4話 軍艦、現る

ワレ、奇襲作戦ニ成功シセリ――
ファーレン海上保安第五軍隊・隊長ジュユは心の中で呟くと、
八つにも連なる大砲の前に構えた部下達へ命じる。
「攻撃の手を休めるな!向こうが魔砲を撃つ前に集中業火で一気に仕留めろ!!」
砲撃手達は各々「了解!」と頷き、甲板に立つ雑兵達が大砲の弾を せっせと詰め込んだ。

一体、どこの馬鹿が撃ってきやがったんだ!?
暗黒海賊団の黒船、その甲板で突然の衝撃に踏ん張りながらもジェナックは見た。
そこには見たこともない船が一隻浮かんでいる。
マストに掲げられた旗はジェナックにも見覚えがあった。あれはレイザースの国旗に違いない。
だが、船体には『ファーレン海上保安第五軍隊』の文字が刻まれていた。
おかげでジェナックの頭は一瞬混乱をきたしたのだが、背後からの声で我に返る。
「……海保……要は、海軍の艦か………」
「ヒスイ、いやコハク!お前、正気に」
コハクは既に、いつものコハクに戻っていた。
ボ〜ッとした表情で、両手には ぐったりとしたティカを抱えている。
コハクが滅多殴りにしたせいで、彼女の意識は未だ朦朧としているようだ。
「軍艦と言ったな、お前はアレに見覚えがあるのか?そもそもアレはどこの軍艦なんだ!」
矢継ぎ早なジェナックの問いには全く答えず、コハクはスタスタと歩き出す。
だが「待て、どこへ行くつもりだ!?」この問いには、振り返って答えた。
「……機関室へ。反撃する………しなければ……船は沈む」
――機関室? 機関室だって?こいつは帆船じゃなかったのか?
己の耳を疑うと同時に、ジェナックは迷いなく歩いていく目の前のコハクを見送った。
どうやら彼は、この船の動力及び構造を知っているようである。
しかし何故、海賊でもないコハクが海賊船の動力を知っているのだろうか。
海上警備隊へ雇われる前のコハクは、もしかして海賊の用心棒だったのでは――?
次から次へと疑問はわいてきたが、このまま黙って甲板に立っている場合ではない。
なにしろ、こうして話している間も砲撃は続いているのだ。馬鹿でも危機は判る。
「待ってくれ!俺も手伝おう」
船内へと消えたコハクを追って、ジェナックも中へ駆け込んだ。

一方、こちらは海上警備隊のボート。
「暗黒海賊団が、砲撃を受けています!」
見れば分かることを隊員の一人が叫び、マリーナは身を乗り出し前方を睨みつける。
「あれは………レイザース!?」
マリーナの一言に、ボートの中は蜂の巣を叩いたが如くの大騒ぎとなった。
レイザース王国といえば、世界で一番大きな軍事国家として有名だ。
中央に浮かぶ大陸の覇者であるだけでなく、驚異的な科学力も持っている。
あの国の軍隊が一度動けば、相手は間違いなく滅亡、或いは支配下に置かれるだろう。
群雄諸島に浮かぶ小国にとって、レイザース王国は恐怖の対象であった。
「レ、レ、レ、レレ、レイザース!? するとあれはレイザースの軍艦ですかッ」
「でもレイザースの軍艦が、どうしてここに!領土侵犯じゃないですか!!」
「海賊が相手とはいえ、これは国家問題です!すぐに首都へ連絡しなきゃ!」
おたおたと暴れる者、受信機を片手におろおろする者達を、マリーナは一喝した。
「待ちなさい!軍艦とはいえ、たかが一艘。
 それに彼らが海賊を相手にしてくれるなら、こちらにとっては好都合じゃないの。
 首都に連絡するのは海賊を倒してからにして。この混乱を利用しない手はないわ」
皆が静まりかえる中、「で、でも」と、くちを挟んだのはリッツ。
「連中、かなり容赦ない攻撃してますよ?
 ほっといたら、いくら暗黒の黒船と言ったって沈んじゃうかも」
「沈む前に行動開始!よ」
弱腰のリッツ、その襟首をぐっと掴むと、マリーナは間近で彼に尋ねる。
「リッツ、ウェーブ発射の準備は完了した?」
「は、はいぃ、あとはスイッチを捻るだけで発射できる……と、思います」
接近の緊張に耐えられず目を背ける彼を放り捨て、マリーナは最新機器に駆け寄った。
【ウェーブクラック】は不気味な振動音を立てながら、ぶるぶると震えている。
準備OKを伝えているようで、なかなか頼もしい。
あとは、きちんと効果を発揮してくれれば言うことないのだが。

