第九小隊☆交換日誌

報告その11:亜人の島・三日目  【報告者:セーラ】

キースが倒れたせいで昨日は結局、まったく進めなかった。
余所見して木の枝に激突って、どんなギャグ漫画よ。
でも、おかげで彼の無駄口が封じられたのは、いいことね。
あぁ、そうそう、二日目の晩は何事もなく時間が過ぎたわ。
翌朝、頭に包帯を巻いたキースを起こして私達は颯爽と出発。
目的地はアル曰く、ドラゴンの集落。
「集落って言うからには、アルみたいな子がたくさんいるの?」
ナナの問いに、アルが頷く。
「いーっぱい、いるヨ!オトナもコドモも、たっくさん」
この子は、どっちなのかしら?
こうして人型を取っている時は、子供に見えるんだけど。
「アルは、大人なの?それとも子供?」
レンも同じ疑問を持ったのか、アルに尋ねた。
「アル?コドモだヨー」
白い歯を見せちゃって、まさしく、お子様スマイルね。
しかも片手は、しっかりキースの軍服を掴んでいるし。
信じられないんだけど、どうも彼女、キースに懐いているみたい。
よりによってキースを選ぶなんて、とんだド変態だわ。
「ア、こっちだヨ、こっちこっちー!」
アルの案内は、どんどん森の奥へと入っていく。
でも森の奥って思ったよりも、薄暗くないのね。
あちこちから日の光が差していて、暖かくさえある。
ただ不思議なのは、何処にも小動物の姿がないこと。
アルの言う”変なの”と関係しているのかしらね。
彼女曰く、黒い悪いジェスターという男が連れてきたもの――
それが今、亜人の島に災害をもたらしているらしいわ。
「もしかして、木がおかしくなったのも……」
私が言いかけると、斬が言葉尻を受け継いだ。
「恐らく、な。何も関係がないとは思えぬ」
そうよね、普通はそう思うわよね、誰だって。
でも、どうして木はユンしか襲わなかったのかしら。
木にも好きなタイプと嫌いなタイプがある、とか?
唐突に開けた場所に出て、私の思考は途中で途切れた。

