Infallible Scope

バージとハリィのバレンタイン

平坦なる世界、ワールドプリズ。
かつて異世界との交流が盛んだった頃、バレンタインデーというものが流行った。
友人や恋人、お世話になった恩人などに贈り物を届ける、とある異世界でのイベントだ。
残念ながらワールドプリズの地には根付かなかったが、今年、それを復活させようという動きがあった。
レイザース首都に住む多くの若者が心を動かされ、やがて都市をあげての大規模な開催となる。

「騎士団の連中は、連日受け取っているって言うじゃないか。さすがだね」
酒場でも、バレンタインデーの話で持ちきりだった。
本来は一日だけのイベントであったものを、今年は一ヶ月まるまるやろうというのだから、贈り物の量も段違いになり。
レイザース騎士団は連日の贈り物対応で、てんやわんやという噂だ。
「一番人気は白のグレイゾンとして、二番目は黒のテフェルゼン?三番人気は、誰だろうな」
もっぱら話題にあがるのは騎士団の動きである。皆、他人事なので気楽なものだ。
隅のテーブルに腰掛けたバージニアは、店内の盛り上がりを、ざっと見渡した後。
さっそく貰ったばかりの贈り物の包み紙を、いそいそと剥がしにかかる。
贈り物で盛り上がるのは、恋人や騎士団のファンばかりではない。家族間や仲間内での交換も盛んだ。
バージが手にしているのは、ハリィからの贈りものだ。
ハリィは彼が最も信頼する上司であり、チームのリーダーでもある。
バージは傭兵になったばかりの頃、募集をかけている傭兵のチームを探していた。
そこで目に止まったのが、ハリィのチームであった。
傭兵とひとくちに言っても、大まかにわけてタイプは二種類ある。
一つは、己の腕っぷし一つで戦う剣士タイプ。
もう一つは、チームを組んで銃器や道具を駆使して戦う連係プレイタイプ。
バージは明らかに後者の傭兵だったから、ハリィにはスナイパーの腕前をアピールした。
ハリィは快くバージの入隊を許可し、めでたく仲間入りを果たした後は、今に至るまで仲良くやっている。
バージはハリィが好きだ。
いや、好きと言っても、もちろん恋愛的な意味ではなく友人としての好きである。
ハリィのほうが年上にもかかわらず、タメの如くつきあってこられたのは、彼が気さくなおかげもあるだろう。
傭兵チームのリーダーというのは一般的に威張って頭ごなしに命令してくる奴が多いのだが、ハリィは違った。
知り合った時点で中尉だったハリィは、階級に遜る必要などないと言ってくれた。
敬語を使わなくていいとも言われたが、さすがにタメグチは憚られ、バージは一応敬語で話しかけている。
偽名の多い傭兵界隈において、ハリィ=ジョルズ=スカイヤードは本名で活動している数少ない傭兵だ。
スカイヤードの苗字にはバージにも聞き覚えがあり、レイザースの名門軍人家系だと思い出した時には、たまげたものだ。
名門貴族の一人息子が何故傭兵に?――バージは彼に興味を持ち、どんどん惹かれていった。
「さってっと、何かな、何かな〜♪」
軽く振ってみたらカラカラと音がしたから、きっと小物類だと思う。
蓋をあけて、バージは中身を取り出した。
「――これはッ!?」
ころん、と出てきたのは小さな筒だ。
引っ張って伸ばしてみると、掌ほどの大きさになる。
ホロゴーストスコープT560。ライフルに取り付けるオプションだ。
スコープを覗き込めば、霊体が見える。魔弾と併用すれば、ゴーストも倒せるとされている。
三十個限定で製造された、マニアの中でも名高い幻の逸品である。
これと同じものを、ハリィの銃コレクションで見た覚えがある。
まさか大佐は、貴重なコレクションを俺にあげてしまうつもりなのか?
泡をくってバージが立ち上がるのと、戸口から歩いてきた陽気な声が彼に話しかけてきたのは、ほぼ同時で。
「よォバージ、どうした泡くって。ハリィの贈り物がお気に召さなかったのか?あぁ、お前に会ったら感謝を伝えてくれって頼まれていたぜ、ハリィから。えらい珍しいモンをプレゼントしてやったそうじゃねーか」
暢気に歩いてきたボブに、バージが血相をかえて聞き返す。
「大佐は、今どこに!?」
「あァン?どこって自宅アパートに決まってんだろうが」
返事を最後まで聞かず、バージは酒場を飛び出した。

