7話 勝負の行方

船が沈んでゆく。
フッチの黒船ではない、あれはもうとっくに海の藻屑と化している。
今、沈んでいくのはティカ率いる南国パイレーツの船だ。
クルーが全て軍艦に乗り移り、漕ぎ手も砲撃手も失ってしまった船は、
絶えず撃ち込まれる八つの砲弾から身を守る術を持たなかったのだ。

南国の船が沈んでゆく様を、ティカは軍艦のマストの上から見下ろした。
自分の船が沈められたというのに、何の感慨も沸いてこない。
船とはティカにとって単なる足代わりであり、それ以上でもそれ以下でもない。
彼女にとっての海賊の誇りとは、白兵戦での勝利を意味する。
ティカは、普通の海賊とは少々異なる思考の持ち主であった。
それよりも帰りはどうしよう、どうやって帰ろうか?そんな事を彼女は考えていた。
彷徨う視線は、やがて甲板の救命ボートに止まり、ティカはニコッと微笑んだ。
あれを貰って帰ることにしよう。
それにはまず、この船に乗っている者全員を黙らせなくては。
ティカはマストの上で仁王立ちになると、甲板にいる仲間達へ呼びかける。
「マルコ、ベイル、ティーヴ、それとラピッツィ!みんな、がんばる!
 ティカ、ボスを倒しに行く!みんな、それまでに全員やっつける!」
言うが早いか、するするとマストを降りてくると、階段を守る海兵達に飛びかかった。


軍艦はいい。少なくとも海賊船よりは、きちんと管理されている。
部屋の扉にプレートがついているおかげで、初めてでも迷わずに済む。
などと、妙なところでジェナックは感心しながら走っていく。
武器庫の前を通り過ぎ、壁につけられた案内板から操舵、或いは操作の文字を探す。
やがて操舵室と書かれた部屋に勢いよく飛び込むと、大声を張り上げた。
「この船の指揮官に お尋ねする!
 領土侵犯してまでもダレーシアの海を荒らす理由をお聞かせ願いたいッ」
ざわめいていた操舵室が一斉に静まりかえり、今し方飛び込んできた男一人に集中する。
男はレイザースの軍服を着ていた。
だが袖口から見えている手や顔は、レイザース人とは思えぬほど見事に焼けた褐色。
それに帽子からはみ出る髪の毛も金ではない。灰色の髪を一房に結わいている。
「貴様、ダレーシアの原住民だな!?」
最初に我に返った司令官らしき男が唾を飛ばしながら問い返してきたが、
ジェナックは むっつりとしたまま、頑として先ほどの問いを繰り返した。
「先に尋ねているのは、こちらだ!レイザース海軍の真意をお聞かせ願おう」
「真意だと!? まさか本気で言ってるのか?それとも貴様、反逆の意志が」
「反逆?」
ジェナックが首を傾げるのを見て、ジュユは本気で呆れてしまった。
なんてことだ。ダレーシアの原住民はニュースを聞かない人種だというのか。
「いいか、よく聞け!貴様の所属するファーレン国は、
 蒼の月18日をもって、我らがレイザース王国の占領下に置かれたのだ!」
「何だって……!?」
にわかには信じがたい、と困惑の表情を浮かべるジェナックに近づくと、
ジュユは彼の襟首を掴んで、ジェナックの目を覗き込んだ。
目の中に反逆の色はない。あるのは戸惑いと驚きだけ。
だが、こいつは生意気そうな面構えをしている。
近いうち占領に対して反逆心を抱きそうな奴だ、とジュユは直感的に思った。
「信じられんようだが、真実だ。詳しいことはニュースや新聞で見ておけ。
 さぁ判ったら、とっとと失せろ!我々は忙しいのだ、貴様らファーレンの民が
 やり残した仕事を片づけねばならんのだからな」
ジェナックを乱暴に突き飛ばし、ジュユは背を向けた。
が、不意に何かを思いつきでもしたのか、ジェナックのほうへ再度向き直る。
「待てよ……貴様、ダレーシアの住民だとしたら知っているはずだな。
 言え、ダレーシア海上警備隊の隊長は誰だ?何という名前なのだッ」
高圧的な物言いにムッとしながらも、ジェナックは胸を張って答えた。
「俺だ。名はジェナック=アンダスク」


