キタキタ
8.さよなら、ビアノ!?
ソラの通うデスプリット・アカデミーの学園祭は七日間行われる。
最後の出し物こそが学園祭の目玉でもあるミス・デスプリット大会だ。
所謂ミスコンである。
毎年、一部の女子の反対を押し切って開催されている。
「今年も時子サンの一人勝ちですかな!?」
むふんと鼻息荒く男子生徒が呟くのへは、別の生徒が反論する。
「いや、今年は一年にも可愛い子がいっぱい入ってきたから判らんぞぉ?まさかの敗北もあり得るかもな」
ソラとしては時子がグランプリを取って欲しいような、しかし取ってしまうと、ますます人気が出てしまうようなで複雑な気持ちなのだが、出場は本人の意志で行われるのだから、つまりは時子も選ばれたい意識があるわけだ。
ならば、自分は懸命に応援するしかない。
それにしても、不穏なのはビアノの動きである。
初日に演劇を邪魔して以来、何の音沙汰もない。
どこに隠れ住んでいるのか時子や加賀見の情報網をもってしても、つかめていない。
もしまた奴が現れるとしたら、ミスコンの開催中ではないかとソラは踏んでいる。
というより今日で学園祭が終わってしまうので、出てくるとしたら、そこしかない。
そして、ソラの予感は見事的中した。
できることなら、的中などして欲しくはなかったのだが……


『エントリーナンバー501!周防 美奈子さん』
次々と名前を呼び上げられ、水着に扮した美少女達がステージへあがってくる。
その中には時子の姿もあったが、それよりもソラを驚かせたのは倶利伽羅 繭優の存在だ。
大人しく、こういった派手なイベントの似合いそうにない彼女が、ワンピースの水着姿で立っている。
参加資格は推薦なし、本人の意志のみでのルールだから、繭優本人が希望したのは間違いない。
それでも恥ずかしそうに指を組みステージの端っこに立つ彼女は、ソラの目から見て場違いに思えた。
「L・O・V・E、まゆゆった〜〜〜ん!」
背後では、デブッチョの小男が同じはっぴを着た仲間達と野太い声援を張り上げている。
はっぴには『まゆゆたん親衛隊』と書かれていて、ソラが思うよりも繭優は人気者であるようだ。
別方向からは「時子さ〜ん、V5女王の貫禄見せたれー!」と、これまた熱い声援が飛び交って、ミスコン会場となったホールは、司会の声もよく聞こえないぐらい騒然とした。
時子は赤いビキニだ。
着やせするタイプなのかビキニ姿の彼女は、いつもより胸が大きく見える。
加えてウェストのくびれ、健康的なお尻の大きさ。
見ているだけでソラはドキドキ胸が高鳴ってきた。
ソラの前に座る男子生徒などは「ハァハァ、あのデカバストに顔を埋めたい」と、よからぬ妄想に浸っている。
顔を埋めるなんて、恐れ多い。でも、ちょこっと触るだけなら……
自分までよからぬ妄想に浸りそうになり、ソラは慌ててブンブンと激しく首を振った。
いけない。
男子が皆こんなだから一部の女子にフケツだと反対されてしまうのだ、ミスコンは。
真剣に美を競っている参加者にも失礼だ。
「時子さん。が、がんばれ〜」
大声を出すのは恥ずかしく、ソラは小さくボソボソと応援したが、大騒ぎの中では聞こえるはずもない。
けど、あちこちに手を振って愛想を振りまいている時子が、一瞬こちらを見たような気がして、ぐぐんとソラのテンションが上昇した。
「ほら、もっと大声出していけよ」と、隣に座った男子がソラを煽ってくる。
「とっ、時子さ〜ん!頑張って〜!」
もうちょっと大声を張り上げたら、今度は確実に時子がこちらを向いて手をふってくれて、だから、テンションマックスまで高まったソラは気づかなかった。
繭優が驚愕に目を見開いて、こちらを凝視していたことに――!
――ソラくんに大声で応援してもらえるなんて!何様ですの、あの、時子とかいうオバン!!