ハリィは、すぐに見つかった。
アパートへ到着する前に、大通りで買い物する彼を捕まえたのだ。
「たったったった、大佐!」
「なんだ?どうしたんだ、バージ。息せき切って」
「あ、あのっ!貴重なプレゼントを、ありがとうございます!!」
ビシッ!と往来で敬礼をかますバージに、ハリィが苦笑する。
「おいおい、そこまで礼をつくされるほどのモノはあげちゃいないよ」
「い、いえ!そこまでのモノでしたよ、ありゃあ!」
それよりも、と話を逸らしてハリィが言う。
「君こそ、レアなものをプレゼントしてくれて、ありがとう。ずっと探していたんだがね、全然見つからなくて諦めようと思っていたんだ」
「あ、あれぐらい、なんてこたぁありませんでしたよッ」
バージがハリィに贈ったのは、ルアーだ。
大切な上司への贈り物だ。どうせなら、一般ルートでは手に入らないものを贈りたい。
そう考えたのだ。
だから、ハリィのもう一つの趣味である釣りに目をつけたバージは、かわったルアーを贈ることにした。
ルアーの名称はサンライトウィッシュ。
カンサー方面に多く生息する雷魚を釣り上げる、特殊なルアーだと雑誌には書かれていた。
二十年以上も前に製造中止になっているので、一応レアものと言えなくもない。
だがハリィのくれた限定品とは異なり、こちらは大量生産された工場品だ。
中古ルアーの流出先など、傭兵の手腕をもってすれば、まぁ、多少は手こずったが何とかなった。
工場品の割に残っているのは数が少なく、壊れやすい品物だと知ったのは、入手した後である。
「そうか。君は情報収集が上手いからな。物を探すのは、お手のものか」
面と向かって褒められて、たちまちバージの頬は熱くなる。
「えぇ、まぁ、はい。それよりも大佐、ホントにこれを俺に渡しちまっていいんですかい?だって、これは三十個限定の」
「いいんだ」
あっさり、ハリィが頷く。
「君は、俺のチームで初めて仲間になってくれた記念すべきスナイパーだ。だから、それは君が持っていて欲しい」
おまけにニッコリと間近で微笑まれ、肩に手まで置かれた。
バージが恐縮しようとどうしようと、返品は却下だとでも言うように。
無論、返品するつもりはバージにもない。くれるというのなら喜んで受け取りたい。
しかし――しかしプレゼント交換として見てみると、対価があわないように感じてしまうのだ。
量産物と限定品。そこに引っかかっている。
ハリィを見ると、彼はポケットからバージがプレゼントしたルアーを取り出して眺めている。
バージの視線に気づいたか、ハリィは笑顔で誘いをかけてきた。
「最近は釣りに行く暇もなかったが……どうだろう、今の仕事が終わったら君も一緒に行かないか?」
「え?でも」
自分は釣りに興味がない。というか、今までやろうと思ったこともない。
ボブ軍曹は釣りが好きだと言っていた。だから休日は、いつも大佐と一緒に出かけているんだと。
「いいんですか?俺、釣りは全然なんですが」
「いいとも」とハリィは頷き、こうも続けた。
「君の都合がいいんだったら、いつでも一緒に行こう。このルアーが如何に貴重なものか、実戦で教えてやるよ」
なにやら自信ありげな笑みにも見えて、バージは思わず頷いていた。
「えぇ、是非。つか、そのルアーって本当にすごいんですか?俺には全部同じに見えるんですが」
「あぁ、すごいんだ。他のルアーや餌には見向きもしない雷魚が、こいつにだけは食いつくそうだ」
「雷魚ねぇ」
図鑑で確認したが、鱗がゴツゴツしていて、全体的に黄緑色で、お世辞にも美味しそうな魚ではなかった。
だが、釣りに詳しいハリィが目を輝かせて釣りたがっているのだ。きっと、釣るの自体が難しい魚なのであろう。
「釣ったら魚拓も取りたいな……」
ハリィは取らぬ狸の皮算用を小さく呟き、ルアーをポケットにしまう。
大切なものでも入っているかのように、そっとポケットを撫でたかと思うと、颯爽と歩き出す。
「よし、じゃあ、さっさと仕事を終わらせるか。バージ、明日からまた情報収集開始だぞ」
「わ、判りました!」
釣りにすっかり気持ちを持っていかれたリーダーの後を追いかけて、バージも歩き出した。


End.
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