3.12の審判

ソロン達が闘技場で戦っている頃。
コーデリン王国へ、旅人が足を踏み入れていた。
ケンタウロスではない。
どうやって入ったか、旅人はまごう事なき人間族であった。
そして、彼は一人ではなかった。肩に妖精を乗せている。
「アナ、道案内ご苦労だった」
呟く男に肩の上の妖精が答える。
「どういたしましてぇ〜ですのぉ」
「ここからは俺一人で行く。お前は先に戻っていろ」
男は妖精へ命じると、単身路地裏へと入っていった。

ソロン=ジラードが切り落としたのは、さる貴族の息子の腕である。
貴族はザイナロック王家に泣きつき、冒険者ギルドに賞金をかけさせた――
その貴族とは、ケンタウロス族である。
どうやら、コーデリンの資質グループと関係があるらしい。

というのは、ロイス王国が放った冒険者達の調べた『ソロン賞金首の理由』である。
しかし、この話は真実ではない。
何故ならば、ザイナ王家に泣きついたケンタウロス族などおらず、腕を切られた男もタダのゴロツキ。
ソロンが賞金をかけられる羽目になった一件に、貴族など一人も関与していないのである。
全ては、この男――今し方コーデリンの裏路地を歩く旅人。
この男が流した創作、つまりはデッチアゲの嘘であった。
ソロンが罪人となった瞬間、彼に賞金をかけようと思いついたのだ。
無論、五十万ゴールドの賞金は架空である。
彼を首尾良く倒せたとしても、賞金が支払われることなどないであろう。
あの手配書すらも、彼がギルドへ手を回して作らせた偽物なのだから。
全世界を動かす事になろうとも、男はソロンの身柄を確保しておきたかったのだ。
ザイナの警備団にソロンが倒されたのは少々意外だったが、彼が倒されたと聞いても男は焦らなかった。
彼は死なない存在だ。
『メイジ』の僧侶が気を利かせなくても、ソロンは自力で立ち上がれたはずだ。
路地裏を急ぎながら、旅人は薄い笑みを口元に浮かべた。
もうすぐだ。もうすぐ、あいつと会える。
12の審判にして、『デス』の資格を持つ男――デス・ジャッジメントに。
彼を見つけるまでに色々と遠回りをしてしまった。だが、それも今日で終わりだ。

遥か昔、ファストの時代に彼らは生まれた。
男は名を、レイザック=ユニカ=ゴールランといった。
ソロン=ジラードは彼の幼なじみで、12の審判を真面目に目指す自己流剣士だった。
負けん気の強さと猪突猛進には何度もハラハラさせられたが、最終的に彼はロストガーディアンの仲間入りを果たす。
デス・ジャッジメントとして12の審判に選ばれたのだ。
ソロンの資質は『デス』、滅びを迎える者達へ死をもたらす象徴だという。
そしてレイザックも半ば巻き添えという形で、12の審判に選ばれた。
彼の資質こそが『ファイター』、またの名をチャリオット・ジャッジメントといった。
それからの長い年月を、二人はロストエデンと呼ばれるガーディアンの秘境で過ごした。
あまりに長すぎて、それこそ何歳生きたのかを忘れてしまうほどに。
――ある日チャリオットは、デスの姿がロストエデンの何処にも見あたらないことに気づく。
まさか、下界へ出ていってしまったのか?
焦る彼の元に届いた”真人”の言葉は、彼の予感を的中したもので。
チャリオットはデスの捜索を命じられた。
そして、地上に放たれてから二十三年後。
ようやく彼は、デスの痕跡らしき発見をしたのであった。
なんとしたことか、彼は記憶を失っていた。
そればかりか、赤子として人間の人生をやり直してもいた。
ソロン=ジラードは同姓同名の別人ではなく、デス・ジャッジメントそのものである。
そう確信できるようになってきた頃、組織はロイス騎士団に襲撃され、またしてもチャリオットは彼を見失った。

歩きながら、チャリオットは懐から一枚の紙を取り出す。
冒険者ギルドへ回ってきた依頼書だ。
『ファイターの資質を持つ者を探している。探してきた者には、一人頭五クレジット払う』
すでに引き受けた冒険者がおり、そのうちの一人がソロン=ジラードとなっていた。
ソロンが何故この依頼を引き受ける気になったのかは判らない。
だが、それは彼に会って直接聞けば判ろう。
それよりも誰が何の目的で、これをギルドに依頼したのか。
言うまでもなく、ファイターの資質はチャリオットが持っている。
彼以外に同じ資質を持つ者など存在しない。
探そうとしたところで、この地上にはファイターの資質を持つ人間は一人もいないのである。
依頼主は、それを知った上で依頼を出したのか?
