act8 懐かしき故郷

数日後――

装置の真上に出現した不確定な『門』の行き先は、シャウニィ曰くファーストエンドだと判明。
かくしてソロン一行は故郷へ凱旋しよう、ということになった。
ただ、あれだけの戦闘があった後だけに、王都の処理は手間取っていた。
グレイグもテフェルゼンも事後処理に追われているのか、ソロンの見送りにも顔を出せないようだった。
よって彼らの見送りに現われたのはハリィ達傭兵と斬率いる数名のハンター、及びエリック司祭とラルフぐらいなもので。
魔族を追い払った英雄の見送りにしては、少々寂しい人数ともいえた。
「さってっと。荷物はこれで、じゅーぶんかなっと♪」
ナップザックに、これでもかというぐらい本や雑誌を詰め込んで、シャウニィはホクホク顔のご満悦。
ギルドに提出する用のレポートは、もう書き終えている。これらの本は、自分用の研究資料だ。
そんな彼を呆れた目で見守りながら、ハリィは一応忠告をしておいた。
「持って帰るのは構わんが、向こうでの翻訳は困難を極めるぞ?」
「ンぁ?なんでだよ」
ハリィは肩をすくめると、青く晴れ渡った空を見上げた。
「門を抜けてやってくる異世界人にはな、ワークス神の加護がかかるんだ」
「ワークス……神様、なの?」
ティルの問いに頷き、ハリィは続ける。
「言語神、とでもいうのかな。科学的に証明されちゃいないんだがね。とにかくワークスの加護を受けた人間は、俺達と普通に会話できるってわけさ。だが門を抜けて戻ってしまえば、加護もなくなる。従ってワールドプリズの本も読めなくなる……」
「昔は、それで揉め事も起きたそうですよ」と続けたのは、エリック司祭だ。
「異世界の住民から苦情が届いたり、ね。それ以降、門を開けるのは慎重になったようです。それまでは異世界との流通も盛んでしたが……」
ふぅーん、とつまらなさそうな顔をして聞いていたシャウニィは、聞き終えるや否やニヤリと口の端を歪める。
「俺はそいつらとは違うぜ。読めなくなったら自力で解読すっからよ。それが研究ってもんだろ?」
「あら、最後の最後で魔術師らしいことを言うじゃない」
ティルに茶化されて、黒エルフは偉そうに胸を張ってみせた。
「まーな。伊達にファーストエンド最強の召喚士を名乗ってるワケじゃねぇんだよ」
だが「最強って割に今回は、最後になるまで役立たずだったけどなぁ」なんて同じぐらい役立たずだったキーファに言われては。
さすがのシャウニィも、ピキキッと額に青筋を立てて彼に詰め寄った。
「最初から最後まで役に立たなかった奴に、そこまで言われる筋合いねーんだけど?」
そこへ、ぶらぶらと歩いてきたのはソロン。
「よォ、何揉めてンだ?」
至って気楽な彼にティルが逆に問い返す。
「何って、ソロンこそドコに行っていたの?これから帰るっていうのに」
「ン?あァ、近くをブラブラ散歩してきたンだ。俺が知ッてる景色ッてなァ、船の上と森ばッかだったかンな」
そう言われてみれば、ティルだって覚えている景色は山の中ばかりで。街の中など、全く覚えていない事に気づく。
今度来る機会があったら観光という目で街を歩いてみるのも楽しそうだ。ワールドプリズ行きのゲートが再び開けば……だが。
「ソロン、何持ってるんだ?」と、今度はキーファに尋ねられ、そのうちの一つを高々とあげてソロンが答えた。
「そこで拾ッてきた」
木の実、ドングリだ。それと枯れ葉。
ワールドプリズは秋を終え、そろそろ冬支度に入ろうとしている。
「こンなンでも持って帰ってやりゃあ、なんかの研究になるンじゃねェかと思ッてよ」
「そうね、じゃあ私も持って帰ろっと。ハリィ、この辺で花の咲いている場所ってある?」
放っておけば、どこかへ勝手に出かけていきかねない彼女に、ハリィが歯止めをかけようとした瞬間。
さっと彼女の前に、色とりどりの花束が差し出される。
