SEVEN GOD

act5-5 荒涼たる大地にて

泥を被り、小石を跳ね上げ、ジープが疾走する。
少しでも早く目的地につかんとするが為、林の中を突っ切り、段差を無理矢理飛び越える。
荒っぽい運転の横では、助手席にしがみついたジンが悲鳴を上げていた。
「ちょっ、ちょっとイチロー!どこ走ってんだよ、道はそっちじゃねぇって!!」
ハンドルを握る神矢倉は、涼しい顔で応える。
「道通りに走っていたら間に合いません。元気くんは皆が全滅してもいいんですか?」
「そっ、そりゃあ……よくねぇけど?」
言いかける側から、車が大きくカーブする。
「わわっ」
反対側に体を引っ張られ、ジンは慌てて手すりに掴まった。
「そうでしょう」
荒々しい運転とは裏腹に、神矢倉は落ち着いている。
仲間のことを思えば、とても落ち着いていられる心情ではないはずなのに。
「その為にも最短コースで走るしかありません。車なんか壊れたっていい、僕達が間に合えさえすれば」
冷静な彼を横目に見ながら、いや、イチローも内心では焦っているのかも?と、ジンは思い直す。
ジープに乗っているのは、ジンと神矢倉の二人だけだ。
重要参考人物であるはずの能力者は、全て、あの場へ置き去りにしてきた。
両手両足を縛ってあるから、そう簡単には逃げ出せないにしても、援軍到着が予想できる場所だ。
せっかく生きたまま捕らえたのに、逃げられては元も子もない。
そうジンは思ったのだが、ジープへ飛び乗った神矢倉に急かされ、仕方なく自分も助手席に乗り込んだ。
神矢倉は人質輸送を犠牲にしてまでも、帰還を優先した。
すなわち、マッドや仲間達の危機が間近に迫っていることを、彼も予測したからだ。
無論、ジンとて内心では焦りを感じていた。
シンタローと先行して戻ったアリスが、戻る前に言っていたではないか。

――シンの説得を優先するなら、対空攻撃を行っていないかもしれない――

普通なら馬鹿なと笑い飛ばせるが、あの基地にシンがいる今、充分ありうる話である。
マッドは何故か、あの部外者、異世界の住民シン=トウガを信頼していた。
彼の甘っちょろい、説得などという作戦に心を動かされていた。
ありえない、とジンは思っている。
ユニウスクラウニと和解するなんて、到底ありえない。
もはや話し合い如きで、どうにかなる状況ではないのだ。
これだけ双方に死者が出た今となっては。
前方に樹木の影を感じたジンは、ハッと我に返る。
「イッ、イチロー!前っ、前ェェッ!!」
「突っ込みます!」
ブレーキをかけるどころか速度が増して、太い幹が目前に迫る。
ギャー!ぶつかるッ!!」
あわや激突というスレスレの距離を抜け、車体を樹木に激しく擦りつけながら、ジープは林を走り抜けた。


屋上を包み込んでいた煙が、晴れようとしている。
『いいか、煙が晴れると同時に再び一斉射撃だ!今度こそ外すなよッ』
だが、ダイゲン大尉の指示も虚しく。
「シャラ、ココルコ!いくよッ」
頭上から甲高い声が叫んだかと思うと、三つの光弾が屋上の床目がけて放たれる。
光の弾は迷わず床を破壊して、大きな穴をポッカリと開けた。
「しまった!下に降りられるッ」
はやる兵士の一人が煙の晴れる前に銃を撃つも、飛んできた何かに腕ごと持っていかれて蹲る。
煙の向こうから飛んできたのは、鋭い風であった。
刃の切れ味を持つ疾風が、兵士の銃と腕を真っ二つに両断した。
穴の側では、いち早く着地したジャッカルが仲間へ命じる。
「早く飛び込め!順番なんか、どうでもいいッ。飛び込んだら、すぐリーガルかアッシュと連絡を取れ!」
「ウン、わかった!」
