1.酒場にて


冒険者が集う島、バラク島。
その中央にはニューシティーと呼ばれる街がある。
冒険者ギルドの本部及び窓口があるおかげか、ここには一通りの施設と設備が整っていた。
「酒場は二軒あンのか……で、どッちに行くンだ?」
街の案内板の前で、これからの予定を立てていたティルとソロンは、ひとまず酒場へ向かうことにする。
二軒の内どちらへ行くのかと尋ねるソロンへ、ティルはしばらく考えていたようであったが、やがて答えた。
「あっちはエルフの酔いどれ亭っていうのね……じゃ、こっちにしましょ?」
と、彼女が指さしたのは『子羊の満腹亭』という看板の下がったほう。
理由を聞くと「酔いどれって、いかにもお酒臭そうじゃない。満腹なら美味しい料理が出るかもしれないし……」だとか。
「酒場だろ?酒臭いのは当たり前じゃねェのか」
首を傾げるソロンの腕を取り、ティルは歩き出す。
「屁理屈言わないの。昼間からお酒飲んで、クダ巻いてるオジサン達に捕まりたくないでしょ?」
屁理屈を言っているのは、どっちだか。

ドアを開けた途端、賑やかな笑い声と、ざわめき。
そして、香ばしく焼けた料理の匂いが漂ってくる。
「あ、いらっしゃいませー!」
可愛いウェイトレスが、ぴょこんっと頭を下げて歓迎してくれた。
続いて「カウンター席が空いていますよ?」と言いかける彼女を無視して、ティルは店の奥へ入っていく。
「お、オイ」
ぽつんと置いてけぼりのウェイトレスを気遣ってソロンは振り向くが、無理矢理奥の席へ着席させられる。
仕方なくティルのほうへ振り返ると、案の定。彼女は怒っていた。
「可愛い子がいるからって、目移りしないで。さ、好きなものを注文してちょうだい」
メニューを手渡され読んでみたが、文字だけでは何の料理やら、さっぱり判らない。
「なァ……この、ガウリークの蒸し焼きッて何だ?」
「ガウリークの蒸し焼きですかぁ?」
間髪入れず答えたのはティルではなく、先ほどのウェイトレス。
いつの間に追いかけてきたのよ!と殺気立つティルにはお構いなく、彼女はペラペラと解説した。
「フラワーサンダー産のガウリークのお肉をサンバーラの草でくるんで、蒸し焼きにしたものですよぉ」
……やっぱり判らない。オマケに知らない単語が、また増えた。
ソロンは小声で、向かいの席に座るティルへ聞き直す。
「……ガウリークとかサンバーラッて何だよ?」
「知らないの!?」
一旦は大声で驚いたものの、ティルはすぐに思い出す。
そういえばソロンは二十三歳の今に至るまでずっと、地下で育ってきたのだと。
「ガウリークっていうのはね、草原にいるモンスターのお肉よ。サンバーラ草は南方面に生えてる事が多いわね。ガウリークもサンバーラ草も、バラク島でしか採れないの。つまり、バラク島の名物料理ってトコかしら」
「へェ〜」
ソロンは素直に感心している。
「物知りなンだな、ティ」
ティルは少し照れくさそうに「こんなの、何度も旅行すればソロンだってすぐに覚えるわよ」と、微笑んだ。
「ご注文は、おきまりですか?」
先ほどのウェイトレスが、まだ待っている。
すっかり調子を取り戻したティルが、余裕の笑みで応えた。
「それじゃ……話題にもなったことだし、ガウリークの蒸し焼きを二つ」
「わっかりましたぁ〜!」
もう一度、ぴょこんっと頭を下げるや否やウェイトレスは走っていく。
彼女が厨房に向かって大きな声で「ガウの蒸し焼き、二人前オーダー入りましたー!」と叫ぶのを見届けてから。
ソロンはティルを振り返る。
「酒場ッて、賑やかでイイ処だな」
今こうして話している間も人々の声は途切れることなく聞こえており、ざわめきや笑い声に包まれている。
食器の重なり合う音やグラスをカチンと合わせる音に混ざって、何処かのテーブルでは吟遊詩人の歌も聞こえてきた。
ソロンは酒場を楽しんでいるように思えた。
嬉しそうなソロンを見ていると、こっちまで嬉しくなってしまう。
「でしょー。ね、ソロン。デザートが欲しかったら遠慮無く言ってね?お代は気にしなくていいわ、私が払うから」
気前よくティルが言った時、カランとドアが開いて、新たに客が入ってくる。
「いらっしゃいま……」と言いかけたウェイトレスの動きが、途中で凍りつく。
いや、彼女だけではない。
先ほどまでざわめいていた客達も、飲み食いしていた客ですら動きを止め、酒場は一瞬にして静まりかえる。
不思議に思ったソロンは入ってきた客を見てみようと大きく伸びをするが、ティルに止められた。
「ダメよ。振り向かないで」
彼女は小声で囁き、後ろを向くなと手振りで命じる。
すっかり沈黙した店内に、居心地の悪さを肌で感じながらソロンも小声で尋ねた。
「……誰が来たンだ?」
さらに小声で、ひそひそとティルが答える。
「ダークエルフ、闇に堕ちたエルフよ。あれに絡まれるのは、酔っぱらいよりもタチが悪いわ」

