合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 確かめたい

一夜明けて、翌日。
教室では、授業を待つ三人娘の姿があった。
昨日出された宿題を自分なりに考えて、各々のノートにまとめてある。
「ねぇねぇ、亜由美は何て書いたの?ちょっと見せてよ」
マリアにせがまれ、亜由美は笑って言い返す。
「私だけ見せるのは恥ずかしいよ。マリアちゃんが見せてくれたら、見せてあげる」
「え〜、そんなのずるーい」と、どっちがずるいんだか、マリアが口を尖らせる。
それには取り合わず、亜由美は尋ねた。
「カチュアちゃんも、やってきた?」
カチュアは無言でコクリと頷き、ノートをぎゅっと抱きしめる。
その様子をジッと見つめていた亜由美だが、彼女と視線が合うと微笑んだ。
「そう。今日の授業、頑張ろうね」

鉄男と会う約束を引き延ばした理由は、昨夜二人に話してある。
教官との会話が圧倒的に少ないという亜由美の指摘に、マリアもカチュアも思い当たる節があるようだった。
「つーか、明らかに亜由美だけ依怙贔屓しているよね?鉄男って」
マリアに図星を指され、亜由美は苦笑混じりに話を続ける。
「えっと、別に依怙贔屓しているわけじゃないんじゃないかなぁ」
「どうして?だって、いっつも答えを聞かれるのって亜由美ばっかじゃん。それがどうして依怙贔屓じゃないの?」
「私は普通に授業を受けているだけだから」
「なによ、それ。あたしとカチュアが真面目じゃないみたいな言い方じゃない!」
さっそくマリアの癇癪が炸裂し「ご、ごめん」と謝るハメになりながらも、亜由美は本題を切り出した。
「あのね、辻教官が言うには、二人とも答えてくれないから指名したくないんだって」
「なによ!鉄男が、あたしの答えを無視するのが悪いんじゃないっ」
マリアが怒鳴る横では、カチュアがしゅんと項垂れる。
素直に自分の非を認めない誰かさんと違って、この子は判っているのだ。
「ちゃんと答えて、ぶたれたのよ!?初日の恨みは忘れてないんだからね」
ぷんっとむくれるマリアに、すかさず亜由美のツッコミが入る。
「え、と。初日は教官も授業に慣れていなかったから……でも、後で謝ってくれたじゃない」
「そりゃあ、まぁ……」と相手の歯切れが悪くなった隙を逃さず、亜由美は話を続けた。
「よく考えないで適当に答えられたり、全然答えてくれないんじゃ、教える方も面白くなくなっちゃうのは判るよね?きちんと自分の頭で考えて真面目に答えれば、もっと指名されるようになると思うの。どうかな?カチュアちゃん、マリアちゃん。もっと積極的に授業を受けようよ」
「う……うん。鉄男があたしの答えを真面目に聞いてくれるなら、受けてやってもいいけど?」
不承不承マリアが頷き、カチュアもまた、恐る恐る伏せていた顔をあげると小さく頷いた。
「が……がんばる」
蚊の鳴くような返事を聞き取ると、亜由美は彼女の頭を優しく撫でてやった。
「約束だよ、カチュアちゃん。そうすれば辻教官の態度も、きっと変わってくるはずだから」

一時間目は、引き続き性教育の授業である。
チャイムが鳴り終わる前には鉄男が教室へ入ってきて、三人も自分たちの席へ座っていた。
「では授業を始める前に、宿題を提出してもらう」
「あ、ハーイハイハイ!」と元気よく手をあげるマリアをじろりと睨み、鉄男が促す。
「何だ?」
「あのさ、提出するのは構わないんだけど、できれば皆の答えが知りたいなぁって!」
「答え合わせを授業でやれ、と?」
横目で素早くカチュアと亜由美の両方へ目配せしてから、得意満面にマリアは言った。
「そうよ。悪いアイディアじゃないと思うけど」
だが悪いアイディアじゃなかったはずのマリアの案は、即座に却下される。
「駄目だ」
「どうして!?」
癇癪を起こすマリアなど見ようともせず、手元の教材へ視線を落とした鉄男が答える。
「時間がない。今日は映像で説明する予定だ」
三人娘の声がハモる。
「映像?」
窓際に置かれた映像再生機へ近づくと、鉄男は手にした映像テープを皆にも見えるよう高く掲げた。
「前回は感情と性欲の話をした。今回は感情と肉体のリンクについて、もう少し詳しく説明する」
掲げられたテープのパッケージには、『初体験……私の処女、奪って下さい』と書かれた可愛い文字が躍っている。
中央では学生服を着た可愛い女の子が、こちらを上目遣いに見上げていた。
パッケージの隅っこに輝くのは、まごう事なき十八歳未満お断りのマークシール。
どう見ても、巷で売られているエロ映像テープで間違いない。
「それってもしかして、鉄男のお宝テープ?」
