第九小隊☆交換日誌

報告その15:ナナたん救出作戦  【報告者:キース】

消えたナナたんを追って、俺達は港へやってきた。
俺の開発したコイツ……『EVAM』の道案内によって。
皆はゲーム機だと侮っているようだが、そいつは大きな誤解だ。
ゲームもできるというだけであって、本来はゲーム機じゃない。

――Erotische Virtuele Aansluiting Machine――

仮想世界と現実をエロティックにリンクさせる機械。
これこそがEVAMの実態であり、俺の浪漫でもある。
だが、ここで長々と凄さを語っても無意味なので省略する。
どうせ皆、説明したって理解できないだろうしな。


この港の何処かにナナたんが幽閉されているようだ。
俺はEVAMの画面をタッチペンで突いて拡大する。
すぐさま、ここらの地形情報を取り込んだ地図が作成された。
「ふん、九番倉庫に反応アリか。
 ユン、九番倉庫ってのは、どれだ?」
九番と書かれた建物の中に、赤い丸が点滅している。
これがナナたんの現在位置だ。どうだ、便利だろう?
倉庫のどこにいるのかは、実際に入ってみないと判らないが
倉庫というぐらいだ、そう細かく区切られちゃいまい。
「あれだ……!」
ユンが、ちょうど俺達の斜め対角にある倉庫を指さした。
倉庫の裏側は海に面している。
こんな場所で女性を裸にして殺しているのか?
きっと頭のヤバイ、変な集団に違いない。
俺はユンに確認を取った。
「俺とお前の二人だけで突入するのか?」
それに対するユンの返事は、簡潔だった。
「時間がない」
義理の妹が危ないってんじゃ、気が急くのも判る。
俺だって内心では、気が気じゃない。
だが、待ってくれ。
俺達までもが、ここで倒れたら、誰がナナたんを救えるんだ!
二人でいくのは無謀だ。俺の勘が、そう告げている。
「そうだ、バージニアの番号があったはず」
EVAMを通信モードに切り替えて、奴の番号を素早くタッチする。
EVAM最大の長所は、俺がいつでもカスタマイズできる点だ。
この世界の通信機との互換性にも、バッチリ対応してある。
二回の呼び出しコールで、バージニアが通話に出た。
『コールありがとう。で、誰だ?お客さんか、昔馴染みか』
奴の軽口を遮ると、俺は早口に答える。
「俺だ、キースだ。覚えているか?」
『あぁ、覚えているよ。首都で出会った眼鏡くんだろ』
こいつまで俺を眼鏡呼びしてきやがったか……
俺の印象は、どうも眼鏡ばかりに集中しているようだな。
まぁ、いい。
今はこいつの無礼に怒っているほど、暇じゃないんだ。
だが俺が用件を伝える前に、奴が驚くべき発言を漏らす。
『あんた達、異世界の住民なんだってな?大佐から聞いたよ』
「なんで、お前がそれを!?」
『だから言っているだろ、大佐から聞いたって。
 お前らにはハリィさんって言った方が判りやすいか?』
「ハリィだって!?」
バージニアはハリィと知りあいだったのか!
いや、階級で呼ぶってことは、ハリィの部下だったのか。
世の中ってのは俺が思っているよりも、かなり狭いようだ。
『大佐から全部聞いているよ。今はお前らと手を組んで
 ドラゴン救済に当たっているんだってな。
 で、俺に連絡をよこしてきたのも、それ関係なのか?』
あぁ、そうだ。
驚きで忘れっちまうとこだったが、本題に戻ろう。
「実はな、ナナたんが消えたんだ」
俺の隣でユンも通信会話に加わる。
「ナナが魔法陣で強制転移させられた。
 場所は首都近郊にある港だ。我々は今そこにいる」
これだけじゃ説明不足のような気がしないでもないが、
バージニアには伝わった。
奴は『判った』と短く答えると、続けて言った。
『首都近郊ってぇと一番近いのはラムアージの無人港か?
 すぐ駆けつけるよ。あと、他の皆にも知らせておく』
「頼んだぞ!」
通信を一旦切って、俺はユンへ振り向いた。
「どこで見張る?」
あまり近づきすぎると、中の奴らに気づかれる恐れがある。
だからといって、いつまでも同じ場所に留まるのもアウトだ。
「空いている倉庫を探そう」と、ユン。
そこに隠れるつもりか。
でも、倉庫だぞ?
開けっ放しの不用心な倉庫なんて、あるはずが――
「……あった」
EVAMで地域検索してみたら、意外やあっさり引っかかる。
カラッポで現在使用していない倉庫が一件。
こいつは、好都合だ。
些か都合良すぎて、気味悪いぐらいだが。
ともかく俺達は、その倉庫へ身を隠すことにした。


