合体戦隊ゼネトロイガー


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act2 教官能力審査

教室への帰り際、ヴェネッサがポツリと漏らす。
「学長は過大な期待をしすぎなのではないでしょうか」
「何に?」と尋ね返す乃木坂へ、浮かない顔を向けて彼女は言った。
「辻教官に、です」
「あぁ……シークエンスの可能性か」と乃木坂も口をへの字に曲げ、同意する。
シークエンスとは、そもそも何なのか。
予期せぬ変化・繋がり・断片・この世界を守る力――そうエリスは称したが、正しい表現とは言い難い。
何故ならシークエンスは、ゼネトロイガーを所有するラストワンにしか意味を持たない存在だからだ。
ゼネトロイガーは女性の煩悩と男性の補助で動かす機体だ。
基本、男女が揃っていないと動かす事もかなわない。
双方の役割を一人で兼ね備える者こそが、シークエンスだ。
男と女、二つの機能を同じ体に持つ生き物……とは学長の打ち立てた仮説であり、まだ誰もお目にかけた事がない。
「男でもあり女でもある……そんな人間が、本当にいるもんかねぇ?それに俺の目にゃ、どう頑張ってもアイツが女には見えないぜ」
「同感です」と、ヴェネッサも強く頷く。
それに、と心の中で乃木坂は付け足した。
風呂場で見たアイツの裸、ありゃ〜どう見ても男だった。
足の間には立派なモンも、ぶら下がっていたしな。


いつものように授業を終えて宿舎へ戻ってきたツユに、乃木坂が話を持ちかける。
「教官能力テスト?今さら?勇一、あんた何言ってんのさ」
ツユと乃木坂の教官生活は四年目に入り、そろそろ初の卒業生が出ようかという時期である。
今更感でツユが呆れるのも無理はないが、乃木坂は自分の思いつきを親友に話した。
「テストするのは俺達じゃない。木ノ下と辻だよ」
「あの二人を?けど、教官をテストしてどうすんのさ」と、ツユは首を傾げる。
主操縦は、あくまでも候補生。教官は補佐に過ぎない。
要は不能でなければ誰でもいいのだ、教官なんてものは。
では面接が何の為にあるのかといえば、人柄と女性の扱いを知る為にある。
いくら誰でもいいといったって、最低限、人としてのモラルは持っていて貰わないと困る。
一般面接を受けさせれば、後藤も一発で落ちていたクチだ。
軽すぎず堅すぎず、且つ女性に興味があり、図々しくもない。
ラストワンの求める人材は、極めて普通の人物だった。
それを曲げて辻鉄男を採用したのは、学長曰くエリスが反応した――とのこと。
エリスが鉄男をシークエンスだと感じたから採用したのだと、御劔が言ったのだ。
エリスは勘が鋭い。時々、教官や学長でも気づかない気配に気づく時がある。
だが曖昧な『勘』などというものを信じる事が、どうしても乃木坂には出来ない。
なので、教官テストと称して鉄男を審査してみようと思いついたのであった。
「決まっているだろ、シークエンスだ。あいつが本当にシークエンスかどうかを調べるんだ」
「でも、なんでサル下まで?」
「サルシタっつか、木ノ下も一緒なら辻だって疑わないだろ?本当は何のテストかなんて」
「ふぅん……」とツユは考える素振りを見せ、囁いた。
「じゃあ表向きは教官能力テストってワケ?」
「そうだ」
自信満々に乃木坂は頷き、こういうのはどうだと案を出す。
「あいつらのテクニックを審査してやるってのは」
「テクニック……そうねぇ、あの鉄仮面、面接のキスすら出来なかったっていうじゃない。ついでだから公開制でやりましょうよ、マジックミラーの向こう側でマリア達にも見せてやるの」
意地悪な案がツユからも飛び出して、二人の先輩はニヤリと笑いあった。

翌日。終業時刻を見計らって、鉄男と木ノ下の二人は呼び出される。
呼び出したのは、乃木坂だ。先輩からの呼び出しでは、無下に断る訳にもいかない。
「なんスか?大事な用事って」
気安い木ノ下に普段は不快を示す乃木坂も、今日ばかりは愛想良く答えた。
「なぁに。お前ら二人の適正を見てやろうかと思ってな」