甲板は、もはや一方的な展開になっていた。
最初の頃こそは銃で有利な状況を展開していた軍人達も、
今ではティカとヒスイ、度を超えた二人の超人を相手に翻弄されている。
「っぎゃああぁぁぁッ!!」
顔を掻きむしられ、悲鳴をあげた軍人が銃を取り落とす。
落とした銃は蹴り飛ばして海の底に沈めると、ティカは次の獲物、
彼女の真後ろで銃を構えていた相手に足払いをかける。
「うわっ!」と情けなくも転倒した軍人の上に飛び乗り、首筋に牙を立てた。
かと思うと、すぐさまその場から身を翻す。
間髪入れず、今まで彼女のいた付近に銃弾の雨が降り注いだ。
「やめろ、撃たないでくれ!」
ティカの代わりに、倒れていた軍人が被弾し「ぅあぁッ」絶叫をあげる。
「おーお、まるで獣だねぇ」
獅子奮迅の活躍を横目にヒスイは呆れた呟きを漏らしつつ、
手は休まず向かい来る軍人を払っては斬り、斬っては容赦なく蹴り飛ばし。
「レイザースの海軍は雑魚ばっかか……つまんねぇ相手に当たっちまったぜ」
十人単位の海兵を軽くいなしているばかりか、周囲を伺う余裕まで彼にはあった。
ティカの部下達、ベイルとラピッツィとマルコとティーヴ。
彼らはティカの一声で団結を固めたか、確実に倒す方法へチェンジした。
鉄板を持ったティーヴを盾に、チビのマルコがチョロチョロと目まぐるしく動いている。
彼は海兵から奪ったらしき銃を手にしているが、発砲はしていない。
銃を棒のように持ち替えて、相手を殴り飛ばしていた。
残るベイルとラピッツィだが、この二人はハッキリ言って戦力外だろう。
役に立っているとは、お世辞にも言えまい。特にベイルは、すっかり逃げ腰であった。
始終情けない悲鳴をあげ続け、頭を抱えて蹲りそうになるのを女医師に叱咤されている。
――あいつらだけで、甲板掃除が出来るわけねぇだろ。
ジト目で様子を観察していたヒスイは、チッと舌打ちを漏らすと海兵に視線を戻した。
海賊達はアテにならない。ここは、自分が頑張るしかなさそうだ。
まぁ、元々海賊達などアテにもしていなかったが……
不意に甲高い声が、ヒスイの名を叫んだ。
「ティカ、下行く!ヒスイ、手伝う!」
見れば階段下からぞくぞくと現れる海兵に、女海賊が囲まれている。
敵は総員でもってヒスイ達を退治する方針に変えたらしい。
さっさと幕引きするには海軍の司令官を倒す他ない。
だが、階段は堅固の守りに入ってしまった。
「どいてろ!! 壁の一角を斬り崩すッ」
身を翻し―その瞬間、背後から飛んできた弾丸からは身をかがめて避けると―ヒスイも
階段前に突っ込んでゆく。駈け寄りざまに剣を一閃した。
「………?」
何が起きたのか判らず、きょとん、とする海兵達。だが――
一瞬の間をおいて、鮮血が彼らの軍服を赤く染める。
「ぐわッ!」「ヒィッ」
などと悲鳴をあげて手や顔を押さえる軍人達の合間を、疾走する一つの影。
言うまでもない、ティカである。
「ありがと、ヒスイ!ティカ、必ずボスやっつける!!」
彼女の背中は、あっという間に船内へと消えていった。

