5話 三つ巴

音波は風の速度を超え、目にも留まらぬスピードで海軍の船に直撃した――!


衝撃こそなかったものの、甲板にいた雑兵は奇妙なものを目の当たりにしたはずだ。
耳鳴りがしたかと思うと、足元の舟板がバリバリと剥がれ飛んだ。
見えない何かの巨大な手が、板を引き剥がしていったかのように。
「な、何だ!?」
目視できる怪奇現象に、雑兵達は、ただただ慌てるしかなかった。
「こ――これは、ウェーブクラック!?」
誰かが叫び、ジュユも怒鳴り返す。
「馬鹿な、あれが製造中止になって何年経つと思ってるんだ!」
だが、甲板で起きている現象は、彼らがよく知った武器による成果であった。
何しろ【ウェーブクラック】は元々、レイザース王国で開発された兵器なのである。
音波による衝撃で敵の船を破壊する。
相手に防ぐことも反撃する間も与えないうちに、船そのものを破壊してしまうのだ。
だが自分の船にまで影響が出るほどの驚異的な破壊力を秘めていた為、
発売されてから半年も経たぬうちに製造中止となった。
まさかそれを船に積んで、しかも軍艦へ向けて放ってくる奴がいるとは。
一体、どこの酔狂な輩だ?
海賊ではあるまい。中古にしろ一介の海賊が買えるような値段ではないし、
海賊が自分の船を壊すような危険を犯すとも思えない。
ジュユの望遠鏡は すぐ、海上に浮かぶ一艘の小さなボートを発見した。
案の定ボートにも余波は来ていたらしく、ウェーブクラック周辺の縁が跡形もない。
「あの程度の被害で済むとは。調整は素人ではないらしいな……技師か、軍人か?」
何も知らずに最大音波で発射すれば、まず最初に自船が沈む。
ウェーブクラック本体から出る振動波に、発射台となる船が耐えきれないからだ。
「素人でないのなら、遠慮することもあるまい。こちらもボートを出せ、迎撃開始!」
あの程度のボート一隻を沈めるのに、砲弾を使うのは費用の無駄というもの。
ジュユに命じられ、一隻のボートが用意される。
レイザースの海軍兵士は、白兵戦が あまり得意ではない。
それでも部下達は不平を漏らすことなく、武装した数人がボートに乗り込み出撃した。

一方、問題の武器を放ったダレーシア海上警備隊の連中は。
皆ポカーンと口を開けたまま、前方を見つめていた。
「す……すごい……」
そう言ったのは一人だけではなく、皆口々に似た言葉を漏らす。
最初に我へ返ったのは副隊長のマリーナ。
「皆、ぼやっとしてないで!船が出てきたわ」
彼女が指さす方を見ると、一隻のボートが海に降ろされたところであった。
「やり合う気満々ですね!恐らく向こうは発砲してきますよ」
対して、こちらは丸腰だ。武器といえば、先ほど驚異的な威力を見せた音波兵器しかない。
「撃たれる前に対処しましょう。リッツ!ウェーブ次弾、発射!!」
「は、はい!」
いきなり名指しで命じられ、ぽかんとしていたリッツも我に返る。
威力の目盛りを二から三の間に併せた。この調整は、リッツの勘で適当に決めていた。
一応説明書は隅から隅まで目を通したのだが、リッツの頭では右から左へすり抜けてしまい、
結局書いてあることの何から何までもが、よく理解できぬまま終わった。
リッツに判ったのは、目盛り調整で音波の出る勢いが変わること、ぐらいだったのだ。
いきなり最大で出したのでは、何が起こるか判らない。
海賊連中なら いきなり最大で出す勇気もありそうだが、
あいにくとリッツに、そんな度胸などない。
だから、最初は小さく五に併せて発射させてみた。そうしたら、あの威力である。
たった五で、船の甲板を引き剥がす破壊力。なんと恐ろしい武器であろうか。
ふと思いついて、マリーナに尋ねた。
「これ、人体には影響ないんでしょうね!?」
返事はなく、リッツの代わりに発射ボタンが押される。
相手のボートが波しぶきを上げて突撃してきたからだ。


暗黒海賊団の黒船にて。
「転機だ……討って出よう」
真正面のモニターを見つめていたコハクが、ぼそりと呟く。
ドアに手をかけたまま悶々としていたジェナックもモニターに目を移す。
軍艦の砲撃が止まっている。よく見ると甲板が慌ただしいようだ。大打撃でも受けたのか?
しかし南国の砲撃で、あの船に致命傷を与えられるとは思えないが……
「…………軍艦の後方に一隻のボート」
ジェナックがパネルを押すよりも早く、コハクがモニターを切り替える。
なるほど、確かに軍艦の真後ろにつけるかのように一隻の小さなボートが浮いていた。
白い船体に青のストライプ。ジェナックにとっては非常に見覚えのあるボートだ。
「マリーナか!陸で待っていろと言ったのに」
舌打ちしつつもジェナックは嬉しそうに呟くと、ドアを勢いよく開け放つ。
「うってでるぞ、ティカ!コハクは そのまま船を維持して」
「いや……俺も出る。この船は、そう長く保たない……」
「何だって?」
まだ致命傷は受けていないはず、ジェナックは そう言おうとしたがコハクに先を越される。
「エンジントラブルだ………あと数分で、この船は完全に停止する……」
そういうことは、早めに言ってもらいたい。三人は急いで機関室を飛び出した。

