SEVEN GOD

act3-3 能力者殲滅作戦

南米に広がる樹海。
その南東部に、ユニウスクラウニの所持していた基地がある。
ここを拠点として、この辺りを支配する連邦軍を相手にゲリラ活動していた。
今は連邦軍の降下部隊に占領されている。
いくら能力者の集団といえど、外からガスを流し込まれては、ひとたまりもない。
能力者も所詮は人間なのだ。
これまでの戦闘で、連邦軍は毒ガスなど使用した経歴が一度もない。
激しい抵抗に連邦軍も、ついに手段を選んではいられなくなったということか。
もちろん毒ガスを使うのには反対意見もあがったが、それすらも押し切って決行した。
ガスが建物全体に充満しきった処で、マスクをつけた兵士が突入。
遺体は全て焼却、まだ息のあった者すらも火をつけて焼き払った。
そこまでする必要があったのか?
そこまでやらなくては、占領など出来なかったのだ。

「あと七時間で到着かぁ。俺達が到着するまでに全滅してなきゃいいけどなっ」
輸送ヘリの中で、元気神が軽口を叩く。
ヘリは今、南米基地を目指して飛んでいた。
セブンゴッドの二人を送り届けるためである。
ほとんど地球の裏側に位置するため、どうしても移動に時間がかかってしまう。
ジンの横に座ったアリスは、せめて、すぐにでも戦えるよう刀の手入れを始めた。
「なぁなぁ、基地についたら勝手に戦っちゃっていいの?お前らは聞かされてないわけ?」
ジンは陽気に、パイロットへ話しかけている。
パイロットは同じ連邦軍の兵士だというのに、何故か退け腰で短く答えた。
「あ、いえ。自分は何も聞かされておりません」
初めから答えは期待していなかったのか、ジンはすぐに彼を解放し、窓の外へ目をやる。
「あっそ。あーあ、つまんねぇなぁ。まわり見ても海ばっかだし!」
解放されてパイロットが安堵するのを、アリスは薄く横目で見た。
彼ら一般兵が退け腰になるのも、当然だ。
アリスとジン、この二人は連邦軍の中でも異質な存在を放っていた。
二人は能力者――本来ならば連邦軍の敵である、生まれながらに能力を持つ人間であった。
能力者でありながら連邦軍に所属し、能力者撲滅作戦に荷担している。
捕虜になって従わされているのではない。
自ら、軍へ入隊した。
神崎家はアジア区域でも数少ない、由緒正しき神社の家系である。
そしてジンの実家、元気家も、数億の資産を持つセレブ一家だ。
金持ちの子息子女である二人が何故、軍へ入隊したのか?
手っ取り早く言えば、人身御供である。
親の命を守る約束と引き替えに、軍へ放り込まれたのだ。
そのことをアリスは、恨みに思っていない。
むしろ、この歳まで匿って育ててくれた両親には恩義さえ感じている。
彼らを守るために、自分の命を使われるのは当然だと考えていた。
ジンも恐らくは同じ気持ちだろう。
だから、文句も言わず同行した。
連邦軍に刃向かっている能力者は、能力を持っていてもアリス達にとって仲間ではない。
敵だ。憎むべき、敵だ。
彼らさえ連邦軍に逆らったりしなければ、ここまで能力者との溝が深まらなかったはず。
毒ガスを流されて虫けらみたいに殺されたのも、本を正せば連邦軍に逆らったりするからだ。
大人しく支配下に置かれていれば、殺されたりはしない。
実際、支配に置かれている区域だって、いくつか存在しているのだ。
多少は生活苦かもしれないが、殺されないだけマシというものだろう。
知らず刀を強く握りしめていたアリスは、力を緩めて手入れに戻る。
あと六時間と五十五分で基地に到着する予定だ。
いつでも戦闘に入れるよう心を静めた。


