SEVEN GOD

act4-3 うらぎりもの

北欧区域には連邦軍の支部があり、本部からは軍用ヘリで向かうことになる。
マッド大尉率いる特務七神もヘリで空を通過中であった。
自己紹介を済ませ、特にやることもなく席で手持ちぶたさなシンへ声をかけたのは背の高い男性で、神矢倉一朗と名乗った青年だ。
「トウガ君は武器、扱えますか?」
「武器、ですか?」
オウム返しに尋ね返すシンへ、頷く。
「支部についたら、すぐゲリラ鎮圧へ行くことになると思います。彼らと交渉するにしても、まずは相手の攻撃を辞めさせなくてはいけません。トウガ君は銃を使ったことがありますか?」
即座にシンは首を振った。
「ありません」
そうですよね、という風に神矢倉は何度か頷き、背後でしゃがみ込む。
積み重ねられたケースの一つを開けて、小さな銃を取り出した。
「では、これを使って下さい。オート照準で初心者や女性でも簡単に扱えますから、ご安心を」
「え、あの」
手渡されるままに受け取りながら、シンは戸惑いの色を見せる。
驚いた。
能力者なのに、銃を使うのか。
アッシュ達は銃など使わなかった。
あくまでも自分の能力一つで戦っていた。
「どうしました?」
神矢倉は笑顔を崩さずに、シンへ話しかける。
「もしかして銃自体、見るのは初めてですか?」
「あ、いえ、それもありますけど」
わけもなく赤面しつつ、シンは思ったことを口にする。
疑問を受けて神矢倉、そして、こっそり盗み聞きのシーナも肩をすくめた。
「ああ、それはですね。トウガ君、あなたが例の力を使った時――後で異常が出ませんでしたか?例えば体が非常にだるく感じた、とか」
「え?いえ、だるくなるというか……」
前方座席に横座りしていたジンが口を挟む。
「そいつ、凍っちまったから判んねーって」
能力が発動した経験など、数えて二回程しかない。
経験が浅すぎてシンには答えようもなかった。
そうですかと、またも神矢倉は判ったような顔で頷くと、シンを見つめる。
「では、覚えておいて下さい。僕達能力者の能力は、無尽蔵に使える力ではないという事を」

