合体戦隊ゼネトロイガー


Top

act1 第29回養成グランプリ

乃木坂が救出された同日、少しばかりの休憩を挟んだ数分後には学長室に六人の教官が集まった。
乃木坂が戻ってきた時には不在だったはずの後藤も、しれっと戻ってきている。
「さて、お疲れの処申し訳ないんだが、君達に話しておきたいことがある」
「いいえ、構いませんよ。それで、何です?」と学長へ答えたのは、救出されたばかりの乃木坂だ。
学寮は皆の顔を見渡して言った。
「今期の養成グランプリに、参加しようと思ったんだ。それについて、君達の意見を聞きたい」
「意見なんか聞いて、どうするんだよ」
真っ先に反発したのは春喜であった。
「どうせ俺達が何を言ったって参加するつもりなんだろ?だったら意見なんて出すだけ無駄だね」
学長が何か答えるよりも先に、剛助が話に乗ってくる。
「何故ですか?あなたは、ああいった見せ物イベントがお好きではないと思っていたのですが」
「まぁね」と頷き、御劔も答える。
「だが、気が変わったんだ。こう何度も、うちだけが襲われていたら他の学校も不審に思うだろ?妙な勘ぐりをされるぐらいなら、こちらから情報公開したほうがいい」
言われてみれば、養成学校で空からの来訪者ことシンクロイスの襲撃にあったのはラストワンだけだ。
何か秘密があると思われて、スパイやらナンヤラを送り込まれるのは迷惑甚だしい。
それと、これまで生徒募集はチラシのみで行なってきたのだが、学長は襲撃も宣伝の一つになると言う。
「これまで何度も撃退してきたんだ。ここらで我々の実力を、世間へアピールするのも悪くない」
「それはいいですね」と賛成してきたのは、ツユ。
「ここんとこ在校生の保護者による、風評被害が心配だったんです」
襲撃騒ぎで安全性が損なわれていると、親が思うのも無理はない。
ああ何度も襲われていては。
「そうだな」と乃木坂も親友の意見には同意なのか、すぐさま頷いた。
「四期生が卒業しても終わりじゃないんだ。次へ繋げる活動は、していかないと」
学校として、生徒がいなくなるのは死活問題。
ロボットを研究開発するにも資金は必要だ。
ここが潰れても、研究者である乃木坂やツユは再就職のアテがあるかもしれない。
しかし他にアテもコネもない木ノ下や鉄男は、路頭に迷うこと請け合いである。
自分達の未来を守るためにも、ラストワンには存続していてもらわないと困る。
鉄男も学長へ尋ねる。
「それで……参加するとして、我々は何を準備すればいいのでしょうか」
学長は鉄男が意欲的なのに少し驚いたようだったが、すぐに答えた。
「整備はスタッフに任せるとして、まずは選手を選出しないとね。四期生は全員出てもらう。あと七人は、できるだけ頭のよい子を選ぼうか」
学長曰く、養成グランプリとは毎年おこなわれているパイロット養成学校限定の大会だ。
各学校計十人の選手で、機体を動かして競争を行なったり、ロボット知識クイズで盛り上がるらしい。
毎年ベイクトピアの興業収入ナンバーワンに収まる一大イベントだ。
たかがお祭りイベントと侮ってはならない。
軍のお偉いさんも見に来るので、就職案件にもなっている。
これまでラストワンが不参加を貫いていたのは機体を扱える人数が揃っていなかったというのもあるが、一番の原因は学長自身が、お祭り騒ぎを好まなかったせいであった。
「運転競争が三人、座学で七人ですか。ちっと厳しい戦いになりそうですね」と、乃木坂。
運転競争は全部で六項目。三人で全部出るとなると、疲労が心配される。