さすがに声に出して罵りこそしなかったものの、繭優の心境は穏やかではいられない。
何しろ、ソラの賞賛を浴びたいが為に出場したようなもんである。
彼の賞賛が余所へ向けられては、出た意味がなくなってしまう。
繭優は苛々しながら、ミス・デスプリットのプログラムを確認する。
デスプリット・アカデミーのミスコンは他とは一風違っていて、容姿の美しさを競うだけではない。
心・技・体、全てを兼ね備えた者だけが優勝できるとし、その実態はミスコンというよりもトライアスロンであった。
中でも熾烈を極めるのは、乱闘水中バトルである。
全員が同じプールに入り、殴る蹴る、あらん限りの妨害をつくして最後まで耐えきった奴の勝利となる。
一体どの辺に美が要求されているのか、いまいち繭優には理解できなかったが、これを利用しない手はない。
皆の前でビキニを脱がしてやる。全裸で赤っ恥をかくといいわ!
大勢の男子生徒の目にさらされて恥じらう時子を想像し、繭優は己の怒りを静めた。

茶道、華道、長刀に書道。
料理や掃除など、女子力を見定める競技が次々と終了していく。
多くの脱落者を出しながら、でも本命はしっかり残ったまま、いよいよ目玉の乱闘水中バトルが始まろうとしている。
毎年水着を脱がしたり脱がされたりで、必ず誰かが裸になるので、その意味でも注目の的な競技である。
というのはソラも先輩方から聞かされているので、気が気じゃない。
幸いにも、時子は一度も脱がされた回がないらしい。
あんな布きれ二枚なくせして、意外とガードの堅いこと。
選手がプールへ入るとギャラリーもプールへ移動し、金網越しに鼻息荒くスタンバイ。
『さぁ、いよいよ本コンテストの大目玉、乱闘!水中バトルの開始です〜ッ』
司会の声と重なるようにして、男達の「おぉー!」という鬨の声が響き渡る。
それと、ほぼ同時だった。
「そこまでよ!」
甲高い声が野太い鬨の声を切り裂き、誰もがあっとなって声の方向へ目を向ける。
高速回転で飛び降りてきてプール脇の通路に降り立った人影こそは、ビアノではないか。
何故かは知らないが、蓑虫みたいに白いマントにくるまれて。
ビアノは司会からマイクをもぎ取ると、大声で捲したてる。
『挑戦者、現る!あたしの掴んだ情報によると、勇者の子孫は女だわ!!つまり、この大会に出ている可能性大ってことよ!』
何を言い出すやら、今度はミスコン参加者が怪しいと疑いをかけてきた。
「そんなの知るかー!」「出てけー!」
大不評の非難が飛び交うも、ビアノは全く堪えていない。
『あたしも参加するわ、いいわね司会さん!?』
「い、いや、しかし参加資格は一応このアカデミーの女子生徒ってことで……」
しどろもどろな司会を蹴ったおし、ビアノは再度宣言する。
『飛び入り参加、ビアノ、参る!』
宣言しただけではなく、白いマントを脱ぎ捨てると、そこにはナイムネながらも体にぴっちりフィットしたピンクのビキニが現れた。
「こ、これはこれで……」
「ロリかぁ、いいねぇ」
などと節操のない声も上がる中、乱闘水中バトルは、なし崩しにスタートを切った。
「みんな、狙うはビアノよ!まずは邪魔者を皆で叩き潰し、キャアッ!」
仕切ろうとした二年の三奈子が言葉途中で胸元を隠す。
別の手が伸びてきて、彼女のブラを奪ったせいだ。
「な、何するのよ、早苗!」
早苗と呼ばれた参加者は意地悪く笑い、三奈子のブラを弄ぶ。