北欧区域にも、ユニウスクラウニの支部はあった。
そこのリーダーはアッシュほど名が売れていないにしろ、強い力を持っている。
名をディノという、この青年は若く、今年数えで十五になったばかりだ。
十五歳で支部を任されるぐらいだから、相当強いと見ていいだろう。
実際、数多くの連邦軍兵士が彼の前に惨敗を積み重ねている。
よって、特務七神の出番となった次第であった。
二人だけを派遣したのでは間に合わない。
全員を出向させたのは全力で叩き潰せと、そういう意図による命令だ。
それだけ、連邦軍には高く買われている事になる。
だが、ついて早々セブンゴッドの連中が命じられたのは、ディノの討伐ではなかった。
神矢倉の予想通り、彼らはまず、近辺に潜むとされるゲリラの殲滅を命じられた。
「ま……当然だな」
迷彩服に着替え、ベルトに銃を差し込むマッドへ、シンが尋ねる。
「どうして、まっすぐユニウスクラウニの支部へ向かわないんですか」
答えたのは、マッドではなく傍らの神宮だった。
「これは戦略のセオリーだよ、トウガ君。四方を囲まれては、いくら我々が強いと言っても勝つのは至難の業だろう?」
「ここの支部を押さえるためにも、まず数を減らさないと」と、神矢倉も口添えする。
どん、と強く背中を押されてシンはよろめいた。
「シンにはフィニッシュをお願いするね?最初は、あたし達で動きを止めるからさァ」
背中をどついてきたのはボリュームあるパーマの女の子、シーナだ。
すかさずジンが突っ込んできた。
「止めるのは、あたし達〜じゃなくて、ノリコとアリスだろ?」
「なによォ」
たちまち、ふくれっつらになるシーナを横目に、マッドが仲裁に入る。
「あぁ、もういい、やめろ二人とも。喧嘩はいいから、銃に弾を詰めておくんだ」
「ハーイ」
「へーい」
二人仲良く弾込め作業するのをシンも横目に眺めながら、マッドへ尋ねた。
「どうして銃を?元気……くんの言うように神宮さんと、その……神崎さんで止めるんじゃないんですか?」
尋ねながらも疑問を感じた。
神宮はともかく、神崎に敵が止められるのだろうか?
威風堂々とした体格で、今も銃の点検をしている神宮。
彼女ならば女性といえど、ゲリラ相手にひけを取るとは思えない。
問題は神崎だ。
銃の点検をするでもなく、刀らしき物を手に、ぼぉっと突っ立っている。
手足も細いし連邦軍の制服を着ていなければ、まるっきり普通の女の子じゃないか。
あの子が、どうやったらゲリラをどうにかできるというのか、シンには予想もつかなかった。
「二人の能力を直接ぶつけたら、森の中は血の海に変わるぞ。二人に任せるのは威嚇だけだ。実際の戦力封じはバックアップの射撃で行う」
「銃で、撃つんですか?」
シンの問いに、ジンが顔をあげる。
やぶにらみの目に半分開きかかった口元。
無言ではあったが何となく蔑まれた気がして、シンは頬が熱くなるのを覚えた。
恥ずかしがるシンを見て、マッドが苦笑を浮かべる。
「撃つことは撃つ。だが、頭を狙うのは禁止だ。足、または手を撃ち抜く。それだけでも、相手の戦力を失わせるには充分だ」
「手……か、足を……」
急に、手の中の銃が重みを増した。
果たして彼らが目の前に現われた時、自分は本当に引き金を引けるのか。
「そうだ、君は誰も殺したくないんだろう?」
「は……はい」
答える声も震える。
「自信がないなら、腰から下を狙え。これならば、外しても致命傷を与えない」
「はい……」
何度も何度も銃を握り直すシンに気づき、マッドは考える。
緊張するな、という方が無理だろう。
恐らく彼は銃を持つのが初めてなら、大勢を相手に戦うのも初めてだ。
後方援護のさらに後方に配置して、戦場を眺めさせる程度に留めておくのがベストか。
そう考えていると、シンが面を上げて、こちらを見た。
「大丈夫です、俺、やれます」
こちらの考えを見透かされでもしたんだろうか。
内心の動揺を押し隠し、マッドもシンを見つめ返す。
「判った。だが、無理はするなよ。相手も銃を撃ってくるだろうからな」
「ゲリラも銃を手に入れているんですか……」
項垂れるシンに、冷たい声が突き刺さる。
「ユニウスクラウニに所属する能力者とは異なり」
前方座席に腰掛ける神太郎は、シンの方を見もせずに淡々と語った。
「ゲリラは己の能力に自信のある者は、一人もいまい。戦力分析すれば、奴らの能力は非常に微力と言える」
それでも連邦軍に支配されるのが嫌で、だから戦う。
勝てないと判っているはずなのに、銃を手に取り連邦軍に逆らうというのか。
シンが提案しなければ、この後の戦場は屍の山となる予定だったはずだ。
本当に、もう、こんな不毛な戦いは、誰かがやめさせなくてはいけない。