そもそも12の審判を探し出して、何をするつもりなのだろう。
謎が解けないのは、気持ちが悪い。
だから、何としてでも依頼主を探し出してやろうと彼は思った。
しかしギルドの上層部に介入して、チャリオットが突き止めた情報とは。
依頼主の名前は架空であり、この世に存在しないという事実であった。
この時点で依頼は消滅したことになる。
ギルドのほうでも修正が加えられているはずだ。
一緒に引き受けていたティルとやらには、いずれ教えてやらねばなるまい。
冒険話がチャラになったことを。
そこから先は、あちこちチョロチョロ動き回るソロンを追いかけるので手一杯となった。
ザイナロックに入った途端、揉め事を起こして酒場から逃げ出すわ。
仕方がないから警備団やシーフの連中を使って捕まえようとするも、メイジに横からさらわれて。
下界では、仮の姿とはいえ役職を持っているチャリオットである。
自ら現場に行けないのが、もどかしい。
だが、それも今日で終わりだ。
彼はソロンを確実に捕まえるという名目の元、全ての仕事を放り投げてコーデリンへやってきた。
これで捕まえられなかったら、地上にチャリオットの居場所はなくなってしまう。
諦めてロストエデンに逃げ帰るか、再びソロンと出会うまで無職の風来坊として生きていくしかないだろう。
「ここか……」
チャリオットの足が、闇闘技場の前で止まる。
見張りは二人ほどいたのだが、彼らの目に止まることもなく12の審判は中へ入っていった。
いや、見張りは恐らく気づかなかったであろう。
彼らの真横を擦り抜けた、気配なき人物の存在に……


ソロンとティルの即席タッグは、一回戦を順調に勝ち進んでいた。
一回戦目はデブの大男と痩せた小男というタッグチームが相手であった。
ゴングと同時に飛び出したソロンはデブの喉元をかっ斬り秒殺、助けに入った小男をも一撃の元にブッた斬る。
一分と経たぬ秒殺K.O。見事なまでの圧勝である。
飛び散る血、そしてデブと小男のあげた断末魔で観客は大いに沸いたけれども、ティルには大変不評だった。
「何も殺さなくたっていいじゃない。あの二人とは、圧倒的な実力差があったんでしょ?」
ぷいっとソッポを向いてしまった彼女に、ソロンは肩を竦める。
「ココがドコだと思ってンだ?闘技場だぜ、それも闇の闘技場だ。こンな試合展開は日常茶飯事だろうが」
「だからって、その通りに戦わなくてもいいの!」
ティルが怒っているのは、昨夜フィリアに言われたことが引っかかっているからだ。
一度でも闇に堕ちた者は、一生闇の世界で生きるしかないと彼女は言った。
そんなことはない――と、ティルは思っている。
たとえ闇に生まれた者でも、頑張れば光の世界へ出ていけるはずだ。
常に正しい道を歩いていけば。
ソロンを闇闘剣士に戻らせるわけにはいかない。
彼には、なんとしても光の世界へ出てもらわなくちゃ。
そう、フィリアを更生させるためにも!
「なぁに?血を見るのが怖いの?オバサァン」
まだ背後にいるラーにも殺気走った目を向けて、ティルは怒鳴った。
「そうよ、怖いわ!人が死ぬのって、殺されるのって、本当に怖いんだから!だから、そんなことやっちゃダメなの!!」
「ンな事言われてもなァ……」
ラーは肩を竦め、リング上のソロンもポリポリと頭を掻いている。
ティルの熱弁は、思った以上に彼らの心には届かなかったようだ。
いきり立ってティルはリングに飛び乗った。
「どいて、ソロン!二回戦目は、私が戦うわっ」
「いや、待てよ。俺ァまだ疲れてねェぜ。疲れた時に交替してもらうから、ティはまだ」
「いいから、どきなさい!」
リングの上で押し問答していると、反対側のコーナーから嘲りの声が飛んできた。
「あぁら、パートナーといちゃついているなんて余裕ですこと」
二回戦の相手が登場したようだ。
一人は黒い水着に身を包んだ女性。手には鞭を携えている。
彼女のパートナーは男性で、これまた水着一丁。
武器は、これといって所持していない。
「そンな薄着でやりあおうッてのか?ここは海水浴場じゃねェンだぞ」
嘲りに嘲りで応戦すると、男のほうにフッと鼻で笑われた。
「俺達には俺達なりの戦い方がある。他人の薄着を心配する前に、どちらが先に出るかを決めておくことだ」
ぐいっとソロンを押しのけて、ティルが一歩前に出る。
「それこそ無用な心配よ!次は私が先に出る。いいわね、ソロン?」
一度言い出したら、てこでも動くまい。仕方なくソロンは先を譲ってやった。
「まァ、どっちが先に出ようと所詮はタッグマッチだしな……別に構わねェよ」
「OK」
パシッと拳を打ちつけると、ティルは鼻息も荒く宣言した。
「ソロン、あなたみたいに殺戮K.Oしなくても、余裕で勝てる方法を見せてあげるわ」
どんな戦法でいくつもりやら。
やたら自信満々な彼女を見送り、ソロンは呆れ顔でリングを降りる。
ティルの武器は己の体オンリーだから、少なくとも惨殺はできまい。
となると、殴って気絶させる手か?