「誰があんたに仕切って欲しいって頼んだのよ?料理でだいぶ得点稼いだみたいだけど、ここで脱落してもらうわ!」
ぐわっと両手を伸ばした瞬間に、今度は後ろから伸びてきた誰かの手が早苗の股間を掴んでくる。
「ひゃんっ」と叫んだ早苗は三奈子の反撃でタンキニをお腹の辺りまでズリさげられ、またまた悲鳴をあげるハメに。
もちろん、この攻防には金網越しの男達も黙っちゃいない。
「うおおぉぉぉっ!!」と鼻息荒く金網に詰め寄って、フンガフンガ見入っている。
視線を横にずらしたフィールドでは、女子二人がにらみ合い。
「幸代、おっぱい大きいよねぇ……そんなに大きかったら、皆にも見て欲しいんじゃないの?」
可愛い顔して外道な発言を吐き出す美保に、言われた幸代がカッとなる。
「なっ、わたしの胸は馬の骨に見せる為に大きくなったわけじゃないんだからぁっ」
「じゃあ揉まれる為に大きくなったの?」
飛びかかってきた美保に、掴ませまいと爪を立てて幸代も抵抗する。
だが、美保の動きはフェイントで、後ろから近づいてきた由香里が幸代の胸を、むんずと鷲づかみ。
「やぁんっ」
幸代は激しく身をよじるが、よじればよじるほど、由香里のモミモミスピードも速まってゆく。
「おぉっと、幸代サンは敏感ですねぇ〜。あたしのマッサージが、そぉんなに気持ちいいですかぁ?」
「ひ、卑怯よ、二人がかりだなんて……!」
「二人がかりが駄目ってルールはないですよ」と、由香里。
「水中乱闘を舐めているから、そんな言葉が出ちゃうのよ」
意地の悪い笑みを口元に浮かべたかと思うと、一転して美保は天使の笑顔を作り、幸代に接近する。
「な、なにする気……あ、あぁっ!」
とぷんと美保が水中に消えた直後、幸代のクチからは、あられもない嬌声が漏れる。
「だ、駄目、そこ、わたし、わたし、弱いのぉっ」
「こっちも弱いみたいですけどねぇ〜。ほらぁ、立ってきましたよ?」
くりっくりとヒラヒラビキニの上から先端を摘まれて、幸代は由香里と美保のコンビネーションに為す術もない。
幸代が声をあげるたびに金網の向こうでも「フゴォォォ!!」と声があがり、前屈みの男達が金網に張り付いている。
フゴォの中から抜け出したソラは、一歩下がって時子の姿を目で捜す。
あ、いた。彼女は五人に囲まれていながら、ヒラリヒラリと執拗な攻撃を受け流していた。
水の中だというのに、無駄のない動きだ。
何か武術でも嗜んでいるのだろうか。
さすが毎回優勝しているだけはあって、時子は心配なさそうである。
次にソラが探したのは繭優であった。
「倶利伽羅……あれ、倶利伽羅?」
見あたらなくて焦ったのも一瞬で。
「まゆゆったぁぁん、かっこE!」
親衛隊の声援が向かう先に、彼女はいた。
ちょうど今、にらみ合っていた女子をK.Oした処であった。
「さすが、まゆゆたんですなぁ〜。水着を奪うのではなく、相手のギブアップを狙うとは」
感心した様子の親衛隊へ、ソラは尋ねる。
「どういうことだ?」
すると親衛隊は自分の行為を自慢するが如く、ソラへ鼻高々に語ってきた。
「相手の顔を掴んで水に沈めたんだよ。相手に恥をかかさず正当法で勝ち抜くまゆゆたん!さすが俺らのまゆゆたん!」
相手を溺死させようとは、とんでもない女の一面を見てしまったような気もする。
だが、おぼれさせてギブアップを狙うのと、水着をはぎ取るのとでは、どっちが美しいかと言われたら。
……う〜ん。
この競技、本当に女性の美を競うものなのか?
