1話 海上警備隊

南海に浮かぶ群雄諸島。
そのうちの一つがダレーシア――この物語の舞台となる島である。

この数年、ダレーシアの住民は穏やかな海峡を見た覚えがない。
「ファーレンの連中も、辺境には手が回らんか」
今週の被害報告を聞き終えた後、警備隊の隊長ジェナックはそう悪態をついた。
海上警備隊の事件簿を埋める殆どのトラブルが、金品強奪。続いて遭難事故。
その原因は、ここ数年の間に増えた海賊どものせいである。
この一ヶ月の間に、はたして何十件の商船が奴らに襲われた事だろうか。
そして何件、警備隊が事件を未然に食い止められたのだろうか。

ダレーシアは景気が底打ち状態のまま、この数年を過ごした。
海を挟んだ首都のファーレンですら、失業率が半分を超えているという。
働きたくとも企業が自分を雇ってくれない。
となれば家を捨てるか、他人から奪うか。
海賊は、そうして食いつめた人間が海に出て行う強盗行為なのだ。
もちろん、国とて海賊達を野放しにしていたわけではない。
しかし軍隊を回そうにも、軍資金が足りないという情けない現状。
かくして海軍が苦肉の末に出した策こそが、海上警備隊の発足であった。
だが、この海上警備隊。名前だけは物々しいが中身は空っぽもいいところである。
なにしろ隊員が十数名。手持ちの船は旧式のポンコツで数も少ない。
これでは数十といる海賊の相手など、つとまるはずもなかった。
首都へ何度か応援要請を頼んではいるのだが、一向に返答は来ない。
おまけにこちらの自称・最新鋭武器はまったく役に立たない。
いや、武器が悪いわけではない。
使える人間がいないのだ。
海上警備隊の隊長ジェナックは昔から相当な機械音痴であったし、
副隊長のマリーナは、武器を持って戦うよりも素手が好みときている。
看護婦あがりのレナ、そして料理人志望のリッツは非戦闘員といった方がよさそうだし、
他の隊員達も隊長らに遠慮しているのか、それとも使えないのか、手を出そうともしない。
「せめてこいつを使える人がいれば何とかなるんでしょうけど」
ジェナックの悪態を聞き流しながら、マリーナは横目で最新鋭武器を見た。
首都から送られてきた武器には、こんな煽り文句がついていた。


音波で敵を一掃しよう!
新発売【ウェーブクラック】
音波による衝撃で、海上に浮かぶ全ての船を沈めます。
最新テクノロジーを追求した史上最強の武器がここに!

聞くところによると、隣国レイザースより押しつけ同然に払い下げてもらった兵器だという。
世界に認められた軍事国家レイザースの製品だとすれば、性能は期待してもよさそうだ。
ただし使いこなせる人間がいれば、の話だが。
「全ての船が沈むってことは、こっちの船も沈んじまうんじゃないですかね?」
新人のリッツが呟いて、隊長にじろりと睨まれる。リッツは怯えた表情で肩を竦めた。
「音波の向いてる方向だけに影響があるんですって。
 でも、その為にはウェーブの発射率を調整しないといけないらしくて、
 その調整の度合いさえ判ればねー……私にはお手上げだわ」
黙りこくったジェナックの代わりにマリーナが説明した。これで何度目の説明だろうか。
新人が入ってくるたびに彼女はこれの説明をしている。
そして、その説明が実を為す日は、いつになったら訪れるのか?
生きてる間に一度ぐらいは お目にかかりたいものだな。
そんな溜息をジェナックがついた時、
「出ましたっ!沖合に一艘!! 奴らの船ですッ」
息せき切って飛び込んできた隊員の一声で、場に緊張がみなぎる。
すぐさま隊長が声に応じた。
「南国の奴らか!?」
「いえ、違います!暗黒のほうですっ」
「魔砲の奴らか――ッ」