「わぁ、綺麗!」
受け取ろうとして、差し出した相手の顔を見上げたティルは思わずポカーンとなってしまった。
なんと、花束を差し出したのはルクであった。
あれだけ散々胸ペチャだの貧乳だのと人を罵りまくった相手が頬に朱を差し、どこか照れた様子で花束をつきだしている。
「……受け取れよ。欲しいんだろ?花」
ぶっきらぼうな彼の弁に、ついティルも警戒して「な、なんの真似?」と身構えてしまう。
「別に。大佐が、あんたに買ってこいっていうから買ってきたんだよ」
俺は何も言っていないぞ?そう思ったが、ティルに目線で尋ねられた時には、ハリィは目線で微笑んだ。
ここで本当の事を言えば、ルクを傷つけてしまう。ティルも警戒して、受け取ろうとはしないだろう。
それにしても、別れに花束を買ってくるとは。ルクにしては洒落た行為だ。
「いらないなら捨てるぞ」
「いらないとは言ってないでしょ!受け取っておきます、ありがとう」
バッとルクの手から花束をもぎ取って、自分の胸に抱きかかえると。改めてティルは、ルクへ頭を下げる。
「……ホントに、ありがとう。あの時は色々言っちゃって、ごめんね。あなたの気持ちも考えずに、私」
「あー、あー、いい、いい」
ティルの謝罪を、ぞんざいに遮って。
明後日のほうへ視線を逃しながら、ルクもボソリと呟いた。
「俺も、その……言い過ぎた。悪かったな、ペチャだの貧乳だの言っちまって。あんた、年の割にレピアより小さいから……けど、これから大きくなる可能性だってあるよな。まだバーサンじゃないんだし」
一応謝っているつもりなんだろうが、どうも余計な一言の多い青年である。
ビキビキと、こめかみを引きつらせながら、ティルは無理に微笑んだ。
「い、いいのよ。私の胸の大きさなんて、どうでも」
「さて!」
パン、と大きく手を打ち、皆の注目を浴びたラルフが場を見渡した。
「そろそろいいか?いつまでも出現しているとは限らない。門を抜けるなら、早くした方がいいぞ」
「あ、うん。それじゃ……」
歩きかけて、ハリィと目があったティルは小さく微笑む。
「ハリィも色々とありがとう。もしファーストエンドへ来ることがあったら、その時は連絡してね?」
「あぁ、是非とも遊びに行きたいもんだね。機会があったら」
ちら、と門を一瞥してから、ハリィも微笑んだ。
「なら、今すぐ行こうぜ!俺達と一緒に」
早速ソロンに誘われたが、取られた腕をやんわりと引きはがし、ハリィは丁寧に辞退する。
「今は無理だよ。海軍との不始末も決着をつけていないし、この件で王様に呼ばれるとも限らないからね」
今は迂闊にフラフラ出歩けない。
海軍との間に生じた誤解を解かなくてはいけないし、事後処理もあるし、なんといっても報酬を受け取っていない。
それと悪魔――今回は大人しく帰ったようだが、再戦がないとは限らない。
そもそも何故、何度も彼らはワールドプリズへ接触を重ねているのか?それも調べなくてはいけないだろう。
全てが終わった後になら、異世界の門を開くチャンスもあるはずだ。
その時はグレイグも誘って行ってみたいものだ。ソロン達の生まれた世界、ファーストエンドへ。
「……で、問題はどうやって入るか、だが」
門は装置の上空、すなわち空中に浮いている。
来る時はマクリゥスが呪文を唱えて降ろしてくれたが、今回は降ろしてくれる術者もいない。
パンパンのリュックを足下に置いてシャウニィが見上げれば、ソロンはあっさり結論を出した。
「よじ登るしかないンじゃねェか?」
装置を、よじ登ろうという。
だが身軽なソロンやキーファはいいとしても、ティルは花束を抱えているし、シャウニィに至ってはローブに大荷物。
たとえリュックを諦めたとしても、よじ登れるとは思えない。
「え〜!私、両手が塞がっているのに」
反対するティルを、キーファが冷やかした。