まぁ、相手は鎧を着ていないんだし、それもアリとは思うのだが……
薄着の利点とは何だろう。ソロンが考えているうちに、第二試合が始まった。
「さぁー、二回戦は東コーナー!鞭の女王リリス、アンド、寝技の達人スエゾンの登場です!挑戦者チーム、これは用心してかからないといけません。いけませんが、しかしィ、なんと先鋒は女の子!ティル=チューチカが先鋒を務めます!ここは当然スエゾンが先に出ますねぇ、おぉっと!さっそく得意ルールが飛び出したァッ」
ゴングが鳴ると同時に飛び出したティルを「待て!」と押し留めると。
スエゾンが、パンツの中からゴソゴソと取りだした瓶を逆さに向ける。
「ちょ、ちょっと、どこから出して……!」
焦るティルの目の前でドロドロした何かをリングにふりかけると、海パン男はニヤリと笑う。
「ぬるぬるデスマッチだ。油の上で、俺と寝技で勝負してもらおう」
寝技?
でも今アナウンスが、こいつのことを寝技の達人と呼んでいたような。
「じょ……冗談じゃないわよ!」
何が悲しくて、相手の得意なルールで戦わなくてはいけないのか。
しかしドロドロと、油がこっちにも流れてくる。このままでは、まともな足場がなくなりそうだ。
ままよ、とばかりに再びティルが突っ込んでいく。
「このォッ」
だが、同時に油に足を取られて、「キャアアァッ!!?」と思いっきりスッ転んだ。
途端に観客が沸くわ、沸くわ。
ソロンもリング外で頭を抱える。何をやっているんだ、ティは!
まっすぐ走って向かえば、油に足が取られるのは判っていたはずだ。
ならば一旦戻って、ロープの反動を使うなりして一気に飛び込めばいいものを。
どうもティルは、リング上での戦いを理解していない。
滑って頭を嫌というほど打ちつけたティルの上に、海パン男がのしかかる。
「ちょっと!ヤダ!どいてっ」
ティルは当然暴れるが、マウントポジションを取られてしまっては跳ね返すこともままならない。
スエゾンは、またまたパンツの中から瓶を取り出すと、そいつに指を突っ込んだ。
こいつはこいつで、パンツの中にどれだけの瓶を詰め込んでいるのやら。
「ヘッヘッヘ……覚悟しろよ?お嬢ちゃん」
などと悪人さながらに呟いて、ヌルヌルした何かをティルの体に塗り始めた。
「ちょっと!嫌だって言ってるでしょ!?真面目に戦いなさいよ、もうっ」
怒鳴り散らすティルなど全くの無視で、スエゾンは彼女の上着をめくりあげ、小ぶりな胸が露わとなる。
「や、やだ!」
かぁっと赤くなるティルに観客が一斉に沸いた。
露わになった胸にも、スエゾンはヌルヌルとした何かを塗りつけられてゆく。
塗りつける指はいやらしく動き、ティルの乳首を摘み上げては、くりくりと引っ張られる。
それがまた嫌で嫌で、たまらずティルは恥も外聞もかなぐり捨てて大声で叫んだ。
「やだぁ!助けて、ソロンッ!!」
沸きに沸く観衆を背に、ソロンもリングへ飛び込んだ。
「テメェェッ!」
だが渾身の跳び蹴りは、スエゾンに当たるか否かという直前で止められる。
鞭だ。
ソロンの足に絡まっているのは、スエゾンの相棒リリスの鞭である。
「テメェ、邪魔すンじゃねェ」
ギロリと睨みつけると、女も負けじと睨み返してくる。
「あぁら、タッグマッチなのですわよ?邪魔して当然ですわ」
ぐいっと引っ張られてよろめくソロンに、女が勝ち誇った声をあげた。
「あの女と一緒に倒れるがいいわ!」
「だ、誰が……倒れるかァ!」
しかしソロンも然る者、そう簡単に倒れてやるほど非力ではない。
逆にぐいっと足で引っ張り返し、リリスをオットットとよろめかせる。
「く、このォ!」