はしゃいだマリアの質問には、ぴしゃりと鉄男が大声で怒鳴る。
「違う!!これは教材として、乃木坂教官から借りたテープだ」
「どんな内容なんですか?」と、これは亜由美の質問にも仏頂面を崩さず彼は答えた。
「見れば判るが、概要だけ先に説明しておこう。主人公は、ただの担当教師だった男を次第に好きになり、最終的には肉体行為へ及ぶ話だ。注目すべきは行為そのものではなく、そこへ至るまでの感情の変化にある」
ひゃ〜っと甲高い悲鳴をあげたのは、マリアだ。
「まさかの教師×生徒もの!? 鉄男も、やっぱそーゆーシチュに興味あるの?」
「俺の所持品ではないと何度言ったら判るんだ」
「でも、そーゆーテープを借りてくるってことは、興味あるんでしょ?」
「教材だと言っているだろう!」
辻教官のこめかみにはピクピクと青筋が浮いており、このままではマリアへの印象が、また悪くなってしまう。
そう危惧した亜由美は咄嗟に提案した。
「きょ、教官!とにかく、早く見ましょうっ。話しているうちに見る時間がなくなってしまいます」
「キャ〜、亜由美ってば積極的!そんなに見たいんだ、エッチテープ」
「ち、違、そうじゃなくて……!」
カコンと音がして、言い合いしていたマリアと亜由美も、そちらへ注目する。
映像が始まった。
映像の物語は、先に鉄男が話したとおりの内容だ。
主人公の渡瀬美有紀は十六歳の女子校生。
高等学校へ入学した彼女を待つのは、ぶっきらぼうで怖い印象の教師・松井 直貴。
――ここでマリアが「誰かさんみたいな先生ね!」と、はしゃいで、鉄男に睨まれたりした。
美有紀は最初、松井の事を、とても恐がっているのだが。
ある日、自転車に引っかけられて足を怪我してしまった美有紀を、松井が車で送ってくれる。
それから、ことある事に松井の優しさに触れるたび、美有紀の中で彼が大きな存在へと育ってゆく。
入学から半年経った放課後、ついに想いを打ち明けた美有紀に対し、松井も好きだと告白返し。
二人は教室で互いの愛を確かめ合う――という直前で、鉄男が映像をストップさせる。
「えぇ〜っ!最後まで見ないのォ!?」と騒ぐマリアを一瞥し、彼は無下に言いはなった。
「ここから先は、今の時点では必要のない映像だ。お前達は一応十八未満だということを忘れるな」
「一応っていうか、思いっきり十八歳未満ですけどね……」
亜由美のツッコミ呟きなど耳にも入らなかったかのようにスルーして、鉄男は三人の顔を見渡した。
「主人公の感情が、普通から好きに変わったタイミングの判った奴は手をあげろ」
「キュンッて来た瞬間だよね」だの「一番最初ので、いいのかな?」と囁きあった少女達が、次々に手をあげる。
指名され、マリアが意気揚々と答えた。
「やっぱ車で送ってもらった時よね!あの時から、美有紀の松井先生を見る目が違ってきたもん」
「そうだな」と珍しく素直に頷き、鉄男の視線はカチュアへ移る。
「では、好きが肉体への欲求へ変わった瞬間は、どこだと思う?カチュア」
「えっ……え……」
予期せぬ質問だったのか、それとも答えを用意していなかったのか。
動揺するカチュアの耳元で、マリアが囁く。
「ほら、頑張って。しっかり頭をフル回転させて考えないと、鉄男が授業をやめちゃうよ?」
散々授業の進行を妨害してきた奴には言われたくない。
だが言われたとおり少ない知識を総動員して、ようやくカチュアは答えを絞り出す。
「あ、あの……食事」
「食事が、どうした?」
「しょ……食事、一緒にした時、先生の奥さんの話、聞いて、それから……」
先ほど見たばかりの映像を脳内で再生する。
そうそう。二人っきりの食事を終えた後、松井先生と美有紀の手が偶然触れて、妙な時間の流れがあったではないか。
「手が、触れた時?」
「そうだ。肉体の接触及び視野に入る肉体は、相手の肉体への関心を持たせる最も典型的なサインだ」
「典型的って言い切るってことは、鉄男にもあるの?」と、またまたマリアが脱線する。
「あるの、とは何がだ」
こめかみを引きつらせる教官へも、屈託無く彼女は笑って言った。
「だからぁ、誰かの裸を見てエッチした〜いって思ったことがあるのかってコト!」
マリアを怒鳴りつけようと鉄男が息を吸い込んだ瞬間を狙ったかのように、亜由美が割り込んでくる。
「あ、あ、教官!私、私ちょっと思いついたことが!」
おかげで怒鳴るタイミングを逃した鉄男は、渋い顔で彼女を促した。
「釘原まで、何だ。くだらない質問は却下するぞ」
「え、えっと、あの、その」と明らかに今から考える素振りを見せた亜由美は、苦し紛れにポツリと一言。