二番倉庫に入った瞬間、むわっとした熱気が俺達を襲う。
閉めきられていた暑さとは違う、肌が焼ける熱さだ。
「んっじゃぁ、こりゃあ!?」
思わず叫ぶ俺の口元を、ユンの手が塞いできた。
「静かにしろ」
す、すまん。けど、この暑さは異常だぞ。
建物内部なのに肌がひりつく感覚など、常識では考えられん。
加えて、倉庫の扉は開け放たれていた。
俺達が今閉めるまで、密室ではなかったということだ。
――ここで誰かが何かを行った後だったのか?
「ユン、少し周りを調べてみよう。
 この倉庫の室内温度は異常だ」
ユンが無言で頷き、俺達は床に這い蹲る。
程なくしてユンが「あった」と呟き、俺を手招きした。
やっぱりだぜ。
ここで、何か作業をした連中がいる。
床には魔法陣が、そう、あの店と同じ模様が描かれていたのだ。
無論サークルの上に乗るなんて、馬鹿な真似はしない。
どこへ行くか判らないし、何が起きるかも予想がつかない。
移動するだけならいいが、真っ黒焦げになったりしたら洒落にならん。
……改めて考えると、ナナたんって迂闊だな。
だが、そこが彼女の可愛い処でもあるんだが。
うっかりさんだからこそ、彼女には支える人間が必要だ。
そう、俺のような。
救出した際には、「あん、うっかりしちゃった☆」と舌を出して
お茶目に微笑むナナたんを、思いっきり抱きしめてやるんだ。
弾みで身に纏っていたタオルがほどけ、無垢な裸体が……
「キース」
なんだよ、ここからがムフフのお楽しみなのに。
妄想に没頭していた俺は、ユンの声で無理矢理現実に戻らされる。
「なんだ?」
ユンは俺の様子など微塵も気にせず、話を切り出してきた。
「セツナと連絡は取れないのか?例の携帯機で」
「女医と?しかし、あいつが来たって役に立たないだろ」
あいつは俺達の健康管理、及び怪我の治療を担当する軍医だ。
医者に戦闘力を期待するなど、期待する方が間違っている。
だがユンは珍しくフッと鼻で笑うと、口元を綻ばせた。
「そうでもない。ああ見えて腕は立つ、ナナよりも」
「そりゃそうだろ」
ナナたんは弱いのがチャームポイントだぞ?
強いナナたんなんて、それこそ、ありえないじゃないか。
そう、弱いからこそ支えになる人物がだな……
「連絡が取れるなら、セツナにも救援を頼んでくれ」
「判ったよ」
くそぅ。増援が繰るまでの間、妄想に浸らせてもくれないのか。
ま、それだけ義妹が心配で仕方ないんだろう。
普段は無関心なフリして、案外、気にかけてやっていたんだな。
俺も真面目に戻って、EVAMの通話モードを開く。
画面には、ベッドに寝そべる女医の姿が映し出された。
「……なっ……!?」
横から画面を覗き込んだユンが絶句する。
そんなウブな反応を見せられたら、こっちまで絶句するじゃないか。
「ど、どうして裸なんだ……!」
「ただの通話じゃつまらんからな、エロ通話モードにしてみた」
EVAMには通話モードが二つある。
一つは、さっきバージニアとのやりとりで見せた音声だけのモード。
もう一つが今、画面に裸の通話相手が映るエロ通話モードだ。
勿論、モニターの向こうの女医は服を着ているはずだ。
映像を裸に変換する。それがエロ通話モード最大のウリだからな。
「く、くだらん」と吐き捨てて、ユンは後ろを向いてしまった。
そうはいうが、ユン。最初の人類はスッポンポンだったし
父親と母親が裸でイチャイチャしたから、お前が産まれてきたんだぞ?
裸の浪漫を理解できない朴念仁は、これだから困るぜ。
「さて、と……女医を起こすとするか」
この場合の起こすってのは、通信コードを開くって意味だ。
実際の女医が何をしているかは、さすがのコイツでも検知できない。
通信が繋がると、画面の女医が起きる。
ま、いってみれば演出ってやつだ。
俺は女医のアソコをタッチペンで、ツツーッとなぞってやる。
『あ、あンッ、あゥンッ』
画面上の女医が、びくんびくんと体を震わせ、エロい声をあげる。
「な、なんだ、その……声は?」
後ろを向いたままのユンが尋ねてきたので、俺は答えてやった。
「ただの通話接続待ちサウンドエフェクトだ、気にするな」
色っぽい声を何度か出させていると、やがて女医の通信機に繋がった。
『誰かと思えば、バカ眼鏡?』
第一声から人を不快にさせるとは、さすがだ。
『何かあったの?あぁ、それとユンは一緒じゃないの?』
「一緒だし、俺はバカ眼鏡じゃないし、一大事件が起きた」
俺はむっつり答えながら、エロ通話モードのメニューを開く。
あった、あった。ヴァーチャルバドリー。
こいつの説明は話すと長くなるんで、割愛だ。
それよりも、実際に動かしたほうが判りやすい。
『一大事件?何よ、それ』
「ナナたんが誘拐された。
 謎の魔法陣の上にナナたんが乗った瞬間、移動しちまったんだ」
『何やっているのよ、あなた達は……それでも先輩なの?』
さっそく、お小言が始まったか。
クククッ。だが偉そうにしていられるのも、今の内だけだぞ。