海上警備隊がパニックになったように、南国パイレ〜ツの甲板でも混乱が起きていた。
その混乱から立ち直るのが海上警備隊よりも早かったのは、さすが海賊と言うべきか。
「マルコ!」
ラピッツィに命じられるよりも早く、砲撃手マルコは大砲に飛びついた。
狙いは一直線、黒船の向こうに浮かぶ謎の軍艦。
眼鏡のノッポ、ベイルも「発射と同時に旋回!」とティーヴに命じ、
ティーヴも この時ばかりは食べる口を休め、真剣な表情で舵を握りしめた。
「どこのどいつか知らないけど……こいつを食らえェェェ!!!」
黒船への爆音が轟く中、波間に更なる轟音が鳴り響く。
マルコ渾身の叫びと共に黒船の甲板を突っ切って、そいつは軍艦へ命中した。
これには海上警備隊のみならず、海上保安第五軍隊の連中も驚きである。
先に黒船から沈めようと思っていただけに、不意討ちもいいところだ。
無論、南国が撃ってこないと考えていたほどジュユも愚かではない。だが、それにしても。
南国パイレーツは、白兵戦主体な海賊だとデータには記されていなかったか?
海上戦も相当なものではないか。ジュユは舌打ちをしつつ、望遠鏡で南国の船を見た。
甲板には古ぼけた大砲が一つ、まっすぐこちらを向いている。
たった一つと侮っていたが、奴らの大砲の飛距離は侮れないものがあるようだ。
巨大艦を またいだ先まで届き、しかも威力が全く衰えないとは。
飛距離だけならレイザースの大砲技術を上回るやもしれない。
部下達が騒ぎ出す前に、ジュユは命を下した。
「一から四は黒船を!五から後は南国を狙え、波状攻撃開始!」
即座に砲撃手達は頷き、甲板は一層忙しくなる。
雑兵達が駆け回り、リレーバケツ方式で砲弾が次々と運び出されてきた。
「魔砲はまだ、使うなよ!あれは黒船が魔砲を撃ってきてからだ!!」
レイザースの軍艦は基本的にどの船も、機械で制御されている。動力のみならず砲撃もだ。
甲板で砲弾を詰めこみ、後は砲撃手が軌道を修正して発射ボタンを押す。
それが八つもあるのだから、狙われた側は たまったものではない。
「来るよ!皆、衝撃に備えてッ」
ラピッツィが言い終えるよりも早いか向こうの反撃が被弾し、南国の船は大きく傾ぐ。
マルコは大砲にしがみつき、海中に落とされまいと一生懸命踏ん張った。
負けるもんか、負けるもんか!
黒船には、まだキャプテン・ティカが乗り込んでいる。
今ここで自分達が頑張らなきゃ、ティカは海の藻屑にされてしまう!
海賊の本懐は戦って生き残ること。死ぬにしても、真剣勝負で敗れて死にたいものだ。
こんな一方的な、それも機械的な砲撃で死ぬなんてことは絶対に認めたくない。
南国パイレーツは砲台一つ。
狙撃手が一人で弾を込め狙いをつけて撃つという、旧式の砲台だ。
それでも気迫だけは負けていなかった。
揺れが静まってくると同時にマルコの手が砲弾に伸びて、ベイルも大声で叫ぶ。
「ティーヴ、船を旋回ッ!奴らの真横に回り込め!!」
「アイアイー」
号令を受けて南国の船が動き出す。水面を滑るように、颯爽と軍艦の真横へと回り込んできた。
その速度に目を見張り、思わずジュユは望遠鏡を取り落とす。
「何ッ、早い!?」
まるで地面の上を走る馬車とでもいうべきか、海の上とは思えないほどスムーズな動きだ。
しかも嫌な位置に来た。真横では、こちらの砲撃の狙いもままならない。
「総員衝撃に備え……どわぁぁぁっ!!」
ジュユの声は途中から悲鳴に変わる。
南国の砲撃が被弾したというだけじゃない、正面からも撃ってきたものがいる!