「適正?」
さっそく鉄男が眉間に皺を寄せる。
「そうだ」と頷き、乃木坂は続けた。
「教官の適正だよ、そいつをテストしてやる」
「鉄男はともかく、俺もですか?」と、これは木ノ下の当然の疑問にも、頷いた。
「そうだよ、去年はゴタゴタ続きでちゃんと見てやれなかったからな。今年まとめてテストして、よくない部分は指導してやろうってんだ。有り難く思えよ?」
やたら偉そうな物言いに多少鉄男はムッときたものの、相手は四年先輩、教官としてはベテランである。
ベテランに指導して貰うのは、けして悪くない発想だ。
「それで……テストって、何を?」
「そう急くなよ、まずは場所を変えようぜ」
乃木坂の手引きで、二人はトレーニングルームへ連れ込まれる。
そこではツユが待ちかまえていた。
「あれ、水島先輩も俺達を指導して下さるんですか?」
木ノ下の問いにツユは頷き、顎で床の上に敷かれたマットを示した。
「まぁね。じゃあ、さっそく始めようか。二人とも、そこのマットの上に座りなよ」
「はーい」と従順に木ノ下がマットの上に胡座をかく。
鉄男も木ノ下の横へ座ったのを横目で確認してから、さっそく乃木坂が話を切り出した。
「まずは軽く愛撫からいってみるか。まずは、お前らが思う愛撫ってのを俺達に見せてみろ」
「えっ?」と、驚きが木ノ下と鉄男の両名から飛び出して、思わず二人揃って顔を見合わせてしまう。
この先輩、今、とんでもないことを言わなかったか?
戸惑う二人に、横からツユの声が飛んでくる。
「えっ、じゃないわよ、やってみせろっつってんの。出来ないとは言わさないよ?木ノ下、あんたは二年目だもんね」
名指しで突っ込まれ、木ノ下は挙動不審なぐらいに激しく視線を動かしながら、ツユに尋ね返す。
「え、い、いや、確かに俺は二年目ですけど、愛撫って……誰と?」
「決まってんだろ?」と答えたのは、乃木坂。
「今、マットに座っているお前ら二人でやるんだよ」
「……えぇっ!?」
やっと事の事態を飲み込めた木ノ下は喉をぐびびっと鳴らしたのだが、全然状況を判っていない鉄男が難色を示してきた。
「何故愛撫を行わなくてはいけないのですか?それのどこが教官適正テストに繋がるのでしょうか」
「お前な」と乃木坂も眉間に皺を寄せて、物わかりの悪い後輩へ詰め寄った。
「ゼネトロイガーの中で候補生と何やんのか、全然判ってねーのかよ?俺達が戦うのをモニターで見ていたんだろ?なら、俺の言う愛撫がソレだってのも理解しなきゃ」
「……判りました。しかし」
チラと横目で木ノ下を見て、なおも鉄男は食い下がる。
「何故、相手が木ノ下なのですか」
「決まってんだろ?」と乃木坂がせせら笑った。
「候補生を使うわけにゃ〜いかない。こいつは俺とツユが勝手にやってる、学長非公認のテストだかんな」
なるほど、筋は通っている。
「お互い、人形を相手にしていると思えばいいんだよ」と木ノ下も笑った。
「そうよ。ただし、人形は喘がないけどね」
ツユの追い打ち発言に「喘ぐって、そんな生々しい」と木ノ下が突っ込むのへは声をかぶせて、乃木坂が命じてくる。
「そうだな、まずは木ノ下、お前からやってみろよ。後輩に先輩のお手本を見せてやれ」
「は……はい」
うわずった返事をかえし、木ノ下が鉄男の肩に手をかける。
びくりと体を震わせた鉄男に「大丈夫だ、俺に任せておけよ」と耳元で優しく囁くと、そっと身を横たわらせた。

一方、こちらはマジックミラーを通した隣の部屋。
興味津々に見守っていた少女達が、一斉にキャアと黄色い歓声をあげる。
「ほ、ホンマにやるんかいな?木ノ下教官」
ごくりと喉を鳴らすモトミに、すかさずメイラが相づちを打つ。
「当然よ!先輩の命令は絶対ですもの……あぁ、乃木坂教官ってば天才!」
「どこらへんが天才なの?」と首を傾げるマリアへ振り向くと、メイラは感極まった声で答えた。
「この展開を思いついたところが、よ!テストと称して、ぎこちない二人を一気にくっつける作戦なのね……あぁ、うっとり」
こっそり昴が「違うと思うけどなぁ」と呟いたのだが、メイラの耳に届く気配はない。