乗り込んできた時と比べて、甲板上の海兵は一時は減ったかに見えた。
だがティカが船内に乗り込んだ今では、前よりも確実に増えていた。
もちろん一部はティカを追いかけただろうが、残りの海兵達は全員、休みなく発砲してくる。
「ヒィィッ、し、死ぬっ、殺される!」
逃げ出そうとするベイルのベルトを引っつかみ、ラピッツィは彼を手元に引きずり寄せた。
「情けないこと言ってんじゃないッ。ティーヴの後ろにいれば大丈夫だよ!」
「う、うしろにいたって敵を倒せないじゃないか!!」生意気にもベイルが反論してきた。
少しイラッときた医師は、「だったら!」顎でマルコを示す。
ベイルよりも小さな少年マルコは、ティカ譲りの勇猛な戦いっぷりを見せていた。
さすがに噛みついたり引っ掻いたりといった攻撃は真似できないが、
それでも棒に見立てた銃の扱いは見事なものだ。
相手の攻撃を寸前で避け、カウンター気味に銃で相手の土手っ腹を突き倒す。
襲いくる海兵だって素人ではない、戦いのプロだというのに、全然ひけを取っていない。
「マルコみたいに頑張ってみたら、どうなの!?」
ヒステリックに怒鳴られて、ベイルもヒステリックに怒鳴り返す。
「あいつは元々肉弾戦要員だろ!? 戦うのには慣れてるんだろうさッ」
僕は頭脳労働専門なんだ!そう言い返そうとした時、銃撃がベイルの頭上を掠めていく。
「ひゃあァッ!」
再びシャカシャカと床を這いずって逃げ出すベイルのベルトを、
ラピッツィは渾身の力で押さえ込まなくてはならなかった。

だが、銃弾にだって限りはある。無限に撃ち続けていられるわけがない。
銃は確かに厄介だが、弾が切れてしまえば無力な武器と化す。
現に弾を撃ちつくし仕方なく肉弾戦に切り替えた海兵達が、ヒスイを包囲しているではないか。
囲んでいる奴らは包囲網こそ解かないものの、襲いかかってくる様子もない。
いや、迂闊に飛び込めないのだ。ヒスイの強さは充分見せてもらっている。
彼らが白兵戦を苦手としているのを差し引いても、ヒスイの腕は人並みを越えていた。
黒服の剣士は口元に嫌な笑みを貼りつかせたまま、自分を囲む軍人達を睨めつける。
「どうした?かかってこねぇなら、こっちから行くぜ」
一歩踏み出すと、その方向に立つ軍人達が一歩さがる。気圧されているのだ、ヒスイの殺気に。
それを見て、ヒスイは肩を竦め、鼻でせせら笑ってやった。
「なんだ、レイザースの軍人は腰抜け揃いか?銃がないと戦う事もできねぇってか」
彼の挑発に、円の一角が乱れる。
「うわぁぁぁ――――ッ!!!」
奇声をあげながら突進してきたのは、まだうら若そうな一人の兵士。
「まて、迂闊に突っ込むな!」仲間の制止は、突っ込んだ青年の絶叫によって掻き消された。


かじかむ手が、うっかりすればロープを放しそうになる。
マリーナは自身に気合いを入れると、ロープを強く握り直し、再び登り始めた。
頭上、軍艦の甲板からは攻防の声が途切れない。たえず絶叫や銃撃音が聞こえてくる。
「うぉっ!」
いきなりリッツが叫ぶ。
身構える暇もなく船の縁から誰かが落ちてきて、横スレスレを海まで墜落していった。
「……あっぶね〜」
リッツは冷や汗を拭い、マリーナも内心ホッと胸をなで下ろす。
ぶつかっていたら、もう一度登り直しになるところだった。
「何でしょう?今の……」
隊員の一人は海に目を凝らすが、落ちていった人影の浮上は確認できない。
落ちたのが誰なのかは気になりもしたが、努めて冷静にマリーナは皆を促した。
「海の上に落ちたのなら、生命に別状はないでしょ。行くわよ」
だが登って一息つく暇もなく、一難去ってまた一難。
海上警備隊の面々はレイザース兵に囲まれる。
銃で牽制しながら、兵士の一人が問いただしてきた。
「その制服!ダレーシアの海上警備隊だな!?」
マリーナは素直に頷き、鈍く黒光りする銃をキッと睨み返す。
「そうですけど。銃を片手に脅迫するのが、レイザース式の挨拶なんですか?」