森の妖精エルフと一口に言っても、大まかに分けて三つの種類に分けられる。
一つはハイエルフ。
森の奥、または妖精界でしかお目にかかれない希少価値の妖精族だ。
それより妖精としての純度が劣るのはハーフエルフ。
大抵は、人間との混血として生まれる。
彼らは森に住めぬせいか、街中で生活していたり、冒険者として活躍していたりする。
今、酒場へ入ってきたダークエルフというのは、妖精族の中でも異質にあたるエルフの一種である。
闇に堕ちた――とティルは説明したが、彼らは別に邪神信仰者というわけではない。
魔導の探求。
その探求欲が強すぎる故に本来の妖精としての立場も忘れ、闇の世界へ足を踏み入れてしまったのだ。
それ故に同じ妖精族は勿論、人間達からも迫害を受けている為、彼らの性格は暗く陰湿である者が多い。

振り向くなとティルに言われたが、好奇心に負けてソロンは、ちらりと横目で後ろを伺う。
ダークエルフと思わしき人物は、静まりかえった店内などモノともせずにカウンター席へ腰掛けた。
漆黒の髪は長く、褐色の肌。
やや吊り目で切れ長の瞳も黒々としており、まさにダーク――闇エルフの名に恥じない風貌だ。
耳はピンと尖っていて、彼が人間以外の亜種族であることを強調している。
男性にしては少々露出の高い服を着ていた。
胸元が広く開いている。薄っぺらい胸だな、とソロンは思った。
ヨセフあたりが彼を見たら、不満を漏らすに違いない。
ダークエルフが口を開く。
「ネェちゃん、サンバラとワイン、それからポートオールサラダを一つずつね」
端麗な顔に全く似合わない飄々とした口ぶりで注文すると、テーブルに置いてあった水をガブ飲み。
続いて、ぐるりと酒場を見渡し、吟遊詩人の姿を見つけると大声で呼びつけた。
「おっ、詩人さんがいるじゃん。ちょうどいいや、なんか歌を聴かせてくれよ!明るい奴を頼むぜ♪」
この、ダークエルフのあまりにあまりなギャップの激しさは、店内にいた全ての者を驚かせる。
最初に吹き出したのは、手前の席に腰掛けていた大男であった。
「……ぶッ。なんだよ!ダークエルフだからってビビッてたのに、案外気さくそうな奴じゃねぇか?」
大男の問いにダークエルフも振り返ってウィンク、さらには投げキッスのオマケ付で軽く挨拶を飛ばす。
「あったぼ〜よ。俺ァ陽気なダークエルフのシャウニィ様で通ってんだぜ、よろしくな!」
あちこちで笑い声があがり、あっという間に酒場の雰囲気は元へ戻った。
ただ一人、ティルだけが「ダークエルフのシャウニィ?シャウニィって、まさか!」と呟いた事を除けば。
「何だ?知ッてるヤツなのか?」
ソロンが問うと、ティルは眉根を寄せてヒソヒソと囁いた。
「えぇ……噂だけどね。ザイナロックに、そういう名前の悪い魔術師がいるって噂」
「悪い魔術師?」
ダークエルフのシャウニィは、店中に愛想を振りまいている。
とても、そうは見えないが……
「魔術の研究に没頭するあまり、人を実験台に使ったりするんだって。怖いわよね」
なおもティルは警戒しているようであったが、ソロンは気にしないことに決めた。
料理が来たからだ。
「おまちどぉさまぁ〜。ガウの蒸し焼き二人前ですっ」と、両手に皿を持ってウェイトレスが運んでくる。
皿の上ではガウリークとやらが、ほこほこ湯気を立てている。
黄金色に焼けた皮といい、肉汁と脂が混ざった匂いといい、見るからに食欲をそそられる。
「ティ、ンな奴ァどうだッていいから、早く食べようぜ」
急かすソロンに苦笑しつつ、ティルは酒も注文した。
「すみません、パルワインを二つ追加!」
「は〜い!」
しかし酒が届く前にソロンは肉へかぶりつき「あ、こらァ!」と、ティルの大声が酒場に響き渡ったのであった。