セブンゴッドよりも一足早く、ユニウスクラウニのニーナは基地付近へ到着していた。
この辺りにある集落は、どれも能力者の作ったゲリラに支配されている。
連邦軍との戦いで、付近にあった普通の村や集落は全て逃げ出してしまった。
森も、だいぶ焼かれた。焼かれた木々の大半は連邦軍の手によるものだ。
彼らは能力者がいるから戦争も起きるのだと言うが、それは違うとニーナは思う。
彼らが戦いを仕掛けてくるから、こちらも仕方なく応戦しているだけだ。
武力で人を従わせようとするから反対しているだけだというのに、それの何が悪いのか?
武力で奪われた基地は、武力で奪い返すしかない。
彼らとは、いつだって交渉決裂してきたのだ。
こちらの話を聞く耳など、連邦軍は持っていなかった。
ぷぅっと小さな風船を膨らませて、ニーナは、それにライターの火を近づける。
すると、ポン、と激しく音を立てて風船が爆発した。
「……まぁまぁ、ね」
彼女は満足げに呟くと、足音を忍ばせて、基地のある方角へと歩き出した。
ニーナの持つ能力――息による起爆装置作成。
風船でも瓶でも何でもいい、容器に彼女の息を込めれば起爆装置の完成だ。
あとは火を近づけたり銃を発射するだけで、装置は爆発する。
銃を持つ連邦軍なら、面白いほど装置を発動させまくってくれるだろう。
建物の壁という壁、至る所に風船爆弾を仕掛ける。
破壊力は、せいぜい人一人を巻き込んで、手足に火傷を負わせる程度だ。
だが陽動としては、ちょうどいい大きさの爆発だ。
無論、司令官との戦いでは、風船爆弾などチャチな手段は使わない。
息を直接、相手にかける。
爆発物と混ぜれば、彼女の息は二倍三倍に威力が増した。
着火手段は山というほど上着の内ポケットに用意してある。
この基地を破壊するだけの威力が、彼女の息と彼女の持ってきた爆弾にはあった。
願わくば、無傷で取り返したいものである。
しかし苦労して強奪した基地を、連邦軍が易々と取り返しさせてくれようはずもない。
抵抗は激しいと予想された。
だからこそ、ニーナも重装備でやってきた。
たった一人で基地にいる全ての兵士と戦おうというのだ。
それぐらいは許されるべきだ。

基地には現在、五十名からなる連邦軍の兵士が詰めている。
能力者を相手にするとなると五十人でも足りないぐらいだが、建物にも容量というものがある。
よく、この狭い基地に、六十二人も住み着いていたものだ。
降下部隊の現隊長マリヤ=アスベルは、溜息をついた。
マッド=フライヤーが異動後、降下部隊の隊長に落ち着いた女性である。
階級は中尉。
中尉で一部隊を任されるという異例の昇格には、本人も驚いた。
前任が担当していたという南米基地の詳細を初めて知った時にも、彼女は別の意味で驚いた。
小さいのだ。基地の、規模が。
この程度の基地を相手に、何を手間取っていたのかと呆れた。
よほど無能だったのだろう、前任の隊長は。
マッド=フライヤーという名に、マリヤは聞き覚えがなかった。
連邦軍に大尉クラスは数多くいるし死傷者も激しいから、とても一人一人覚えていられない。
毒ガス作戦は、マリヤの案によるものであった。
部下の高峰アヤからアッシュの能力を聞き出した彼女は、即座にガス作戦を提案する。
相手が炎を使うならば、その炎を利用させてもらえばいい。
毒ガスで全滅するなら、それでよし。
引火して建物が大爆発を起こしても、こちらに損はない。
予想していたとおり反対数は多かったが、それを上回る賛成数により作戦は決行された。
ゴーサインが出て数日後、密告も、あった。
基地は現在アッシュとアユラ、ボス格の能力者が不在だと。
密告者は名乗らず、通信はすぐに切れたという。
罠かもしれない。
しかしマリヤは万が一を信じて、作戦を開始した。
はたして密告の通り基地にアッシュとアユラの姿は見えず、ガスにより基地占領は完了した。
占領の次に来るのは奪還だ。
ユニウスクラウニから送られてくる能力者を、撃退せねばならない。
ただちに部下を基地各部へ配置したマリヤは、応援を頼むためにアヤを本部へ向かわせた。
応援の件については、上層部からも指示が出ている。
特務七神と手を組んで確実に敵を仕留めろ、との事であった。
特務部隊の隊長が無能の前任だと知った時、マリヤは不安になったのだが、上からの命令では致し方ない。
向こうからは何名か兵士が送られてくる予定だ。
特務七神についてはマリヤも、ある程度の情報を聞かされている。
忌まわしき能力者で結成された、特殊部隊。
家族を人質に取られている能力者でもある。
本部との距離は、ヘリでどんなに急いでも七時間はかかる。
彼らがつくまで、防衛に徹する必要があった。
なにしろ一般兵では能力者の相手にも、ならないのだから。