操舵室のモニターいっぱいに、水色のパーカーを着込んだ連中が大映しになる。
海上警備隊員はマリーナを含め、全部で五名程度。その中にはレナやリッツの姿もあった。
「こいつらは貴様の部下か?」と尋ねるジュユに、ジェナックは頷く。
「そうだ。しかしファーレンがレイザースの支配下に置かれたのなら、俺達は盟友だろう。
 それにしては銃で包囲して、随分な扱われ方じゃないか?」
銃で包囲されているのはモニターの向こうの仲間達だけではない。
操舵室に飛び込んだジェナックもまた、銃で包囲されている最中であった。
そんなジェナックの抗議を聞き流し、ジュユは部下に命じてモニターを切り替えさせる。
次に映し出されたのは、録画してあった映像のようであった。
映し出された画面を見て、憮然としていたジェナックも あっと声をあげる。
水面に浮かぶ小さなボートには、数人の警備隊員が乗り込んでいる。
マリーナが船の端に立ち、部下達に何事かを命じているようだ。
だがそれよりも、ジェナックの目線はボートに積み込まれた装置に釘付けとなった。
――ウェーブクラック――
何故あれをボートに積んでいるのか。まさか、軍艦に向けて使ったんじゃないだろうか。
彼の疑問と不安を解消するかのように、ジュユが説明を始める。
「貴様の部下達は、あれを我が鑑に向けて発射した。これがどういう事か、判るか?」
再びグイッと襟首を掴み上げられる。
背はジュユのほうが低いから、掴み上げられるというよりも引っ張られる感じに近かったが。
「貴様らは反逆罪として囚われても仕方がない行為を犯したんだ!
 本来ならば全員銃殺刑も免れまい……だが、貴様の話しぶりからすると、
 貴様らはレイザースがファーレンを制圧したことも知らなかった。そうだな?」
即座にジェナックは頷く。
「その通りだ」
タメぐちの彼を不快気に睨めつけ、ジュユが更に問う。
「貴様、正規兵ではないのか?正規の兵にしては礼儀がなっちゃいないようだが」
それを聞かれるのは辛かった。ジェナックは軍人になりたくてなれなかった男なのだから。
「いや……俺は民間人だ。海上警備隊は民間の有志で成り立っている」
不承不承答えると、フンと鼻で笑われた。
「民間兵か。道理で、がさつそうな顔をしているな」
顔だけで判断するなら、貴様も俺も似たり寄ったりだろう。
ジェナックはそう思ったが、光る銃口が彼に反論の自由を与えてくれなかった。
「貴様らの身元はレイザース本国に預ける。本国で軍裁判を受けるがいい。
 罪状は軍の戦闘妨害。判決が無罪であるよう、祈ることだ」
口元で冷たく笑うと、ジュユはモニターの光景を甲板へ戻した。
戦況は、どうなったのか。乗り込んできた邪魔者達は、そろそろ片づいただろうか――?