「花束なんてチャラチャラしたもん貰って喜んでっからだよ。どうせ持って帰ったって、すぐ萎れっちまうぜ?荷物になるから捨てていけよ」
「嫌よ!せっかくルクがくれたのよ?仲直りのシルシにって!」
「いや、だからそれは大佐が」
間髪入れず口を挟んだルクは「あなたは黙ってて!」とティルに怒られ、口をつぐむ。
結局キーファとティルの喧嘩を仲裁したのは、ハリィでもルクでも斬でもなく。
後方で小さく呪文を唱えていたルリエルであった。
彼女が呪文を解き放つと、ソロン、ティル、キーファ、そしてシャウニィの体が、ふわりと宙に浮く。
「お?飛ばしてくれるッてのか」
ソロンの問いに頷き、ルリエルは両手を天へ掲げた。
「少し荒っぽくなるけど……我慢して」
それに対して、いいぜとソロンが頷くよりも早く。
真上へ体が引っ張られる感触と同時に、あっと思う暇もなく体は門の中へ放り出され、吸い込まれてしまった。
「……行って、しまったな」
誰に言うともなく、ソウマが呟く。
「ん?あぁ。行っちまったな」
ジロも頷き、門を見上げた。
心なしか黒い空間は、徐々に小さく形を変えながら、消えていこうとしているようにも見える。
いや、消えようとしているのだろう。確実に、最初に見た時よりも小さくなっていた。
「ソウマ、お前は旅を続けるのか?」
斬に問われ、ソウマはルリエルの顔を素早く一瞥した後、頷いた。
「あぁ。悪魔も入り込んでいたんだ、きっと何処かに精霊も生き延びているさ。俺は、そう信じている」
「そっか。んじゃまー頑張れよ」
あっさり流すと、ジロは斬を見た。
「叔父さん、俺達はどうするんです?ギルドに戻るんスか?あ、そーいや、お袋が会いたがっているようでしたけど」
斬は、しばし考え込んでいたが、くるりと踵を返して歩き出す。
「ギルドへ戻ろう。馬車の時間には、まだ間に合ったはずだ」
「おばさんに会っていかないんですか〜?」とは、スージ。
「おばさま、すっごく会いたがっておりましたわよ?家宝をお借りしたお礼も兼ねて、一度顔を出されたほうが宜しいんじゃなくて?」
エルニーも一緒に引き留めたが、斬の足は止まらない。
あの後、アルテルマはアルに頼んで持ち主の元まで輸送して貰った。
二度のドラゴン来訪でクレイダムクレイゾンはパニックに陥ったかもしれないが、彼女とは顔を合わせたくなかった。
なおも会え会えと騒ぐ三人へ振り向くと、ギルドマスターは淡々と言い返す。
「会っても構わぬが、その分だけ仕事復帰が遅れる事となろう。お前達の給料も、その分減ってしまうが……いいのか?」
「よくない!」
真っ先にジロが反対し、斬の腕を取って走り出した。
「急ぎましょう、叔父さんっ。走れば前の便で帰れます」
「あ、ちょっと、ジロォ!」
「ま、待ちなさいジロッ!」
遅れてスージとエルニーも走り出し、ルリエルとガロンはポツンと見送っていたが。
「ついていかないのか?」とのソウマの問いには、首を真横に振り、ルリエルが彼を見上げる。
「……私、あなたの旅についていきたい」
「え……?で、でもギルドの仕事は?」
突然の同行宣言に戸惑うソウマの代わりにエリックが尋ねた。
「生き残りを捜したいんですね?」
「えぇ」
ルリエルは頷き、どこか遠くを見つめる。
「門が頻繁に開くようになった……これはきっと、何かの前兆。その理由を調べる為にも、旅に出ないといけない。仲間を捜す以外の目的も兼ねて」
「でも、斬には?マスターに事情を話しておかないと、あとで厄介な事に」
納得しかねるソウマの肩を軽く叩き、ラルフが微笑む。
「彼には俺から話をつけておくよ。ルリエルが一緒のほうが、君だって精霊を探しやすくなるんじゃないか?」
悪魔だって、連れ立って仲間を捜していたぐらいだ。
そう言い含められ、ソウマも考え直す。ルリエルが一緒のほうが断然心強いのは、確かだ。
彼女だって閑職ギルドで油を売っているぐらいなら、一刻も早く同胞に会いたいだろう。
