HAND x HAND GLORY's


ハッピーハロウィン(嘘)

今年もハロウィンの季節がやってきた。
――と、異世界情報誌には書いてあった。
残念ながらワールドプリズにハロウィンは、やってきていない。
だが、斬はジロにささやかながらもハロウィン気分を楽しませてやろうと考えた。
前に祝った時は何でもしていいと誘いをかけたら、たっぷり十分間はくすぐられて大変な目にあった。
しかし、それでも斬は怒ったりしなかった。
ジロが悪ふざけをしてくるなど、初めての出来事だったからだ。
ジロは初めてギルドへ来た頃から、お金にしか興味のない子だった。
遊びやおふざけといった行為を、幼い頃の彼とした記憶が全くない。
だから、今年もハロウィンをやろう。
今年も悪ふざけを希望してくるだろうか。楽しみだ。

斬が密かにハロウィン計画を企んでいた頃、ジロは街をうろついていた。
特に予定があっての外出ではない。ただの気分転換、散歩だ。
代わり映えのしない街並みを眺めていると、不意に声をかけられる。
「そこのお兄さん!お金が大好きで、でも大金には縁のない、おにい〜さんっ」
図星をさされてジロがムッとなって振り向くと、占い師らしき人物と目があった。
らしき、と言ったのは、そいつがフードをかぶって四角い机の前に座っていたからだ。
フード以外は、全く占い師に見えない格好でもあった。
肌は色黒の褐色、片眼が潰れている。
髪の毛を派手な七色に染めており、声は甲高いハイトーン。肩に小鳥を乗せていた。
「生涯お金持ちになれそうもないお兄さんに、ご朗報だよ〜?ハロウィン限定御用達アイテムを、特別にプレゼント!」
「ハ?」
こういう、うまい話には、とんでもないオチが待ち受けているものだ。
ジロは無視して歩き去ろうとして、だが途中で「ん?」となった。
「ハロウィン?」
「そうさ、ハロウィンだ。異世界の何処かで毎年祝われているお祭りだよ。今回は特別出張サービスで、ワールドプリズにやってきたのさ。お兄さんの為にね」
「俺の……?どうして」と尋ねながらも、ジロの目は占い師に一点集中だ。
乗り気になったジロの前で、占い師が一振りの棒を取り出す。
「これぞハロウィンにゃんにゃんTS棒でござ〜い。適当な野郎の前で棒を振れば、アラ不思議!一瞬にして金のなる木に大・変・身!一夜限りのIFですし?めいっぱい、お金儲けをお楽しみ下さい?」
「お金のなる木って?」
占い師の言うことは不可解で、ジロには、よく判らなかった。
ジロの質問にも「振ってみれば判りま」と答えたような、そうでもない答えを返し、「使うかどうかは、おにいさん次第。金銀小金が、ざっくざく〜♪」と魅力的な歌を残して、占い師は去っていった。
ふと、にゃんにゃんTS棒なる棒を握っている自分に、ジロは気づく。
TSとは何の略だろう。それも、振ってみれば判るのか。