一番最初にニレンジが穴へ飛び込み、続いてシャラ、ココルコも飛び降りた。
少し遅れてエリス、それからマレイジアも飛び込み、ロナルド、オハラと順に穴へ消えてゆく。
「ジャッカル、あなたも早く」
なかなか飛び込まない彼を急かし、サリーナが振り返る。
ジャッカルと離ればなれになるのは、嫌だ。
サリーナに戦う力はないし、彼が殺されると考えただけでも、ぞっとする。
彼と初めて出会ったのは、ユニウスクラウニが結成されて、まもなくの頃だった。
会ったばかりの頃のジャッカルは、能力者狩りのせいで心を閉ざしていた。
それでも彼が時折見せる優しさや意外と照れ屋な処に、サリーナは惹かれていった。
告白したのは、ジャッカルが先だ。
サリーナも彼の気持ちを受け止め、二人は恋人として、つきあい始める。
それ以来、何があっても、ジャッカルは艦に残るようになった。
全ては、か弱い恋人、何の戦う力も持たない能力者であるサリーナを守るために。
だが最愛の恋人は、サリーナの想いとは全く正反対の言葉を口にした。
「俺は残って兵士を始末する。君は先に皆と行くんだ」
「そんなの、無理よ!いくら雑魚って言っても、あと何人残ってると思っているの!?」
即座に反発する彼女の肩を抱き、ジャッカルが諭す。
「屋上の奴らを始末しておかなければ、全員が挟み打ちにあうのは君だって判るだろう?誰かが、やらなきゃいけないんだ。それも、戦う力を持っている奴が」
降りてきた面々で、戦える能力を持っているのは五人。
ジャッカルとエリス、それからニレンジ、シャラ、ココルコの子供達三人だ。
まさか子供を残していくわけにはいかないし、エリスは探索に必要な能力も持っている。
ジャッカルは、暗に自分しか残れる人物はいないと言っているも同然であった。
「だからって、なんであなたが……」
充分に判っていても、だとしてもサリーナは、そう言わずにいられなかった。
彼の強さは知っている。
しかし、能力者の能力は無限ではない。
疲れ切ったところを銃で集中発砲されたら、お終いだ。
それはアッシュやリーガル、アユラのように、特殊な能力を持っていたとしても同じである。
「奴らの大将を捜すのに、エリスやオハラの力は必要となる。だから二人は残せない。それとも君は、ニレンジやココルコを此処に残せというのか?」
「そうは言ってない!けど、けどっ」
「君のことは皆が守ってくれる。心配するな、俺も簡単には死なない」
ひっしと抱きついてくるサリーナの手を優しくほどき、穴のほうへ彼女を押しやる。
もうすぐ、煙が晴れる。
いつまでも此処にいては、サリーナまで蜂の巣になってしまう。
泣きじゃくる彼女の顎をすくい上げ、素早く口づけをかわすと、ジャッカルは再度促した。
「奴らを全滅させたら、すぐ追いかける。それまで、君のほうこそ死なないでくれよ?」
赤みの差した彼の頬を見上げ、サリーナの唇に僅かな笑みが浮かぶ。
いや、無理に微笑んだ。
「……必ずよ?必ず、追いかけてきてね!」
サリーナの姿が穴の奥に消え、ややあってから煙が完全に晴れる。
『撃てェ――ッッ!!』
大尉の絶叫と共に、一斉に兵士の銃が火を噴いた。
うち何十発かは、かまいたちに切り裂かれたが、打ち落とし損ねた弾が幾つもジャッカルの体に被弾する。
生き残れるなんて甘い考えは、最初から持っちゃいない。
後から追いかける、そう言ったのも全てはサリーナを安心させるために他ならない。
「うっ……グッ…………ぐああぁぁぁぁッッッ!!」
肉も神経もズダズダに引き裂かれた腕を振り上げ、真空破を生み出した。
それこそ目についた兵士を片端から真空の餌食と化しながら、ジャッカルが吼える。