代わりに聞きつけた亜由美が彼女へ尋ねた。
「違うって、何がですか?」
「あぁ、いや」と浮かぬ顔で昴の言う事にゃ。
「このテスト、裏があるんじゃないかと僕は思うんだけどね。乃木坂教官や水島教官が男色に興味あるとは思えないし、何故あの二人なのか?」
「ケド、面白いモンを見せてやる言うとったやないか乃木坂教官」と話に混ざってきたのは、モトミだ。
「これから始まるホモゴッコが、面白いモン?だとしたら、けったいな趣味やでぇ〜」
頭痛のしてくる頭を抑えながら、昴が辛抱強く切り返す。
「だから、あの二人が男色に興味あるとは思えないと今、僕が言っただろ」
「ほたら、なんで」
多分、と首を傾けて昴は自分の推理を披露する。
「乃木坂教官と水島教官の目的は、辻教官にあるんじゃないかな?辻教官を審査したいんだ、何らかの目的でね。なぁヴェネッサくん、君は何も聞いていないのか?」
「私が?」
ヴェネッサはキョトンとしている。とても関与しているとは思えない態度だ。
ただ、彼女は少し考えた後に付け足した。
「そういえば……乃木坂教官は辻教官がシークエンスである可能性に、とても疑問を持っていたわね。それと関係しているのかもしれないわ、今回のテストは」
皆が一斉にハモる。
「シークエンス!?」
また、その言葉だ。シークエンス、謎の単語。
「シークエンスって確か……幾多の可能性、でしたっけ?」
眉を潜めて亜由美が言うのへ、ヴェネッサも頷く。
「それだけではないわ。学長が言うにはね、シークエンスとは男と女、二つの可能性を持っているらしいの」
「え〜!?ほたら、辻教官はオカマなん!?」
素っ頓狂な声をあげたのはモトミだ。
「オカマではなくってよ」
眉間に縦皺を寄せてヴェネッサが訂正する。
「一つの体の中に、男性と女性、両方の遺伝子を持っているらしいの。私もよくは判らないんだけど、私達のやっているパイロットが、その人物一人で事足りるらしいわね」
「えー、それじゃあたし達、鉄男がシークエンスだったら、いらなくなっちゃうって事!?」
途端に室内は、ざわざわ騒がしくなり、部屋の隅っこで杏が小さく呟いた。
「そんな事態になったら、私の居場所がなくなっちゃう……死にたい……」
横目で杏を見ながら、昴が即座に否定する。
「まだ、そうと決まった訳じゃないよ」
「そっか!だから、これはそれを確かめる為のテストなのね!」と、マリア。
昴は頷き「乃木坂教官達のやり方で判るかどうかも判らないけど、一応最後まで見守ってみよう」と締めくくった。

マットの上に横たわり、鉄男はジッと木ノ下を見上げる。
乃木坂とツユが何を思って、こんなテストを始めたのか、薄々判る気がした。
恐らく、面接テストに疑問を持っているのだ。
満足にキス一つできやしなかった自分が合格になった事を。
鉄男自身、面接内容には後悔しているし、納得もいっていない。一度は退職も考えたぐらいだ。
だが学長は鉄男に『シークエンス』の可能性があると言って辞めさせなかった。
シークエンスとは何だろう?エリスも同じ言葉を口にしていた。
学長に問いただしても判らないの一点張りで逃げられたが、本当は知っているのではないか。
だからこそ鉄男を合格にさせ、手元に置いたのだ。
それを、この二人――乃木坂とツユは疑問視しているのではないか。
木ノ下の手が伸びてきて、シャツの上から、そっと鉄男の乳首を摘んでくる。
指できゅっきゅと乳首を弄びながら木ノ下がのし掛かってきて、何をするのかと緊張する鉄男の首筋に舌を這わせてくるもんだから、鉄男は喉元まで出かかった悲鳴を押し殺し、両手で口元を押さえた。
「どうだ?なんか変化を感じないか?辻」
乃木坂が何やら尋ねてきたが、それどころではない。
舌の熱い感触が首筋から鎖骨に降りてきて、同時にシャツを捲りあげられ、胸を執拗にまさぐられる。
抱き起こされ、ぐっと木ノ下の胸の中に引き寄せられる。
木ノ下と抱き合う形で向かい合った。
誰かに抱き寄せられるなんて、生まれて初めての体験だ。
