合体戦隊ゼネトロイガー


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act6 わたしは、やっぱり あなたが

やっぱり、あんな案に乗るんじゃなかった。
マリアの言い出した鉄男の体に触れよう、というものである。
きっと辻教官は呆れてしまったに違いない。
カチュアを見る眼差しには軽蔑の色が浮かんでいた――ように、思う。
授業に消極的な態度をとり続けるのはよくない、という亜由美の言い分は判っているつもりだ。
でも、もっと違う方法での積極性があったのではないか?
亜由美を真似して授業中に質問したり、頭を使って回答するという手段が。
なんで触ろうなどと思ったのか。なんで、うっかり手が触れてしまったのか。
なんで……
教室で一人、次の授業を待つ間、カチュアが重苦しく沈んでいると、不意にガラッと教室の扉が開け放たれる。
続いて入ってきたのは級友でも教官でもない人物、エリス=ブリジッドで、カチュアは首を傾げる。
エリスは後藤組の生徒だ。教室を間違えるなんて、新入生でもあるまいし。
何故ここへ現れたのだろうか。
困惑するカチュアの前で、エリスが足を止める。
高い、よく通る声が教室内に響いた。
「シークエンスの謎を解くのは、あなたなの……?それとも、木ノ下教官なのかしら」
「シー……クエン、ス?」
その単語なら前にも聞いた記憶がある。
確か亜由美がエリスに問いただしたのだ。
その時の彼女の答えは『予期せぬ変化・繋がり・断片』であった。
抽象的で全く意味が判らなかったのだが、あの話の続きをしようというのか。
「可能性が一つでもあるなら、早めに覚醒させておかなければ……人類は、より深刻な危機を迎える」
そう呟くエリスは普段の、どこか夢見る目つきの彼女ではない。
真剣な眼差しで、こちらを見つめていた。
「それは……空からの来訪者、と関係……あるの?」
恐る恐る尋ねてみれば、エリスは真顔で頷いた。
「シークエンスには、この世界を守る力がある。私は辻鉄男からシークエンスの可能性を感じ取った。御劔高士は断言できないというけれど……違うのだとしたら、何故彼から異なる遺伝子情報の気配を感じたのか」
遺伝情報とは気配で分かるものなのか?
訳のわからない発言に加え、教官はおろか学長までフルネームで呼び捨てる学友にカチュアの目は丸くなる。
ここにいるのはエリスだけど、いつもの彼女ではない。いつもより数段大人びて見えた。
――ふ、と気を緩ませて、エリスが視線を外す。
「あなたには、どう見えているのかしら」
「えっ……?」
質問の意味が判らず怯えるカチュアへ、エリスが僅かな笑みを口元に浮かべる。
「辻鉄男教官が。どういう人に、感じられたの?」
「あ……そ、その……初めは、怖い……怖かった……けどッ」
今こうしてエリスと話しているのも、実は怖くてたまらない。
相手の性格に左右されるものではなく、人間と話す――それ自体が恐ろしい。
幼い頃、母親に暴力という形で植えつけられた恐怖だ。
少しでも何か話せば、叩かれる。殴られる。蹴られる。
会話には常に暴力がつきまとい、カチュアは人前で話す事をしなくなった。いや、出来なくなった。
話せば暴力をふるわれる。
そんな真似をする相手ではないと理性では判っていても、恐怖が先に立ってしまうのだ。
ラストワンへ来て、多少は人と話せるようになったと思う。
それでも、本音を割って話し合うのは恐ろしかった。
「けど……?」
辛抱強く話を聞いてくれるエリスから視線を逸らすと、カチュアは、ぼそぼそと続けた。
「今は……違う…………まだ、怖いけど……怖さが、少しずつ、薄まっているの……」
マリアには体罰をくらわせていた鉄男だが、カチュアには一度も手を挙げたことがない。
そればかりか勝手に学校を飛び出して迷惑をかけた時だって、優しく出迎えてくれた。
何故、自分にだけは優しくしてくれるのか。理由を聞きたかった。でも、怖くて出来なかった。
「恐怖を解決してくれたのは、時間?それとも、彼との対話?」
まだ完全に解決してはいない。
黙って首を真横にふるカチュアへ、しばしエリスは考えていたようであったが、再び質問を寄越した。
「まだ、怖いの?それは、どうして?」
「辻教官は……見えないから」
「見えない?」と口にしてからエリスは、すぐに言い方を変える。
「そう……判らないのね、彼の気持ちが。彼も、あなたと同じ仮面を被っているから」
「仮面……?わたしと、同じ……?」
きょとんとするカチュアの肩へ軽く手を置くと、エリスが頷く。
「彼は暴力に暴力で対抗する術を学んだ。あなたとは真逆の方法で、会話にまとわりつく暴力から逃げようとした。でも彼もまた、あなたと同じ袋小路に追い詰められた。まだ、怯えている……他人との関わりが怖いのよ」
それでも、と一旦言葉を切り、どこか遠くを見つめる瞳で彼女は続けた。
「少しずつ、心を開こうとあがいている。あなたと同じように。それは、けして無駄なあがきじゃない」
無言でカチュアは話の続きを促した。
エリスの話は相変わらず何を言いたいのか判らなかったけれど、辻教官の名前が出た以上は聞かなければなるまい。
彼女はきっと、伝えたいのだ。自分と教官にまつわる、なにか重要なヒミツを。
「あなたと辻鉄男はラストワンの中で、最も近い共通性を持つ人物。共感できる想い出を持つ者同士なら、よりシンクロしやすいかもしれない……」
辻教官と自分の共通性とは何だ?
首を傾げるカチュアへ、エリスの更なる言葉が飛んでくる。
「あなたと辻鉄男は同じ過去を持つでしょう?親の性別は違えど、暴力で育てられたという過去が」
「……あなたは、違うの?」
ぽろりと、そんな言葉が出た。
エリスは驚いた顔でカチュアを見、僅かながらに口元を歪めた。
「どこで聞いたの、その話。臆病な割には、意外と情報通なのね」
遠回しに下衆だと言われ、かぁっと赤らんだカチュアは俯いてしまう。
言い過ぎたと気付いたのか、エリスもすぐに笑みを消すと真顔に戻って話を続けた。
「そうね、そういう意味では私にも資格はある。でもカチュア、あなたのほうが、より鉄男に近いシンパシーを持っているはず」
廊下からキャアキャアと騒ぐ声が近づいてくる。
そろそろ昼休みが終わり、亜由美やマリアが教室へ戻ってくる時間だ。
エリスが開いた扉の前へ移動する。
「あ……」
まだ話は終わっていない。
そう思って引き留めようとしたカチュアだが。
「この話は、また後で。他の子達には他言無用でお願いね」
夢見る目つきで、そう口止めされて、後を追いかける暇もなく亜由美とマリアが教室へ入ってきた。