「まだだ!全弾撃ち尽くしてでも俺を止めてみせろ、銃がなければ戦えもしない腰抜け共が!」
話す最中も、銃撃の嵐は止んでいない。
頭にも何発か当たっているはずなのに、ジャッカルの真空もまた、止むことを知らぬかに見えた。
首から上を分断され、頭を失った兵士が無惨に横たわる。
腕と銃を切られた者が蹲り、そいつの上へ、どこからか血塗れの腕が飛んでくる。
瞬く間に屋上は、銃弾と真空が飛び交う危険地帯となった。
何十人もの死者が出ている大惨事だというのに、司令室からは何の命令もない。
兵士の一人が、たまらず叫ぶ。
「大尉!撤退を、撤退命令を、お願いします!」
途端に、耳元で怒鳴られた。
『馬鹿者ォ!どこに撤退するつもりだ、貴様!!もはや戦場は屋上だけではないッ。上からも、そして下からも能力者は迫ってきている!貴様も連邦軍の兵士ならば、能力者の一人ぐらい討ち取ってみせろ!』
決死の思いで飛び込んできた敵同様、北欧支部の兵士にも逃げ場はない。
ここを生き延びるには、相手を全滅させるしかない。
そういう戦いになっていた。

「オハラ、アッシュと連絡を取って!私は、ここの地図を作成します」
床へ飛び降りると同時にエリスはオハラへ指示を飛ばし、マレイジアが瞑想に入る。
「いたぞ、あそこだ!」
廊下の向こうを走ってくるのは、連邦軍の兵士だ。
皆、銃を手に構えていた。
何人かが腰を落とし、撃ってくる。
「固まっているうちに、撃て、撃てぇッ」
ひゅん、と頬を掠めた銃弾に、ココルコだって黙っちゃいない。
「マレイジアの結界が出来るまで、ちょっと遊んでもいいっ?」
ロナルドが間髪いれずに頷いた。
「オーケー!というか、お願いっ!」
大人の許しが出たので、さっそく子供達は両手に光を集める。
「いーい?いち、にの、さんで一斉に発射するんだからね!」
シャラが音頭を取り、ココルコとニレンジが一緒に頷く。
「いーち!」
最初はゆっくり言っていたシャラだが、飛んでくる弾が増えてきて、残り二と三は早口で叫んだ。
「にの、さーんっ!」
同時に、三人の掌から光の弾が放たれる。
三つの光弾は高速で兵士のほうへ飛んでゆき、飛んでゆく途中であわさりあって巨大な玉となった。
「なッ、なんだ、うわぁぁぁ――ッ!!」
実弾でもない、さりとてレーザーというわけでもない謎の光に襲われて、何がなんだか判らないまま後ろの壁ごと吹き飛ばされて、兵士達は地上へ真っ逆さまに墜落する。
「やったね!」
三人は、それぞれにハイタッチで勝利の喜びを噛みしめる。
しかし喜びもつかの間、また階段を登ってきたのであろう兵士の一団に見つかった。
「もぉー、次から次へと!鬱陶しいなぁっ」
怒るココルコの横で、不意にオハラが話し出す。
「アユラ、今どの辺を降りているんだ?俺達も突入を開始した。今は六十階の廊下にいる」
オハラが話しかけているアユラは今、壁を伝って降りている最中だ。
だというのに彼の脳裏へ直接、アユラの返事が響いてくる。
「え?オハラ?あんたも来ちゃったの?まぁ、いいけど……あぁ、あたしとアッシュは今、えっと、五十二階?にきたよー」
側にアユラの姿は、ない。
彼女の声が聞こえているのも、オハラだけだ。
遠く離れた相手との対話。
それこそが、オハラの持つ能力であった。
「ねぇ、あんたが来てるってことはエリスも一緒なんでしょ?ちょっと頼んでよ、司令室が何階にあるのか調べて欲しいんだけど」
「それは今やっている。少し時間がかかりそうだが」
オハラの答えに、しばしアユラは無言になった。
彼女の返事を待つうちに、弾が飛んでこなくなっていることにオハラは気づく。