周りの木々が鮮やかな緑から、くすんだ緑に変わった。
その変化へシンが気づくと同時に、前方を歩いていたアリスが皆を手で制する。
「います。前方五キロ、人数は十五名」
能力者は、お互いに気配を察知することができる。
ということはゲリラ側も、こちらの接近に気づいたということになる。
「散開しました。手前に罠、虎鋏タイプのものが四つ、地雷が二つ埋まっています」
手元の計器に目をやり、神矢倉が囁く。
「これより僕は気配を消します」
後ずさりし、彼の姿は木立の中に消えてゆく。
「判った。挟み撃ちにしよう」
神矢倉の消えた方角を見もせず、マッドは残る部下に目で命じた。
誰もが黙って頷き、ベルトから銃を抜きとる。
シンも然りだ。
「散開しろ。必ず二人で組め、孤立するメンバーを出すな」
マッドの合図を最後に、特務七神のメンバーは一斉に散り散りとなる。
森が、動いた。
遠くに誰かの舌打ちを耳にしたと思う暇もなく、シンの頬を何かがチュインと掠めていく。
「わぁ!」
叫んだ彼は首根っこを引っ張られ、茂みに背中から飛び込んだ。
「バカねー、ぼぉっとしてちゃやられちゃうよ?」
シンを助けたのは、シーナだ。
銃を片手にシンを守る位置にしゃがみ込むと、彼女は愛らしくウィンクしてみせる。
「慣れてないんでショ?シンは見てるだけでいいよ。あたしが撃つからサ」
女の子に庇われるとは、情けない。
しかし相手は軍人、こちらは民間人。
お言葉に甘えるとしよう。
マッド直々の命令も出ていたことだし、まさかゲリラの頭を狙うなど万が一にもするまい。
安心しかけていたシンはシーナの照準を見て、度肝を抜かされる。
彼女は真っ直ぐ、ゲリラとおぼしき男の頭に狙いを定めているではないか!
「やめろぉ!!」
引き金を引く直前、シーナに飛びかかった。
パン、と軽い音がして、火薬の弾けた臭いがシンの鼻孔をつく。
「ちょっとぉ、邪魔しないで!」
叫ぶ彼女に、負けじとシンも怒鳴り返す。
「狙っただろ!今ッ!!頭を狙っただろ!!」
「頭をォ?ジョーダン、ちゃんと狙ってたわよォ、腕を」
心外とでも言いたげに、彼女は怒った表情で首を振ってみせる。
ごまかされるものか。
シーナは、絶対に頭を撃ち抜こうとしていた。
断言してもいい。
当たっても手元が狂ったと言い訳すれば、通る。
そういうつもりで狙ったのだ。
汚い、これが軍人のやり方か。
言い合う二人の頭を掠め、銃弾が飛んできたので、この喧嘩はお開きとなった。
「シン、どっか行っててよ!あたしの邪魔をしないで!!」
「駄目だ!俺がどっか行ったら、君はまた頭を狙うんだろ!?」
「もう、うるさい!!」
先にキレたのはシーナで、真っ赤に染まった頬を膨らませて、シンを睨みつけてきた。
「どうしても、あたしが狙ったことにしたいみたいだけど!あたしの目で、ホントに頭だけを狙えるとでも思ってんのォ!?」
言われて、初めてシンはシーナを真っ向から眺めてみた。
不思議なものを目の上に填めていると、初対面の時は思ったものだが……
顔につけられた鋼鉄の代物は、どうやらシーナの両眼とリンクしているようだ。
彼女の目、そのものといっても過言ではない。
「その目……見えているのか?」
シンの問いに、シーナは鼻で笑う。
「見えていると思う?残念でしたッ。ほとんど見えてないよ、ぼんやりとしかね!」
異世界突入の際、両目を負傷したシーナは、その後の手術も虚しく失明した。
今、彼女の視力を補っているのは、アイリンクと呼ばれる補助機である。
視覚障害者でも物の輪郭を捉える程度は、できるようになる。
完全に物が見えているわけではない。
正確な位置に照準を合わせるなど、彼女にとっては困難を極めるはずだ。
自分の失言に気づき、たちまちシンは勢いをなくす。
「ご……ごめん……」
「悪いと思ってんなら、あんたが狙ってよ!あたしより上手に狙えるんでしょ!?」
落ち込む彼に対しシーナの態度は刺々しいが、無理もない。
親切を仇で返された。
そう彼女が思ったとしても、仕方のない話だ。
シンは黙って銃を構える。
本物を撃ったことはないが、おもちゃの銃なら幼い頃に、よく遊んだ思い出がある。
買い物の帰りに立ち寄った広場にも、おもちゃの銃で遊べる物が置いてあった。
ピンポイントで狙うのには慣れている。
幼い頃のシンは、景品ハンターだった。
正面、茂みの陰から撃ってくる相手の腕に照準を構えた。
引き金を引こうとして、シンは、ふと気づく。
「……どうして、いきなり撃ってきたんだ?」
シーナの返事はすげなく、彼女はシンの方を見ようともしないで答えた。
「さぁ?あたし達の顔でも見えたんじゃない」
それにしたって、いきなりすぎる。
相手は能力者、自分達も能力者と判っていて、それで撃ってくると言うのは、おかしい。
話し合いのできる状態ではない。
そう、マッドが言っていたが、相手が敵か味方か声をかける余裕ぐらいはあるだろう。
それすら無しに、いきなり攻撃を仕掛けるというのには、一つの理由が考えられる。
連邦軍に味方をする能力者の噂が、ゲリラの間にも広まっているという予想。
能力者同士に、もし連携があるとすれば、ユニウスクラウニとゲリラが協力しないわけがない。
ゲリラ達がユニウスクラウニから情報をもらっていると考えると、今この地において。
特務七神の味方である能力者など、一人もいないという結論になる。
当たり前か。
元々向こうから見れば、特務七神のほうが能力者にとっての裏切り者なのだから。
「腕が止まってるよ?撃つの?撃たないのォ?」
辛辣な一言に動かされて、シンは引き金に指を戻す。
指に汗を滲ませ、眉間に皺を寄せながらも、一気に引き金を引いた。
思ったよりも軽い音が響き、前方の茂みが揺れる。
続いて誰かの倒れる重たい音も、聞こえてきた。
小さな呻き声までもが聞こえたような気がして、シンはビクリと体を震わせる。
「大丈夫?一人撃った程度でコレじゃあ、もうやめといた方がいいんじゃない」
シーナの声が、どこか遠くで聞こえる。
汗が額を伝い、首筋にまで垂れてきた。
火薬の匂いが鼻から肺に入り、シンは一、二回むせ込んだ。
気持ちが悪い。
吐き気が、喉元にまで迫り上がってくる。
動かないターゲットを狙うのと違って、人間を狙うというのは嫌悪の沸く行為だった。
青ざめた顔でシンはシーナを見た。
彼女は見えない目で、平然と人を撃とうとしていた。
そこに罪悪感はなかったのか?
青くなって蹲るシンを白けた様子で眺め、シーナは溜息をつく。
たった一人のゲリラ、それも腕を狙って撃っただけで、もうグロッキーとは情けない。
いくら民間人といっても、一応こいつは能力者である。
アッシュと同行していたんだから、連邦軍兵士が殺される現場も見てきたはずだ。
マッド大尉は彼の能力に期待している。
ユニウスクラウニの重鎮メンバーを生きたまま捕獲するのが、大尉の望みだ。
大尉の望みは、かなうまい。
肝心のシンが、このザマでは。
「もういいよ、無理しなくて。あとは皆に任せよう?ね?」
蹲ったまま動かないシンに一応は気遣いしたのか、シーナは彼に優しい言葉をかけた。

