合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 どうなの……?

今日の授業は前半ビデオを見て感想を言わせた後、残りの時間で意見と論文を書かせる予定であった。
それが何故、こんな展開になったのか。
きっかけは亜由美の提案だが、全員が全員示し合わせたように意見を一致させるとは。
しかも、だ。あの大人しく臆病なカチュアまでが、今は真剣な眼差しで鉄男を見つめている。
一糸まとわぬ全裸の鉄男を。たった一夜で、この子の心境に何があった?
「どうした?触らないのか」
遠巻きに眺める三人へ声をかけると、マリアがビクッと身を震わせた。
「わ、判っているわよ!ただ、ちょっと今、順番を決めようと思っていただけでっ」
あれだけ乗り気だったくせに、今頃になって怖じ気づいたと見える。
「順番を決めるだけで残りの時間を消費するつもりか?」
軽く挑発したら、亜由美が一歩前に踏み出した。
「そ、そんなつもりは……!」
やはり、この子が一番手か。
どの授業でもそうだが一番やる気があるのは亜由美だと、鉄男には思える。
というよりマリアは始終横道に逸れてばかりだし、カチュアは、あまりにも無反応すぎて手応えを感じない。
「し、失礼します……」
ごくりと生唾を飲み込み、亜由美が手を伸ばしてくる。
肩から腕のラインをつたって掌まで触れると、今度は胸を触って驚いた表情を見せる。
「どうした?」と鉄男に声をかけられた彼女は、ハッと我に返って答えた。
「え、あ、あの、堅いんですね、男の人の体って」
見れば判るだろうに、触ってから驚いている。鉄男は怪訝に眉をひそめた。
「父親に触れたことはないのか?」
「えっ、お、お父さん!?あ、いえ、ずっと小さい時には……でも最近は、全然触っていないです」
「へぇー鉄男の体って堅いんだ」と感心したように呟いたのは、マリアだ。
「うちのパパなんて、ポヨンポヨンだよ?お腹の辺なんか、特に!」
年頃の娘は残酷だ。特に、身内に対しては容赦がない。
「そ、そうなんだ……でも、ほら辻教官のお腹はポヨポヨじゃないし」
亜由美の手が腹を撫でてきて、少々くすぐったい。
「マリアちゃんも触ってみて?」
亜由美に誘われたマリアも恐る恐る手を伸ばして、鉄男の腹筋に触れた。
「あ、ホントだ!ボコボコしてる」
「ボコボコっていうか、ゴツゴツ?ほらほら、カチュアちゃんも」
亜由美に手招きされ、カチュアもビクビクしながら近づいてくる。
「あ……う、うん……」
そっと伸ばした指の先が目測を誤り腹ではないものに触れて、指の冷たさに思わず「うっ」と呻いて体を震わせた鉄男に驚いたのか、カチュアは脱兎の勢いで後方へ飛び退いた。
驚いたのはカチュアだけじゃない。
腹筋をペタペタ触りまくっていた二人も驚いて、手を引っ込める。
「ちょ、何よ!いきなり動いたりしてビックリするじゃないっ。どうしたの?鉄男ッ」
マリアに怒鳴られ、鉄男は、しどろもどろに答えた。
「い、いや……すまない」
「すまないって、何が!?」
追及の手を緩めぬ級友の肩を、ちょいちょいと遠慮がちに亜由美が突いてきた。
「マリアちゃん、カチュアちゃんはコレに触っちゃったんだと思うな。だから辻教官も驚いて」
「うるさいなぁ、今は鉄男に聞いているんだから後に――」
言いかけて、亜由美が何を指さしているのか気付いたマリアは、残りの言葉を唾液と一緒に飲み込んだ。
亜由美の指は、真っ直ぐ下を指していた。すなわち腹の下、股間についた鉄男の一物を。
硬そうな剛毛に覆われたソレを視界に入れた瞬間、マリアの頬には、さっと朱が差し、勢いよく視線を明後日に逸らす。
「あ……そ、そう。それに触ったんじゃ、鉄男がビックリすんのも当然よね……」
元々ソレに触るのが目的だったくせして、そんなことを言っている。
「ご……ごめん、なさい……」
カチュアは今にも泣きそうだ。大きな瞳には早くも涙が滲んでいる。
不覚にも動揺してしまった自分を内心叱咤しながら、鉄男は努めて平常心を装った。
「気にするな。それよりも、どうだ?」
「どう……って?」と、マリア。
鉄男はマリアではなくカチュアへ視線を向け、再度尋ねる。
「実際に触ってみて、どう思った?」
「ちょっと鉄男!それってセクハラじゃないの!?」