「あれって機体を動かせればいいんでしょう?だったら、うちの子達でもイケるんじゃないですかね」
ツユの意見に、学長は考える素振りを見せる。
「うん、バトルはないよ。ただね、モノを掴んだり投げたりといった動作は試されるから」
「それぐらいなら、ちょっと特訓すれば、すぐですよ」とツユが安請け合いするのを横目に眺めながら、鉄男は傍らに立つ木ノ下へ小声で尋ねた。
「ロボット知識クイズというのは、どういった傾向なんだ?」
「うーん、俺が以前TVで見た時は、内部構造や武器の問題が多かったけど……あ、でも、あれって毎回問題変えてくるらしいぜ?」
そりゃあクイズなのだから、毎回問題が同じでは意味がなかろう。
それに、そういうことを聞いているのではない。
「そうではなく、狭く深い範囲なのか広く浅い範囲なのかを聞いているんだが」
鉄男の眉間の皺を気にしつつ、木ノ下も答え直した。
「あ〜なるほど……ま、一通り基礎知識を知っていればOKなんじゃねぇかな」
ならば例えばマリアや亜由美でも頑張れば出られるのかと鉄男が尋ねると、木ノ下は笑顔で頷いた。
「あぁ、知識は年齢や年数と関係ないからな。教本に書いてあることを覚えれば、誰だって出られるよ」
そこを乃木坂に「何だ?辻は、お前んとこの生徒も出して欲しいって腹なのかよ」と聞きつけられ、鉄男は大きく頷いた。
「新入生の能力もアピールすれば、よりよい宣伝になります」
「能力を見せられれば、の話だろ?」と茶化す先輩を睨みつけ、続けて言った。
「例え実力を見せられずとも、新入生が存在するというだけでも宣伝になるかと思いますが?」
「なるほど、賑わった学校アピールか。悪くないね」と、二人の会話に割り込んできたのは学長だ。
「そうだな、うちは新設校だから……新入生アピールも、しておくか」
うむうむと一人で頷いて納得している。
鉄男は、またまたこっそり木ノ下へ尋ねてみる。
「グランプリに出ている学校で一番古いのは、どこなんだ?」
それに答えたのは木ノ下ではなく、側で聞き耳を立てていた乃木坂だった。
「ぶっちぎりでランナーズサインだな。あそこは創立八十年だそうだぜ」
鉄男には聞き覚えのない学校だが、木ノ下が感心しているのを見るに、この業界では有名な学校なのだろう。
「あ、そうそう、大会は毎回うちを除いた九校全部が出ていたんだよ、鉄男。スパークラン、ランナーズサイン、ウェルスコープス、ファイヤーラット、ヘルデモンズ、それからトップスカイハイ、イェルヴスター、ホワイトドレス、ウィーアーゴーストだったかな」
不意に木ノ下が教えてくれた。
それも、ご丁寧に九つ全部の学校名まで。鉄男が知らないと踏んでの先回りか。
「昔はベイクトピア以外の学校も出ていたらしいんだが、今はベイクトピア限定になっちまったらしい」
「世界情勢が不安定だからな」と、剛助も混ざってくる。
「空襲が激しくなってきた今、国境移動するのは危険だ。ベイクトピアのシェルターは海外対応もしておらん」
「あ、じゃあ空襲が収まれば?」
木ノ下がポンと手を打ち、「パイロットも、お役後免ってわけだ」と乃木坂が締めて、木ノ下のおでこを軽く小突く真似をする。
「忘れんなよ?俺達が何のためにパイロットを育成しているのかぐらい」
「そ、そうでしたね」
それにしても、ベイクトピアだけで養成学校が十校もあったとは驚きである。
何故ラストワンという名前なのか疑問に思っていたが、最後に作られた学校だからなのか?