「もう……ソロン。あなたには一般常識の前に、色々覚えなきゃいけないことが多すぎね」
食事も終えて――おしぼりで手や口元を拭いながら、ティルは少し怒ったように言った。
いや実際、ちょっとどころではなく、かなり怒っていた。
あまりにも酷い、ソロンのテーブルマナーの悪さに。
何しろ彼ときたら、せっかく用意されたフォークやナイフを使いもせずに、いきなり手づかみで食べ始めたのだ。
唖然とするティルの前で食べかすを飛ばしながら、食事中にしゃべるわ指を舐めるわ、トイレで席を立つわ。
やっと食べ終わったと思えば、目の前でゲップ二連発。
王宮育ちのティルが、すっかり憤慨してしまうのも無理なきノーマナーっぷりであった。
「いいじゃねェか。飯なんてもんは、おいしく食べられりゃ〜それでいいンだよ」
反省の色なく指をチュパチュパやる彼を、さらにティルが叱ろうとした時、横合いから声をかけられる。
「随分と豪快な食べ方だったな。あんたの食いっぷり、久々に面白いもんを見せてもらったよ」
声の主を見やれば、軽薄そうな男と目があった。
腰にナイフの束をぶら下げている。
男は軽装でもあった。
防具と呼べるのは、身につけている革製のチュニックぐらいだ。
「あァ?勝手に見て喜ンでンじゃねェよ。俺は見せ物のサルじゃねェンだ」
ソロンは男をジロリと睨み付けるが、男は一向に怯んだ様子もなくティルへ視線を移して微笑んだ。
「加えて、こちらの可愛いお嬢さん!あんたのコレかい?いいねぇ、彼女と二人で冒険浪漫ってわけか」
「あら、お上手ね。それで、何のご用かしら?」
ティルも社交辞令で返し、男を見つめ返す。
「……いや、何。さっき冒険者ギルドに立ち寄ったら、サ。俺が目をつけていた依頼を引き受けた二人組がいた。で、男女の二人組で、それっぽい奴等を探していたら、あんた達を見つけた――ってトコロかな」
軽く言っているが一歩間違えばストーカー、予想と違っていたら赤っ恥ではないのだろうか。
そのことをティルに突っ込まれ、男はポリポリと頭を掻く。
「ってのは、後付理由で。ホントの事を言うと、あんたの顔に見覚えがあるんだよね。お嬢さん」
「私?」
ビックリするティルを庇うように、ソロンが勢いよく立ち上がった。
「ナンパか?俺の前で堂々としたマネしてくれンじゃねェかッ」
怒鳴る彼に、店内にいた全ての者が注目する。
途端に「いよっ、色男!がんばれっ」などと無責任な声もあがり、酒場は一気にお祭りムードで色めき立つ。
慌てたのはティル。いきり立つカレシの腕を引っ張り、小声で彼を止めに入る。
「ちょ、ちょっとソロン。興奮しないで!まずは、この人の話を聞いてみましょう」
ソロンは尚も男に鋭いガンを飛ばしていたが、ひとまずティルの言うとおり話を聞くことにした。
「……いいだろ。話ッてのを聞いてやらァ。さッさと話せ」
命令口調に苦笑しつつ、男が肩を竦める。
「そこのお嬢さんは、西大陸じゃ結構な有名人なんだがね」
男の言葉につられて何人かがティルを見て、あぁ、と言った声をあげている。
顔に見覚えのある者が、他にもいたようだ。
「その前に名乗っておこうか。俺はウォーケン=ナルガルツ。見ての通り、盗賊さ。盗賊といっても、まだ成り立ての新米なんだけどね。お目にかかれて光栄です、ロイス王国の戦士ティル=チューチカ様」
ウォーケンと名乗った男は図々しくもティルの横に腰掛け、続きを話す。
「俺も西大陸の出身だから、あの軍団――資質を名乗るグループについては苦々しく思っているんだ」
「あら、グロリー帝国には『シーフ』があるわよね?あれって確かグロリーじゃ公認扱いを受けてるはずだけど」
意地悪くティルが問うと、まいったな、とウォーケンは頭を掻いて言い直した。
「それを言われちゃうとツライっていうか……さすがティル様、ある程度は調べてあるんですね」
「当然よ」
王国を守る戦士として隣国の危険分子ぐらい、最低限は把握しておかなくては。
「でも、その『シーフ』が最近内部分裂している……コレは、ご存じないでしょう?」
ウォーケンの切り返しには、ティルも目を丸くする。
「そうなの?」
一方、話が全く見えないソロン。
しばらく黙って話を聞いていたのだが、不意に席を離れて歩き出す。
「あ、ソロン!何処行くの?おトイレ?」
尋ねるティルへは振り返り、面倒くさそうに答えた。
「そいつの話は、つまんねェ。別のテーブルんトコに混ぜてもらうぜ」