迷路のように入り組んだ船内を走り抜け、ジェナックは操舵室と書かれた部屋に飛び込んだ。
そこには既にコハクが待機しており、待機しているばかりか何やら操作までしていた。
「軍艦に被弾……ダメージ軽微、か………次弾装填準備……」
独り言を呟きながら、操作する手は休まず次々とボタンを押してゆく。
ジェナックが正面の大きなパネルへ目をやると、もくもくと煙を上げる軍艦が映し出される。
「これは、お前がやったのか?」
聞くまでもない、というようにコハクが小さく頷く。
「魔砲発射スイッチは……これか………………まだ、早いか」
なおもブツブツ呟く彼は無視して、ジェナックは操舵室を一瞥する。
操舵室という名前がついているにも関わらず、部屋の中は機械だらけ。否、機械しかない。
行く先を決める舵も周囲を見渡す望遠鏡も攻撃する為の砲台も、全てが機械仕様とは。
大きく張られた帆もマストも、全ては機械仕掛けを看破されない為の偽装だったのだ。
光り輝く計器を見ているだけで、ジェナックは頭痛と目眩に襲われた。
駄目だ。自分が手伝えそうなことなど、ここには何一つないではないか。
「ジェナック隊長」
初めてコハクに名前を呼ばれ、ジェナックは振り返る。
「何だ?」
「パネルの操作を……頼む。俺は砲撃を担当しよう………敵の動きを教えてくれ」
目眩と頭痛は、当分去りそうになかった。


「おのれ、暗黒海賊団め!」
放っておけばキィーッと歯ぎしりでもしそうなぐらいジュユは怒り狂い、
八連のうち四つの砲台からは一斉に反撃の弾が発射される。
次々と被弾していく様を眺めているうちに、ジュユの怒りも少しは収まってきたようだ。
「ふん、大型船の弱点はこれだな。大きすぎて避けられん」
そして怒りの矛先を南国にも向けた。
「撃て、全弾撃ち尽くす覚悟で撃てェ!」
勿論、本当に撃ち尽くしてしまったら洒落にならないほどの赤字がでる。
なにごとも覚悟の問題で、余裕を持って戦ってる暇などないぞという彼なりの激であった。
檄に応じて、四つの砲弾が順繰りに火を吹いた。
例え南国の船が驚異的な速度を誇っていたとしても、
次々と発射される四つの砲火から逃れるのは至難の業だ。というか、不可能だ。
旋回もままならず、帆を破られ、マストをへし折られ、船体に被弾して煙を上げる。
船は右に左に大きく傾いで、マルコはまた砲台へ しがみつかなければならなくなった。
「チクショウ!ティーヴ、ちゃんと避けろよ!!」
無理とは判っていても、そんな悲鳴が彼のくちから漏れる。
「マルコ、あんたは口を動かさず手を動かす!あたしは船の修理をしてくるわ!!」
白衣を翻し、ラピッツィが船内へ消えた。被弾した箇所から浸水を感じ取ったのだろう。
「できるのか!?」とベイルが問いかけたが、彼女の返事は届かない。
心配顔のベイルにはティーヴが代わりに答えた。
「大丈夫だぉ、ラピは船医だもの」
皆の怪我を治すように、きっと船も直せるに違いない。ティーヴの顔は自信に満ちていた。
だが、ベイルは彼ほど楽観主義ではいられなかった。噛みつく勢いで怒鳴り返す。
「馬鹿かッ!? 船医は大工じゃないんだぞっ」
かといって、ひ弱なベイルが駆けつけたところで船の修理が出来るとは自分でも思えない。
ティーヴを行かせたら、誰が舵を取ればいい?
マルコにしたってそうだ、砲撃手が反撃しないと船は沈められてしまう。
結局この場で船の修理ができそうなのはラピッツィしかいないと判り、ベイルは口をつぐんだ。
「絶対に負けないぞ!反撃開始ィィィ!!」
静かになったベイルとは対照的に、マルコが威勢良く啖呵を切る。
海水を頭から被り、びしょぬれの濡れ鼠といった情けない格好にはなっていたが、
彼の心で燃えている炎は消えていない。むしろ幾度もの被弾により囂々と燃えさかっていた。
「発射ぁ!」
マルコの号令と共に、また一発轟音が響き、軍艦の土手っ腹に被弾する。
だが命中したものの、軍艦が沈む気配は一ミリたりともない。
暗黒側からの砲撃も食らっているというのに、小型の割には えらく頑丈な船のようだ。
――そろそろ脱出用ボートを用意しておくか――
一人元気なマルコを横目に、ベイルはそんなことを考えつつあった。

