第九小隊☆交換日誌

報告その18:帰還  【報告者:レン】

ナナを救出後、私達は調査を打ち切り、サイサンダラへ戻る算段を相談していました。
まだドラゴンの依頼を解決していませんが、それどころじゃなくなったんです。
というのも、私達が来る時に使った黒い扉が消滅していましてですね……
私達は二日間ほど、ない知恵を絞って相談したのですが、大した名案も浮かばなくて。
相談は難航に乗り上げていました。
ナナは、あれ以来ずっと元気がなくて心配です。
理由を尋ねても「ちょっとね」としか言ってくれないんですよ。
親友の私にも話してくれないなんて、ちょっと寂しいです……
そんな折、私達はハリィさんに呼ばれて彼のアパートへ出向きました。
呼び出された理由は、魔術師を見つけてきた報告と、それともう一つ。
私達が元の世界へ帰る方法について、話し合う為でした。

ハリィさんのアパートで、私達は魔術師を紹介されました。
名前はカチュアさん。男の子です。
歳は十六だそうですが、十六歳にしては少々子供っぽくも見えます。
柔らかそうな金髪で、後ろを短く切りそろえ、服装はだぼっとした白いローブ。
この間の変態軍団と、少々似ていますね。なんてことは、とても本人には言えませんけど。
「こいつも、あんたの仲間なのか?」と尋ねるカネジョーさんへはボブさんが頷きました。
「まぁナ。つっても一緒にいる事のほうが少ねぇんだが、一応仲間は仲間だ」
なにやら歯切れの悪い答えですね。仲が悪いんでしょうか?
カチュアさんが会釈して、話し始めたところによると。
「それで、ですね。あなた達が異世界からの来訪者と聞いて、
 僕、前にハリィさんからお聞きした異世界の勇者様を思い出したんです」
「異世界の勇者様!?」
私達全員がハモるのにもお構いなく、ハリィさんがカチュアさんの後へ続けて言うには。
「あぁ。ワールドプリズを襲った災厄を退けてくれた勇者がいたんだ、以前。
 彼らも君達と同じように異なる世界を繋ぐ門を通って、こちらへ現れた。
 彼らと君達の状況は、非常によく似ている。
 だから彼らの手段を用いれば、君達を元の世界へ帰すことができるかもしれない。
 ……どうせ元の世界へ戻る手段は消滅してしまっているんだろ。違うかい?」
「全くもって、その通りだ」と偉そうに頷いたのは、キースさん。
「それで?そこの魔術師さんが門を開いてくれるとでも言うの?」
セツナ先生の問いへも頷くと、ハリィさんは自信たっぷりに言いました。
「カチュアが強力な魔術師なのは俺が保証する。
 門を発生させるには強力な魔力が必要だ。カチュアになら、それが可能なはずだ」
「けど、大佐」
カズスンさんが、マッタをかけてきました。
「あの時は強敵と戦った後ってのと、水晶の装置があったおかげもあるでしょう?
 今はそれがない。カチュアの魔力だけで門が開けますかね」
「いざとなったらエリックやルリエルにも応援を頼もう」
私達には聞き覚えのない名前を幾つかあげると、ハリィさんは通信機を弄り出しました。
傭兵のツテってやつですかねぇ。
まぁ、ハリィさんは大佐だそうですから、顔は広そうですよね。
「どうでもいいが、レン様だけは呼ばないでくれよナ?」
ボブさんが眉間に皺をよせ、その傍らではレピアさんも嫌そうな顔で頷きます。
「あぁ、あいつだけは勘弁して欲しいね。いくら魔力が高くってもさ」
以前名前が出た時も、散々なこきおろしをされていたような。
そこまで傭兵から嫌がられるレン様って一体……
私と同じ名前なだけに、ちょっと気になります。
ハリィさんは苦笑して、二人を宥めました。
「心配しなくても大丈夫だ、騎士団の協力を求めるまでにはいかないだろうしな」
「門を発生させるって言ったわね。それってつまり、あなた達のほうから、
 いつでも私達の世界へコンタクトを取れるということ?」
と、尋ねたのはセツナ先生です。
「いや。コンタクトを取るというのは、正確じゃない」
ハリィさんは一旦否定し、続けました。
「君たちのいた空間座標を割り出して一度だけ接続する。
 これも心配は無用だ、君たちを送り返したら門はすぐに破棄するからな」
空間の位置を割り出すですって?
そんな高度な真似が出来るんですか、侮りがたしワールドプリズ住民。
「空間座標を割り出す方法は、つい最近発見されたばかりなんですよ」と、カチュアさん。
「本当は宮廷研究員に頼めば一発なんですけど……そうもいかないですしね」
「何故だ?確実に出来る人員があるなら、そちらに頼めばいいじゃないか」
キースさんの意見に、しかしハリィさんもボブさんも首を真横に振って否定しました。
どことなく浮かない表情でハリィさんが言います。
「宮廷を通すとなると、君たちを報告していなかった件まで掘り探られる……
 面倒な事になりそうなんだ。国に混乱を引き起こしたくもないしね」
「めんどくせー事になりそうなのか。そりゃ厄介だな」
めんどくさいことを嫌がるカネジョーさんが真っ先に同意して。
私達も何となく危険な香りを予感しましたので、諦める事にしました。
「門を呼び出すのは、いつやる?」
私達の予定をハリィさんが聞いてきたので、隊長が答えました。
「今すぐにでも」
「なら、明日だな。明日また、ここへ集まって欲しい」
えらい急速な話になりましたが、こちらとしても一刻も早く戻りたいですしね。
「あっ、でも」とセーラさんが声をあげたので、皆の視線がそちらに集まりました。
「ドラゴンの一件は、どうするの?」
我々だけで相談していた時も、セーラさんだけは、しきりにそれを心配していました。
見かけによらず意外と責任感が高いんですよね、セーラさんって。
「その件は、俺達に任せてくれ」
ハリィさんが言い、ボブさんらも頷きます。
「元々、そいつは俺達にとっても関連の深い問題だしナ。
 お前らは帰りたいんだろ?だったら、ドラゴンの件は気にすんな」
「あぁ」とキースさんが即答。「なら、頼んだぞ」
セーラさんは、まだ「いいのかしらねぇ」と渋っていたけど、
カネジョーさんの「じゃあ、お前だけ残るか?」には、しっかり反応して
「嫌よ!カネジョーくんがいない世界に残るなんてゴメンだわっ」
しっかりカネジョーさんに抱きついて、これでもかってぐらいアピール。
カネジョーさんも暑苦しがって「離れろ、てめぇ!!」って叫んでいましたけど。
やぶ蛇でしたね。