しかも相手は男、気を許した男友達とあっては、こんなことをしてはいけない――という道徳心が一気にわき起こり、鉄男は逃れようと身をよじる。
だが木ノ下は気づいているのかいないのか、捲りあげたシャツの中にも舌を這わせてくる。
両手を離して「や、やめ……っ」と言いかけた鉄男は、乳首をちゅうと吸われて再び口元を両手で覆った。
甲高い悲鳴が飛び出す寸前であった。
女じゃあるまいし、悲鳴などあげてたまるものか。
「どうだ、感じてんのか?体調に変化、ないか?どこかおかしいところがあったら、すぐに言えよ」
乃木坂の声が、遙か遠くに聞こえる。
木ノ下は休むことなく今度は鉄男のズボンを脱がしにかかり、空いたチャックからは手が入り込んでくる。
そうはさせじと鉄男もモゾモゾ身動きで逃れようと抵抗するも、乳首を這う舌の動きに翻弄されて、ままならない。
布を通して木ノ下の手の温度が伝わってくる。
暖かい何かが股間の盛り上がりを、さわさわと撫でている。
かと思えば突然モミモミと股間を揉まれ、ついには鉄男の両目に涙がじんわりと浮かんだ。
――馬鹿な。
どんな激しい衝撃にも、心の痛みにも耐えてきた自分が、この程度で泣きべそをかくなど。
自分の目に浮かんだ涙に鉄男は動揺したが、それよりも何よりも、無言で愛撫を続ける木ノ下に腹が立ってきた。
さっきからモゾモゾ動いて嫌がっているのが判らないのか。友達のくせに。
キンタマでも蹴り上げてやろうか、そう思いついた時に、ようやく待望の終了が告げられた。
「よし、そこまで!どうだ?辻、何かおかしくなったりしなかったか」
このテスト自体がおかしいですとでも言ってやろうかと思ったが、あえて面倒をさけて鉄男は答えた。
「いえ、別に……」
「けどホラ、ちったぁ感じたんだろ?目に涙浮かんでるぜ」
乃木坂には目元の涙を指摘され、慌てて鉄男は手の甲で涙をぬぐい取る。
「こ、これは……!」
「感じたこた感じたのね。鉄男、あんたも一応不感症じゃーないのねぇ」
ツユにも妙な感心をされて、鉄男は暗く落ち込んだのだが、「じゃあ、次は鉄男の番ッスかね?」という木ノ下の言葉で現実に引き戻された。
「んん、あぁ、一応やってみるか」
見るからに気乗りしなさそうな様子で、乃木坂が相づちを打つ。
ツユも、まるっきり関心ないといった顔で応えた。
「鉄男チャンのテクニックは面接で証明済みだけどね。ま、あれから成長したかもしんないし。一応やってみる?」
そうまで言われては、無理ですと引き下がるのも癪に障る。
「木ノ下、横になれ」
鉄男は木ノ下を乱暴に突き飛ばし、マットの上に寝っ転がした。
可哀想に木ノ下は「アウチ!」と勢いよく後頭部をぶつけたようだが、構わず鉄男は行為を始める。
すなわち、木ノ下に先ほどやられたのと同じ真似を彼にしてやろうと思ったのだ。
勢いよくシャツを捲りあげ、乳首を舌でペロペロと舐める。
木ノ下の乳首は、しょっぱい味がした。汗の味だ。
「ウッヒョホゥ!」
何故か喜ぶ木ノ下のズボンを、ぐいっと男らしく一気に下げると、シマシマパンツがお目見えする。
「……イマドキ縞パンかよ、だっせぇな」
乃木坂がぼそっと呟き、ツユも顔をしかめた。
「木ノ下、あんたねぇ〜。候補生とやる時は、もっとマシなパンツはきなさいよね」
すかさず木ノ下も言い返す。
「パ、パンツへのツッコミはノーサンキュウで!」
鉄男にやられている最中だというのに、大した余裕だ。
それが大いに鉄男の神経を逆撫でし、自分がやられた以上の行為をやってやろうと大胆な行動に踏み切らせる。
果たして彼は、普段からは考えられないほどの積極的な行為に出た。
なんとパンツの中に手を突っ込み、直接モミモミしたのである。
木ノ下の股の間についている、二つの玉袋を。
「キョホッ、きょほほうッ!」と奇声を発して狂喜乱舞する後輩を、とても最後まで見ていられなかったのか、「はい、そこまで!」と乃木坂が、さっさと打ち切らせ、まだ続けようとする鉄男はツユが引き剥がした。
「ったく、木ノ下のアヘ顔なんざ見たって誰得だっての」