突如森の中で始まった銃撃戦は、始まった時と同じく唐突に終焉を迎える。
四方を取り囲む形での応戦にゲリラの方が劣勢に追い込まれ、一人二人と銃弾に倒れた。
死者はゼロ。一人も殺していない。
腕、或いは足を打ち抜いて戦意を喪失させたのだ。
最初の作戦通りである。
能力者同士の戦いにしては、地味且つ平和的な終了だとも言える。
「ゲリラの鎮圧は完了ですね」
気配を消していたはずの神矢倉が、いつの間にかマッドの隣に戻ってきていた。
「あぁ。作戦は終了だ、これより支部に戻る」
アリス、ジン、神太郎、ノリコ。
シンやシーナも含めて、誰一人怪我を負っていない。
銃弾が飛び交う場所にいたのに、と今さらながらシンは不思議に思った。
いや、一人だけ怪我を負っている。
マッドの腕に戦闘前には無かった物を見つけ、神宮が声を荒げた。
「大尉、まさか、お怪我をなされたのですか!?」
一緒にいた奴の不始末だと言わんばかりの非難に、神太郎が眉を潜める。
「……すまない。大尉は、私を庇った際に負傷されたのだ」
銃撃戦の際、散開したマッドと一緒にいたのは彼だったようだ。
「大尉の足を引っ張ったのは貴様かッ!」
掴みかからんばかりに激高し、神宮が神太郎に詰め寄る。
その勢いを殺したのは、横から飛び入りしたジンの発言であった。
「ちょっと待ってよ!シンタローだけが悪いんじゃないぜ」
よせと制する神太郎を振り払い、神宮がジンに詰め寄る。
詰め寄られてもジンは脅えたりせず、神宮と真っ向から睨み合った。
「あの時、ゲリラ以外の気配が現われたんだ、急に!ノリコは何も気づかなかったのかよ?」
「なんだと、この期に及んで、まだ言い訳をするつもりか!?」
ジンの襟首を掴んで勇む神宮を止めたのは、他ならぬマッドである。
「ああ、人影なら俺も見た。気配は感じ取れなかったが、な」
間髪入れず、神太郎が頭を下げた。
「そのせいで私の意識がそれてしまい、大尉は私をゲリラの銃撃から守って下さったのです。大尉を怪我させた罪、それについての処分は如何様にでも受けます」
深々と頭を下げられ、恐縮したのはマッドの方で、神太郎を慰めにかかる。
「処分の話は、もういいと言ったはずだ。油断は誰でもする。ましてや現われた気配が能力者とあっては、君が動揺するのも無理はない」