最初は怖かった。
でも、今はそれほどじゃない。
いや、もっと言えば……好き?でも、好きって言っていいのか迷う。
大体、好きって何だろう。どういう気持ちなのか。
嫌いの反対が常に好きとは限らない。
では辻教官のことは、好きでも嫌いでもなく、どうでもいい……?
いやいや、そんなはずはない。
だって彼はカチュアの心を、ほぼ全部、占めている存在なのだから。
朝起きる時も、夜寝る前にも、カチュアは鉄男の顔を思い出す。
授業が始まる前だって、思い浮かぶのは鉄男の顔ばかりだ。
ラストワンへ来る前までは考えられなかったぐらい、一人の人間の事ばかり考えている。
悶々と自分の考えに没頭しすぎていたせいか、ハッと我に返った時には亜由美もマリアも教室から姿を消していた。
時計を見ると、授業終了のチャイムがなったのは三十分も前だった。
全然気付かなかった。授業が始まったのにも、終わったのにも。
午後の授業、辻教官は何を話していた……?全然、記憶にない。最悪だ。
これじゃ、やっぱり亜由美以外は、やる気がないと辻教官に思われても仕方ない。
「どうした?ずっと上の空だったようだが」
予期せぬ方向から予期せぬタイミングで話しかけられ、カチュアはびくっと飛び上がる。
過剰反応に驚いたか、鉄男も驚愕の表情を浮かべて再び声をかけた。
「……驚かせて、すまない。だが、午後のお前の様子はおかしかった」
振り向けば困惑の鉄男と目があい、カチュアは項垂れる。
「……ごめん……なさい……」
蚊の鳴くような小声で謝ると、すぐに謝り返す声が返ってくる。
「いや、謝るような事じゃない。お前が午後に上の空だったのは、午前の授業内容が悪かったせいだろう……」
何故、彼が謝るのか。
ちらりと上目遣いに様子を伺ってみると、鉄男は暗い眼差しで窓の外を眺めていた。
「すまない。俺は今日、嘘をついた」
全身から暗いオーラを漂わせ、ぽつぽつと呟く。
なんと声をかけたらよいのか判らず、カチュアは黙って彼の話を聞く。
「感情の変化がなかったというのは嘘になる……だが、俺には確証が持てなかった。お前に触れられた時、指の冷たさに声をあげたのは事実だ。そして同時に心拍数もあがった。しかし、それを感情の変化と呼んでいいのかどうか俺は迷った」
鉄男の顔は逆光で遮られて、よく見えない。
だが、見えなくても判る。
憂いの表情を浮かべているのだろう、声がひどく落ち込んでいる。
とにかく誤解だけでも解いておきたくて、カチュアは声を出した。
「あ、あの……っ」
「何だ?」
真っ向から鉄男に見つめられると、たちまち何かを言おうとしていた意識は萎縮し、続きが出なくなってしまう。
「じゅ、授業……」
それでも勇気を振り絞って小さく呟くと、カチュアは大きく息を吸い込んだ。
「授業……悪く、なかったから」
「気を使わなくていい」
暗いトーンで返されようと、構わずカチュアは続ける。
鉄男の顔など見ないで目を瞑って、大声で遮った。
「わたし、面白かったから!あの授業……すごく、ドキドキしたから!!」
思いがけぬ相手の大声に、鉄男は驚いて言葉もない。
その鉄男を、カチュアが上目遣いに覗き込んでくる。
「わたし……やっぱり、あなたのことが……辻教官、あなたのことが……好き、なんだと思う……」
長い、長い沈黙が教室に訪れる。
かなりの間をおいて、鉄男の口から漏れたのは「……えっ?」という拍子抜けな反応だった。
しかしながら「迷惑……?」とカチュアが瞳を潤ませるのには、ぶるぶると激しく首を真横に振った。
誰かに面と向かって好きと言われたのは、鉄男にとって生まれて初めての経験であった。
同時にカチュアにとっても、初めてだった。
誰かに、面と向かって自分の感情を伝えたのは――


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