今さっき見た狂気の表情を忘れようと何度も頭を振っている先輩に、鼻息荒く木ノ下が問いかける。
「て、鉄男のは、どうでしたか?俺的には大興奮でしたけど!」
「あーそう。ま、俺から言わせりゃマダマダだな。押し倒す部分から、やり方が強引すぎる。つか」
「ハイ?」
ジト目で睨まれキョトンとする木ノ下の鼻先に指を突きつけ、乃木坂は聞いた。
「お前もお前だ、なんであそこまで喜んでたんだよ?気味悪ィ。そんなに良かったのか、辻の愛撫が」
「えっ、だ、だって鉄男ですよ!?鉄男が不慣れながらも俺のタマキンをモミモミしてくるんですよ!しかも布越しじゃない、直に触られたってんじゃ〜、これが興奮せずにいられますかってーの!」
そんな大興奮して嬉しそうに言われては、やったほうも、たまったものではない。
木ノ下を驚かす、その程度しか考えていなかった鉄男は、今さらになって恥ずかしさがこみ上げてきた。
真っ赤になって俯く鉄男とは裏腹に、乃木坂とツユは思いっきりドン引きし、一歩下がって木ノ下から距離を置く。
「あんた……ひょっとして、ホモなの?」
「えっ?」
「だって、男に触られて喜ぶなんて変態じゃん」
ようやく引きに引きまくった先輩二人の態度に気づき、木ノ下も我に返る。
「あっ!い、いや、そーじゃなくってですね、鉄男ってホラ、恥ずかしがり屋じゃないですか!それなのに、乃木坂さんに言われたからって俺を一生懸命気持ちよくさせようとするとか……それに言わせてもらいますけど、このテストやろうって最初に言い出したのは乃木坂さんじゃないですか。俺がホモなら、乃木坂さんと水島さんだってホモになるんじゃないッスかね?」
早口で捲し立てられ、今度は乃木坂とツユが慌てる番だ。
「ちッ……違ェーよ!!俺がホモォ?冗談にしちゃタチが悪すぎんぜッ」
カッカと乃木坂が青筋立てて怒鳴る横では、気怠い調子でツユも否定する。
「あたしだって男の相手は後免よ、女とだって気が乗らないってのにサ」
「えっ?」と今度は乃木坂と木ノ下から同時に疑問符が飛び出して、ツユは前髪をかきあげ補足した。
「あたし、別に女とヤりたくてココに来た訳じゃないのよねェ。御劔博士の研究が、どういう結論を迎えるのかに興味あって、ついてきただけだから」
「そ、そうだったんスか……」
これは意外な発言を聞いたものだ。
ツユと乃木坂は、てっきり女の子とイチャイチャしたくて、ここにいるのだとばかり木ノ下は思っていた。
いや、乃木坂は実際そうなんだろう。
休日は、いつも候補生を取っ替えひっ換えしてデートばかりしているから。
「水島先輩って意外と硬派だったんスね」
呆けた顔で呟く木ノ下に、ツユがフンと鼻を鳴らす。
「何よ、意外とって。心外ね」
「……まっ、それはともかくとして、だ」
乃木坂が話を元に戻した。
「いいぜ、テストは一応合格って事にしといてやらぁ。だが辻、お前はもっとテクニックを磨いた方がいいな。優しさの基本をだ。女の子をあんな乱暴に扱ったんじゃ、みんな脳しんとうを起こしちまう。女の子ってなぁ、心も体もデリケートな生き物だからな。木ノ下とは違うんだ」
「そっ、そうそう!さっきのは痛かったぞ?」と木ノ下も口を尖らせて、鉄男にお説教。
乃木坂が話を締めくくったのを幸いとばかりに、先ほど浮かんだ男色疑惑を有耶無耶にするつもりらしい。
「マリアはともかく、カチュアにあんな真似しちゃ駄目だぞ。あの子は母親のDVで、暴力にすげぇ恐怖を持っているだろうからな」
ぶすっと不機嫌に鉄男が応じる。
「当たり前だ、判っている」
さっきの乱暴な真似は、相手が木ノ下だからこそやったのだ。
カチュアやマリアにやるつもりは毛頭ない。
恥をかかされたお礼で叩きつけたというのに、木ノ下には全く通じていなかった。腹立たしい。
「……で、本当に何でもないんだな?体が、こう、女っぽくなったりは、しなかったのか?」
おまけに乃木坂は、さっきから変な質問ばかりしてくるわで、鉄男の苛立ちは増すばかり。
大体、恥をかいたのだって、本を正せば目の前の先輩が変なテストを提案してきたせいだ。