この海域には厄介な海賊が二組いる。
一つは南国パイレーツと名乗る、女キャプテンが率いる海賊団。
もう一つは自らを暗黒大将軍と名乗る男、フッチが率いる暗黒海賊団。
今、ダレーシアの海域に侵入してきたのは、暗黒海賊団の方だ。
物資強奪を主とする海賊で、海上の平和を守る警備隊としては許しがたい敵である。
彼らの最大武器は【魔砲】と呼ばれる砲弾。
かのレイザース国が開発した、史上最強にして最悪の被害を生み出す兵器だ。
砲弾に呪文を込め、それを標的に向けて撃ち出す。
込めれられた術によっては様々な効果を与えることになる。
炎の力ならば可愛いものだ。この間は雷の魔砲などを撃ち込まれたおかげで、
警備隊の船が何艘か活動停止に追い込まれる事態となった。
電磁波の影響で、船の電子機器が完全にイカれてしまったのだ。
たった一発撃ち込まれただけでも、戦局が一変する。
暗黒海賊団は、ダレーシアの海上警備隊にとって最も厄介で苦手な敵であった。

「奴ら、近海に留まってます!まるで我々を挑発するかのように」
「上等だ!」
椅子に引っかけてあったパーカーをひったくると、ジェナックは表へと走り出た。
隊員の報告通り、奴らの船は港近くの海辺で停船している。
まるでこちらの様子を伺いに来たようにも見えた。
「奴ら、ついに俺達を本格的に潰したくなってきたようだな」
――以前奴らとやり合った時、警備隊とて無駄に船をオシャカにされた訳ではない。
船が使えなくなると同時に、隊長は たった一人で相手の船へと乗り込んでいったのだ。
ジェナックはむしろ、船隊戦よりも白兵戦が好きな男である。
船に乗り込んでからが彼にとって本当の勝負だったとも言えよう。
乗り込んだついでに一人殴り倒し、振り向きざまに二人三人と薙ぎ倒し、
ついには暗黒大将軍フッチを船の先まで追いつめるまでの大健闘を見せた。
だが海賊とは所詮は悪者、正々堂々フッチとジェナックの勝負を見守っているはずもなく。
なんと、丸腰のジェナック相手に魔砲をぶっ放したのである。それも至近距離で。
隊長がやられて警備隊の面々が慌てふためいているうちに、海賊達はまんまと逃走成功。
双方に多くの被害者を出した捕物帖は、見事失敗に終わったのであった。

至近距離で魔砲を食らったにもかかわらず、ジェナックの怪我は三ヶ月で完治した。
彼がよほどのタフガイなのか、それとも魔砲の威力が弱かったのかはさておくとして、
彼が死んでいたら、今頃は醜い責任転換大会になっていたことだろう。
生きていて幸いとばかりに、上層部は捕物帖の失敗をジェナック一人に押しつけた。
理由は奮闘しすぎの先走りによる暴走。
警備隊なんだからチームワークでやれ、とは上からのお叱りである。
結果は最悪に終わったが、この一件でジェナックの名が海賊達の間でかなり広まった。
なにしろ、暗黒大将軍フッチは海賊家業の連中からも強さを認められている男だ。
そのフッチを追いつめた男である。しかも素手で。噂にならないわけがない。
海は、海賊同士の戦いでも荒れるようになっていった。
警備隊員風情にやれるんだったら俺達にだってやれる。
積んでる魔砲もコケ脅しなのではないか――?
そう考えた他の海賊達が、暗黒海賊団へ襲いかかるようになったのだ。
暗黒海賊団は警備隊の他に、よその海賊からも身を守らなければならなくなった。
だから原因を作った警備隊へ恨みを返しにきたとしても、おかしくはないだろう。
他の海賊達への示しをつける為にも、彼らはジェナックを倒す必要があった。