今日がワールドプリズで過ごす最後となりそうな晩。
私はナナに呼ばれ、宿屋で二人、窓の外を眺めていました。
風が気持ちいいです。
夜空には月が浮かんでいて、とても綺麗です。
「あのね」
ナナが話し始めたので、私は耳を傾けました。
「……フラレちゃった」
「え?」
「ユン兄に」
早くもナナの目には涙が浮かんでいます。
「あたし達兄妹だから……駄目なんだって」
「でも、義理の兄妹でしょう?」
ナナが隊長を好きなのは、以前から知っていました。
そして、隊長とナナに血のつながりがないことも。
私達、親友だもの。
「義理でも……妹じゃ無理だって、はっきり言われちゃった」
そう言ってナナは涙を指で拭きますが、拭いた側から新しい涙がこぼれてきます。
私は何と言って慰めたらいいのか判らず、言葉に詰まってしまいました。
可哀想なナナ。
変態眼鏡にはストーキングされ、本命にふられるなんて。
しかし同情心に浸っていた私は、ナナの次の言葉には仰天させられました。
「なんか、ね。ユン兄、セツナ先生のことが好きみたい」
「な……なんですってぇぇ!?」
「……うん」
声を裏返した私へ頷くと、ナナは話を続けました。
「セツナ先生をセーラさんが脱がした時、ユン兄のアソコが超反応してたんだもん」
どこを見ているんですかっ!どこをっ!
っていうか、セーラさんがセツナ先生を脱がした?
私とキースさんが正気を失っている間、一体何が起きていたのやら。
まぁ、それは後で日誌を読んで調べておくとして。
そっかぁ……隊長も女性に興味、持てるんですね……ちょっとショック。
いや、だって隊長は、そういうのとは関係なく生きているんだとばかり思ってました。
私もユン隊長の事は好きです。でも、ナナの『好き』とは違います。
上司としての信頼というか。ま、その件は今の状況とは関係ないので省略しましょう。
「レンは、祝福できる?」
「え?何を」
「ユン兄と……セツナ先生の恋を。あたしは、まだ無理っぽい」
そりゃそうでしょ、ふられたばかりなんだから。
私も、しばらくは無理だと思いますけど。ショックが大きすぎて。
二人して無言で窓の外を眺めていると、ドアがノックされました。
私が出てみると、やってきたのはキースさんでした。
「何のようですか?」
私が尋ねると、キースさんの手が伸びてきて、私の頭からオモブンを