「それって、私達にも同じ事が言えるんでしょうか」
「同じ事とは、どういう意味だ?」
言われた意味が判らなかったのか、鉄男は首を傾げている。
一度言い出した手前、引っ込みがつかなくなった亜由美も汗だくで続けた。
「ですから私達も視覚的に肉体を見たり触ったりしたら、その人を好きになっちゃったりするのかなっていうか……えっと、例えば辻教官……とか。あ、もちろん教官を好きという前提の元に成り立っているわけですけど」
「それで?」と先を促され、亜由美は恐る恐る切り出してみる。
「今から実験するってのは、どうでしょう……?み、見たり触ったりした上で、自分の感情を確かめてみるっていうのは」
ここまで言われれば、どれだけ鈍い奴でも気付くはずだ。自分の置かれた状況に。
ますます渋い顔になり、鉄男が溜息と共に吐き出した。
「……お前は、見たいのか?俺の裸を」
「見た〜い!」と即座に答えたのは亜由美ではなく、マリアだ。
「マリア、お前には聞いていない」
睨みつける鉄男へ、笑顔で彼女は言った。
「だって、いずれはするんだよ?今から見といて対策立てなきゃ」
「お前が対策を立てる必要などない」
鉄男の仏頂面はカチュアにも向けられ、恐ろしさのあまりカチュアは俯いてしまう。
「カチュア、お前の意見も聞きたい。釘原の案に、お前も賛成なのか?」
「トーゼンだよね!」と調子に乗ったマリアの勢いに乗せられたか、亜由美も賛成する。
「教官!私も見たいですっ、その、自分の気持ちを確かめる為にも……」
ぐぐっと握り拳で前乗りになると、鉄男は額に手をあて言うかどうか迷っていたようであったが、ややあってから、視線を外して小さくぼやいた。
「それは好きだと告白しているも同然だぞ、釘原」
ずばっと図星を指されて「いっ!?」と一瞬は、たじろいだものの、すぐさま亜由美は反撃に入り、顔を真っ赤に言い逃れした。
「ち、違います、だから言っているじゃないですか!実際に見て、触って、自分の気持ちを確かめるって!!」
「あ……あの……ッ」
小さな、それでいて勇気を振り絞った声が聞こえてきて、一瞬にして静まりかえった教室にカチュアの声だけが響く。
「わたし……わたしも、見たい…………だめ?」と後半は鉄男に尋ねたもので、今にも泣き出しそうな大きな瞳で、じぃっと見つめられては駄目と言うこともできず、鉄男は渋々承諾した。
「全員一致か……仕方ない。各自、俺の裸でも眺めて己の感情変化を書き留めろ」
間髪入れず「眺めるだけじゃないよ!」と言ったのは、やはりというか当然というかマリアだった。
「お触りもアリでしょ?亜由美が言ったもんね、見たり触ったりして確かめるって」
脱いだ教官用ジャケットを椅子の背にかけながら、鉄男がピリピリした様子で言い返す。
「どこを触るつもりか知らんが、腹部より下は禁止だ」
「え〜?触るって言ったらお腹より下に決まってるじゃん、ねっ?亜由美」
マリアに相づちを求められ、なかばヤケクソ気分で亜由美も頷いた。
「そ、そうだよね。その為の性教育なんだし」
正直な話、咄嗟に出した思いつきの提案が、ここまで発展するとは思ってもみなかった。
鉄男に見たいのか?と聞かれた時、反発心で見たいと言ってしまったのも、今となっては後悔の嵐だ。
彼の言うとおりだ。これじゃ教官を好きだと言っているも同然である。
否。
冷静に考えれば、やっぱり自分は彼のことが好きなんだと思う。
だからこそ、こんな提案をしてしまったんだ。勢いで。
そう、これは場の勢いが自分に言わせたのだ。
そうとでも考えなければ、恥ずかしさで床に蹲ってしまいそうである。
「へぇー……鉄男って着やせするタイプだったのね」
軽口を叩くマリアをジロリと睨み、しかし反論せずに鉄男は黙々と脱いでゆく。
以前シミュレーターで見たデータ同様、無駄な脂肪のない上半身を晒している。
着やせというよりは小柄に見えるんじゃない?と亜由美は言おうと思ったが、やめておいた。
自分まで教官に睨まれては、たまらない。
ベルトを引き抜きズボンを降ろす鉄男を、カチュアは瞬き一つせずに凝視している。
この子まで賛成するとは意外だった。
授業前、積極的に受けようと言ったのは亜由美自身だが、ここで積極的になるとは。
――やはりカチュアも鉄男のことが好きなのでは?
そういった亜由美の野暮な推測は、教官の一声で四散する。
「準備できたぞ。好きにしろ」
どうにでもなれといった投げやりな表情を浮かべ、全てを脱ぎ終えた鉄男は教壇に尻を降ろした。


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