地球の裏側で無能などと罵られているとは、つゆ知らず、病室のマッドは神矢倉に命じて、特務七神メンバーの能力を聞き出していた。
元部下のアヤにも叱咤されたのだ。
知らないなら本人に聞けばいいじゃないですか、と。
その通りだと思う。
それでも今まで聞かずにいたのは、やはり遠慮だろうか?
能力者に能力を尋ねるのは、相手が普通ではない人間だと言っているも同然だ。
マッドは人を差別するのが嫌いだった。
部下とは、同じ人間として対等につきあいたかった。
「まず、僕の能力ですが」
そんなマッドの内心など知り得るはずもなく、神矢倉は穏やかに答える。
能力者が能力を尋ねられるのは、他人が気にするほど苦痛ではなかったようだ。
「能力者の気配を消すこと。それから気配同化による潜入です」
「気配同化?」
尋ねるマッドへ、神矢倉が頷く。
「えぇ。周囲の気配と同化して、相手に気づかれないうちに潜入することが出来ます」
気配を読むというのはフィクションではよく見られる光景だが、実際に行うのは難しい。
神矢倉の能力は、気配を読む達人ですらも誤魔化せるらしい。
「ふむ。すると君の能力は、あくまでも皆の補佐か」
「はい。お役に立てず、申し訳ありません」
頭を下げられ、マッドは慌てた。
「いや、補佐は必要だろう。補佐があるからこそ、前線に出る者も安心して戦えるんだ」
神矢倉が嬉しそうに、はにかむ。
「大尉は、お優しいんですね」
構わず、マッドは先を促した。
「そ、それより次、神宮だが」
「神宮さんですか?彼女の能力は、空鉄砲です」
また、知らない単語が出てきた。
「空鉄砲?」
オウム返しに尋ね返すマッドを見つめ、神矢倉は頷いた。
「空気を振動させて、対象の一部を破壊します。範囲は彼女の目が届くところまで。神宮さんに見つかれば、数百メートル先の対象物でも簡単に破壊されます」
さわる必要などない。
彼女が念じるだけで、相手は破壊される。
発動に時間のかかるのが、唯一の弱点であった。
破壊される際、対象物には、ぽっかりと丸い穴が空くので、空鉄砲と名付けた。
名付けたのは神宮本人である。
「物騒な能力だな」
念じただけで破壊されるんじゃ、家族も、おちおちノリコと視線も合わせられまい。
眉をひそめるマッドに、肩をすくめて神矢倉が付け足した。
「彼女を怒らせたせいで、破壊された従兄弟さんもいらっしゃったようですよ。大尉も気をつけて下さいね。彼女の前で浮気など、なさらぬよう」
「うっ、浮気っ!?おいカミヤグラ、俺は別に神宮とつきあってなどいないぞ!?」
浮気というのは、二人が交際しているという前提の元で発生する。
つきあってもいないのに他の女性と仲良くしただけで破壊されては、たまったもんじゃない。
神矢倉はクスッと微笑み、大して悪いとも思っていない口調で謝ってきた。
「そうですか?それは失礼しました。あなたが高峰さんとお話しされている間、ずっと神宮さんの機嫌が悪かったものですから、てっきり、お二人はつきあっているのかと」
冗談じゃない。
着任して一日二日程度しか経っていないのに、部下に手をつけられるはずがない。
あまりにも動揺したせいか、神矢倉がさらりと言い放った重要な一言をマッドは聞き流してしまった。