そこは、ちょっとした広場みたいになっていたわ。
足下には柔らかで短い草が生えていて、周りを木が囲んでいる。
とても、自然に出来た場所とは思えない。
ドラゴンたちが創り出した生活空間なのかもしれないわね。
私の予想を裏付けるかのように、茂みから人影が這いだしてくる。
アルと同じく、薄汚い服を身にまとった青年だった。
日に焼けた肌が眩しい青年は、アルへ声をかけてきた。
「おーい、アル!そいつら、なんだ?ハンターか、それとも傭兵か?」
「違うヨー!異世界から来た人達だヨ!」
青年は、おぉっと叫んで走り寄ってきた。
無遠慮に私達を眺め回すと、感心した表情で顎に手をやる。
「こいつが前言ってたソロンって奴?にしちゃー多いけどよ」
「違うヨ、キースだヨ!」
何で真っ先にキースを紹介するのよ?
あいつだけが特別扱いされているみたいで、気に入らないわ。
「フーン、こいつもキース?」
私を指さしてキース呼ばわりとは、良い度胸ね。
というか、何人キースがいれば気が済むのよ。この人の中で。
「違うヨー、エート、えーットォ……」
アルは腕を組んで考え込んでしまった。
そういえば、まだきちんと名乗りをあげていなかったわね。
彼女から尋ねられる前に、私は自ら名乗りをあげた。
「私はセーラ。この、激烈可愛いミラクルボーイはカネジョーくん。
 マイスウィートハニーだから、あなた達、手出しは無用よ」
「おい!紹介すんなら、まともにやれ!!」
ちゃんと紹介してあげたのに、カネジョーくんったら怒っている。
でも、そんなところも猛烈可愛いんだから。ウフッ。
「私はセツナ、医者よ」
ずいっと一歩前に進んで、Drが会釈する。
「こちらの無口な人はユン。
 その隣の可愛い女の子二人は、ナナちゃんとレン」
ナナとレンが頭を下げるのを見て、青年が歓声をあげる。
「ホントだー、可愛いなー!」
なによ、私とDrの自己紹介では無反応だったくせに。
ヘラヘラ笑う青年のお世辞にナナもレンも照れちゃっているけど、
ナナ、あなたはユン隊長が好きなんじゃなかったの?
「おっと、ナナたんは俺のマイスウィートハニィ〜だからな。
 それ以上近寄るのは、なしにしてもらおうか」
それまで黙っていた変態眼鏡が、ナナの前に立ちふさがる。
マイスウィートハニィーって、私のパクリじゃない。
愛を語る表現がオリジナリティーゼロな男って、最低だわ。
「誰が誰のハニーよ、気持ち悪いこと言わないで!」
ほら、ナナだって怒っているじゃない。
もっとも青年はキースの戯れ言なんて、まるっきり無視したみたい。
彼の目線はキースを飛び越え、アルの背後を見ていたわ。
「あ、そっちのやつらは知ってんぜー。マスターの客人だろ?」
「そうだ」と斬が呟いて、ジロ達三人組は、てんでバラバラに会釈。
でも、Mr.シモビッチだけは皆と反応が違ったわ。
「人に名を尋ねる時は、自分から名乗るものだろう!」
ビシッと格好つけて指さしているところ、悪いんだけど。
青年は今度は私に話しかけてきて、全然聞いちゃいなかったのよね。
なかなかマイペースな人ね。いえ、人じゃなくてドラゴンだっけ。
「あんた、セーラさん?綺麗な髪の毛してんなー、一本ちょうだい?」
「え?あぁ、一本ぐらいなら……アダッ!!」
私が、思わずはしたない声を荒げてしまったのも仕方ないのよ。
だって、この人ったら十本ぐらい、まとめて引き抜くんですもの。
痛いったら、ありゃしないわ。涙が出ちゃったじゃない。
「ちょっとぉ!ハゲたら、どうしてくれんのよ!?」
私の文句も何処吹く風、全く無視して青年は引き抜いた髪を眺めている。
「うはっ、キレ〜!これ編んだら、お守りになるなぁ。なぁ、アル?」
マイペースにも程があるわ。
一発ゲンコをくれてやろうと、私が怒りの形相で近づいた時。
「アル、バフ、何をやっておる?
 人間を集落に連れてくるとは、何を考えておるのじゃ」
茂みを割って重苦しい声が二人を叱りつけ、
アルも青年もビクッとなって、声の主へ恐る恐る目を向けたわ。
つられて、そちらを見た私達は一斉に驚いた。
「きゃあ!」「デカッ!」
茂みから、ぬぅっと突き出ているのは巨大な頭。
頭だけ出した状態のドラゴンが、アルと青年を睨みつけているんだもの。
こんなのを見て驚かない人は、まずいないわよね。
Mr.シモビッチなんて、声も出さずに腰を抜かしているぐらいだし。
……あ、いたわ。斬とギルドご一行は驚いていなかった。
前にも会ったことがあるのね、きっと。
「あなたがドラゴンの長か、お初にお目にかかる」
あら、お初だったの?それにしちゃあ落ち着いているわね、貴方達。
仰天する私達の前で、斬が淡々と話し出す。
島に残る異形の者を退治すると伝えたら、長の態度が一変したわ。
「よかろう。あれを倒すというのならば、里へ踏み入るのも許可してやろう」
それまで苦虫を噛み潰したような顔をしていたくせに、現金なものね。
「あ、そうそう。言い忘れていたけど、俺はバフ」
急に青年が、明るい顔で自己紹介を始めた。
って、このタイミングで自己紹介?かなり空気が読めない人ねぇ。
「バファニールっていうんだけど、長ったらしいからバフで宜しく!」
「そ、そう。よろしく、バフ」
普段は何事にもクールなDrでさえ、ちょっぴり引いていたわ。
それでも、ちゃんと挨拶を返すところは、さすがね。
「それで長老様、異形の者について詳しく聞かせてもらえるかしら」
「ならば、ついてくるがよい。落ち着く場所で話してやろう」
ここじゃ駄目なのかしら?
ここだって、充分落ち着くと思うんだけど。
長がさっさと歩き出したので、私達も大人しく従った。