疑問が生じないこともないソラであったが。
「ほーら、見てよ皆!幸代のご開帳〜!」
甲高い声につられて、そっちを見た時には他の皆同様、ソラも「うおぉぉうっ!」と叫んでしまったのであった……

乱闘だったプールの中も次第に人数が減っていき、ついに残ったのは、わずか四人。
余裕の時子、辛勝ながらも正当法で勝ち残ってきた繭優。
そして水着剥ぎ取り王者の美保と、あと一人はビアノ。
ビアノが何処でどんな乱闘を繰り広げていたのかソラは見逃してしまったが、見ていた連中によると「あのチビッ子、えげつねぇ手を使いやがる」とのことで、残ってはいけないモノが残ってしまったようでもある。
「戦う前に一つはっきりさせておきたいんだけど」
時子が話し始めたので全員が聞き入り、しんとなる。
「勇者の子孫って、外見的特徴はないの?例えば、お尻に星のアザがあるとか」
「あるわよ」と、ビアノ。
「どんな!?」
驚く美保と繭優を一瞥し、すぐにビアノは時子へ向き直り、答えた。
「お尻の穴の近くに黒子の三連星があるの」
「そ、そんな処!自分じゃ見えないじゃないっ」
引きつった表情で美保が叫び、繭優もドン引きする。
「他の人にも見られたくありませんわ」
「そうよ。だから、あたし、ずっと調べてまわってたんだけど、ここまでの間には一人もいなかった」
淡々と語り、ビアノは三人の顔をゆっくりと見渡した。
この中に、勇者の末裔がいる。
なぜだか判らないが、ビアノは確信しているようだ。
「調べていたって、どうやって?」と、時子の疑問には指を組み合わせ、人差し指を立てて笑う。
「こうやってズボッ!とお尻に指突っ込んで、隙が生まれた瞬間に無理矢理脱がして調べたのよッ」
「ひぃっ!」
俗に言うカンチョーか。
そんな真似、水中でやられたら、たまったもんじゃない。
最悪皆の前で実が出てしまったら、どう責任取ってくれるのか。
美保が文句を言うと、ビアノはサラリと答える。
「出た奴もいたわよ?今頃は控え室で泣いているんじゃない」
「あ、悪魔だ……悪魔だわ、こいつっ!」
タジる美保と比べて、繭優と時子は幾分冷静だった。
「要は、やらせなければ宜しいのですわ」と繭優が薄く笑い、時子も苦笑で付け足した。
「さすがビアノちゃん、斜め上ね。それじゃ悪いけど、決勝戦は三対一といきましょうか」
「三対一!?」と素っ頓狂に声を張り上げる美保を流し見て、時子が場を取り仕切る。
「そうよ。夕霧さん、あなただって皆の前で実を出したくないでしょう?」
「三対一……望むところよ!」
やる気満々なビアノを前に、三対一の変則マッチが幕を切って落とされた!
「あたしに任せて!」
先陣を切ったのは美保だ。
ビアノを上から押さえつけようと襲いかかるも、直前で水中に逃げられる。
「くるわよっ」と、時子。
繭優も内股で身構えると、お尻を庇うように両手を当てる。
戦う前に手の内をまんまとバラすとは、頭の足りない小娘だ。
とにかく、お尻さえカバーしていれば大丈……ブッ!!
「おはうっ!」
お嬢様らしからぬ悲鳴をあげて、繭優がくの字に体を折り曲げる。
「ど、どうしたの、繭優ちゃんっ」
慌てる先輩二人の前で、ぷるぷると小刻みに繭優は体を震わせた。
何かが、思いっきり繭優の"前"に指を突き入れてきたのだ。
これは、たまらない。
「だ、駄目……いや、痛っ……」
苦悶の表情を浮かべる繭優には、親衛隊も身を切り裂かれる想いだ。
「ビ、ビアノー!許さんぞォーー!僕らのまゆゆたんを虐めるなんてェー!」
ガッチャガッチャと金網を揺らして怒り狂う親衛隊。
中でも一番鼻息が荒いのは、隊長の鳥居だ。
「まゆゆたん、体を折り曲げて痛がっているってことは……ま、まさか乙女の花園に、指が!?ゆ、許せないビアノッ。そこを攻撃していいのは、俺だけに許された特権だぞぉ。ハァハァッ」
勝手に変な妄想にまで発展して、一人で涎を垂らしている。キモイ。
「そこ、動かないで!あたしが水中で仕留めてあげるっ」
勇ましくも美保が潜り、時子は潜らず繭優へ近づく。
だが美保の目がビアノの姿を確認する前に、奴には逃げられてしまった。