声を荒げるマリアには目もくれず、鉄男は冷静に返した。
「それを言うなら局部に触る行動、及び触りたいと言い出したお前達自身がセクハラに当たる。だが、感情の揺れを学ぶ授業にセクハラもへったくれもない」
カチュアに触られた時の心臓の動悸は、もう収まっている。
彼女の指の冷たさには驚いたが、己の感情に変化は訪れなかった――と、思う。
カチュアは、やはり鉄男にとって生徒の一人でしかない。
ドキドキしたり触られて嬉しかったりといった感情は、一切沸かなかった。
これがもし、例えば意中の女性なら、どういった変化が心境に加わるのだろうか。
鉄男は一瞬自分の考えに入りかけたが、すぐに妄想を打ち切り、生徒の様子へ意識を戻す。
今は自分の感情より、カチュアの感情を調べるのが先だ。
カチュアを見ると、彼女はオドオドしながら顔をあげ、鉄男の目を覗き込むようにして答えた。
「ドキドキ……した……」
両手は堅く胸の上で結ばれている。
よほど驚いたのか、握りしめた掌が微かに震えていた。
「どう、ドキドキしたんだ。詳しく言ってみろ」
なおも鉄男が追及するとカチュアは項垂れてしまったが、途切れ途切れに、か細い声が聞こえてくる。
「どう……なの…………?」
「どう、とは?」質問に質問で返され、鉄男の眉間には細かい皺が寄る。
「質問しているのは俺のほうだが?」
顔をあげたカチュアは、もう一度同じ問いを口にした。
「教官は、どうだった……の?ドキドキ……した?」
どうやら、一歩も退く気はないようだ。
昨日まで鉄男を恐がっていた少女の態度とは思えない。
そうと判った鉄男は、きっぱり答えてやった。授業を先に進める為にも。
「しなかった。これで満足か?」
「そう……」
カチュアの顔に影が差したのは、けして鉄男の気のせいではあるまい。
誰が見ても、彼女は落胆していた。
いち早く気付いたのは亜由美だが、彼女は何も言わなかった。
その代わりマリアが、ぎゃんぎゃん騒ぎ出す。
「鉄男、酷ォい!人には感情の変化を期待しておいて、自分は何も変わらなかったって、そんなのアリ!?」
鉄男も憤然とソッポを向き、溜息と共に「変わらなかったのだから、仕方あるまい」と言い返す。
「それにしたって!こーんな可愛い」と、カチュアの肩を抱き寄せてマリアが叫んだ。
「女の子が触ったのに変化ナシなんて!鉄男って不感症なんじゃないの?それともホモなのッ!?」
もうマリアの抗議は無視して、鉄男は再三カチュアに尋ねた。
答えを聞かない事には授業を終われない。
「それで?お前の感情に変化はあったのか」
悲しみに満ちた両目が、ふいっと視線を逸らす。
頷いたのか頷かなかったのか、それでも微かに首は縦に動き、カチュアはボソボソと答えた。
「…………あり、ました…………わたし…………は、やっぱり」
「わたしは……やっぱり?」
鉄男は聞き返したのだが、小さな返事は授業終了のチャイムに掻き消されて聞こえず終いとなった。


――昼食の時間になって。
「ね!ね、ね、どうだったの?」
食堂で大好物のシメ鯖ランチを頼んだマリアが、せっかちにカチュアを突く。
「ど……どう、って……?」
怯える彼女に、なおもマリアは顔を寄せて囁いてきた。
「だからぁ、どんな感触だったの?鉄男のアレ……柔らかかった?それとも滑らかだったの?」
まさかの食事中にシモネタ。
そばで聞き耳を立てていた亜由美は、危うく口の中の御飯を吹き出す処であった。
「ちょ、ちょっとマリアちゃんっ」
半分咽せて涙目で級友を止めるも、マリアの好奇心は止まらない。
「見た目通りに考えたら、柔らかそうだよね。でも案外コチコチだったりして?ねぇ、どうだったの?」
「あ、そ、その……す、少しだけ……指が触れただけ、だから……」
これにはカチュアも返答に困ってか、ランチをフォークでグシャグシャかき混ぜながら、視線下向きに呟いている。
頬はおろか、耳まで真っ赤だ。そりゃそうだろう。飯時に酷い不意討ちもあったものだ。
「少しって言っても、触れたことは触れたんでしょ?ね、どんな感じだったの?」とマリアも、なかなか諦めない。
カチュアのランチに入っていたソーセージに、ぐさっと箸を突き立てると、彼女の目の前に突き出した。