ちらりと視線をやると、一心不乱に祈り続けるマレイジアの姿が見えた。
彼女の能力、結界がやっと発動したらしい。
ロナルドも、いなくなっている。
ロナルドがいなくなったことにシャラも気づき、壁に向かって話しかける。
「ロナルド、一人でどこ行くの?危ないよ?」
壁が答えた。
「大丈夫だよ……僕なら兵士に会わないで移動できるからね」
ロナルドの十八番は疑似能力だ。
周りの風景と同化するのは朝飯前、人間ではない別の生物に変化することも出来る。
それだけの能力だが、時として思いがけぬほど役に立つことだってあるのだ。
不意に、オハラの脳裏でアユラが弾かれたように叫んだ。
「あ、ちょっと待ってアッシュ!あんた先に降りててくれる?」
「なんだ?どうしたアユラ」
緊急事態発生かと焦るオハラにも、同じ調子でアユラは答える。
「オハラ、悪いけど後はアッシュとしゃべってくれる?あたしは、あいつを片付けないといけないからさ。話しているヒマ、ないと思う」
「あいつ?あいつって誰だ?」
何度呼びかけても、彼女の答えはない。
仕方なく、オハラは対話相手をアッシュへ切り換えた。
「アッシュ、降りるのは少しストップ。今、エリスが地図を作っている」
「んー?地図なんかなくても大丈夫だよ。カンで飛び込むから!」
脳天気な答えに頭痛を覚え、額へ手をやりながら、オハラは尚もアッシュを引き留める。
「カンで飛び込んで、銃弾の嵐に見舞われたら?無駄な戦いは避けるべきだ。能力は無限じゃない。過信は禁物、いつもリーガルさんに言われている事だろう」
「そうね、それは誰にでも言えるわ」
横からスッと差し出された紙を受け取り、背中でエリスの忠告を受けた。
「マレイジアの能力だって無限に続くわけじゃない。オハラ、今渡した地図をアッシュに急いで教えてあげて。終わったら即解散よ」
「判りました」
頷き、続いてアッシュに道のりを読み上げる。
「アッシュ、いいか。一度しか言わないから、よく聞いておけよ。司令室は、お前がいる階の四つ下、四十八階の、つきあたりから二番目の部屋だ。だがリーガルさんが近くにいるから、先にリーガルさんと合流しろ」
「リーガルが?どこにいるんだ!?」
「四十三階だ」
「え〜?四十三じゃ、司令室より下じゃんかぁ」
子供みたいに口を尖らせるアッシュが脳裏に浮かび、オハラは笑みを浮かべた。
さっそく苦笑の混じる猫なで声で、相手のワガママを崩しにかかる。
「そうだ、下だ。兵士相手に手こずっているのかもしれん。なにしろ四十三階も登ってきたんだしな。四十三階分の敵と、たった一人で戦ってきたんだ。いいのか?疲れているのに放っておいて。死んじゃうかもしれないぞ?リーガルさん」
「そんなの嫌だ!」
死の一言を出しただけあって、あっさりアッシュはワガママを撤回する。
予想通りの返事に満足し、オハラは彼を促した。
「だろう?だったら四の五の言わず、とっとと親父さんを助けてこい」
「うん!あっ、オハラは、どうするの?」
「俺達は先に司令室へ向かう。大丈夫、ココルコ達だって一緒なんだ。そう簡単に死なないよ」
会話を終えたオハラは、ふぅ、と溜息をついて天井の穴を見上げる。
ほんの数分話しただけだというのに、額には、びっしょりと汗をかいていた。
緊張のせいで、いつもより神経をすり減らしたものらしい。
ポンと肩を叩かれ、飛び上がりそうになった。
振り返ると、エリスがいた。
「マレイジアの結界が、そろそろ解けるわ。移動の準備は、いい?」
「オーケーです。ロナルド、お前は別ルートで」
壁に向けて話すオハラに「もう行っちゃったよ」と、シャラが突っ込む。