ぐいぐい、ぐいぐい、と左右から鞭を引っ張ってはよろめかせての綱引き大会の始まりである。
傍目には地味だが、この綱引き大会。
どちらも優勢を許さず、一進一退の好試合となっていた。
そうしている間にも、ティルはスエゾンの指に翻弄されっぱなしだ。
男の指は最早遠慮を知らずティルの大事な部分、すなわちパンツの中にまで入り込み、いいように弄んでいる。
リリスの影に隠れて見えない方向からは、絶えずティルの叫びが聞こえてきた。
「やッ……だ、だめぇっ、あ、あっ、そこッ、摘んじゃ嫌ぁッ……!」
くそっ。自分の好きな女が、自分以外の野郎の手で好きなようにされている。
そのことが、ソロンの目を怒りでくらませる。
さっさと鞭女を転ばせて一刻も早く駆けつけたいのだが、こいつが、なかなか転ばないときた。
何しろ男の自分と互角に引っ張り合いを続けているというのだから、この女の馬力は侮れない。
それが余計にソロンをイライラさせ、力の均衡を崩させる結果となった。
「今ですわぁ!」
ぐい、ぐいっと緩急をつけて引っ張られ、ソロンはオットットと、たたらを踏むと。
一旦は踏ん張りかけたものの、もう一度引っ張られて、今度こそ勢いよく転倒した。
「だァッ!!!」
後頭部を激しく打ちつけて、目の中に星が瞬いた。
体勢を立て直す前に股間をぎゅむぅっと踏みつけられ、ソロンは泡くってバタバタと暴れた。
さながら、ひっくり返された亀状態。
変な処を踏まれているもんだから、起き上がろうにも起き上がれない。
「ぐ、こ、コラ、てめ、どこ踏ンでやがンだ、この変態女ァ!!」
リリスは、さらにグリグリとソロンのナニをハイヒールで刺激してくる。
「ふふん、お顔が貧相な割には立派なモノをお持ちですこと」
「ヤメロッつってンだろうが!俺は、ンーなSM趣味なンざねェンだぞ!?」
虐められて喜ぶような趣味など、ソロンにはない。
だが時折ヒールの先で突っつかれるたびに、ぞくぞくとした快感が迫り上がってくる。
「嫌がっている割には、しっかりテントを張っているじゃございませんこと?」
「う、うるせェ、これは生理現象だ……!」
強気に言い返しつつ、ちらっと横目にティルの様子を伺ったソロンは、ぎょっとした。
ティルは、すっかりぐったりとしており、スエゾンに唇を吸われ放題。
パンツも上着も全て剥ぎ取られており、彼女の両足に挟まれる恰好でスエゾンが腰を動かしている。
無論、言うまでもないが海パン男もトレードマークの海水パンツを脱ぎ捨てて全裸になっていた。
くそっ。
目の前で自分の女が犯されている。最悪だ。
あんな目に遭わせたくなかったから、俺が全部戦うと言ったのに。
いや、彼女を守れなかったのはソロンの責任だ。
さっさと鞭女を鞭ごと一刀両断でブッ殺してでも、ティルの元へ向かうべきだったのだ。
ソロンの視線を目で追って、リリスは口元に嘲りの笑みを浮かべた。
「あなたのパートナーもK.Oされたご様子ですし……あなたも、そろそろ降参してはいかがかしら?」
女の嘲りの笑いを聞いている内に、ふつふつとソロンの内側にドス黒い感情が芽生えてゆく。
ティルは殺さなくても勝てる方法があるなどと抜かしていたが、もう、そんなものは、どうでもいい。
彼女はどのみち逆K.Oされてしまったのだし、ソロンが虐殺をおこなったとしても許してくれるはずだ。
否。
ティルが許してくれるか以前に、ここで負けるわけにはいかない。
この戦いには、ランスリーやメイスローの運命もかかっているのだ。
それに、なにより。
なにより、ティルに手をかけたスエゾン。
あいつを生かしておくわけには、いかない。
ティルは、ティルは俺のモノなんだ!