「よし、一緒に行こうか」
手を差し出すと、おずおずと手を握り返し――たりはせず、紫髪の少女と巨大犬は無表情にさっさと歩き出す。
「お、おい、待ってくれよルリエル!行く宛はあるのかい?」
慌てて追いすがるソウマに振り向きもせず、彼女が答える。
「とりあえず、馬車の停留所へ行きましょう。行き先を決めるのは、それからでも遅くないわ」
傍らでウォン、とガロンにも吠えられて。ソウマはガリガリと頭をかいた後、諦めの溜息を漏らす。
「……判ったよ。じゃ、とりあえず停留所に行きますか。あ、それじゃ皆、またな」
ハリィ達へおざなりな挨拶を残すと、あとはルリエルの後を追いかけ、追い越し、横に並んで歩き去っていった。
「まったく、仲のお宜しいこって」
ボブが小さくぼやき、リーダーを見た。
「俺達も帰るか?」
「皆は、いつもの酒場に行っててくれ。俺は王宮へ様子見に行ってくる」
ハリィが答え、歩き出すのへルクがついてきた。
「俺も一緒に行きます」
「おいおい、様子見なんざ大佐一人で充分だよ」
たちまちジョージが冷やかして、レピアやボブもワルノリする。
「ルク、お前ってやつぁ、まるっきり子犬だな!ハリィ大佐〜、どこへでもご一緒しますワンワンってな!」
「一度迷子になってから、すっかりホームシック病が板についちまったんだね。けど、あんまりつきまとうと嫌われるから気をつけなよ?」
するとルク、くるりと振り向いて、きっつい一言をお返しした。
「そいつは、お前のことか?レピア。俺は嫌われないよ、時と場所をわきまえてっからな」
「こ、このォ!まちなよ、ルク!!」
青空にレピアの大声が響き渡り、皆の笑い声が木霊した。
あぁ、全く久しぶりだ。こんな風に笑う事が出来るなんて。
久しく心から笑っていなかった事実にエリックは気づき、そっと微笑んだ。
ありがとう、異世界の住民よ。
なんだかんだでワールドプリズの問題事を一つ片付けてくれて、心より感謝します――


「ぶわッぱぁ!」
暗闇を通り抜けて、落ちた先は水の中で。
またかよ、と思いながら身を起こしたソロンは、風呂の中の人物と目があった。
「キャアアアァーーーー!イヤァッ、エッチィ、ドスケベェ!」
野太い声を張り上げ、タオルを体に巻こうとして巻ききれずに失敗した素っ裸の人物こそは。
いつもバラク島のギルド受付に座っている、赤ら顔をした三段腹のギルドマスターではないか。
股間には、お粗末なモノがブランブランと揺れている。紛れもなく、彼が男であるという証拠だ。
「キャーじゃねェよ、こっちがキャーだッての」
ぶつぶつ文句を言いながら、びしょ濡れのソロンは周囲を見渡す。
ティルもキーファもシャウニィもいない。また時間差で別々に落ちたのか。
「男の来訪は歓迎してないんぢゃよ、チミィッ!早く、早く出ていきたまえ!」
口から汚い唾を飛ばして喚いているデブオヤジを背に、ソロンは首をフリフリ風呂場を後にする。
どうせまた、皆は酒場に集まっているんだろう。
報告レポートは、シャウニィが持っていたはずだ。なんにせよ、報告は後だ、後。
今は、たらふく飯を食って、何も考えず、ゆっくりベッドで休みたい。
濡れ鼠の格好でウーンと大きく背伸びした瞬間、がらんと激しい音を立てて、何かがソロンの懐から落ちる。
何かと思って拾い上げてみれば、見覚えのない機械だった。
確か、これと同じ物をハリィが使っていたような?通信機……って言うんだったっけ。
ぐるぐる適当にツマミを回してみるが、ウンともスンとも動かない。
「……ま、いッか」
何故これが自分の懐に入っていたのか。深く考えもせずに懐へしまい直すと、ソロンは歩き出した。
見覚えのある大通りを、バラク島の酒場へ向かって。

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