「なんだよ、行動早いな」などとオハラは文句を言ってみたが、本気で不満だったわけじゃない。
変身するしか芸のないロナルドだが、彼こそリーガルの元へ早く辿り着いて欲しい。
彼が変身できるのは、壁や風景だけではないのだから。

アッシュを先に行かせて、五十二階に残ったアユラは廊下を一気に駆け抜ける。
「――見つけたよ!この、裏切り者ォッ!!」
唸りをあげて飛んだ腕は、立ちすくむシンに当たるかという直前で、ビリッとした何かに弾かれた。
「きゃ!……な、何?今の……」
これにはアユラのほうが驚いてしまい、あと少しでシンに触れられるかという距離で立ち止まる。
シンもまた、立ちすくんだまま動かない。
否、動けない。
互いに見つめ合うシンとアユラ、二人の間に割って入る人物がいた。
黒いサングラスに黒いスーツ。
流れるように美しい金髪を伸ばした男だ。
男の背後で、シンがポツリと呟いた。
「うら、ぎり……もの?違う……違う……ッ、俺は、俺は誰も裏切ってなんか、いない」
アユラには、シンのほうでも見覚えがあった。
リーガルと一緒にいた少女で、アッシュと親しく話していた。
ディノの時は見知らぬ少年という意識があったから、それほどショックを受けなかった。
しかし、顔見知りから言われるのが、これほど心に堪えるとは。
裏切り者。
そう言われた瞬間、頭は真っ白になり、顔も恐らくは青ざめていた事だろう。
苦悩で何度も首を振るシンを、憎悪に満ちた目でアユラが睨みつけてくる。
「何が違うっていうの!ここにいるのが、裏切ってるっていう何よりの証拠じゃない!!」
罵倒を遮るかたちで、見知らぬ男が割り込んでくる。
「シンの言うとおりだ。彼は誰も裏切ってなど、いない」
「なによ、あんた!あんたには言ってない!!大体、あんた何なのよ!何者なの?シンの、何?トクムナナカミって、あんたのこと!?」
ヒステリックな少女を一瞥し、リュウは質問に応えてやった。
「違う。俺もシンも特務七神になった覚えなどない。俺の名はリュウ=ライガ。シンの……友達だ」
アユラの声が跳ね上がる。
「友達ィイ!?」
「そうだ」
リュウは頷き、シンを振り返った。
「お前がシンを攻撃するというのなら、俺がお前と戦おう。友達が友達を守るのは当然だからな」
「ハン!そぉぉ、裏切ったかと思えば、連邦軍でお友達を作ってたってわけ?邪魔するってんなら、二人まとめて殺してあげる!」
威勢良く怒鳴ったアユラは、後ろへ大きく飛びずさって間合いを取る。
啖呵を切ったは良いが、先ほどのビリッときた電気。
あれは、どちらの能力だというのか。
シンが仲間だった時期は、ほんの一瞬だったから、彼の能力など知らないも同然だ。
第一、彼が能力者かどうかも判っていない。
たまたま、降りてくる能力者の気配を感じたので、たまたま窓の中を見たら、走るシンを見つけた。
だからアユラは、気配の持ち主がシンであると判断して飛び込んだのだ。
まさかシンの後を別の奴が追ってきているとは、思いもしなかった。
電気使いが、どちらであれ、厄介な相手と言える。
銃もナイフも効かないアユラだが、唯一効いてしまう攻撃が彼女にもある。
それが電気や炎といった、物理的な形を持たない攻撃である。
アッシュを先に行かせてしまったことを、少しだけアユラは後悔した。
だが一緒に連れてくれば、きっと、もっと厄介な事態になるであろうというのも予想できた。
連邦軍の女兵士、名前をアヤといったか。
あいつと戦った時みたいに、絶対アユラの邪魔をするに決まっている。
何故ならアッシュは、まだ、シンを信じているからだ。
裏切られても、たとえ彼が能力者じゃなかったとしても。