最初に異変を発見したのは、見回り巡回中の下級兵士であった。
壁の一部に、点々と貼り付けられた風船を見つけたのだ。
風船は小さく、掌ほどの大きさしかない。
それが不規則な幅を置いて、壁へ貼り付けられている。
『何でしょう?これは』
通信で尋ねてよこす部下へ、マリヤは命じた。
「構わん、剥がしてしまえ」
了解です、と兵士が答えた直後だった。
間髪入れず爆音、混乱した声の中に『いたぞ!』という叫び、そして銃声も響いたのは。
「どうした、何があった!?」
マリヤの問いに答えたのは、先ほどとは違う部下の声だ。
『爆発しました!着火したのはマッチです!!』
「何だ、何が爆発したんだ!」
要領を得ない返事に、マリヤの声も跳ね上がる。
『ふっ、風船です!投げられたマッチの炎で、風船が爆発しました!!わぁっ!!』
続いて、耳障りな音が司令室に響き渡る。
兵士が通信機を取り落としたのだ。
あとはマリヤが呼びかけようと誰も応じず、悲鳴と怒号、銃声が聞こえてきた。
「……全員に伝えろ!敵襲だ、全員戦闘配置につけ、とな!!」
司令官の号令に、基地内が色めき立つ。
一気に慌ただしくなる中、再び、今度は案外近くで爆音が轟いた。
「くそ、こちらへ近づいてきているのか!?ただちに敵の探知を!」
オペレーター達が一斉に頷いた。
「了解です!」

飛んでくる銃弾へ重しをつけた風船を投げ返してから、ニーナは壁の向こうへ飛び込んだ。
激しい爆音、そして悲鳴。
投げつける用の風船は、壁に取り付けた物より遙かに大きい。
火傷程度じゃ済まない破壊力を秘めており、うっかり射撃しようものなら大爆発を起こす。
ニーナが姿を現せば兵士は必ず撃ってくる。
貼りつけた風船の元へ誘導してやるだけでもいい。
彼女が向かっているのは、最初のうちに貼りつけておいた無数の風船地帯だ。
向こうはレーダーだのカメラアイだのを使って、必死になってニーナの位置を探そうとするだろう。
風船が爆発することも、もう全員に伝わっているはずだから、もしかしたら撃ってこないかもしれない。
そうなれば、そうなったで、ニーナは真っ向から司令室へ乗り込むつもりでいた。
彼女の能力は、彼女の息が続くまで無限に発動できる。
手持ちの風船を使い切ったとしても、彼女の懐にはまだ余裕の火薬物が収納されていた。
火薬物も単体では、それほどの効果はない。
ニーナの息と併せてこそ、大爆発が期待できる。
追いかけてくる複数の足音を予定していた場所へ誘導すると、ニーナは立ち止まった。
彼女にとって予想外だったのは、反対側からも兵士が出現したことだ。
両側から挟まれて、銃を乱射される前にニーナは怒鳴った。
「この位置で撃つつもり!? 仲間にも当たるわよッ、それでいいの?」
兵士の一人が怒鳴り返す。
「貴様に心配される謂われは、ないッ!」
雑魚兵士どもは味方をも巻き添えにする気満々で、ニーナを攻撃するつもりのようだ。
「……あっそ」
ニーナの顔から、表情が消える。
「なら、こっちも遠慮する必要なんて、なさそうね」
ジャケットの前を全開にし、火薬物が誰の目にも見える状態にしてニーナは叫んだ。
「撃てるものなら撃ってみなさいよ!全員巻き添えにして、吹き飛んでやる!!」
先ほども言ったが火薬物に、そこまでの威力はない。
それでも、この威嚇は強烈だったのか、一瞬でも兵士達が怯んだ隙を彼女は見逃さなかった。
素早く風船を膨らますと手前の兵士へ投げつける。
咄嗟の出来事に、彼は判断を誤った。
「あっ、わぁ!」
飛んできた風船を手元の銃で撃った瞬間、炎がボウッと出現して兵士の体を包み込む。
「バカ、よせ!風船を撃つな!!」
味方の一人が騒いだが、動揺した他の兵士も銃を撃ち始め、壁の風船が片っ端から炎を吹く。
炎は連鎖を呼び、風船が次々と爆発して、瞬く間に辺り一帯は火の海に包まれた。
その間にニーナは危機を脱し、次のポイントへと走り出す。
残った兵士を、次の爆発へ誘導するためだ。
「いたぞ、あそこだ!」
あちこちから、そんな声が聞こえる。
爆発ポイントは、あと三ヶ所。
三ヶ所を有効に使って雑魚兵を全て片付けねば、ニーナの勝利は難しいものとなろう。