タッチペンで再度なぞろうとした時、ユンが割り込んできた。
後ろから覗き込むようにして、だが視線は真上に逸らして奴が言う。
「ナナが行方不明になったのは俺の責任だ。
 だが、既に居場所は割り出した。キースの携帯機によって」
『キースの?まぁ……明日は雨が降るわね』
何処までも失礼な女だな。
『それで私に連絡を入れたのは、応援に来いってこと?』
「当たり前だろ、俺達二人に突貫させる気か?」
『でも、応援なら私よりもカネジョーやセーラを呼んだ方が』
それには俺も同感だ。
俺がユンを振り返ると、ユンはセツナへ答えた。
やはり視線は明後日のほうを向いていたが。
「いや、あの二人には貧困区の調査を続行させる。
 ナナを飛ばした魔法陣が、誘拐事件と無関係とは思えん。
 関係するとなれば、別方向から動ける部隊も必要だ」
「まぁ、一応傭兵諸君にも応援を頼んだしな」
俺の呟きを女医が拾い、頷いた。
『判ったわ。至急そちらへ向かいます』
「あぁ、斬やスージにも声を」
『言わなくても判ることは最小限まで省く。じゃあね』
言いかける俺を遮り、女医はさっさと通信を切りやがった。
チッ、ヴァーチャルバドリーを使う暇もなかったじゃないか。
まぁ、いいさ。そいつは、いつでも使えるしな。
応援が到着するまで、やる事といえば一つしかない。
俺はEVAMを、通信からゲームモードに切り替える。
画面には、まだ女医が裸で寝そべっていた。
「その画面……なんとかならないのか?」
いかにも嫌そうに聞いてくるユンの顔の前へEVAMを突き出すと
俺はサワヤカに笑いかけた。
「そう嫌がらずに、お前もやってみろよ。楽しいぞ?」
「ゲームなどしている場合かッ」
ふん、どこまでも真面目な奴め。
ぷいっと横を向いたユンの耳元にEVAMを押しつけると
俺は画面の女医を、タッチペンでクルクルとなぞってやる。
どこをって、決まっているだろ?黄金色の茂みを重点的に、だ。
『あ、あんッ、アァッ、駄目ぇ、ユンッ……
 そんな激しくかき回されたら、あッ、あ、変になっちゃうッ』
本物そっくりの合成エロボイスが、ユンの耳を直撃だ。
直後の奴の狼狽ぶりと来たら、こんな場所じゃなかったら
腹を抱えて大爆笑していた処だ。
レンやナナたんにも見せてやりたかったぐらいだぜ。
「ど、っどどど、どうして、俺の名をっ!?」
ユンはキョロキョロと辺りを見渡し、額に汗を浮かべて俺を見た。
かつてないほどキョドっていやがる上に、目が泳いでいる。
何だ、この反応。
カネジョーにエロモードを見せた時よりも、数倍面白いぞ。
物事全てに無関心かと思いきや、エロには興味津々なお年頃だったのか。
「プレイヤーには好きな名前がつけられるんだ。
 ま、恋愛ゲームのお約束だな。
 普段は俺の名前でやっているんだが、今日の相手は女医だってんで
 特別サービスで、お前の名前を入力しておいた」
「だ、だっだ、だから、何故セツナの相手を俺にっ!」
泡くって怒っているトコ悪いがな、通信が入ったぞ。
相手はバージニアだ。
「もうついたのか?」
説明を省いて話しかける俺に、奴が答える。
『あぁ、ちょうど首都にいたもんでな……
 大佐は捕まらなかったけどボブとレピア、それとルクもいる』
ルク?
ハリィの仲間に、そんな名前の奴、いたか?
しかしバージニアがつれてきたんなら、そいつも仲間なんだろう。
「カズスンとモリスっつったか、あいつらは?」
俺の記憶が正しければ、そいつらもボブと一緒にいたはずだ。
だがバージニアによると、二人は一緒ではないらしい。
ボブが通信を替わった。
『カズスンとモリスは野暮用でラクセンダールまで、お出かけだ』
これまた、聞いたことのない地名が出てきたな。
『ちょいと調べて貰いたいことが出てきちまってナ。
 ま、あいつらがいなくても俺達だけで何とかなるサ』
バージニアが再び通信を替わり、尋ねてきた。
『それより、お前ら今、どこにいる?』
「俺達は二番倉庫の中にいる」
『判った』の一言を最後に通信は切れ、すぐに足音が近づいてきた。
扉を叩かれたので、そっと誰何する。
「……誰だ?」
「俺だ、バージだ」
俺の頷きを受け止めて、ユンが扉を細く開けた。
間違いない。隙間から見えるのは、最初に首都で出会った金髪の優男だ。
静かに扉を開けて、増援を中に招き入れる。
扉は開けたまま、俺達は物陰の死角に移動した。
バージニアと一緒に来たのは、ボブ、レピア、それからルクって奴。
ここに斬を加えれば、かなり心強くなる。
少なくとも二人で突撃するよりは、ずっとマシだろう。
というより、斬一人だけで何とかなるような気もする。
いや、もちろんアイツ一人に手柄を渡すつもりはないんだが。
ナナたんを助け出す王子様役を、譲るつもりはない。
ルクは、さっきからライフルを弄って無関心を装っている。
だが仲間の招集に応じたんなら、内心はやる気満々のはずだ。
要は素直になれないお年頃ってやつだな。