ギルドに戻ってみたら、驚いたことにジロの両親が居座っているではないか。
「え、何?親父にお袋?なんでいるの」
ぽかんと呆けるバカ息子には、親父のダンが答える。 
「うるせぇ、今日はハロウィンなんだとよ。んで、ギィに招集かけられたから来てやったんだ。感謝しろ」
ギィというのはギルドマスター斬の本名であるらしい。
前に、母から聞いた覚えがある。
「え?叔父さんホントっすか」とジロが斬へ確認を取ると、斬も頷いた。
「あぁ、本当だ。ジロ、お前を驚かそうと思ってな」
なんだって、いきなり驚かされなきゃいけないのだと考えていたら、斬が驚きの発言をかましてきた。
「今日はハロウィンパーティをやろうと思ってな……どうせなら、お前も家族で和気藹々と楽しみたいだろう?」
家族団らんしたいなんて、今まで一言も漏らした覚えがない。
むしろ父も母も、あまり好きではない。この際だから、はっきり言っておくが。
だが、じっとこちらを期待の目で眺める両親の圧力には勝てず。
「え……えーまー、いっか」
ジロは曖昧な返事で流すと、それよりもと斬に話を振った。
「それよりも叔父さん、さっき外で、こんなもんを貰ったんですがね?にゃんにゃんTS棒って言うんだそうスよ。お金のなる木に変身するんだそうッス」
「金のなる木……?」
訝しげに斬は眉をひそめ、ダンが横から棒をひったくる。
「よし、さっそく俺に貸してみろ!うりゃ〜〜っ」
ジロが止める暇なく、ダンは棒を振り回した。
先端を自分へ向けて――
棒の先から肉球型の光線が出て、すぐダンにぶちあたる。
全員が息を呑む中、ダンの姿は一瞬にして劇的な変化を遂げた。
まず、シャツの下がボヨンとたるむ。
腹が出たのではない。出たのは胸だ。
睫毛が急激に伸び、手足が極端に細くなり、きめ細やかな美肌になる。
が、如何せん顔が元のままなので、気持ち悪くなっただけだ。
「あ、兄者……!?」
「おぅえっ」
「やだ、気持ち悪っ?」
様々な反応に、当のダンは「あ〜?」と耳をほじる。
何故、皆が驚き引きまくっているのかが判らないようだ。
暢気な本人の前では、血相を変えて斬がジロを問い質す。
「ジロッ、なんなんだ、そのにゃんにゃん棒というのは!」
「え、えぇと、振り回すと相手が金のなる木に変身する棒だそうッス」
「どこが金のなる木なの!?」
ジロの母親アリシアも抗議の声を荒げる。
「あれじゃ場末の女装飲み屋じゃないの!お父さんを元に戻しなさいっ」
だがジロの返事は「えー無理」という非情なもので、何故?と詰め寄る二人にタジタジとなりながら、ジロは答えた。
「治し方まで、教えてもらってねーっす」
「おう、何が起きたんだ?お前ら」と尋ねてくる夫には、アリシアが手鏡を渡す。
自分の顔を見て「ひぇっ!?」と驚くダンを横目に、アリシアはジロを問い詰めた。
「その棒に何か仕掛けがあるんじゃなくて?変身させられるのなら、元に戻す方法だってあるはずよ」
ジロが棒を調べてみると、握り部分にボタンがついている。
「あっ、これを押せば……」
ぐっと押してみたら、またしても異変が起きる。
ぼんっ!と大きな音がして、斬が目の前で変身した。
ダン同様、女体の姿に。
「収集がつかなくなったじゃない!どうするのよ、これっ」
ヒステリックに騒ぐ母親にジロはたじろぎ、ダンはポカンと斬を見つめていたが、やがて「いやらしいオッパイだぜぇ〜」と叫ぶや否や襲いかかる。
ちゅぅっと忍者服の上から吸いつかれ、仰天したのは斬だ。
「やっ、やめてくれ、兄者!」
ギィはダンにとって実の弟のはずである。
なのに目の色をかえて襲いかかるなんて、ありえない。
ダンの取った突然の凶行には、アリシアもジロも目を丸くする。
だが、さすが夫婦のつきあいが長いアリシアの立ち直りは早かった。
「なぁ〜にをやっているの、あなたは!」
ガツッといい音がして、ダンが床に倒れ込む。
凶器の灰皿を放り投げると、アリシアは言った。