七時間にわたるニーナと連邦軍の戦いは、ほとんどニーナ側の圧勝と言ってもよい。
三ヶ所の爆発ポイントを、彼女は有効的に使い果たした。
向かってくる雑魚兵を、戦闘不能にまで追い込んでやった。
無論そこへ辿り着くまでに、ニーナも五体無事とはいかず右腕と左足に怪我を負っている。
自爆覚悟で飛び込んできた兵士の一人に、腕と足を刺されたのだ。
刺されたと言っても重傷ではない。
少しズキリとする程度で、動く分には不都合を感じない。
とはいえ、まだ全滅させたわけではないから無理は禁物だ。
一旦森まで撤退し、ニーナは傷の手当てをすると同時に少し休んで息を整えた後、仲間へ連絡を入れてから再び基地へ潜入し、司令室を目指して走った。
監視カメラは、すでにニーナを見つけているだろうが最早関係ない。
戦える奴を全て潰してやった今、こそこそと隠れて進む必要もなかった。
基地の構造はクラウニフリードを出る前に、頭の中へ叩き込んである。
迷うことなく、ニーナの足は司令室へ近づきつつあった。
その足が不意に立ち止まる。
ほんの一瞬ではあるが、彼女の体が嫌な気配を感知したのだ。
どういうことだ?
向かってくる雑魚兵士は、ほとんど打ち倒した。
戦える奴など、司令室ぐらいにしか残っていないはずだが……
「ッ!」
鋭い殺気を感じ、ニーナは瞬時に飛び退いた。
先ほどまで彼女の立っていた場所の、背後にあった壁が真っ二つに切断される。
「うそ!?」
慌てて気配のほうを振り返れば、長い棒のような物を構えた黒髪の少女が垣間見えた。
しかし相手はニーナに観察する暇も与えてくれず、第二波が彼女を襲う。
「――きゃ!」
今度もニーナは、避けるので精一杯。
いや、見えない攻撃を避けられたというだけでも、彼女を褒めてやるべきだろう。
彼女の隠れていたドアは、ばっさりと上下に二等分され、ニーナの背筋を凍らせる。
何か鋭い刃物、それもえらく切れ味の良い刃物で狙っているようだ。
それにしたってニーナと少女の距離は、刃物の届く範囲じゃない。
銃で狙って丁度いい程度の間合いだ。
なのに壁や扉がバッサリ切れるというのは、一体どういう原理であろう。

思い当たる原理といえば、一つしかない。
相手もまた、ニーナと同じ能力者ということだ!

「なによアンタ、いきなり奇襲なんて卑怯じゃない!」
自分を棚に上げて、ひたすら逃げ回りながらニーナは叫んだ。
風船を飛ばす暇もない。
火薬物を投げつける、それも考えたが、それならば息を吹きかけてのほうが効果絶大だ。
その場合、何としてでも相手に近づかなくてはいけないのが難点だが……
相手は無言だ。
三波、四波と無言の攻撃が飛んできて、ニーナは、そのたびに逃げ回る。
それも限界が近づいてきた。
次第に逃げるスペースを失ってゆき、とうとう彼女は廊下の袋小路に追い詰められる。
追い詰められて初めて相手の顔を、ニーナはマジマジと見ることが許された。
アジア区域で生まれた者の特徴ともいえる長い黒髪を、後ろで一つに縛っている。
着ているのは、連邦軍の制服だ。
構えているのは長い棒ではなく、カタナと呼ばれるアジアの刃物。
こんなものを振り回しただけで、あの鋭い殺気が生まれるのか。
やはり彼女は能力者に違いない。
今も相手は、殺気を全身から放っている。
相手の殺気に威圧されてしまい、ニーナは哀れな兎のように体を震わせるしかない。
息を吹きかけて爆発させるなら、今しかないというのに。
恐怖で震えて手を動かせない。
ライターは、ポケットの中にあった。
やけくそになって、ニーナは叫んだ。
「どっ、どうして能力者なのに!連邦軍に味方してんのよォ!?」
返事の代わりに飛んできた無言の一撃が、ニーナの顔を上下に分断する。
一拍の間をおいて、少女の体が、どぅっと前のめりに倒れ込む。
切断された部分からは、どくどくと赤い液体が溢れ出て、深い血だまりを作ってゆく。
「……あなたに答える義理は、ないわ」
その時になって、ようやくアリスは答えたが、その答えがニーナの耳に届くことはなかった。