待つこと数分で、女医達もやってきた。
斬、スージ、ジロ、エルニー、それからセツナとレン。
それから呼んだ覚えのない、カネジョーとセーラも来ていた。
「お前ら、なんでいるんだ」
俺の問いにセーラが答える。
「仲間の危機なのよ?こんな時だけ仲間はずれなんて、酷いじゃない」
いや、仲間はずれって……
俺がユンを振り返ると、ユンは渋い顔で腕組みをしていた。
当初の予定とは大幅に違ってしまったが、来てしまったものは仕方ない。
俺は皆に状況を説明する。
まず最初に、首都で起きている誘拐事件のあらましを。
続いてナナたんが怪しげな魔法陣で、どこかに転移させられた。
今は九番倉庫の中にいるようだ。
この二番倉庫にも魔法陣があったと告げると、皆に動揺が走る。
スージが甲高い声で叫んだ。
「その魔法陣、九番と繋がっているんじゃないの!?」
声、でかすぎだろ……
ユンが静かにしろ、と仕草でスージを窘める。
「そいつは俺も考えた。しかし迂闊に乗れば何が起きるか判らない。
 よって、魔法陣には触れないほうがいいと判断した」
「賢明な判断だ」と頷いたのは、斬だ。
斬のおかげで、ここの住民でも迂闊に乗らない事が判明した。
そうだよな、普通なら乗らないよな。
ナナたん……
無事救出できたら、俺が手取り足取り常識を教えてやらないとな。
ついでに夜の秘め事も、たっぷり体に教え込んでやるぜ。
ムフフ。
「九番倉庫か……もし例の事件と関わっているとしたら
 早いとこ救出してやらないと、まずいよな」
バージニアの言葉で、我に返る。
事件の話を聞いてからというもの、俺は上の空になりがちだ。
だって、裸で川に捨てられるんだぞ?
当然ナナたんだって、スッポンポンに剥かれているはずじゃないか。
ここまで考えて、俺は最も重大なポイントに気づいてしまった。
女を裸にするとなったら、何もしないはずがない。
俺のナナたんが、訳のわからん誘拐犯の手で傷物にされちまう!
「急ごう。速やかに救出作戦を開始するぞ」
俺はキリリと真面目に戻って号令をかける。
皆も真面目に頷いて、立ち上がった。
二番倉庫を抜け出すと、足音を忍ばせて九番に近づく。
ぴったり閉じられた扉の前には誰もいない。
外から見た大きさは、せいぜい戦車が一台入る程度だ。
そう広い倉庫でもない。
扉に張り付いて、中の様子を伺っていたボブが無言で頷く。
俺達は扉を開いて、一斉になだれ込んだ。


長くなりそうなので、一旦ここで切る。
続きも俺が書くが、問題ないよな?

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