まず、映し出されたのは赤く染まる甲板であった。
血の海となった甲板で折り重なるようにして倒れているのは、軍人達。
あまりにも異様な光景に、ジュユのみならず船内が大きくどよめく。
「なっ……なんだ、これは!?」
続いてカメラがクローズアップしたのは、血に塗れた剣を抜き身でぶら下げた黒の剣士。
剣士の顔に浮かんだ冷笑を見て、ジェナックも思わず息を飲む。
「……コハク……!」
小さな呟きだが、ジュユは聞き逃さなかった。
「コハク、だと?誰なんだ、あいつは!あれも貴様の部下か!?」
ジェナックは、すぐには答えず、折り重なる軍人達に視線を移した。
彼らは死んでいない。胸が微かに上下している。
だが、この血の量。致命傷とまではいかなくても、重傷には違いあるまい。
何しろフッチの首を一撃で落とした男だ、海兵を倒す時にも一切手加減などしなかっただろう。
――やりすぎなんだ、あいつは!
ギリリ、と歯ぎしりしたのはジェナックだけではない。ジュユもだ。
コハクとやらのせいで、彼の計画はすっかり狂ってしまった。いや、狂ったどころか崩壊した。
魔砲の精算だけでも頭が痛いのに、負傷者の処理まで加わるとは。
この戦いが終わったら、ファーレンの病院という病院全てに、
部下達を詰め込まなくてはなるまい。
事実上、ジュユの隊は壊滅させられたも同然である。部下の半分以上を倒されたのだから。
「通路南!侵入者が前進してきますッ」
突然、オペレーターの声が彼の思考を中断させた。
「侵入者だと!? まだ始末してなかったのかッ! えぇい、モニターに映しだせ!!」
ヒステリックに叫ばれ、慌ててオペレーターがモニターを切り替える。
映ったのは銃を構えた軍人が、尋常ではないスピードの生き物と戦う場面であった。


ティカが船内へ突入した後、しばらくは銃弾の嵐に動けなくなっていたティーヴ達であったが。
ふと、銃の攻撃がなくなっていることにティーヴは気づく。
恐る恐る鉄板の盾から顔を出してみて――アッ、と驚いた。
静かなはずだ。海兵が一人残らず倒れている、というか一カ所で山積みになっている。
近くにはマルコの姿も見える。ベイル達は慌てて彼に駈け寄った。
「これ、お前がやったのか!?一人でっ」
鼻息荒く尋ねるベイルに、マルコは首を真横に振って前方を指さす。
「んなワケないじゃん。やったのはアイツ、あいつだよ」
前方にて、黒い服の男が剣を振るっている。相手は海上警備隊を囲んでいた海兵だ。
彼らの戦いは戦いと呼べるようなものではなく、剣士の一方的な虐待とも言えた。
こうして見ている間にも、バタバタと軍人達が倒されてゆく。
「あいつが!一人でッ!?」「うん」
あっさりマルコに頷かれて、ベイルは絶句した。
ティカに勝ったほどだから剣士が強いのは知っているつもりだったが、しかし――!
「あいつが一人いるだけで、全ての国の軍隊が壊滅するんじゃないかしら」
ラピッツィがポツリと呟いた言葉を、誰もが冗談だろと笑い飛ばせなくなっていた。

「助かったわ。でも、何故あなたが軍艦にいるの。隊長は一緒ではないの?」
呻き声をあげている海兵達を跨ぎこし、マリーナは改めて自分達を助けた相手を見上げる。
ニヤリと笑い、ヒスイは視線を巡らせた。
「質問は一つずつで頼むぜ?副隊長」
そういやジェナックは何処に行ったんだろうか。気配を探ってみたが、甲板には居ないようだ。
とすると、既に船内へ突入した後か?しかし、いつの間に。
恐らくはヒスイとティカが戦い始めた直後だろう。あの時点では階段の守りも手薄だったはず。
鈍くさい野郎かと思っていたが、意外と素早い奴だ。頭も、それなりに回る。
再三、ヒスイは舌打ちする。
「おいしいところは全部あいつらに持っていかれちまったか」
「え?何?」と聞き返すマリーナには受け応えず、ヒスイはスタスタと歩き出す。
床に転がり呻いている連中を蹴り飛ばし、階段を降りる彼を追いかけてマリーナも後に続いた。