思わずティルも立ち上がり、ソロンを止める。
「つまんないって、依頼に関係する話なのよ、これは!」
「まぁまぁ。カレシ、ヤキモチやいてるんだよ。俺が貴女を独り占めしているから」
悪戯っぽく笑うウォーケンにティルは顔を赤らめ、ソロンもカッとなって怒鳴り返した。
「邪魔だッて判ってンなら、とっととどッかに行きやがれ!!」
「おー、ナニナニ?男二人が女一人を取り合ってケンカか?いいねぇ〜、青春だねぇ〜」
また何か、来た。
ソロンの真後ろに来た男は、先ほど注目の的となっていたダークエルフのシャウニィではないか。
ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべた闇エルフは、視線を真っ直ぐティルへ向けてくる。
「俺も、あんたの顔を知ってるぜ。前の三国同盟会議の時、護衛でグロリーにも来てたよな」
西大陸の超有名人なだけあって、悪の魔術師にもティルの顔は知られているようだ。
「あら、そう。私もアナタの事は知ってるわ。研究熱心なんですってね?」と、ティル。
けして友好的とは言えない彼女の顔つきに、シャウニィは臆することもなく頷いた。
「世界中の魔術を手中に収めるのは俺の目標だからねぇ。って、それはともかく……」
ティル、ウォーケン、そして最後にソロンと順番に見ていき、シャウニィの視線が最後のソロンでしばらく止まる。
「……なンだよ?」
絡みつくような視線に嫌気がさして、ソロンがぶっきらぼうに問いかけると。
ダークエルフはソロンが予想もしていなかったようなことを尋ねてきた。
「お前、さっき、この女にソロンって呼ばれていたよな?もしかして苗字はジラードっていうのか?」
予期せぬ質問だったのはウォーケンやティルも同じだったようで、二人ともポカンとしている。
ソロンも然りだ。一瞬呆気にとられたものの、すぐにジロリと睨み付けて質問に質問で返した。
「俺の苗字がジラードだッたら、なンだッていうンだよ?」
「そう怒るなよ」
ソロンの剣幕に苦笑して、シャウニィは肩を竦める。
「けど、偶然ってのはあるもんだ」
「偶然?」とティルが尋ねる横で、何かを思いだしたのかウォーケンがハッとなり口を挟む。
「もしかして、あんたはアレを言いたいのか?12の審判、デス・ジャッジメント」
ダークエルフは頷き、「そうさ。西大陸のヤツは、話が早くて助かるねぇ」と嬉しそうにウォーケンを見た。
「なんなの?ソロンの苗字がジラードだったからって、どうして12の審判と繋がってくるのよ」
同じくティルも西大陸の出身であるはずだが、彼女は首を傾げている。
ウォーケンがフォローに入った。
「12の審判のうちの一人デス・ジャッジメントは大昔、人間だったっていう伝承があるんですよ」
「で、そいつの名前がソロン=ジラードだったって、古文書には記されているんだぜ。勉強不足だなぁ、ロイスの戦士サマ」
ダークエルフに鼻先で笑われて、ティルはプゥッとふくれる。
「知らないわよ、そんなの」
ソロンだって初耳よね?と促され、慌てて彼も頷いた。
「あ、あァ」
もっとも、ソロンはバラク島の名物料理だって知らなかったのだ。
地上で伝わる御伽噺の詳細など、知る由もない。
「でも……そうなると、どういうことなの?」
ティルばかりではなくウォーケンやシャウニィにも見つめられて、ソロンは急激に居心地の悪さを感じた。
だが、すぐにウォーケンは視線をティルへ戻し軽く茶化してみせる。
「ま、伝説を知る彼のお母さんが、伝承にあやかって自分の息子につけたんでしょうね。ソロンって名前を」
ダークエルフも同意して、ソロンの腰へ目をやった。
「デス・ジャッジメントならブレイクブレイズを持ってるはずだもんなァ」
ソロンが所持しているのは、ごく普通のロングソード一本だ。
しかも鞘がないので抜き身のまま、ぶら下げている。
「ブレイクブレイズッて何だ?」と首を傾げる彼へ、シャウニィはヒラヒラとぞんざいに手を振ってみせた。
「何って、魔剣だよ。西大陸に伝わる伝説の。それすら知らないんじゃ、やっぱお前は同姓同名の別人か」
もう興味は失せた、とばかりに歩き出すシャウニィを呼び止めたのはウォーケンだ。
「どうして急に12の審判の話を持ち出したんだ?あんたが興味のある魔導探求と、何か関係があるのかい」
するとダークエルフは肩を竦め「最初に12の審判の話をしてたのは、お前らだろ?」と、馬鹿にした目つきで応える。

