小春日和

slow*snow

冬休みのある日、広瀬親子と俺の家族とでスキー旅行へ出かける計画が持ち上がる。
姉さんだけは「オッサンが一緒なら絶対行きたくない」と最後まで粘っていたけれど、結局全員で釧路へ向かった。
俺は勿論、賛成だった。
光昭さんはともかく高明と一緒に旅行できるなんて、それだけでも心がワクワクする。
聞けば、彼はスキーの腕前にも自信があるという。
正義漢の上にスポーツマンだなんて、ますます憧れてしまう。
ロッジについたら、すぐに滑ろう。
彼にスキーのテクニックを、教えてもらおう。
そんな浮かれた気分で一杯になっていた。
だから光昭さんが何か言っていたのに聞き逃してしまい、詳しい内容を知って仰天したのは到着後だった。
「なんで親父が俺達と一緒の部屋なんだよ!」
「そうよ、オッサンは一人で寝なさいよね!絶対あたしの弟に変な真似するつもりでしょ!」
両脇から姉さんと高明に攻め立てられようと、光昭さんは屁のカッパだ。
「ギャーギャーわめくな、ガキどもが」と鼻毛を抜いて、余裕の顔。
「こ、こら梓。オッサンはないだろう、オッサンは。光昭さんとお呼びしなさい」
代わりに父さんが慌てて仲裁に入り、母さんも苦笑する。
「そうね、光昭さんが何かしそうになったら、高明くん。止めてちょうだいね」
「あっはっははは!緑さんも、お人が悪ィ。この俺が、んな真似すると思ってるんですかィ?」
にやつく光昭さんをぐいっと押しのけ、高明が胸を張る。
「任せろよ、おばさん!俺が必ず厚志を守ってやらぁ」
「わぁ、頼もしいわぁ、高明くん!」
「高明、絶対だからね!厚志をしっかり守ってよ?」
両脇から母さんと姉さん二人の華に持ち上げられ、高明ときたら鼻の下を伸ばしてご満悦だ。
もう見ていられなくて、俺はぐいぐいと彼の腕を引っ張った。
「そんなのいいから、早く滑ろ?俺、高明の滑ってるところが見たいんだ」
「お、おぅ」
強引に引っ張られていく高明と、俺の背中に姉さんの声が飛ぶ。
「あたし達は荷物を置いたら、すぐ来るから!あまり遠くまで行かないでよね!」
俺達は適当な返事をして、さっさとリフトに乗り込んだ。

颯爽と滑り降りてくる高明を、父さんと俺とで出迎える。
「すごい、すごい!プロスキーヤーになれるんじゃないか?高明くん」
「ホント!格好いいよ、高明!」
さすが自慢するだけあって彼の腕前は見事なもので、ここに至るまで何度も滑り降りているが、未だに尻餅一つ、ついていない。
俺なんか、ハの字が広がらないようにするので精一杯だったのに。
これまでずっと、本ばかり読んで冬を過ごしてきた自分を俺は悔やんだ。
やっぱり北国に産まれたからには、スキーぐらい上手くならないとな。
高明には色々コツを教えてもらったし、明日こそは頑張るぞ。
興奮する俺のオデコをチョイと突っつき、高明が笑う。
「あんま、おだてんなよ。厚志におじさんも!これぐらい、道民なら当然っしょ?」
「あぁ、僕の生まれは北海道じゃないんだ。だから、ね」
お察しして欲しい。
俺も父さんも本の虫だ。
当然運動音痴で、スキーなんて全く滑れない。
勉強なら、高明に教えてあげられるぐらいの自信があるんだけど。
「あれっ、そうなんですか?」
「あぁ、緑が道民でね。僕達は釧路で、ここの盆踊りで出会ったんだ」
「へぇ……」
思わぬ馴れ初めを聞いてしまった。
あれ?でも光昭さんは母さんの知り合いなんだよね。
俺が尋ねると、父さんは困ったような表情を浮かべて言った。
「光昭さんと母さんは、幼なじみで同級生だったらしいんだ。告白されたのは高校の時だと、母さんが言っていたよ。でも、好みじゃないからバッサリふったんだって。母さんらしいだろ?」
幼なじみで同級生……それで今でも未練がましく後を追いかけているというわけか。
「おばさん、好みのハードルが高かったんスね。おじさんみたいなインテリさんが好みのストライクじゃ、そりゃ〜親父の出る幕じゃないっすよ」
「ははは、今度は君が僕をおだてるのかい?高明くん」
高明のお世辞に、父さんも、まんざらではない笑顔を見せる。
俺も父さんを尊敬していたから、高明の褒め言葉には、まんざらじゃない。
「……そろそろ風も強くなってきた。ロッジへ戻ろうか」
父さんに背中を押され、まだ遊び足りなかったけれど、高明も俺もロッジへ戻ることにした。