通路を走り抜け、甲板に出る。まず救助用のボートを探したが、あるべきはずの物がない。
あぁそうか。あれは先ほどフッチを荼毘に出す為、使ってしまったのだったか。
他にボートは積んでないのか?探したが、見つからない。
その代わりといっては何だが、浮き輪が幾つか船の縁に括りつけられている。あれでいいか。
括ってある縄はジェナックが素手でぶち切って、片っ端から浮き輪を海へ投げ入れた。
続き、三人も海へ飛び込む。泳いで渡るには、今日の海は少々荒れ模様ではあったが……


「ウェーブクラック、発射!」
先ほどよりは衝撃の弱い音波が発射される。
向かってくる連中の何人かは耳鳴りを感じたことだろう。
そして感じると同時にボートは粉々に吹き飛んで、乗っていた連中が海に放り出された。
「死……死んだかな?」
さすがにリッツは冷や汗タラリ、他の面々も顔を見合わせる。
だが、すぐにそれは杞憂だと判った。
放り出された連中が、なおもこちらに向かって泳いでくるのを目視できたからだ。
「じ、人体に直接発射するのはマズイですよねっ!?ですよね!!」
おたおたするリッツ、だがマリーナは答える代わりに櫂を彼に押しつけた。
「泳いでくるってことは人体に影響は出ていない証拠でしょう?
 ボートを前進させなさいッ。連中を蹴散らしてでも暗黒の船につけるのよ!」
とても海の安全を守る部隊、しかも副隊長の言葉とは思えない。
だが今は緊急事態だから――と隊員達は己に言い聞かせ、ボートをこぎ出した。
前進するごとに、ボートはギシギシと嫌な音を立てる。音波の影響が出ているのかもしれない。

「ボートが消滅しました!ですが、乗組員は全員無事のようです」
当たり前だ、とジュユはぼやき、改めて敵船を確認する。
白地に青の横線が入ったボートには、ダレーシア海上警備隊と書かれていた。
ダレーシアといえば、ファーレンに属する島であったはず。
本土がレイザースに占領されたというニュースを聞いていないのか。
田舎は連絡網が未熟だから困る。さて、話し合いの場は設けられるだろうか?
「ダレーシア警備隊の隊長は何という名前だったかな」
「現場のでありますか?それとも」当惑する部下には、
「当然、現場のに決まっているだろう」と答え、頭の中でも名簿をめくる。
ジュユの脳裏にあるファーレン軍人名簿に海上警備隊の名前は無かった。
当然である。彼らは正式には軍人ではない。
ファーレン海軍が民間で人員募集して、適当に作った寄せ集めの部隊なのだ。
しかしレイザースから来たばかりのジュユが、彼らの詳しい事情など知る由もない。
相手が軍所属ならば、無下にやっつけるわけにもいかないと彼は考えた。
「突撃隊に連絡しろ。手荒な真似はするな、無傷で捕らえろと」
「あ!ボートが全速前進しました、危ないっ!」
馬鹿な、人命救助隊が人の浮かぶ波間を突っ切るなど。
慌てて望遠鏡に目を戻すと、波に煽られてあっぷあっぷと溺れる自軍の兵士達が見えた。
ボートは真っ直ぐ こちら――ではなく、大回りに暗黒の船へ向かっていく。
なんだ、一体何がしたいんだ?
一瞬は軽く混乱したが、すぐにジュユは立ち直り、部下達へ再度命じた。
「奴らは暗黒の船に用事があるようだ、手伝ってやれ」
「と、申しますと?」
「暗黒の船に砲撃再開!完膚無きまでに沈めてやるのだ!!」
彼はキレ始めていた。こんな訳の分からない戦いなど、さっさと終わらせたい。

だが物事は万事、ジュユの為に動いているわけではない。

海軍のつかの間の動揺を海賊が見逃すはずもなく、今度は南国の船が動き出す。
砲撃だけじゃ埒があかないと見たベイルが、ティーヴに命じたのだ。
「船をぶつけろ!」と。
軍艦なんかにぶつかったら、こちらとてタダでは済まない。最悪沈没もあり得る。
それならそれで、沈没する前に相手の船へ乗り込めばいいのだ。
どっちにしろ、このまま戦っていたら遅かれ早かれ船は沈む。
それならば、いっそ道連れの勢いでぶつけてやればいい。
犬死にの如く一方的に海の藻屑にされるよりはマシだ。
――ティカは怒るだろうか?
いや、ティカでも、ティカなら必ず こうしたはずだ。
船長不在の今、皆の命を預かるのは航海士ベイルの役目である。
そのベイルが決めたことに皆が首を振るはずもなく、船は真っ直ぐ突っ込んでいった。
ぶつかった瞬間、南国と軍艦、双方の船が激しい衝撃に見舞われる。
「今度は何だ!?」
怒りのあまり、ジュユの声は またも沸騰寸前に裏返った。
「南国が突っ込んできました!修理班が船底へ向かいます」
修理班だと?今の衝撃で穴でも開いたというのか!
信じられない。この船は、レイザース海軍でも最新鑑だというのに。
「おのれ、海賊め!乗り込んで来るというなら返り討ちにしてやるッ!」
指揮官は地団駄を踏み、唾を飛ばしながら部下達に号を飛ばす。
「総員武器を持て!海賊を見つけたら片っ端から撃ち殺すのだ!!」


南国の船と衝突して、軍艦が上や下への大騒ぎと化した頃。
浮き輪につかまり、ゆっくりと波間を移動してくる三つの人影があった。
ジェナックが「やってくれるな、お前のところの部下も」と傍らのティカに言えば、
ティカも「ミンナ、勝ち気!ティカの仲間、やられたら必ずやり返す!」ウィンクで答えた。
やがて三人は目的の地、軍艦の手前で泳ぎを止める。
コハクが縄を頭上に放り投げて船の縁に引っかけると、二人に合図してから登り始めた。
もちろん、目指すのは軍の司令官。司令官を捜して、人質に取ろうという作戦だ。