御堂順の探偵事務所

みどうじゅんの たんていじむしょ

第八話 そして朝が来る

後日。
御堂と光一は、とあるジムのロッカールームにいた。
例の依頼人、大河次郎から聞き出した場所である。
財布を取り返した翌日まで、時間を戻してみる事にしよう。


現金やカードは戻ってきたが、写真は?と聞かれて、所長は依頼主の真向かいに腰掛けてから答える。
「あぁ、それなんですがね。燃やしちまったらしいんですよ」
「燃やした?あ、あぁ……それで、ですね。それで来たんですね、あの子供らが」
何事かを納得した様子の大河に、御堂が片眉をつり上げる。
「ほぅ?」
「いえ、ネガを渡せと脅されたんですよ。見た事もない、ガラの悪い子供達でした」
「あ、その子達なら、うちにも来ましたよ!」と光一が口を挟んできたが、所長は話を促した。
「それで?ネガを渡さなかったんですかぃ」
「え、えぇ。大事な金づるだと思いまして……」
ボッコボッコにされたのだから、そう言いたくなる気持ちも判らないではない。
だが、だからといって、こっちにまで被害が出るような真似は謹んでもらいたい。
「奴らネガが俺達に渡されていたと思っていたようですが、おたくがそう言ったんですか?」
「は、はい。その、悪いとは思ったんですが、つい……」
悪いと思ったんなら、言わないで欲しいものだ。
ついで済めば、警察は要らない。
「それで、結局ネガは何処にやったんです。あなたの事だ、手放しちゃあいないんでしょう?」
更なる御堂の追及に、とうとう大河はネガの在処を白状した。
それによると、彼が日々通っているスポーツジムのロッカールームに預けてあるという。
鍵など家に持ち帰っていない。
いつも、会社の机の中に入れてあった。
「あぁ、そうだ。その写真なんですがね……」
御堂は告げてやった。
すなわち、写真を世に出すなという警告を。
「えっ!?どうしてです、だって今をときめく大女優がヤクザの親分と会っていたんですよ!ホテルで」
当然ながら大河はやっきになって反論し、顎髭を撫でつけながら所長が自分の予想を披露する。
「それなんだが……親分の言い分だと、金を都合していただけらしいんだ。で、親分としちゃあ痛くもかゆくもないんだが、先方さん、女優の顔を考えたら面目丸つぶれだよな。もし、あんたが写真を週刊誌に売りつけようもんなら、奴ら今度こそ本気になるぜ」
「ほ、本気……と、言いますと?」
「あんたの家に放火、或いは、あんたをコンクリート詰めにして東京湾に投げ捨てるぐらいの事は、するんじゃないですかねェ〜」
少々脅しただけで大河は真っ青になって震えだし、情けない目で御堂を見上げてきた。
「ど、どうすれば」
「ネガを捨てるんですなァ。或いは俺達に託して下されば、親分に渡してきてあげますよ」

……とまぁ、そういったわけで。
大河にスポーツジムの会員証を借りた二人は、さっそく問題のロッカールームへ向かった。
平日早朝という時間帯のせいもあってか、付近には誰もいない。
「あったぞ……これだな」
ロッカーを漁っていた所長が、封筒を見つけてニヤリと微笑む。
封筒にはネガが数枚。
アングルを変えて何枚も撮られた、大西と女優の姿が映っている。
「奴ら本気で、こんなモノの為に大河さんを襲ったりするんスかね?」
光一が問えば、御堂はアッサリ首を横に振る。
「さぁな。しねェんじゃねーか?」
「えっ、でも」
口を尖らせる相棒へ、所長は肩をすくめた。
「だが、ああでも言わねーと、あのオッサン、週刊誌にコイツを持ち込むだろうが。女優経由で親分に苦情がいけば、竜二も悲しむ。そいつだけは避けねェとな」
「……へぇ〜」
予想外の言葉に、光一は思わずニヤニヤ笑い。
「……なんだよ?」
御堂が不満顔で問いかけるも、光一は嫌な笑いを浮かべて、そらっとぼけた。
「別にィ〜?」
てっきりネガを元手にヤクザでも脅迫するのかと思っていたが、事実は光一の予想を大きく外れた。
所長が誰かを他人を思いやるなんて、意外な一面もあったものだ。
「じゃ、それ持ち帰ったら全部燃やそっか」
「いぃや、事務所に持ち帰る必要はねぇ。そこらの河川敷で充分だろ」
「河川敷まで行く方が面倒だよ。事務所の台所で焼いちゃった方が早いって」
「台所で焼くのか?後が臭くなるから嫌なんだよなァ……」
といった遣り取りの末に、結局、所長の自宅の庭で焼くという結論に落ち着いた。

庭と言っても猫の額ほどのスペースだ。
「すぐに消せば大丈夫だよ」
たき火をしたら近所迷惑だと渋る御堂を説き伏せて、光一が火をつける。
端っこにつけた火は瞬く間にめらめらと全体に燃え広がり、ネガを焼き尽くしてしまった。
「あっちっちっ!」と光一がネガを取り落とした瞬間、間髪入れず、小さな庭に突風が巻き起こる。
「わぁっ!」
たちまち庭中の枯れ葉やら煙草の吸い殻やらが、燃えたネガと共に空に舞う。
ムッとして光一が所長を睨みつけると、彼は馬鹿笑いしていた。
「ちょっと、いきなり何するんだよッ。目に砂が入っちゃったじゃないか!」
「いいじゃねーか、庭の掃除にもなって一石二鳥だろうが」
確かに庭のゴミは一掃された。
けど、その代わりアパートの前の道路が大変な状況になっているはずだ。
「また大家さんに怒られちゃうだろ!?どうせ真っ先に疑われんのは、俺達なんだし!」
「いいんだよ、ほっとけ、ほっとけ。大家のオヤジが怒ったところで怖かねーだろ」
光一の苦情も何のその。窓際に腰掛けた御堂は煙草に火をつけ、ほぅっと一息。
見上げれば、透き通るほどに空が青い。
この間、夜通しヤクザの本拠地でドタバタ暴れたなんて事が、まるで夢のように感じる晴天だ。
「怖くないけど、うるさいんだってば!聞いてる?所長ッ」
「はーぁ、光一。今日の仕事は休みだ、俺は寝てくる。お前も今日は、ゆっくりしろ」
全然聞いていない。
それどころか、平日だというのに堂々の休み宣言まで。
早くも布団を敷き始めた御堂に追いつくと、光一は尚も説教をかまそうとしたのだが。
「この歳で徹夜は辛ェんだよ……ふわぁ〜〜ぁ」などと大口であくびをされては、無理強いもできず。
「ったく。徹夜が苦手って、どんな探偵だよ……」
豪快ないびきと共に眠りに入った彼をジト目で睨みつけながら、光一は一人、小さくぼやいたのだった……