長に案内されたのは、森の奥にある洞窟の内部。
そうね、戦車が十台入るぐらいの広さといっても過言じゃないわ。
なにしろ、あちこちでドラゴンが歩き回っているんだもの。
私達にとっては、とても寛げるスペースじゃないわね。
でもドラゴン達は落ち着くみたいで、さっそく長が話し始めた。
「忌々しい黒騎士が持ち込んだのは、ワールドプリズの生物ではない」
「ワー……ルド、プリズ?」
首を傾げるキースへ、ごほんと咳払いしたのは斬。
「ここって亜人の島じゃなかったっけ?」
ヒソヒソと囁くナナにも聞こえるよう、ことさら大きな声で彼は言った。
「我々のいる、この世界の名前だ」
やっぱり、この世界にも名前は、あったのね。
「異形の者が、この世界の生物ではない?
 でも、ジェスターは、この世界の人間なのでしょう?」
Dr.セツナの問いに重々しく頷き、長は続けたわ。
「そうだ。奴は、異世界の門を開きおった。
 そこから、やつらを連れだし、この島に解き放ったのだ」
「何のために?」とジロが尋ねるのへは、バフが答える。
「決まってんだろ?俺達ドラゴンを滅ぼすためさ」
この答えは意外だったのか、スージもエルニーも思いっきり動揺している。
そうね、こんな大きなドラゴンを滅ぼそうだなんて。
ジェスターって人も、大それた事を考えるものだわ。
「俺達さえいなくなれば、後はひ弱な人間しか残らないもんな。
 あぁ、残る一つの障害はマスターぐらいなもんで」
彼らがマスターと呼ぶのは、呪術者ドンゴロのこと。
偉大なる術師――とは、斬達の受け売りだけど。
私達とは、入れ違いで島を出ていってしまったらしい。
どんな人なのかしらね。会ってみたかったわ。
「それで……どんなクリーチャーなの?それは」
ナナの問いに、長はしばらく考え込んだ後ボソッと答えた。
「一言で言うのは難しい。
 奴らは個体であり、また、気体にもなれる。
 儂らの体内へ入り込み、意のままに操ることもできる。
 島に動物がいなくなったのは、やつらの仕業じゃ。
 植物がおかしくなったのも、やつらが中に入り込んでおるせいじゃ」
「何だ、そりゃ?悪霊かよ」
カネジョーくんが悪態をつき、バフが首を真横に振った。
「んー、悪霊ってのとも違うな。自由自在なんだ」
「自由自在?」
「そっ。奴らは、その気になれば、
 あんたとそっくり同じ格好に変身することもできるんだぜ」
カネジョーくんと、そっくり同じに?
それはつまり、ダブル・カネジョーくん?
やだ……カネジョーくんが、これ以上増えたらハーレムじゃない。
まさに私得ね。私のためのカネジョーくんハーレム。
あっちを見ても、こっちを見てもカネジョーくんがいるの。
しかもヌードで。全員、一糸まとわぬ全裸なのよ。
あぁん、カネジョーくんったら……誘っているの?
「おい、ヨダレが糸引いているぞ」
キースに指摘されて、私は慌てて口元を拭う。
もう、バフが変なことをいうから妄想しちゃったじゃないの。
「そいつぁ怖ェな……」
うふふ、真面目な顔で悩むカネジョーくんも可愛いわ。
「見分ける方法は、ないのか?」
「ないね、今んとこ。俺達も騙されて大変なんだ。
 このままじゃ同志討ちして全滅しちまう」
ここにきて初めてバフが顔を曇らせ、アルもションボリする。
何とかしてあげたいけど、相手は変幻自在の強敵だわ。
私達に、何とか出来るのかしら?
「やつら、普段はどのような格好をしているのだ」
斬の問いへ、長が答える。
「正確な姿を見た者は、一人もおらぬ。
 奴らが襲いかかってくる時は、常に姿を変えておる。
 固体化で儂が見たのは、角の生えた馬の形をしておった」
話を聞けば聞くほど、倒せそうな気がしなくなってきたわ。
でも、今更無理ですって辞退するわけにもいかない。
こんな奥までついてきて、話を聞いてしまった以上は。
それに可哀想なドラゴンを放っていくなんて、私にはできない。
……あら?
そういえばMr.シモビッチは、どこに行ったの?
「ねぇ、Mr.シモビッチは?一緒に来なかったの?」
私が斬へ尋ねると、改めて皆も彼の不在に気づいたみたいだった。
もしかして、まだ広場で腰を抜かしたままなのかしら。
世話の焼ける三段腹ねぇ。
「僕、探してきます!」
スージが腰を上げたのと、ほぼ同時だったかもしれない。
洞窟の入り口方向から、甲高い女性の悲鳴が聞こえてきたのは。
私達は、考える暇もなく我先にと走り出していた。
そして、見たわ。
洞窟の入り口に立つ、二つの人影を。
いいえ、もっと正確に言うなれば。
美しい女性に絡みついた、うつろな瞳のMr.シモビッチを――!

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