「ぐぉっ!こ、この野郎ッ、どうして抵抗するんだ!?」
――取ろうとしてきたので、私は咄嗟にキースさんの鳩尾へ肘を入れて反撃。
駄目ですよ、最後に変な日誌をつけようったって、そうは問屋が卸しません。
「どうせ例のヘンテコ機械の機能について自慢する気でしょ!?
 そういうのは、ご自分の日記でどうぞ!」
「ぐっ……違う、俺は俺の目から見たナナたん観察をだな!」
「今の時間で部屋に入れてもらえると思ってんですか、このトンチキ!」
「トンチキって何だ!俺はお前の先輩だぞ、ちったぁ敬え!!」
私とキースさんは戸口で盛大に喧嘩を繰り広げ、最後に笑ったのは私でした。
「敬って欲しいなら、たまには見せて下さいよ!立派な先輩像ってやつを!!」
怒濤の勢いで、キースさんを階段まで押しやっておいてから。
足を引っかけて転ばせると、キースさんは階段を一直線に転げ落ちていきました。
ふぅ……つまらぬ殺生をしてしまった。
「て、てめぇ!帰ったら覚えていろよ!?」
階下で変態眼鏡が後頭部を押さえて叫んでいますが、無視です、無視。
私は部屋のドアを閉めると、しっかり中から鍵をかけておきました。
ふと気づくと、泣いていたはずのナナが苦笑して、こちらを見ています。
「何?」と私が聞き返すと、ナナは言いました。
「レンはキースと仲が良いよね。……好きなの?」
ゲェッ。
どこをどう見たら、そう見えるんですか。勘弁して下さい。
「大っ嫌いですよ。仲が良くもありませんし」
私は笑顔で答えると、ナナの隣に座りました。
ナナも笑顔で頷いて「良かった」と呟きます。
「何が?」と再び尋ねる私へ、彼女は答えました。
「好きって言われたら、絶交しなきゃいけなくなるとこだった」
私達は顔を見合わせ、くすくす笑いあってから。
灯りを消して、ベッドへ横になりました。