「近づいてきます、ここに――ッ」
オペレーターの悲鳴と、ドアが蹴破られる轟音が重なった。
狙いすましたような銃弾が襲うのも何のその、曲者は飛び込んだ勢いのまま物陰に転がり込む。
「ティカ!お前まで、どうして」
銃で牽制さえされていなければ、ジェナックは彼女の元へ駈け寄っているところであった。
包囲網の向こうから叫ぶ彼を見て、ジュユは忌々しげに唾を吐く。
「あれも貴様の部下か!まったく、どいつもこいつも邪魔ばかりしおって!!」
決めつけられて、ジェナックの声も跳ね上がる。
「あれは部下じゃない、一時的な仲間だ!」
「一時的?」と、聞き返したのはジュユじゃない。物陰からだ。
「ジェナック、味方!ティカの味方!ティカとコハクとジェナックで、軍艦ぶっつぶす!」
人の立場も知らんと、元気な声で断言する。ジェナックは思わず頭を抱えた。
「撃て!だが頭は狙うな、足を狙って動きを止めろ!!」
ジュユの命令を聞くや否や、知らずのうちに体が動いていた。
「やめろ!相手は女子供だぞ、撃つんじゃないッ」
横合いから飛びつきジュユを押し倒した直後、兵の一人が発砲した弾が、腕に命中する。
「貴様ァ!!」
撃たれた――それを理解した瞬間、ジェナックの脳裏から理性という名の制御が吹っ飛んだ。
やってはダメだ。少しでも理性が残っていれば、悲劇は回避できたはずであった。
そう考えるよりも早く、ジェナックの握り拳は撃った兵士の顎を確実に捉えていた。
ハッと気づいた頃には時遅し。顎を粉砕された兵士は壁に激突し、ぐたりと気絶する。
「貴様、抵抗する気かァ!これ以上邪魔するのであれば、この場で銃殺刑だ!!」
喚くジュユ、一斉に向けられる銃口。危うしジェナック!?

だが、次に悲鳴をあげたのはジェナックではなくジュユのほうであった。
ひゃっくりとも悲鳴ともつかぬ声がジュユの喉で「ヒッ」と鳴る。
首筋には、血に染まる剣が当てられている。
少しでも動けば、斬れてしまいそうなほど鋭利な刃面を見せた剣が。
背後から耳元へ囁かれた。
「おぉっと、動くなよ?司令官サン」
一斉に銃口が こちらに向けられる。
狙いは勿論ジュユの背後に立つ人物だが、焦ったジュユは即、部下達に命じて銃を降ろさせた。
「ば、馬鹿!撃つな、私に当たるだろうがッ」
「しかし――」
何かを言いかける海兵達にも良く聞こえるように、背後の男は声をあげた。
「司令官は押さえた。お前らが撤退してくれるなら解放する。
 まァ、そこの隊長さんは軍法会議にかけるなり裁判なり勝手にすりゃあいいけどよ」
「駄目よ!」
入口にマリーナの姿を見止めて、背後の男――ヒスイは肩を竦める。
彼女は銃を手にしている。銃口は、ぴたりとジュユに狙いをつけていた。
「私達は全員の開放を望みます。海賊退治は終了しました、彼らの船を沈めた時点で。
 これ以上の勲章はいらないでしょう?ジュユ大尉」
それもそうだ、とジュユも思った。
奴らの船は失わせたのだ、海賊達もしばらくは大人しくなるだろう。
「あぁ、だがしかし、民間人の妨害は軍にとって最大の損害を」
少しだけ余裕が出てきたのか威圧的に出かかった途端、喉元にチクリと鋭い痛みが走る。
恐る恐る下を見ると、喉元からは一筋の血が垂れていた。
途端にジュユは青ざめる。
「ひッ……ひぃッ」
「どうやら首から上は いらないらしいぜ、この隊長サンは」
背後でヒスイが忍び笑いを漏らし、マリーナとジェナックは思わずハモって彼を制止した。
「馬鹿、調子に乗りすぎだ!海軍大尉を殺したら指名手配にされちまうぞ!!」
「やめなさい、コハク!私達の任務も終わったわ、これより全員街へ帰還!」


ヒスイは肩を竦め――彼らは無事、ダレーシアの街へ戻ることが許されたのであった。
そう、ジェナックの仲間だと認識されてしまったティカ達も、何故か一緒にダレーシアへ。