HAND x HAND GLORY's


ジロと斬のハロウィン

異世界研究機関の広報誌によると、今月の目玉は本日行われるハロウィンだそうだ。
家中をカボチャで飾り立て、子供達はモンスターに仮装して夜中出歩き、お菓子を貰う一大イベントである。
「もう十歳ぐらい若い頃に知っていれば、楽しかっただろうね〜」
冊子を放り投げ、スージが言う。その通りだとジロも思った。
もし自分が子供の時に流行っていたら、お菓子ではなくお金をせびるのに。
残念なことに、ジロ達が成人してから異世界の文化・ハロウィンはワールドプリズで密かに流行りだした。
HANDxHAND GLORY'sの門を叩きに仮装した子供達が訪れた年もあったが、ジロとエルニーで脅して退散させたものだ。
大人げない、というなかれ。お菓子代だって、かさめば結構な高値になる。
ジロは特に守銭奴であったから、くだらない出費は御免であった。
扉の鈴が、ちゃりんと鳴って、ギルドマスターが帰ってくる。
「お帰りなさい、マスタ〜」
「どうです、がっぽり取れましたぁ?」
ジロとスージの出迎えに、斬は淡々と答えた。
「いつも通りの支払いだ。金額に上乗せはない」
依頼の報酬を受け取りに行っていたのだ。
本来このような雑務はジロやエルニー、スージがやるべきはずなのだが、この三人ときたら、とにかく働くのが大嫌い。
HANDxHAND GLORY'sは、ほぼギルドマスター斬一人の働きで保っていると言っても、過言ではない。
戦力になるのは、あと他にルリエルとソウマぐらいだが、ソウマは年中どこかをほっつき歩いていてギルド不在のほうが多い。
本人曰く『精霊族の生き残りを捜すため』らしいが、本音は雑務をやりたくないんだろうと三人は自分棚上げで勘ぐっていた。
ルリエルはルリエルで、ギルドメンバー以外の人間と顔を合わすのは嫌なのか、外に出ようともしない。
今日も部屋の隅で一人静かに読書をしている。彼女は雑談にも加わらなかった。
階段を登っていく斬の背中を見送りながら、スージがぽつんと呟く。
「いつもいつも、お疲れだよねぇマスターは。たまには労ってあげるってのもいいかもしれないね」
そう思うなら雑務の一つでも手伝ってやればいいのに、そうは思考が働かないのが、いかにも彼らしい。
「そうですわ!」
いきなりエルニーが叫んだので、ジロもスージも驚いた顔で彼女を見た。
「どうしたの?エルニー。いきなり叫んだりして……」
「ハロウィンですわよ、ハロウィン!今年はハロウィンを、マスターへ何かプレゼントする日にしませんこと?」
「なにかプレゼントって、随分曖昧だな」と、ジロが難癖をつけてくる。
「具体的には何をプレゼントするんだ?」
「そうですわねぇ……ジロ、あなた甥なのでしょう?マスターの好きな物はご存じありませんの?」
甥だからと言われても、改めて考えてみるとジロは斬の個人情報など何一つ知らない。
知りたいと思ったこともないし、あの叔父は、あまり自分自身について話したがるタイプでもなかった。
「ん〜〜〜……俺?」
考えたあげくのジロの珍回答は、スージとエルニーを「ハァ?」とハモらせる。
「ジロがマスターの好きな人?ないって、ナイナイ、それだけは絶対ないよねぇ」
「そうですわねぇ。一応甥ですから、全然気にしていないとまでは言い切りませんけど……」
「どっちかっていうと、マスターの好きな人はジロのお母さん」
何か言いかけたスージは、脇腹に勢いよくエルニーの肘鉄をくらって、もんどりうつ。
「ホッホッホホ!冗談は甲高い女声だけになさいませ、スージッ」
高笑いでごまかすと、エルニーは再びジロへ話題を振った。
「人ではなく、物ですわよ、物。好物とかってありませんの?マスターには」
「ん〜〜、じゃあ、聞いてくる」
気のなさそうな顔で頷くと、ジロも階段を登っていった。