「ジロ、その棒を渡した人物の特徴を教えなさい。私が探して、二人を元に戻してあげる」
凛々しい母の提案にジロは一も二もなく頷くと、占い師の特徴を教えて貰ったアリシアがギルドを飛び出していくのを見送った。
「まったく……今年のハロウィンは、俺が女体化か」
ぶつぶつ呟く小声に気づいて、ジロは叔父をじっくり観察する。
美肌かどうかは忍者服を着込んでいるので判らないが、手足は細い。
ダンが襲いかかったせいで少々襟が乱れ、胸が飛び出ている。
なかなかに大きい。
それでいて女体化ダンみたいに、だらしなく垂れた乳ではない。
形の整った美乳だ。
先端の尖ったピンクが、ジロを誘っているようにも思う。
顔もバサバサの睫毛なのに、気持ち悪いどころか美を感じる。
母とは違うタイプの美人だ。
カンサーやジャネスあたりにいそうなタイプの。
「……ジロ、そんなに見つめないでくれ」
恥ずかしそうに胸元を隠されて、ジロは、ますますドキドキした。
ジロは今まで、誰にも性的な興味を持ったことがない。
なのに相手が叔父さんだと、どうして意識してしまうのか。
不意に、ハロウィンが脳裏に浮かんでジロは囁いた。
「Trick or Treat?いたずらされるか、お菓子をあげるか。どっちがいいスか」
斬はジロをじっと見つめ返し、ややあって睫毛を伏せる。
「ジロの好きなほうを選ぶといい」
「ん、んじゃあ、いたずらで……」
恐る恐る斬の腕をどかして、美乳に触れる。
つんと尖った先端を、そっと口に含んでみた。
すると斬が「あっ……」と小さく喘いでジロを見つめてきたもんだから、ジロのリビドーは否応なしにヒートして、ガバッと叔父を押し倒す。
「おっ、叔父さぁぁぁんっ!」
斬は抵抗するでもなく、そっと瞼を閉じて受け入れる体勢を見せた。
もう、これオッケーっすね?オッケーすね?
胸の鼓動が止まらない。鼻息荒く、ジロが斬の忍者服へ手をかけるのと。
「んなーにをやっているの、あなたは!」
「俺を差し置いてイイコトしようとしてんじゃねぇぞ、このエロガキ!」
母及び父の怒号が降り注ぐのとでは、どちらが早かったか。
振り返る暇もなくジロは床に転がった。
痛い。
後頭部に激痛。
考えなくても判る。
ダンかアリシアのどちらかが、灰皿で息子を殴ったのであろう。
可愛い我が子の後頭部を灰皿で殴るなんて愛が足りない。
ジロは抗議したかったのだが、痛みに負けて昏倒した。
灰皿を放り投げ、アリシアがダンに食ってかかる。
「ジロはあなたの息子なだけあって、ケダモノになってしまったのね!」
「こういう時だけ他人面してんじゃねーぞ、このクソアマァ!」
突如始まった夫婦喧嘩に水を差したのは斬。
「二人とも落ち着いてくれ!今は争っている場合ではなかろうッ。それとアリシアは、見つけたのか?治す方法を」
「えぇ、もちろんよギィ」
斬へ振り返った時には笑顔を浮かべ、アリシアは例の棒を手に取った。
「この棒を逆さに持って、取っ手を相手の体に押しつけるといいんですって」
言うが早いか、ぐにっと胸を突かれて「あぅっ!?」と驚いているうちに斬の体は元に戻り、悪夢の終わりを告げてきた。
「ふぅ……兄者も頼む」
「えぇ、言われずとも」
ダンに棒で殴りかかるアリシアを見ながら、斬は小さく溜息を漏らした。
今年は、とんだハロウィンになってしまった。
だが――それでも、ささやかな嬉しさは、あったように思う。
ダンに吸いつかれた時は鳥肌しか立たなかったが、ジロに吸われた時、甘い痺れが走ったのを思いだし、無意識に斬は己の胸を撫でる。
かわいいジロ。
総合で見たらダメ人間なのに、何故か見捨てられない甥っ子だ。
昏倒するジロのたんこぶを優しく撫でてやりながら、来年は、もっと彼の喜びそうなサプライズを用意してやろうと斬は考えた。


End.
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