先ほどの二倍は無愛想な顔で鉄男は答えた。
「なっていません。変にも、女にも。そもそも俺は男です、男が女っぽくなるはずがないでしょう」
「そうか……」などと、乃木坂は落胆している。
落胆したくなったのは、こっちのほうだ。
このテスト、一体何の意味があったというんだ。
後輩に恥をかかせたかったのだとしたら、とんだ性悪先輩だ。
「それにしちゃあ、涙まで浮かべて恍惚としてたみたいだけどな」
まだ疑っているのか、そんなことを言う乃木坂に、鉄男は全身の血が沸騰するかと思った。
「こっ、恍惚となど!していませんッ!!あれは、あの涙は悔しくて出たまでです!」
眉間に無数の縦皺を刻んで全力否定する鉄男を横目に、ツユが乃木坂へ囁く。
「とにかく、ここは一旦お開きにしましょ」
あぁ、と頷いた乃木坂は一転して笑顔を作り、木ノ下と鉄男を戸口へ追いやった。
「ご苦労だったな、二人とも。さ、テストはもう終了だ。散った、散った」
「え、あ、はい。行こうぜ、鉄男」
差し出された木ノ下の手を冷たい視線で一瞥し、鉄男はさっさと先に出ていく。
無視された木ノ下は一瞬ポカーンとしたものの、「え、ちょ、ちょっと待てよ、オイ、鉄男!」と、すぐに彼を追いかけ出ていった。

忙しなく後輩二人が出ていき、隣の部屋で様子を伺っていた候補生達も帰らせた後――
ツユが話を切り出した。
「やっぱり鉄男がシークエンスっての、学長の思い違いじゃないかしらねェ」
少し考え、乃木坂が、かぶりを振る。
「いや、あの人は適当な憶測で物を言う人じゃない。それはツユ、お前だって知っているだろ?」
「あたしは、あんたと違って、あの人の人柄に惚れているワケじゃないから何とも言えないけど……ま、あの人のファンな、あんたが言うんだから、きっとそうなんだろうね」
そう言って、ツユはニッと歯を見せて笑う。
たばこを吸っていいかと聞かれたので、いいよと答えてから、乃木坂は続けた。
「もしかしたら、何かスイッチがあるのかもな」
「……スイッチ?」と尋ね返す親友へ頷くと、乃木坂が己の持論を展開する。
「あぁ。気を許している相手に体を触られたら切り替わるんじゃないかと俺達は考えた次第だが……あんなんで簡単に切り替わるぐらいなら、学長だって、とっくに実験しているよなァ。そうじゃなくて、もっと深くまで切り込んだスイッチがあるんじゃないのかな」
「深くまで?じゃあ、次はセックスさせてみる?アナルセックス」
ブッと吹き出し「冗談やめろよ、気味悪い!」と全力で拒否ってから、乃木坂は言い直した。
「そうじゃない、直接の行為じゃない何らかのキッカケだよ……しかし、それが何なのかが判らない。だから学長やエリスは『可能性』なんて曖昧な表現に逃げたんだろうぜ」
ふぅー、と白い煙を天井に吐き出し、ツユもひと思案してから呟いた。
「シークエンスの発動モジュールをゼネトロイガーに積むって言ってたわよね、学長」
「あぁ」
「モジュールが出来ているんならサ、発動条件も判ってんじゃないの?」
「いや……」
ツユの予想に、乃木坂は首を振る。
「あれは学長の構想に基づいた切り替え機でしかない」
ぽかんとしている親友へ、判りやすく言い直した。
「だからさ、発動を促す装置じゃないんだよ。発動モジュールなんて名称だから誤解したんだと思うけど、お前も。厳密にはシークエンスを感知し、シークエンスに併せた動力へ切り替える為の装置だ」
「そうなの?」と、まだよく判っていない顔でツユが生返事する。
「けど、それじゃ積んであっても用なしになる可能性だってあるんじゃ……」
「その通りだ。だから幾多の可能性の一つなんだよ、シークエンスってやつは」
可能性。
発動することもあれば、しないまま一生を終わるかもしれない。
だが現実は、そう悠長に構えさせてくれない。
候補生を育成する、それにも時間がかかる。
空からの来訪者に対抗するには、もっと手が必要だ。
それも早急に使い物になる手が――


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