俺の女に手を出した奴には、思い知らせてやらねばなるまい。
死というものの、恐怖を。
転んだ時に剣は手放してしまったし、変な部分を踏まれているせいで起き上がれもしないが、勝算は残っていた。
ニヤリと笑うと、ソロンは己の額当てに手をやった。
「死ンで後悔しやがれ……!」
「何の真似ですの?」
馬鹿を見る目でソロンを見下ろすリリス。
その顔が、あっという間に驚愕へと変わり――
次の瞬間には彼女の体が大きく吹っ飛び、天井にぶつかって落ちてきた。
誰も一連の行動を目視できなかったであろう。
リング下にいたラーにだって、ソロンの動きを捉えることは出来なかった。
「あ……あがっ…………」
まだ息のあるリリスへ、獣のスピードで近づいたソロンが腕を振り下ろす。
彼女は「グギャ!」と色気もヘチマもない断末魔を残し、息絶えた。
それを見届ける暇もなく、今度はスエゾンが「ゴパァ!」と、大量の吐血と共に悲鳴を吐き出しリング上に蹲る。
身構えるチャンスも与えず、回し蹴りが彼の股間と頭を見事に撃ち砕く。
スイカのように真っ赤な汁を吹き出してスエゾンの頭が飛び散るのを、誰もが驚愕に青ざめて見守った。
頭を失って、スエゾンの体は、ごとりと横に倒れる。
その音で、やっと我に返ったラーが叫ぶ。
「ソロン!バカ、どうして額当てを取っちゃったの!?」
ティルは劣勢だったかもしれないが、ソロンには勝てる余裕が残っていたはずだ。
いざとなれば、鞭女の足を折ってでも抜け出せたであろう。
試合前、ティルに言われたことが引っかかっていたのだろうか。
殺さないで、勝つ方法とやらが。
だけど額当てを外しちゃったんじゃ、殺さないで勝つのは無理じゃないか。
どうして、途中で諦めちゃったんだ。
「止めろ!これ以上の死傷者を出すわけにはいかんッ」
頭上で叫んでいるのは羽仮面、キーファの声だ。
高い場所に席があって、そこから観戦していたものらしい。
屈強な男達が自分を取り囲む中、凶悪な光を目に携えたソロンは、じっとしていたが。
いきなり、ばたんと大きな音を立ててリングの上に突っ伏した。
「ソロン!」
慌ててラーも飛びのぼり、駆け寄って様子を見ると。
ソロンは、気を失っていた。


彼が再び目覚めたのは、選手用の控え室。そのベッドの上であった。
「もう、バカ、無茶しないで!」
真っ先に飛び込んできたのは、ティルの泣き顔。
がばっと抱きつかれ、ポカンとしたままソロンは現在の状況を把握しようと考え込む。
傍らにラーの姿を見つけたので、彼女に尋ねた。
「ラー、試合はどうなッた?アァ、もちろん二回戦目の話だ」
「勝ったよ」
素っ気なくラーは答え、視線を外す。
「けど……あんな勝ち方は、二度としないで欲しいなァ」
「……あァ、悪ィ」
額当てを取ってからの記憶は、ソロンにはない。
だが、どんな勝ち方をしたのかは、青ざめたラーの表情を見ただけで予想がついた。
まだ抱きついて泣いているティルを覗き込み「ティ、お前、お前こそ大丈夫なのか?」と様子を伺う。
「平気よ」
すん、と鼻水をすすり、ティルが答える。
「そりゃ、あんなのにやられたのはショックだったけど……でも、いいの」
よくはないだろうに、強がって無理に笑顔を作った。
「あなたが無事なら、それでいいの。だから、私を守れなかったこと。悔やんじゃ嫌よ?」
精一杯の強がりに、ソロンの胸は強く締めつけられる。
やっぱり俺が先に出れば良かったと反省する一方で、二度と同じ目に遭わせるものかという闘志を燃やした。
じっと答えを待つティルに、ゆっくりと首を振って彼は言い切った。
「……いや、悔やむ」
「ソロン!」
慌てるティルの頭を優しく撫でて、その続きも聞かせてやる。
「たくさん悔やンで、次の試合に生かしてみせる。次の試合、キーファなンぞには絶対突ッ込ませねェ。もし、お前が犯られそうになッたら、あいつのチンポをブッた斬ってでも守ッてやる。だから、安心しろよ」
変な安心のさせ方に、傷心のティルも思わずクスッと微笑み、ソロンを上目遣いに見上げた。
「ありがとう、ソロン。次こそ私、がんばるね……」
その目はウルウルと潤んでおり、試合前からコレで大丈夫なの?と、思わずラーを心配させるほどであったという……

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