「それは失礼した」


何もない、誰もいないと思っていた方向から、予期せぬ声が響く。
真っ先に反応したのはアリスで、音もなく引き抜いた刀を構えて声のした虚空を睨みつける。
だが、彼女の睨む方向とは真逆の方角から人影が姿を現した。
長く垂らした金髪。
黒いスーツに黒いサングラスをかけた、細身の男だ。
ゲリラとは明らかに違う。
服装もだが、身にまとう気配はゲリラの比ではない。
男からは強さを感じた。
神太郎の背筋に寒気が走る。
こいつだ。
あの時、自分が気を散らされたのは、こいつの気配を感じ取ったからだ!
「誰だ!!」
マッドが威嚇し、ジン以下ほかの部下達も弾かれたように我へ返り、銃を構え直す。
シンだけが、棒立ちで男を見ていた。
「撃たないでもらえるか?こちらは非武装だ」
両手を挙げて、男が言う。
近づいてくる彼へ再度マッドが吼えた。
「動くな!貴様もゲリラの仲間なのか!?」
サングラスを指で押さえ、男は軽く笑う。
「俺がゲリラの仲間かどうかは、茂みの中で腕や股を押さえて苦しんでいる奴らに聞けば判る」
馬鹿にしたというよりは、苦笑に近い笑みだ。
続けて彼の目が、シンを捉えた。
「俺については、彼が知っている。そうだろう?シン=トウガ」
皆の視線が、一斉にシンへと注がれる。
一人だけ蚊帳の外にいたシンは、注目されて赤面しながら頷いた。
「も、もちろんです……お久しぶりですね、リュウさん」