ニーナ死亡説がユニウスクラウニ内に流れたのは、彼女が送ってきた通信を最後に、それっきり彼女の応答がなくなって、三時間が経過した頃であった。


特務七神メンバー全員の能力を、マッドは頭の中で整頓する。
先ほど上層部から通達があった。
本日付で能力者殲滅作戦を開始する。
どのような手を使ってでも、能力者を一掃せよ。
特務七神のメンバーは各地に散らばり一般兵の援護にあたれ、という命令であった。
いかに部下を効率よく分散させるか。それを考えていた。
「神崎さんの能力は、念動斬。刀に念を与え、切れ味をよくする能力です。すごいですよ?少々離れていても、真っ二つに切断するんですから」
脳内で神矢倉の言葉が再生される。
南米基地へ向かわせた、神崎アリスの能力だ。
アリスとノリコの能力は似ているようで異なると、神矢倉は言っていた。
「神宮さんの能力は相手の姿が見える範囲まで効果を発揮しますが、神崎さんは違います。波動の届く範囲ですから、神宮さんよりは範囲が狭いんですよね。その代わり、届きさえすれば一瞬で真っ二つですから……確実に相手を即死へ追いやれます」
起動の速さを考えると、混戦ならアリス、単体ならノリコと使い分けた方がよさそうだ。
次いで、ジンの能力。
「元気くんの能力は反射。相手の能力を跳ね返します」
これまた特殊な能力である。
何でも跳ね返せるというわけでもなく、跳ね返せる種類は固定というから余計使いづらい。
どんな能力が跳ね返せるのかと尋ねれば、神矢倉も首を捻りながら答えた。
「僕が元気くんから聞いた話では打撃や炎、エネルギーの渦なんかもオーケーらしいですよ」
要するに物理的なダメージを与える能力限定という事らしい。
ノリコの空鉄砲や、アリスの念動斬も返せる範囲だろう。
もし仲間割れしたら、ジンは強力な敵となりうる。
そうならないよう祈りたい。
残る草壁神太郎と御門神女の能力は、どういうのかと、マッドは尋ねた。
一之神舞の能力は、知っている。
次元の扉を開く能力だ。
その能力が災いして、今も意識不明の重体となったまま、彼女は病室で眠り続けている。
「草壁さんの能力は、転移と念写です」
他のメンバーと比べると、些か地味に感じる。
しかし神矢倉曰く、神太郎の転移能力は馬鹿に出来ないとのこと。
「彼を含めて二人までなら、一緒に瞬間移動できます。僕の感知能力と併せれば、行ったことのない場所でも転移できますからね」
ならば今回の任務は彼とアリスに任せれば良かったな、とマッドが言うと、神矢倉は苦笑した。
「……でも、草壁さん自身は戦闘に不向きですから。奇襲を掛けてくるような能力者が相手なら、元気くんとのペアで正解だったのではないでしょうか?」
念写も、これまでのゲリラ討伐で役に立てていたらしい。
入らずして内部の様子を写真に収めるというのは、なるほど確かに諜報活動には便利だろう。
「御門さんの能力は、草壁さんよりも地味ですよ」
最後、シーナの能力を解説する際、そう言って神矢倉は、またも苦笑する。
「接触を通じ、相手の体調を崩させます」
「何だ、そりゃ?」
簡潔な説明に、マッドもポカンとなる。
「ですから」と、やや照れた様子で視線を外し、神矢倉は応えた。
「その……男女の、ですね。接触を通じて、相手の体内器官を狂わせるんです。念のため断っておきますが、性病ではありませんよ?」
念のために断られたおかげで、ようやく意味が伝わり、おかげでマッドまで照れてしまった。
「そっ……それは、大変だな。女性として」
「えぇ、大変です。最初に発覚したのは、彼女のお兄さんでしてね」
マッドは再び仰天し、大声で叫ぶ。
「兄貴とヤッたのか!?」
「ちょっと、こ、声が大きいですよ」
神矢倉に窘められ、マッドは紅潮した頬が、ますます熱くなるのを感じた。
「御門家は特殊な家柄で、一族の血を重要視するんです。なんでも先祖代々、占い師をやっているらしいですね。占いの能力は血に依存するので、近親相姦をしてでも子孫を増やすんだそうですよ。それで御門家の娘は、シーナさんだけですから。お兄さんと、その……」
「……した後に、発覚したというわけか」
言いよどむ神矢倉の後に付け足すと、彼はこっくりと頷いた。
それにしても神矢倉は何処で、この情報を仕入れてきたのか。
御門家の事情など、おいそれと外へ漏れるものでもあるまい。
マッドが尋ねると、答えはあっさり返ってきた。
「御門さんが話してくれたんです。占いの血筋については、得意になって語ってくれましたよ。先祖の中には天皇に仕えた人もいたそうですから」
七神のメンバーは、どいつもこいつも、セレブ或いは名門家系の子息子女である。
シーナが自分の家柄を自慢するのは、別に構わない。
年頃の少女ならば自慢したくもなるだろう。
しかし兄貴とのセックスまで自慢げに語ったのだとすれば、御門家の教育には疑問を感じる。
彼女とマッドの出会いも、そういえばハレンチな内容だった。
家族公認の近親相姦なんてやっていると、ああいう常識外れな少女に育ってしまうのか?
「まぁ、それは置いといて、だ。器官を狂わせると言っても具体的にはどういう」
話を元に戻す。
「呼吸困難に陥ったり、心臓が止まったりと色々ですよ。シーナさんのお兄さんは、喘息にかかり呼吸困難に陥って手足が動かなくなり、脳死したそうですが」
一回のセックスに対して、容赦のない代償だ。
「……ん?脳死という事は、兄の息の根を止めたのは医者による安楽死なのか?」
「いえ、脳の活動が停止しました。ですから自然死として片付けたそうです」
脳が全ての活動を止めてしまい、血液が全身に行き渡らなくなった。
文字通りの脳死というわけだ。
シーナの能力は地味だと神矢倉は言ったが、とんでもない能力である。
「でも、相手と触れあわないと発動すら出来ませんから。地味ですよ」
そう言って、神矢倉は苦笑した。