…………。

あぁ、そうだった。
ティルとウォーケンが話していた、一番最初の話題。
それの内容が12の審判の『資質』を名乗るグループであったはず。
話が長すぎて、つい忘れるところであった。
「資質のグループはザイナにもある。お前らがもっと奴らについて調べたいと思うならザイナにも行ってみろよ。ザイナの図書館なら、お前らが知りたいと思う知識は大抵見つかるはずだぜ」
魔導帝国ザイナロックにあるのは『メイジ』と呼ばれるグループだろう。
それよりも、もっと重要なのは王宮図書館だ。
第一次魔導大戦より古の時代から存在し、全ての歴史書が収められているという話である。
そこで調べれば魔剣や伝承など、ソロンとティルに足りない知識も補える。
――それは判るのだが。
何故この魔術師は、お節介にも、そのことを三人に教えたのか?
ティルやウォーケンが尋ねる前にシャウニィは自ら、その理由を語り出す。
「……あの依頼は、俺も気になっていた。何故、今頃になって『ファイター』が資質者集めを再開したのか……ってね」
魔術師の疑問を、ウォーケンが引き継ぐ。
「『ファイター』に何かの動きがあったから、じゃないのか?例えば」
「そう。例えば、魔剣が見つかった……とかな。それで今日、依頼を引き受けようと思ってギルドに行ったら、既に引き受けた冒険者がいるっていうじゃねーか。受付にそいつらの名前を尋ねたら、ソロン=ジラード及びティル=チューチカって言われたんでよ。とりあえず酒場で、そいつらの情報でも集めようと思ったんだ。そうしたら、お前らと出会えたってワケだ」
一旦切り、シャウニィはソロンとティルの両名を見つめて、にっこりと微笑む。
「そこで俺からも、お願いだ。さっさとあの依頼を終わらせて事の顛末を俺に説明してくんねーか?いや、今のザイナで色々ゴタゴタが起きるのは俺にとっても都合が悪ィんだよ」
闇エルフの長話を最後まで聞き終えたソロンは、短く吐き捨てた。
「テメェの事情なンか知ったことかよ。だが、依頼は必ず完了させてみせるさ」

西大陸で、何かが起き始めている。

ウォーケンとシャウニィの話を要約すれば、つまり、そういうことなのだろう。
だとすれば、西大陸にあるロイス王国まで害が及ばないとも限らない。
「行こうぜ、ティ。まずはザイナロックだ、そこで12の審判について詳しく調べてみたい」
やる気になったソロンを見て、ティルも大きく頷いた。
「えぇ、判ったわ。それじゃマスター!勘定をお願い」
勘定をウェイトレス経由で支払って店を出る二人に、慌ててウォーケンもついていく。
「待ってくれよ、お二人さん!ザイナロックへ行くなら俺も一緒に行くぜ!おやっさん、勘定はココに置いてくからなッ」
慌ただしく出ていく新米冒険者三人組を見送ったダークエルフのシャウニィは、しばらくしてから、ふぅっと溜息を一つ。
「……本当に、これで良かったんだよな?ランスリー」
などと意味深な独り言を呟きつつ、彼も店を出ていった――

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