しかしラストワンの後にも学校が作られる可能性だってあろう。
しきりに首をひねる鉄男の肩をポンと叩き、学長が微笑んだ。
「うちで最後なんだ。だから、ラストワン」
「えっ?」と振り返った鉄男に、再度言う。
「パイロットを養成する学校は十校までって決まりがあってね。あぁ、もちろん政府の作った法律の中に。それで、うちが最後だったからラストワンと名付けたんだ」
聞くチャンスは、今しかない。鉄男は思いきって聞いてみた。
「どうして学長は、養成学校を作ろうと思ったのです?」
「ん?そりゃあ、もちろん」
学長は微笑んで答える。
「自分の研究が世界平和に貢献できる。これこそ研究者冥利に尽きると思わないかい?」

一週間のうちに、乃木坂とツユ以外のクラスは選手候補を一名ずつ選ぶ。
といった締めくくりで会議は終わり、教員室へ戻るまでの廊下にて、肩をすくめた乃木坂が言う。
「国はゴーサイン出すまでに時間がかかるし、経費は渋るし、何かにつけてケチくさいんだよ。だから御劔さんは、自分で自分の研究を行える学校を作っちゃえって思ったんだろうぜ」
御劔には悪いのだが、平和への貢献云々より乃木坂の予想のほうが納得できる内容である。
自由奔放な学長を脳裏に思い浮かべ、鉄男は、そんなことを考えた。
「そういや皆さん、研究者だったんですよね?どうして学長についていこうって思ったんスか」
木ノ下の問いにも、即座に乃木坂は答えた。
「そりゃあ、お前、御劔さんの研究成果が見たかったからに決まってんだろ」
「国の研究機関に所属していた頃、我々は一つのチームだった」と、剛助。
「ゼネトロイガーは御劔元研究長の考案だ」
「じゃあ実際に完成品を見て、どう思ったんです?」
「どうとは?」と聞き返す剛助に、改めて木ノ下が言い直す。
「や、ゼネトロイガーって陸戦機にしちゃ珍しい人型じゃないですか。想像通りでしたか?って思って」
陸戦機は本来自動車からの派生なので、戦車タイプが大多数を占める。
現にベイクトピアやニケア軍の所持する陸戦機は、七割が自動操縦の戦車だ。
残り三割が有人戦車及び人型機である。
戦車自体も装甲は厚いのだが、それでもシンクロイスの攻撃の前には、ひとたまりもなかった。
故に、装甲だけに焦点を絞った装甲車の出番が回ってきた。
攻撃能力を持たない鉄の塊だが、こんなものでも盾にはなる。無論、装甲車も自動操縦である。
木ノ下の言う人型は、軍隊じゃ滅多にお目にかかれなかった。一体あったら良いほうか。
戦車と比べてコストが割高なのかもしれない。
「俺は想像通りだったよ」
乃木坂が顎に手をやり、満足げに口の端を歪める。
「御劔さんの話を聞く限りだと、戦車よりも高さが必要だったみたいだしな」
「そう?あたしは意外に感じたけど」とは、ツユの弁。
「エネルギーゲージを貯めて発射するってんなら、戦車でも可能だしさ」
「俺は人型であればいいと思っていた」
ぐっと両手を握った剛助へ、木ノ下が首を傾げる。
「人型だと、なんか利点あるんスか?その、高さ以外に」
すると剛助はニヤリと笑い、「格闘が出来る」と答えて、乃木坂とツユを呆れさせた。
「あんたって年中そればっかよねェ。研究者で体育会系とか、意味わかんないっての」
「お前、ホントなんで研究者になったのか全然わかんねぇ奴だよな!昔も言ったけど」
仲間内でも疑問に思われていたのか、剛助の研究者は。
何故研究者になったのか?そう後輩から聞かれる前に、彼は自分で応えた。
「木ノ下、辻、俺が研究者の道を選んだのは御劔さんと同じ想いだからだ。世界を平和へ導く……その手伝いがしたかった。それは、格闘家では為し得られん」
「そりゃそうだわ」と即座にツユがジト目で頷き、傍らでは乃木坂が大きく溜息をつく。
「それで国家試験まで通っちまうってんだから大した奴だよ、お前も」
ふと気づき、鉄男は後ろを振り返る。
一緒に学長室を出たはずの春喜は、いつの間にか居なくなっていた。
鉄男の視線に気づいたか、乃木坂が補足する。
「後藤なら、部屋出た瞬間から反対方向に歩いてったぜ?あいつ、団体行動できねーからなァ」
「後藤さんは研究チームの一員じゃあ、ないんですよね……?」
ポツリと木ノ下が呟き、ツユは不機嫌に肩をすくめた。
「あんな、見るからにバカヅラした不健康デブが研究者なワケないでしょ。あいつは御劔さんの甥っこってだけで、この学校に紛れ込んできた迷惑野郎だよ」
なんで甥を教員にしたのかまでは、乃木坂達も存じまい。
こればかりは学長に聞くしかない。
だが聞いたとして学長が素直に答えるとも思えないし、家庭の事情を含みそうで聞きづらい。
それに本音を言ってしまうと、どうでもいい。
ここにいるから、いる。そういう存在で充分だろう、春喜なんて。
納得したように頷く鉄男を見、これ以上の説明は不要と判ったツユ達もホッとする。
「とにかく、お前らは一週間で選手候補を一人見繕っとけよ?操縦競技は俺とツユんとこの候補生がやるから、座学に強そうな奴を選ぶんだぞ」
「座学、かぁ……」
天井を仰ぎ、木ノ下はウ〜ンと腕を組む。
うちのクラスに、勉強の出来そうな奴なんていたっけ?