翌日。
私達は再びハリィさんのアパートへ集合し、そこから彼指定の場所へ向かいました。
彼が指定してきたのは海岸線、私達が最初に泳ぎ着いた場所でした。
ここへ門を呼び出すそうです。
海岸線にはハリィさんの仲間や斬さん達の他にも、数人の新顔がいました。
一人は紫髪の女の子。もう一人は長身で、黒衣に身を包んだ金髪のオジサンです。
この二人が昨日言っていた、エリックさんとルリエルさんでしょうか?
特に二人を紹介するでもなく、さっそくカチュアさんが説明を始めます。
「皆さん、忘れ物はありませんか?帰り支度は万全ですか?
 門は長く開いている事ができません。通る時は素早くお願いしますね」
「えぇ、一応万全だけど。それより、そんなに不安定で大丈夫なの?」
不安げなセーラさんへ、にっこりとカチュアさんが微笑みます。
「安定については、ご安心を。こちらも強力な協力者を連れて参りましたので」
少女とオジサンのほうを一瞥し、すぐにカチュアさんは私達へ向き直りました。
「以前ここ周辺に出現した門の、空間座標特定も出来ました」
と、これはカチュアさんの背後から、すっと一歩前に出てきた女性の発言で。
この人も新顔ですね。茶色に近い赤毛で、顔中にそばかすが散っています。
「座標によると世界名はサイサンダラ……で、間違いありませんね?」
「すごーい、アタリだわ!」「名前まで判るんですか!?」
私達の驚くさまに満足したかのように頷き、女性は自信たっぷり言い切りました。
「座標位置さえ割り出せれば、世界の名前を知るのも簡単です。
 では……カチュアさん、エリックさん、ルリエルさん。準備をお願いします」
彼女自身も、ごちゃごちゃ置かれた機材の前に陣取ってスイッチを弄り始めました。
ポカンと見守る私達へは、斬さんが説明してくれました。
「ジャネットの機械で空間波長を併せ、ルリエル達の魔力で門を引き寄せる」
……えーと。
すみません。全然意味が判りませんが?
要するにジャネットさん、つまり、そこの赤毛のお姉さんだと思うんですけど
彼女の弄っている機械で空間を捉え、カチュアさん達が門を繋ぐ。そういうこと?
機械は耳障りな低音を発し、カチュアさん達は呪文を唱えています。
バラバラだった三つの詠唱が一つの音に重なり、機械の低重音が最高峰に達した時。

「あっ!」

私達は空中に浮かぶ黒いモヤモヤ――
ワールドプリズへ来る時に通ったのと同じ、黒い扉を目にしました。
「やった〜!これで帰れる、帰れるよユン兄っ」
失恋ハートブレイクもなんのそのナナがユン隊長へ抱きつき、私も胸をなで下ろしました。
よかったぁ。失敗したら、どうしようかと。ホント、ここで永住なんて絶対御免ですからね。
……しかし、随分と高い場所に出現しましたねぇ。
黒い扉は、私達の遥か頭上に浮いています。
どうやって登るか考えていると、ルリエルさんが小さく呪文を唱え始めて。
「わっ!?」
私達の体が宙に浮きました。すごい、これも魔法?
「あぁ、そうだ」
ふわふわ浮いている私達へ、ハリィさんが言います。
「向こうへ戻ったら、こちらの本は読めなくなるかもしれん」
「え?どうしてだ、俺達はこちらの文字も難なく読めたぞ」
困惑顔のキースさんへ、重ねて忠告をよこしてきました。
「そいつはワークス神の加護だ。
 ワールドプリズへ侵入した異世界の住民には、必ずかかるのさ。神の加護が」
「神の加護ォ?」と、これはキースさんばかりじゃない。
ナナもカネジョーさんも、私も揃って首を捻りました。
ここへ来て神様の登場だなんて。非現実的な。
「ワールドプリズにおわす言語神さ、科学的な証明はされていないけどね。
 そいつのおかげで、君達は俺達と何の苦もなく会話が出来る。
 しかし元の世界へ戻ってしまえば加護も消えるから、読めなくなるってわけさ」
「なるほど」
神妙な顔でキースさんが頷き、セーラさんの大荷物を指さします。
「なら、その書物は全部置いてったほうがいいんじゃないか?」
でもセーラさんは首を振り、拒否しました。
「解読するのは研究者の仕事よ。私達の任務は、持ち帰る事にあるのではなくて?」
ですよね。研究者へ後を託す為に大気や土、草も全部持ち帰るんですし。
そもそも私達が、ここへ来る任務を受けたのだって、その為じゃないですか。
短絡眼鏡は、これだから。
ハリィさんが手を振りました。
「それじゃあな。また来る時があれば、その時は歓迎するよ」
「はい、では」「さようなら〜!」
私とナナが声を揃え、さよならを告げるのと。
「いきます」と呟いたルリエルさんの魔法により、私達が扉へ飛ばされたのは、ほぼ同時で。
あとは「わぁぁぁぁっ!?」「ぎゃーーっ!」って誰かの悲鳴で一気に騒々しくなり、
黒い扉へ吸い込まれた私達は全ての感覚がつかめなくなり、気を失ってしまいました。

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