遊び疲れて、ぐっすり眠ってしまったのは一生の不覚だった。
――異変に気づいた時、俺はすっかり逃げ場を失っていた。
「騒ぐんじゃない」
耳元で光昭さんが囁く。
「騒ぐと、高明に見られちまうぞ?こんな恥ずかしいカッコを」
パンツの中で光昭さんの指が蠢き、俺は身を固くする。
後ろから抱きしめられている。誰にって、もちろん光昭さんにだ。
高明よりも向こう側で寝ていたはずの彼が、いつの間にか俺を抱きかかえ、パジャマの中へ手を差し入れていた。
光昭さんの指が俺の乳首を摘みあげるたびに、俺の体には甘い痺れが奔る。
「んっ、ん」
思わず出そうになる妙な声を、必死に唇を噛んで押し殺す。
「チクビとチンコ触られて喘いでる姿なんか、こいつに見られたくねぇだろ?だったら静かにしてるんだ」
俺のお尻に、ちょうど光昭さんの股間が当たっていて、嫌な感触がダイレクトに伝わってくる。
その……光昭さん、起っているみたいで……
それをグイグイ押しつけてくるもんだから、嫌でも意識がそっちへ向かう。
で、そっちに気を取られていると、今度はパンツの中でナニを掴まれて、またまた変な声が出そうになる。
「いっや、あっぁぁっ」
「我慢しろよ……我慢している厚志ちゃんも、可愛いぜ」
ナニだけじゃない、お尻の割れ目にも光昭さんの指が侵入してきた。
胸を触っていたはずの右手が、こっちに回されてきたんだ。
俺は無我夢中で、その腕を掴み、引きはがそうとする。
が、しかし相手は百戦錬磨の痴漢だ。
「う、ぁあっ」
ナニの先っぽを突かれて、俺は気持ちよさのあまり仰け反ってしまった。
違う、気持ちよくなんかない。
理性では、そう思いたかったが、俺の体は光昭さんの指テクニックに完全に弄ばれていた。
こんなの、他人にされたのは初めてで、何をどうしたら逃げ出せるのかが判らない。
助けて、高明。
すごく近くに寝ているのに、今は彼がひどく遠くに感じられる。
こんな近距離でモゾモゾしているのに、なんで気づいてくれないんだ。
「い、やっ」
高明の背中へ手を伸ばそうとするが、寸前で光昭さんに引き戻される。
「そうやって俺を拒絶する顔なんざぁ、母親にソックリだ。けど、緑さんよりソソるなぁ、厚志ちゃんのほうが」
こんな時にまで母さんに似ていると言うなんて、馬鹿にしているんだろうか。
「お、おれ、は、おとこ、だぞっ」
涙目で訴えると、光昭さん、いや、光昭はニヤリと口の端を歪める。
「判ってるよ。こんな立派なモンぶらさげちゃってるもんなぁ」
「ひゥッ」
ナニを上下にさすられて、ひゃっくりみたいな声が俺の口から飛び出た。
「ここんトコだけは親父似かい?緑さんも、こんな凶器でイかされちまったんだろうね」
「あ、はんっ、いやぁっ」
くりくりと先っぽを光昭の指が弄くるたび、俺は女みたいに情けない声をあげる。
「二人もガキを作っちまってよォー。どんだけ良かったってんだ、あんなモヤシ野郎のチンコがよぉ!」
思い出すうちに腹でも立ってきたのか、次第に光昭の手の動きが早くなっていく。
失恋して悔しいのは判らないでもないけれど、なんで、それを全部俺にぶつけてくるんだ。
俺には関係ないじゃないか。母さんの子供ってだけで。
「いやっ、いやっ、たかあき、助けてぇっ!」
もう、恥ずかしい姿を見られて云々なんて言っている場合じゃない。
俺は必死で高明へ助けを求めた。
さすがに俺の甲高い悲鳴を聞いては寝てもいられず、高明がやっと飛び起きる。
「くそぉっ!親父、てめぇ!!」
起き上がるや否や、暗闇の中でも違えることなく光昭へ飛びかかると、後は上へ下への大格闘が始まった。
変態の魔の手から解放された俺は、ただ、ぐったりと布団の上で身を横たえるしかない。
そのうちに、ゆさゆさと肩を揺さぶられ「厚志、厚志しっかりしてちょうだい!」という母さんの金切り声や、「よくも厚志に酷い真似を!もう許さんぞ、広瀬さんッ。裁判だ、訴えてやる!!」といった父さんの怒鳴り声を聞いたような気もするが、この後のことは、あまりよく覚えていない。
何故なら俺は、そのまま意識を失ってしまったからだ。


旅行から帰ると、父さんは本当に広瀬光昭相手に裁判を起こした。
両親の希望通りの極刑にまでは発展しなかったものの、刑事が裁判で有罪をくらうなど世も末な事態だ。
もちろん、訴えた方だって無傷じゃいられない。
俺達家族は、周囲の好奇の目から逃げるようにして北海道を去った。
このまま北海道にいたんじゃ、いつまた光昭に俺が襲われるかも判らないし。
引っ越しの日、高明は見送りにも来てくれなかった。
だが、移動の最中に姉さんがポツリと漏らした一言に、俺は耳をそばだてる。
なんと高明は姉さんとだけは会っていて、しかも愛の告白をしたらしい。
「でも、フッてやったわ」と、姉さん。
「なんで!」
いきり立つ俺を睨みつけると、彼女は言った。
「あの変態の息子なのよ!?気持ち悪いじゃないッ」
「そんな……高明は、高明は変態じゃないよ……」
「どうだか」
フンと鼻息荒く吐き捨てて、姉さんは窓の外へ視線を逃す。
「実の親子よ?いつか絶対、あの血は覚醒するわ」
もう、この話はオシマイ。
とばかりに千葉へ引っ越した後、すぐに姉さんは海外へ留学に行ってしまい、それっきりになった。
父さんも母さんも、広瀬親子のことを口にすることはなくなった。
悪い想い出など、忘れてしまえと言わんばかりに。

風の噂では広瀬親子も北海道には住みづらくなって、どこかへ引っ越したと人づてに聞いた。
それが何処なのかを突き止めたのは他でもない、ほんの偶然で。
俺が通うと決めた千葉の警察学校。
その学校の近くで、俺は高明と再会したのだった――!


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