リュウ=ライガは、閉ざされた世界の住民だ。
我ながら信じられなかったのだが、シンのついた嘘は、あっさりと皆に受け入れられた。
理由の一つは、ゲリラ達がリュウの面相を全く知らなかった事。
もう一つは、地球で知りあいを作る機会などなかったはずのシンが彼を知っていた事実。
ユニウスクラウニの支部のある区域で、ゲリラが知らない能力者を知っている。
となればシンとリュウは古くからの知人である、という結論に落ち着くのも容易い。
リュウがシンに、上手く話を併せてくれたというのもある。
あの世界の住民ではないはずなのに、彼はシンの話題についてきて、時には先回りもしてシンを驚かせた。
おかげでマッド大尉には疑われることなく、リュウを仲間に引き入れさせたのであった。
「さて……次の任務からが本番だ。気を抜かずに行けよ」
厳しい目で銃弾チェックをすませて、マッドが全員の顔を見渡した。
ちょうど、その時、胸ポケットの通信機が振動を立てて、大尉は素早く応対した。
「こちらマッド=フライヤー。……了解した。特務七神は、このままユニウスクラウニ支部へ向かう」
作戦の変更を告げる通信だったようだ。
顔を上げ、もう一度、皆の顔を見渡したマッドが言った。
「諸君、支部へ戻る前に、もう一働きしなきゃならなくなった。ユニウスクラウニの北欧支部に、動きがあったらしい。支部のリーダーが、この森へ向かって進軍中だ。我々は、ここで待ち受ける」
「こちらへ?何故!?」
動揺するのはシンばかりで、アリスは平然としていたし、新参者のリュウまでもが落ち着いている。
シンをジロッと一瞥し、ジンが代わりに大尉へ尋ねた。
「決まってんじゃん。ここでドンパチやったからだろ?大尉」
「その通りだ」
深く頷き、忌々しそうにマッドは地平線へ目をやった。
「連中はゲリラを囮にして、我々をおびき出したつもりでいるんだろう」
「ですが、事実は逆ですね」とは、神宮。
マッドの顔から、いらつきが消えた。
「そうだ。おびき出されたのは奴らのほうだ。次の戦いは全力で行く。だが」
ちら、とシン及びリュウを見て、語気を和らげる。
「いきなり攻撃は仕掛けるな。まずは話しかけて、様子を見よう」
「それならば」
リュウが口を割り込ませてきた。
「交渉役はシンに任せてもらえるだろうか」
「シンに?」
マッドのみならず、またも全員に注目され、シンは赤くなった。
「彼は正規の連邦軍兵士ではない。軍人らしさのない彼になら、向こうも気を許してくれるはずだ」
それを言うならリュウだってそうなのだが、彼の格好は変わっている。
黒いサングラスに黒スーツでは、連邦軍とは別の意味で警戒されてしまいそうだ。
「言い合いしている暇はないんじゃないの。連中、こっちに向かってきてるんだろ?」
ジンにも急かされて、マッドは決断を下す。
すなわち、最初の交渉をシンへ託すことに決めたのであった。


音を立てず軽やかに、少年が森の中を走ってゆく。
少年の名前は、ディノ。
なりこそ小さいが、ユニウスクラウニ北欧支部を束ねる能力者である。
彼は今、仲間を五人ほど連れて、森を急いでいる処であった。
ゲリラの気配が弱まっている。
垂らした釣り糸に、奴らが食いついたのだ。
しかし偵察の話では、連邦軍も雑魚兵士を出した様子はないという。
なれば、別部隊が動いている。
もし例の能力者、連邦軍に荷担する裏切り者どもが相手なら、やるべきこともあった。
連絡を受けていた。
本部にいるアッシュからだ。

