「そこまで知ッてンなら、特に話すこともねェや。あとな、イセカイからのサクセスだかアクセクだかが多いッて、ぼやいてたぜ。なんのこッたか知らねェが、テメェもシンジンとやらを困らせンじゃねーぞ?アイツ心配してたぜ、シンジンのこと」
「う、うむ」と、こちらもソロンの言っている意味が判らなかったのか曖昧に頷く。
「真人を守るのが、我等審判の役目だ。困らせないよう、重々肝に銘じておこう」
一礼し、再び踵を返すレイザックを呼び止める者がいる。ランスリーだ。
「あ、あの!あなたは、もしかして……12の審判なのでは、ありませんか?」

「いや、違う」
「あぁ、レイザックはチャリオット・ジャッジメントッていうらしいぜ」

……ソロンとレイザック、二人の声が重なって。
間髪入れず、慌てた調子のレイザックがソロンを叱りとばす。
「こ、こら!私が審判だと言うことは秘密にしておかねばいかんのだぞッ」
だが叱られたほうもムキになり「なら、秘密にしてくれッて最初に言ッとけよ!」と怒鳴り返してきた。
後出しで怒られて、ソロンが怒るのは判る。
判るがしかし、彼には空気というものを読んで欲しい。
何のために曖昧に誤魔化してきたのかぐらい、ソロンならば判ってくれると思っていたのに……
結局、今のソロンはデス・ジャッジメントのソロンとは別人ということだ。
別人ならばレイザックのよく知るソロンのように気が利かなくても、致し方あるまい。
まったく、デス・ジャッジメントも、ちゃんと彼に口止めしておいてくれればいいものを。
言い争う二人を前に、感動したのかランスリーが大声で割り込んできた。
「あぁ、やっぱり!では地上へ降りてきたのは裁きを下すため、なのですか!?私達の名を騙る組織が西大陸の平和を乱したから、裁かれにいらしたのですね!」
「い、いや、違う。私は、ただ、デス・ジャッジメントを探しに……」
決めつける彼女の勢いにレイザックはタジタジとなり、ソロンは極めてあっけらかんと否定した。
「あァ、そういやランスリー。お前は12の審判じゃないンだッてな。デス・ジャッジメントが言ってやがッたぞ」
「え?」
聞き間違いか、とばかりに間抜けな顔で聞き返す彼女へ、もう一度言ってやる。
「いや、デスの野郎も、お前がハーミットだと思ッて迎えに行ったはいいンだがよ。見つかったのかッて聞いたら、お前は違うッて断言しやがッたぜ。よかッたな」
12の審判じゃなくて、と続けようとしたソロンの声はランスリーの不満声でかき消された。
「え〜〜〜!!?違うのォ?マジでぇ?」
マジでぇって、何その言葉遣い。キャラが違ってないか?
もしかして、今までの言葉遣いのほうが作っていたんだろうか。ランスリー的に。
「え〜、せっかく特別なあたしになれるかと思ったのにィ。チョー残念ッスゥ〜」
もう誰だ、お前。
ケルギが今の彼女を見たら、百年の恋も一瞬で冷めてしまうであろう。
ソロンにしても同じで、あまりのギャップに言葉も失うほど驚かされた。
「と、とにかく」
場の空気を戻そうと、咳払いしつつレイザックが話を締めにかかる。
「私と出会ったことは極秘で頼む。そして魔剣の管理も頼んだぞ」
「は、はい」
ティルが頷き、ソロンも渋々頷いた。
「まァ、俺達が生きてる間は守ッといてやるよ」
「では……さらばだ」
今度こそ踵を返し、レイザックは廊下を歩き去っていく。
その背中を見つめてランスリーがポツリと呟いた、どうでもいい一言は、長い間ソロンの記憶に残った。
「12の審判っていう割にはフツーに帰っていくんスね。てっきりパッと消えて、いなくなるかと思ったのに」
実をいうと、ソロンも同じ事を予想していた。
帰り方が普通すぎて、拍子抜けしたのは内緒である。

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