「傷がついてしまったかもしれないわ、大事を取って保健室で見てもらいなさい」
繭優を気遣う時子だが、当の本人には拒否されてしまう。
青ざめて苦痛の表情を浮かべていても、繭優は気丈に言い返してきた。
「い、いいえ。最後まで戦います……せめて一矢報わせて下さい、ビアノに!」
決死の根性には胸を打たれたか、美保も時子も黙って頷く。
「それじゃ、共同作戦と参りましょうか。二人とも、耳貸して」
乙女三人は何やらヒソヒソ内緒話をしていたが、迫り来る何かの気配に「散って!」と時子が合図を出し、三人は一斉に散り散りバラバラに散開する。
これにはビアノも「えっ!?」となり、アテが外れた格好で油断と隙が生まれるのを、黙って見逃す三人ではない。
「今よ、美保さん!」
時子の号令に美保がザバッとUターンしてきて、ガバッとビアノを押さえつける。
ナイムネへ背後から手を回し、ビキニの上から突起をつねりあげた。
「あぎぃぃぃっ!?」
それだけじゃない。
時子もUターンして、こっちはビキニの下、股間を思いっきり握りつぶした。
「ギャピィィィッ!!」
トドメとばかりに繭優も振り返り「時子さん!」と合図を送る。
時子も目で頷き、二人がかりでヨイショっとばかりに担ぎ上げて、日の元にビアノの小さな体を晒け出した。
もちろん、時子の片手は渾身の握力でビアノの股間を握りつぶしたままだ。
「ぎょへぇぇぇ」
半分白目でだらしなく舌を出すビアノを見、にやりと美保が口の端をねじ上げる。
「さぁ、見て皆!魔王の娘のご開帳〜!」
時子がパッと手を離した瞬間、美保の手によりビアノのパンツがずるっと降ろされ――
金網の向こうで「お……おげえぇぇっ!!?」という、野郎どもの野太い悲鳴が響き渡った。



あの学園祭から、一ヶ月経った。
ソラは今も貧乏苦学生ながら、アカデミーに通っている。
屈辱のご開帳の後、ビアノは「お、覚えていなさいよ勇者の末裔ども!」と負け犬の遠吠えを残して消えた。
それ以来、とんとご無沙汰している。
ミスコンは時子が優勝した。
時子のおかげで邪魔者が排除された功績を讃え、他の二人が辞退したのだ。
ソラは時子と楽しく雑談をし、たまには繭優と昼飯を一緒したりして、穏やかなキャンパスライフを送っている。
ビアノもいなくなったし、これで全てがめでたし、めでたしだ。
「あとは……そうだ、MURUDAに行かなきゃ。そろそろ靴下がすり切れる」
ぶつぶつと呟き、ソラはMURUDAへ一歩入りかける。

そんなタイミングだった。
突然、グイッと引っ張られる感触を背後に受けたのは。

「待て!お前は魔王の娘の消息を知らないか?知っているはずだ、なぜならお前は」
呼び止めたのがタイツの少年だと判るや否や、ソラは脱兎の勢いで走り出す。
やっと平穏に戻ったのだ。
今更魔王の関係者に関わって、またあいつと再会するハメにでもなったら!
だが、敵も然る者。追いかけてきて、先回りしてソラを通せんぼする。
「話を最後まで聞け。お前は勇者の末裔で」
「あー!聞こえない、聞こえない!!俺には何にも聞こえないッ」
「尻の穴の側に黒子が三つあるはずだ!知らないとは言わせないぞ」
「なんで君が知ってんだよ、俺の尻の黒子なんか!!」
というか、そんな黒子が自分にあるなんてソラ自身も知らなかったのだが。
タイツ少年はニヤリと笑い、ソラを睨みつけた。
「この間寝ている時、じっくりと拝ませてもらった」
「ギャー!おまわりさん、この人変態です!!」
再び始まる追いかけっこ。
逃げるソラに追いかけるタイツの少年、名をゼヒロ。
ソラの必死な光景を見ながら、ポツリと呟いた影一つ。
「……やっと見つけた。あたしの王子様にして、最大のライバル」
小柄な体躯。鮮やかな桃色の髪の毛が目に痛い。
少女はソラを見つめて薔薇色に頬を染めると、だっと走り出す。
「見つけたわ、運命の人!あなたとあたしは結ばれる為に生まれてきたの!だって魔王の娘と、勇者の末裔!切っても切れない愛の楔!」
ソラとゼヒロの追いかけっこへ加わる為に。



おしまい