出動を要請されているのは、全部で二ヶ所。
南米基地も併せると三ヶ所か。
対して現在行動可能なメンバーは、ノリコ、アリス、ジン、神太郎、神矢倉の五人。
この五人を、どういう風に分散させるか。
悩みどころである。
攻撃が出来るのは、ノリコとアリスとジンの三人。
神太郎と神矢倉はバックアップ専門だ。
既に、アリスとジンは南米基地へ出払っている。
ノリコと神矢倉を組ませるとして、ジンかアリスは一度こちらへ呼び戻そう。
いやいや、しかし呼び戻すにしても、どちらを呼び戻す?
聞いた限りじゃジンはソロで戦える能力ではなさそうだし、かといってアリス一人というのも不安がよぎる。
なんにしても、手数が少なすぎる。
そろそろマッドの頭がプスプスと煙を噴きそうになってきた処へ、誰かが扉をノックした。
「入ってくれ。ドアは開いている」
入ってきたのは高峰アヤ。
下部隊の一人で、マッドとも面識のある新兵だ。
ユニウスクラウニに拉致されて、無事生還した唯一の人物でもある。
そればかりか、彼女はユニウスクラウニのアッシュ=ロードとも顔見知りだった。
幼なじみだったという。
彼に求婚された件まで、アヤはマッドに話してくれた。
もし南米基地奪還にアッシュが来るとなれば、彼女は重要な制止力となれるかもしれない。
彼女が病室を尋ねてきたのも、その件がらみのようで、開口一番アヤは切り出した。
「南米基地へ派遣する際には、私も同行させて頂けないでしょうか?」
「そいつを指示するのは俺じゃない。君の上司に頼みたまえ」
マッドの切り返しへ、間髪入れずにアヤが言い返す。
「今回の作戦では、フライヤー大尉。あなたにも全兵士への指示権限が与えられています」
降下部隊の連中も使えるとなれば、多少は防衛にも行動の幅ができよう。
能力者が次々と送られてくる状況では、焼け石に水――ともいうが。
気にかかっていた件をマッドは尋ねた。
「しかし、もし奪還にアッシュが出てきたら」
アヤの眉が、ぴくりと跳ね上がる。
「君は、彼と戦えるのか?」
アヤは、真っ直ぐにマッドを見据えて頷いた。
「できます。戦えます」
よどみなく答えた彼女にマッドのほうが気圧されて、思わず聞き返した。
「後悔、しないか?」
「どういう意味ですか?」
アヤの顔は能面の如し無表情で、感情が読み取れない。
「いや……」
マッドは言葉を濁し、改めて彼女へ命じた。
「では、高峰アヤに命じる。神崎アリスと交代で、南米基地へ向かってくれ」
「了解です」
アヤは無表情のまま敬礼すると、即座に踵を返して出ていった。

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