海を挟んで港と海上で睨み合う。
やがて、向こうの甲板に誰かが出てきた。
黒いコートに髑髏マークの入った帽子。
左手は義手で、仕込み銃が日に照らされて輝いている。
あれこそが暗黒大将軍・フッチその人だ。
フッチは世界の裏側にまで届くんじゃないかというような大声で叫んできた。
「いるんだろう、ジェナック!決着をつけにきたぜ、船でこっちに来い!!」
海から魔砲を連発すれば海上警備隊など彼らの敵ではないはずだ。
ところがフッチクラスの海賊ともなると奇妙なもので、
立派な武器を積んでいるくせに、ここ一番の大勝負では一対一を好む傾向がある。
要はプライドというやつである。
ジェナックとは一騎討ちで敗北を喫したのだから、
同じやりかたで屈辱を返さないと気が済まないらしいのだ。
「俺をご指名か。いいだろう、だがな!
 俺達がやりあっている間に街を襲うなんてのは、ナシにしてもらおうか?」
ジェナックは早くもやる気満々で、
対面の甲板でフッチが頷くのを見るやいなや、小舟の用意を隊員達に命じている。
だが、彼の出撃を他の隊員達が許すわけもない。
海上警備隊の隊長などという役務、ジェナック以外には出来る者がいない。
隊長亡き後を継げる者など、このダレーシアには一人もいないだろう。
それに、この間の一件だってある。
あの時だって、止められるものなら止めたかったのだが、
彼は無鉄砲に飛び出していってしまい、引き止める暇もありゃしなかったのだ。
あの捕物帖が失敗したことで、ジェナックに対する上層部の評判は落ちている。
元々それほど高くなかった評価だが、低くなれば解任も あり得る。
隊員は皆、この無鉄砲な自信家が大好きであった。
他の人間が首都から送られてきたとしても、従う気になどなれない。
それに相手は海賊なのだ。約束を守ってくれる保証など、どこにもない。
隊長がフッチとやりあっている間に街が襲われたとしたら?
隊長の指揮がない警備隊など烏合の衆だ。完璧に街を守れる自信がない。
やはりジェナックには、警備隊本部にいてもらわなければ困るのだ。

小舟に乗り込もうとする彼の目の前を、副隊長のマリーナが塞ぐ。
「そこをどけ、マリーナ」
「駄目です、隊長お一人では危険すぎます」
「隊長の命令だ、聞けないのか?」
「隊長が行ってしまったら誰が現場の指揮をとるんですか?」
「お前は副隊長だろう、お前がやればいい」
「私一人では限界があります。
 それに……この時のためにコハクがいるのではありませんか」

そもそも海上警備隊とは、戦いに特化された部隊ではない。
彼らの仕事は海上における安全対策であり、海賊退治はいわば専門外。
海賊退治は、本来ならば海軍の仕事なのだ。
しかしファーレン海軍は規模が小さい為、ダレーシアまで手が回らないのが現状である。
従って、海上対策を受け持つ警備隊へお鉢が回ってきたというわけだ。
だが船隊戦なら武器の性能で何とかなるかもしれないが、白兵戦ともなるとお手上げだ。
なにせ警備隊員のほとんどが、武器など手に取ったこともない一介の町民あがり。
白兵戦で頑張っているのは、今のところ隊長と副隊長のコンビだけだ。
この二人に頼りっきりというのは、よくない傾向である。
そのうち疲労と緊張が二人を襲い、どちらかが倒れてしまうかもしれない。
隊長が病院のベッドに固定されている間、隊員達は必死で打開策を考えた。
その結果、戦いのスペシャリストであるところの傭兵を雇うことにした。
それで雇われたのが、コハクという名の剣士であった。
コハクの素性はよく判っていない。
少なくとも首都やダレーシアの住民ではない。
この国の人間ではない瞳の色をしている。琥珀に似た、透き通るような黄土色だ。
加えて真っ黒な髪も、ダレーシアの住民にはない特徴だ。
剣士にしてはスマートな体格を、黒い服に包んでいる。武器は腰に差した長剣が一本だけ。
旅をしながら剣の修行をしている、とは本人の談であった。
彼は自分の事に関しては、これしか話さなかった。
自分の事に関しても他人の事に関しても、彼は全く興味がないように見える。
恐ろしく無口なのか、彼の声を聞いた者は今のところ数える程度しかいない。
ジェナックはまだ、コハクの声を聞いたことがなかった。
何を尋ねても頷くか首を振るかしかなく、そのせいで得体の知れない奴に感じられて、
ジェナックは彼を好きになれそうにないと思った。