砲撃が四つも命中しては、いくら大型船といえどもたまらない。
「うぉッ!」
黒船は大きく傾いて、ジェナックは手近な計器にしがみついた。
砲撃操作していたコハクもショック体勢には備えていたのか、机にしがみついている。
その顔には何の変化も現れていない。危機だというのに、どこか遠くを見るいつもの表情だ。
「隊長、大丈夫か」
椅子に腰掛けなおしながら、こちらの心配までする余裕。
余裕綽々なコハクに、内心自信を傷つけられながらもジェナックは素直に頷いた。
「あぁ。しかしだいぶ被弾してしまったな……この船は保つのか?」
その時、コハクの足元で「う・・・・ウゥ〜〜〜ン」といった唸り声が聞こえてくる。
続いてニュッと腕が伸び、のそのそと這い出てきた者がいた。
ティカだ、気絶していたティカが目を覚ましたのだ。
砲撃で船が揺らいでいる間、ずっと気絶していたというのも驚きの神経ではあるが。
「ジェナック、オハヨ!」
暢気な挨拶をかましてくる彼女の手を引き起こしてやると、
ジェナックはさっそく彼女に命じた。
「お前は計器を頼む。俺は甲板に出て、奴らの船に乗り込んでやる!」
「ジェナック、敵船に乗り込むか?ならティカも一緒に行く!」
考えてみれば、コハクもジェナックもティカも、船での戦いよりは白兵戦寄りの戦士だ。
ジェナックが行くと言えば、ティカもついてきたがるのは当然だろう。
だが二人を引き留めたのは、他ならぬ白兵戦向きの傭兵なはずのコハクであった。
「撃ちあっている中、外に出るのは自殺行為だ………行くなら転機を迎えてからにしろ」
ジェナックとティカの声がハモる。
「天気?天気は、晴れだゾ!」
「転機だと?いつ転機を、どうやって迎えるというんだ!」
コハクの指は休まず砲弾装填を指示し、彼は計器を見ながら二人へ答えた。
「そろそろ近辺に海上警備隊も来ている……はずだ。恐らくは……副隊長の独断で………」
これは、あくまでもコハクの勘に過ぎない。
だがコハクには確信があった。マリーナ副隊長は、やたらと隊長の安否を心配していた。
何しろ、契約を結ぶ時にも言われたのだ。警備隊の援護、ひいては隊長の護衛をしてくれと。
少々過保護と思えるほどの心配っぷりなら、必ず隊長を助けに来るはずだ。


事実、海上警備隊副隊長マリーナは救助に来ているのである。コハクの予感通りに。
彼女はリッツに命じ、最新兵器の発動を許可した。
【ウェーブクラック】は真っ直ぐ第五軍隊の船へと向けられ、そして――
「発射!」
目には見えない何かが音速を越えて、迷うことなく前方へと放たれた!