『シン=トウガという名の青年を見つけ次第、保護せよ』

白い髪の毛に、焼けた肌。
外見的特徴も聞かされている。
彼は能力者であり、物を凍結させる力を持っているそうだ。
連邦軍に拉致されて、行方が判らなくなっている。
通信の向こうで、アッシュが必死になって騒いでいたのを思い出す。
いくら絶対数が少ないとはいえ、新しく仲間が増えるのは、そう珍しい事ではない。
にも関わらず彼が必死に行方を捜すなんて、ディノには意外に感じた。
アッシュは普段、どちらかといえばクールである。
陽気で人なつっこい面はあるものの、仲間が失態を犯した時の対応が、やけに冷めている。
いや、冷めているというのは適切な表現ではない。
アッシュは仲間の動向を逐一気にするような奴ではない、というだけだ。
他人は他人、俺は俺、というふうに割り切って行動していた。
それだけに、アッシュが必死になって拉致された仲間を捜すのは意外に思えたのである。
どうやらアッシュにとってシンという青年は、かなり重要な人物であるらしい。
もしディノが助けたら、アッシュやリーガルは、どれだけ感謝してくれるのであろうか。
今の地位より上になれるなら、どんな手を使ってでも見つけ出してやろうと彼は考えた。
不意に、足を止める。
前方に気配を感じた――気配の数は、全部で六つ。
想定していた数よりは多いが、勝てない人数ではない。
「散れ!」
彼の命令で、同行していた仲間達が一斉に散開する。
まずは様子見だ。
仕掛けるのは向こうの能力を見定めてからでも、遅くない。
そう考えるディノの耳に、声が響き渡った。
「待ってくれ!俺達は、君達と戦うつもりはないッ!!」
寝ぼけたことを言っているのは、誰だ?
茂みから目を凝らし、ディノは正面を睨みつけた。
一直線上に立っているのは、よく見慣れたオレンジの制服ではない。
真っ白な髪の毛に、やや色あせた空色のシャツから伸びる手は日に焼けて黒い。
そいつが、叫んでいた。
「九対六だ!戦わなくたって、どっちが勝つかなんて判りそうなもんだろ!?俺は、君達を殺したくない!お願いだ、姿を見せて大人しく投降してくれ!!」
九対六?
能力者の気配は六つだから、残り三つは自分と誰か、生身の非能力者でも指しているのか。
それにしたって、三人非能力者が増えたから何だというのだ。
いくら少数といえど、能力を持たぬ人間に負けるほど弱いつもりはない。
ディノは叫び返した。
「うるさい!連邦軍の犬め、そうやって油断させて誘き出して一斉射撃で殺すつもりだろうが、そんなチャチな手に引っかかってやれるほど、俺達は甘くないぞ!」
白い髪の男は一瞬怯んだかのように背後を振り返るが、すぐに向き直って怒鳴った。
「君達相手に銃を撃って、効くのか?効かないだろ!それに俺は、そんな卑怯な真似などしないッ。その証拠に、ホラッ!」
両手をあげる。
何も武器を持っていない、という証拠を見せるために。
銃は、背後に身を潜めているマッドへ手渡していた。
茂みが、微かに揺れる。
ディノの側に這い寄ってきた仲間の一人が、小さく伝えた。
「ディノ、あの白い髪の奴……もしかしてアッシュが言ってた奴じゃないか?」
なに、と目を剥いて、ディノは白い髪の男を見る。
声を聞いた時から、違和感はあった。
真っ白な頭をしている割には声が若いので、変だなぁと思っていたのだ。
しかしながら、彼からは能力者の気配を感じない。
違和感が、ますます深まった。
このままでは埒があかない。
「おい、お前!」
焦れたディノは、直接相手へ尋ねることにした。
「お前の名前、もしかしてシン=トウガっていうのか!?」
良く通る少年の声に、あちこちの茂みが、がさつく。
一番驚いたのは当のシンで、驚愕の表情を張りつけたまま叫び返した。
「何で、君が俺を知ってるんだ!」
やっぱりか。
じゃあ、なんで、その彼は連邦軍の犬に成り下がっている?
なんで彼の気配を自分達は誰一人として、感じ取れなかった?

――答えは、決まっている。

シン=トウガは能力者でなければ、アッシュの慕う仲間でもない。
たとえ能力者でなくてもアッシュは彼を慕っていたのかもしれないが、こうして連邦軍の配下になっているというのは、アッシュに対しても酷い裏切りではないか。
思ったことが、そのまま言葉となって、ディノの喉から飛び出した。
「この、裏切り者ッ!!」
同時にディノの体を取り巻くように、無数の小石が宙を舞う。
念動力。
ディノの能力は、それであった。
小石程度の軽い物を浮かせ、自由自在に操ることができる。
たかが小石と侮るなかれ、当たりどころが悪ければ致命傷にだってなりえるのだ。
裏切り者には、死を。
怯むシン青年へ向けて、もう一度ディノは、力の限りに叫んでやった。
「アッシュが、どれだけ貴様を心配したと思っているんだ!このッ、最低な裏切り者ォ!!」
言葉の刃と同時に、無数の小石がシンへ襲いかかる――!

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