コハクは黙って立っている。
ジェナックを止めるでもなく、ずっと海上に浮かぶ暗黒海賊団の船を見つめている。
これがマリーナの言葉をフォローするべく「俺がいきます」などと言おうものなら、
少しはジェナックからの評価もあがるかもしれないが、彼は終始無口であった。
無言がコハクをやる気ナシと見せて、ますます好感度を下げていく。
「こんな奴に任せられるか!俺が行く、そこをどけマリーナ」
乱暴にマリーナの肩をどつき、ジェナックは無理に小舟へと飛び乗った。
反動で船が大きく揺らぎ、櫂を持っていた隊員がバランスを崩して海に落ちる。
その隙をついて隊長は一人、沖へと船をこぎ出していってしまった。
「隊長!戻ってください、戻って……コハク、出番よ!あなたの力を見せて!!」
マリーナは ぼうっと突っ立っていたコハクに声をかける。
するとコハクは頷き、その力の一片をさっそく見せてくれた。
自身が立っていた場所から隊長の漕ぐボートへ飛び移る、という脅威の離れ業を。


距離にして十数メートルはあったはずだ。ジェナックは自分で自分の目を疑った。
軽業師以上の芸当を見せたばかりの当人は、息も切らしていない。
涼しい顔で、やはり無言のまま海の向こうを見ている。海賊団の船をだ。
「何しに来やがった!?俺はそんな命令出しちゃいねぇぞ、さっさと戻れ!」
と怒っても、聞いているのかいないのか、無言で切り替えされる。
「……チッ、感じの悪い野郎だぜ。
 だがフッチには手を出すなよ、あれは俺の獲物だ」
別にこの海峡で名声を挙げようというつもりはない。ないが、しかし、
向こうが指名してきた以上、逃げるわけにはいかないのが男のプライドというものである。
フッチと同じく、ジェナックも気位の高い男なのだ。
マリーナが勝手にコハクを雇ったと聞いたとき、ジェナックは激怒した。
手柄を奪われたぐらいで怒りはしないが、仕事を奪われるのだけは御免である。
白兵戦は自分の仕事だとジェナックは認識していた。
元々、ジェナックは警備隊の隊長になりたくてなった訳ではない。
誰かを相手に暴れられるなら、職場など何でもよかったのだ。
そのうちに、彼は海軍に入りたいと思うようになった。
若い頃はファーレンにある海洋スクール―海兵を育成する学校―に入学したこともある。
だが、彼が軍隊へ入ることは叶わなかった。
最終試験に落ちて、里帰りする結果に終わったのだ。
ダレーシアに戻った彼は職を探すが、彼の望む職などそうそう見つかるはずもなく、
無職で暇と体力を持てあましている処に警備隊からの就職お誘いがかかり、
ノコノコと出向いていったら、いつの間にか隊長にさせられていた。
以上が、事の真相である。
だからジェナックには隊長意識というものが存在しない。
時折無鉄砲な事をやらかしては、皆をヒヤヒヤさせた。
そして今も隊員に心配をかけたままフッチとの一騎討ちを行おうとしている。

コハクは始終無言ではあったが、彼なりに この隊長へ好感を持っていた。
少なくとも、ジェナックは悪い奴ではない。
周りの人間を見ていれば、それがよく判る。
彼は皆から慕われていた。
端から見ると怒鳴ってばかりにも見えるが、ギスギスした雰囲気を彼は持っていない。
怒り方には愛情が見える。
恐らく本人は無意識の愛情なのだろうが、怒りには相手を心配する気持ちが含まれている。
この隊長を失うわけにはいかないというのには、コハクも賛成だった。
いい人は長生きするべきだ。簡単に死なせてはならない。
――危なくなったら止めに入ろう。
一騎討ちにかける男のプライドは理解しているつもりだが、副隊長との約束もある。
それに、傭兵は仕事を第一に考えなくてはいけない。
そのせいで隊長から怨まれるようなハメになっても、だ。
情を絡ませてはいけないのだ、仕事に。
……などとコハクが考えているうちに、小舟は海賊団の船へと横付けされた。