「触ったのって、細長いトコ?それとも先っぽの丸いトコ?どっちだったの?これでいったら、どの部分?答えてよ」
じぃっとソーセージを凝視していたカチュアの目が、くるんっと白く裏返る。
食堂で卒倒する寸前の彼女を救ったのは、隣に座っていた亜由美だった。
「も、もうっ。やめて、マリアちゃん!カチュアちゃんが可哀想だよ!!」
「何よぉ、亜由美だって気になるんでしょ?さっきからコソコソ聞き耳たててェ」
反省の色なくニヤニヤするマリアには、ついつい亜由美の声も跳ね上がる。
「ち、違うもん!隣に座っていたら嫌でも聞こえるし!っていうか、こんなのイジメと同じだよ?」
「イジメじゃないわよ!だって、あたしだって触りたかったのに授業が終わっちゃったから!それで触ったのって結局カチュアだけだし、どうだったのか気になるじゃない!亜由美は気にならないの!?」
喧嘩のボリュームの大きさに、何だ何だと他の候補生も集まってくる。
「触りたかったって何に?ソーセージ?」と尋ねてきたのは好奇心旺盛な最上級生、遠埜メイラだ。
間髪入れずにマリアが怒鳴り返す。
「違うわよ!ソーセージはソーセージでも、鉄男のソーセージ!!」
一瞬にして静まりかえる食堂にも、お構いなしに続けた。
「今日の授業で触る予定だったのに、時間切れで触れなかったの!だから触ったカチュアに感想を聞こうとしていただけッ」
言わなくていいことまで言ってくれる。
食堂は一転してキャ〜ッと黄色い悲鳴があがり、亜由美は天井を仰いだ。
渦中の人カチュアは白目からは立ち直ったものの、皆に注目されては顔もあげられず、頬を染めて俯いている。
「なに、なに?もう触っちゃう授業まで進んだの?え〜、ペース早すぎない?」
メイラが騒げば、モトミも便乗して大騒ぎ。
「しかもカチュアちゃんが触ったやて?カァーッ、やるやん!もう、これでシャイなガールも卒業やな!」
「それで?どこまでやったの?」
まどかの問いに、騒ぎの渦に巻き込まれた亜由美はキョトンとなる。
「どこまで、って?」
「だからぁ、授業の内容ですぅ〜。どこまで進んだの?」
きゃぴきゃぴ喜ぶレティの横では、ぐびりっと下品に唾を飲み込んだ杏が眼鏡を光らせながら追い打ちをかけた。
「も、もしかして、も、もう、しゃぶっちゃった……?」
再びキャ〜だのヤダァ〜だのといった黄色い歓声があがり、真っ赤になって亜由美が否定する。
「し、してないし!触っただけだから!!」
皆が半狂乱に茶化したり冷やかしたりする中、まどかだけはクールに頷いた。
「そう。今回はとりあえず見ただけ、或いは触っただけなのね」
「そ、そうです。他には何もしてませんっ」
表情は澄ましたまま、まどかが次なる質問を放つ。
「大きかった?」
「えっ?」
再び目を丸くする亜由美に、カワイコぶってレティが補足する。
「ですからぁ、大きさですぅ〜。長かったのか短かったのか、皮を被っていたのか剥き出しだったのか。気になりますぅ」
かわいこぶったところで、話している内容は下品極まりないのだが。
「お、大きさって言われても……ねぇ?」
亜由美の視線はマリアの顔にぶち当たり、相づちを求められたマリアも慌てて手を振った。
「あ、あたしに聞いても無駄だかんね!ああいうの見たの初めてだし、何と比較したらいいのか判んないもんッ!」
「え〜、じゃあ長さで答えてよ」と、ねちっこくメイラが絡んでくる。
「掌で包めるサイズ?それとも」
マリアは絶叫した。
「包んでないから分かんないッ!!それに、そういうのはカチュアに聞いてよ!触ったの、あの子だけなんだから」
「そうそう、そうでおじゃる。ここは体験者に聞くのが一番――おろ?」
見渡せば、カチュアの姿が何処にもない。
一人、騒ぎから離れて座っていた昴が言った。
「あ、カチュアくんなら、もう教室へ向かったよ。それも、だいぶ前にね。皆、気付いていなかったのかい?」
正確には、皆がマリアや亜由美を囲んで怒濤の質問大会を始めた頃だ。
誰にも言わず、カチュアが食堂を去ったのは。
もう、食欲も何処かへ行ってしまった。最悪の昼休みだ。
フォークに突き刺したソーセージを、そっとランチの皿へ戻すと、カチュアは黙して教室へ戻った。


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