実は先ほどの珍回答にされてしまった回答、ジロとしては自信があったのだ。
何しろジロをギルドへ誘ってくれたのは叔父自身であるし、あの手紙が来なかったら一生クレイダムクレイゾンで暮らしていたのかと思うと、ぞっとする。
クレイダムクレイゾンも悪い土地ではないのだが、如何せん田舎だ。それもドのつく。
地元と比べたらクラウツハーケンのほうが何倍も都会だし、例えギルドをクビになっても就職口はごまんとあった。
それに……自分が叔父に好かれていると思う理由は、もう一つある。
ジロは深呼吸を一つして、扉を勢いよく開けた。
「叔父さ〜ん、ちょっと聞きたいことが」
「わぁっ!?」と悲鳴が聞こえたかと思うと、続いて小言がついてくる。
「なんだ、ジロか。ノックをしてから開けろと言っただろう」
斬は黒装束と覆面を脱いで、下着一丁でベッドに寝そべっていたようであった。
今は起き上がり、装束を素肌の上に羽織っている。
何故か、この叔父はジロ以外の者に素顔を見られることを、ものすごく嫌った。
斬は、けして不細工ではない。
むしろイケメンの部類に入るとジロでも思う。
身内贔屓ではなく第三者の視線で見て、だ。
母に聞いた話だと、母の前でも斬は素顔でいられるそうだ。
なのに血を分けた兄である、ジロの父親ダンの前では常に覆面を外さないというのだから、おかしな拘りである。
自分と母に共通する何かが、叔父には見えているのかもしれない。
ジロが自分で確かめようにも、母との共通点など、どこにも見あたらなかったのだが。
「早く入ってこい」
命じられ、部屋に入ると戸を後ろ手に閉める。
「それで?聞きたい事とは何だ」
叔父の声は疲れていた。仮眠を取るつもりだったのだろう。
悪いなぁとは思いつつも、下に戻ればエルニーにせっつかれるので仕方なくジロは尋ねた。
「あー、叔父さんの好物って何?えっと、できれば今欲しい物も教えてくれると有り難いんスけど」
斬は一瞬キョトンとし、次の瞬間には顔を綻ばせた。
「なんだ?珍しいな、お前が俺に興味を持つとは」
「いや、興味っつーか」と言って、ジロは落ち着かなげに視線を外す。
「そういや全然聞いたことがないと思ったんス、叔父さん個人について」
ジロの好きな物はお金だ。
彼と一緒に暮らしていれば、嫌でも知りうるであろう。
好きな人は、今のところいない。
ルリエルやエルニーとは仲良しだが、異性の魅力というやつがジロにはまだ理解できていない。
判りやすいジロと比べると、斬は些か不明瞭だ。
斬とはどれだけ長く一緒に暮らしていようと、彼の好きなものが一向に見えてこなかった。
スージによると好きな人はジロの母親アリシアだそうだが、それも過去の話だ。
今更ジロというでっかい子供がいる夫婦に逆波を立てるような真似、叔父もするまい。
「好物か……特にないな。欲しい物も、今は特にない」
ガッカリな答えが返ってきて、ついついジロは斬に詰め寄った。
「ないってこたーねーでしょーよ?よーっく考えてください、好きな物ぐらいあるはずッス!」
「そう言われてもな」
ジロに詰め寄られて、斬も困った表情を浮かべる。
好き嫌いはない。なんでも食べる。
そうしないとサバイバル生活に陥った際、生き残れないからだ。
念願のギルドは無事に設立できて、今年も経営できる状況にある。
欲しい物は、これ以上なかった。
「好きな人でもいいッスよ?俺達が取り持ってあげるッス!」
好きな人――若かりし日のアリシアの面影が脳裏をよぎり、すぐに斬は二、三度首を振る。
「無理だな。いたとしても、お前に取りなしが出来るとは思えん」
「どーしてッスか!?わからんでしょう、実際にやってみなきゃ!」
声の裏返るジロに、びしっと斬が突っ込む。
「お前は今まで誰も好きになったことがないだろう?恋を知らぬ者に恋のキューピッド役は不可能だ」
「じゃあ、こーゆーのはどうスか」と、ジロもなかなか引き下がろうとしない。
ビシッと指を一本立てて、提案を申し出てきた。
「今日は俺が家事仕事一切引き受けますから、叔父さんはゆっくり休んでください!」
だが、それにも斬は首を真横に振って渋い顔をする。
「冗談じゃない。お前に任せたらギルドが一日で潰れかねん」
「恩返しもさせて貰えないんスか!?俺はっ」
言ってしまってから、あっとなって己の口を両手で塞ぐジロ。
「恩返しってジロ、お前……俺に恩義を感じていたのか?お前が?」
呆然と聞き返す斬へ、半ばやけっぱちになってジロが答える。
「そうっすよ!当然じゃないッスか!!あれだけ色々してもらって、恩を感じないほど俺も恩知らずじゃねーですし」
実際、斬には世話になりっぱなしである。
クレイダムクレイゾンを出てクラウツハーケンに来てから、ジロ達三人は斬の設立したギルドに住み着いているのだが。
個別の寝室を割り与えられ、欲しいと願えば大抵の書物や必要備品は買ってもらえた。
なにより、子供の頃は小遣いを貰った。
両親でもくれなかったものを、叔父はジロに与えてくれたのだ。
「お前のくちから『恩』などという言葉が出てくるとはな。世話をした甲斐があったというものだ」
どこか嬉しそうに斬が笑い、ジロの頭を撫でてくる。
「……ありがとう。今の言葉だけで充分恩返しになった」
「ハァ?」
素っ頓狂に声を荒げるジロなどお構いなしに、斬が身支度を整える。
「仕事は、やってくれなくて結構だ。どのみち月末に仕事を頼みに来る酔狂な依頼人もおらぬ」
仕事のスケジュールは、普段サボッてばかりのジロよりマスターである斬のほうが余程詳しい。
その代わり、とぶすくれる甥へ向けて斬は言った。
「今日はハロウィンだったろう?童心に返って、仮装でもするといい。菓子でも悪戯でも、なんでも言い分を聞いてやろう」
――その言葉を聞いた直後、ジロの瞳にキラーンと怪しい光が宿ったのを、幸か不幸か階段を先に下りていった斬は気づかなかった……


End.
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