「お前達を追ってきた能力者が一人いただろう。そいつを、どうした?気配を感じなくなったようだが」
リュウの言葉に、ハッとなったシンが顔をあげる。
アユラは髪をかき上げ記憶を探っていたようだが、やがて鼻で笑った。
「あ?……あぁ、いたね、一人。変なのが。なんかさ、必死に歯を食いしばって、ヨタヨタしながらついてきたわよ。腕を片方払ってやっただけで、あっという間に下まで真っ逆さまに落ちていったけど」
「だ……誰だ!誰を、お、落としたんだ!!」
いきなりなシンの怒号にアユラはパチクリ瞬きしたが、すぐに憎悪で表情を醜く歪める。
「あー、あぁ、そう。裏切っていなくても、連邦軍兵士の事は気になるワケ?誰って聞かれても、そんなの知らないわ。あたし、連邦軍の兵士とはオトモダチじゃないし!」
今度はリュウが尋ねる。
「目の見えない女か?それとも男のような女か」
「男のようには見えなかったから、多分、目の見えない方だと思うわ。で、それが何なの?」
聞いておいて、すぐに判った!と、アユラは微笑んだ。
「悔しいのね!そうでしょ!あんた、悔しいんだ。仲間でもない連邦軍の兵士が死んだぐらいで!これってやっぱり裏切りよね!アッシュは、あんたを今でも信じているのに……」
かと思えば口元を歪め、ペッと唾を吐き捨てる。
「……許せない。あたしやリーガルはともかく、アッシュの気持ちを踏みにじるなんて」
「き、君こそ、アッシュの何なんだ?どうして彼を、そこまで思いやるんだ」
何なんだと聞かなくても、シンにだって朧気には判っていた。
アユラはアッシュの友達だ。
それも、相当親しい間柄の。
答えは彼女の口からではなく、シンの手前、リュウの口から漏れる。
「アッシュに対して友達以上の存在に、なりたかったのだろう。だが、なれなかった。アッシュの中にいたのは、常に高峰アヤでありシン=トウガであったからな」
「……ッ!!」
一瞬にして、アユラの頬が紅潮する。再び癇癪が炸裂し、大声で叫んだ。
「あ、あんたなんかに!何が判るってのよ!! あたしの何が、あんたに判るっていうの!?ふざけンな!知ったような顔で決めつけて!畜生、ふざけんなァッ!!」
腕が、足が、鞭となって伸びてくる。
それらはリュウに当たる直前、全て雷で防がれた。
リュウは不敵に腕を組んでいたが、シンはというと、リュウの後ろで情けなく狼狽えている。
どちらが能力を発動した本人かは、言うまでもない。
「あんたなのね!あんたが、雷使いだったんだ!!」
憎悪の眼差しで睨んでくる小娘には無言で頷くと、リュウが小さく囁いた。
「行け。リーガルを止められるのは君しかいない、シン」
「で、でも。アユラと、このまま戦うわけには」
躊躇するシンの肩をリュウは押してやり、なおも耳元で囁く。
「心配ない、彼女を殺しはしない。君の嫌がることを俺がすると思うのか?」
思いがけぬほど優しく微笑まれ、シンの心臓がドキリと跳ね上がる。
恥ずかしさに目をそらして、シンは頷いた。
「……約束、ですよ?絶対に殺さないで下さいね」
足音が徐々に遠ざかるのを背中で聞きながら、飛んでくる鞭を片っ端から雷で叩き落とす。
実際に見るのは初めてだが、アユラの能力は知っていた。
時には鞭のように、或いは水のように、体を伸ばすことが出来る。
だが透過しようが伸縮自在だろうが、所詮は腕であり足であり、体の一部に変わりない。
彼女が伸ばし疲れた時こそ、反撃開始の合図である。
リュウは悠然と防御一徹に身構えた。

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