まぁ締め切りまで一週間もあるんだから、一人ぐらい、すぐに見つかるだろう……


ところかわってベイクトピア南部にあるスパークランでは、先を行く後輩の背中を見つけ、ミソノ=ラフラスは早足で追いついた。
「ねぇ、ねぇ、お聞きになりまして?今期、ついにラストワンが養成グランプリに出場するかもしれないという噂を!」
はしゃぐ彼女へ疎ましそうに振り向き、ミソノ同様教官を勤める彼が答える。
「ライバルが一校増えて、何がそんなに嬉しいんです?あなたは」
「あら、だってラストワンですのよ?ラストワン。これまで一度も大会に出場しなかった、謎のヴェールに包まれた養成学校……そこが、ついに重たい腰をあげて出場するんですもの。気にならないほうが、おかしいのではなくて?」
「気になるか、ならないかと言われたら俺だって気には、なります。しかし、あなたのようにはしゃぐ気には、なれませんね」
後輩の辛辣な切り返しにもめげず、ミソノは彼の後をちょこちょことついて歩く。
「もう、張り合いのない人ね。ライバルは多ければ多いほど、宣伝になりましてよ。ベイクトピア全ての学校に打ち勝ってこそ、我が校のブランドも高まるというものですからね。それに秘密兵器ゼネトロイガーの勇姿を生で見るチャンス……たまりませんわ!」
キャピキャピ浮かれる先輩をジト目で眺め、彼女の後輩――ケイ=コクトーは溜息をついた。
ラストワンの名前は、よぅく知っている。
教官としてスパークランに受かる前、ラストワンも受けて面接で落ちたのだ。
スパークランの教官面接は簡単な口頭質問と実技だけだったがラストワンときたら、あそこでケイは人生の汚点とも言える恥ずかしい黒歴史を刻んでしまった。
あの学校の連中、特にエリスといったか、あの小娘と学長には生涯二度と会いたくない。
だが大会へ出れば、学長とは嫌でも会うことになろう。憂鬱だ。
それに秘密兵器とミソノは呼んでいるが、ゼネトロイガーは秘密でも何でもない。
ちょっとネットで調べれば、あの機体が特許を取っている事は素人にだって見つけられる。
男女一組で乗り込んで、感情エネルギーで動かすらしい。
他にもゲージがどうとか機動部分が云々といった細かな仕様が特許の書類には、つらつらと書かれていた。
研究者ではないケイには何の事やら、よく判らなかったのだが、一人で動かせないとは不便な機体だと思った。
スパークランの機体は軍の払い下げ、つまりは中古品である。
中古ではあるが、ミソノの兄デュラン=ラフラスが愛用していた機体でもあり知名度は高い。
巷では電撃ロボなどという、些か格好悪い名称をつけられている。
正式型番はライジングサンS233。一人乗りの人型だ。
中古で払い下げられただけあって関節の強度が脆くなっているものの、競技へ出る分には問題ない。
戦えはしないが、訓練には使える。そういう機体であった。
「どうしたんですの?ぼぉっとして」
会話を途中で途切れさせていたと気づき、ケイは我に返る。
「いえ、何でもありません。少し考え事をしていました」
そつなく答える後輩を見上げ、ミソノが歌うように囁いた。
「機体も楽しみですけど、どんな選手が出てくるのかも楽しみですわね。あぁ、それに、あそこの学長は素敵な方だと、お聞きしました。楽しみがいっぱいですわ!」
最初は小さな囁きだったのが最後のほうでは大声で叫ぶと、スキップでもしそうな勢いで去っていくミソノの背中をケイは呆然と見送った。
彼女は、なんだってああも楽しそうなのだろう。
いつも、ほわほわとしていて、このご時世において緊迫感が欠片もない。
元軍医と聞いているが、あれで務まる軍医とは、どのようなものなのか。
彼女の兄にしたって、そうだ。
現役時代はエースパイロットだったそうだが、今はただの優しいイケメン教官である。
もう一度、憂鬱な溜息を吐き出すと、ケイは廊下をトボトボと歩いていった。


Topへ