合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 何を想う

クローズノイスの住む一軒家へ辿り着く頃には、日が落ちかけていた。
「や、やばっ……距離ありすぎ」
香里は犬のようにハァハァと舌を出して、これだけを言うのが精一杯だ。
全身汗だくで、服がぴったり肌に張りつき気持ち悪い。
「だ、だらしないぞ、香里。タカさんを見習え」と妻を窘める四郎の息も上がっている。
彼らが研究者だというのを差し置いても、駅から一軒家までは遠い距離であった。
道なき荒野を歩いての到着である。
香里や四郎が疲労困憊になるのも致し方ない。
御劔のように息を切らさずピンピンしているほうが、おかしいのだ。
本人は「ついに会えると思ったら元気が出てしまってね。その代わり、明日はきっと全身筋肉痛で動けなくなりそうだ」と意気揚々言い放った。
目の前の一軒家は、木造の一階建てだ。
素朴な造りの表札には、手彫りで『クローズノイス』と記されていた。
「イーシンシアは非表示だったのに」と呟く香里に、四郎が「一軒しか建ってないからかな」と推理を働かせる。
表札に名前を書くのは、誰かから郵便が届く証だ。
隠れ住んでいるのではなく、あえて不便な場所に引っ越しただけなのか?
こんな奥地では、郵便配達も一苦労だろうに。
どうでもいい雑念を脳裏に思い浮かべながら、四郎が扉をノックする。
しかし、反応がない。
そっと扉を押したら鍵はかかっていなかったのか開いてしまい、ビクビクオドオド不審者宜しく三人揃って覗き込んでみると、ようやく部屋の主が声をかけてきた。
「失敬、扉をノックしたのは風ではなかったのか。今、そちらへ行こう」
御劔の体がビクリと震える。
人の心を包み込む温かさがある、静かで穏やかな低いトーン。
表に出てきた人物を見て確信する。
だいぶ年老いているが間違いなく、あの頃の面影が残っている。クローズノイスだ。
イーシンシアもクローズノイスも、同じ器で時を過ごしたのは何故なのか。
それともカルフのように、器をコロコロ替える奴のほうが稀なのか。
「く……クローズ、ノイス」
小さく呟いた御劔を見て、向こうも彼に気づいたのか笑顔を浮かべる。
「これは驚いた。どうやって、ここを知ったのかね?軍属時代の友人よ」
不意打ち訪問にしては、言うほど驚いたようにも見えない。
香里は四郎へ耳打ちした。
「……あんまり驚いているようには見えないよね」
「事前に連絡したんじゃないか?あの人が」
二人の囁きが聞こえたのか、クローズノイスは肩をすくめて、三人を見渡した。
「本当に驚いたのだよ。そう見えないのだとしたら、私が人としての仕草を忘れてしまったのかもしれない」
「そんなに長い間、誰にも会わなかったんですか?」
興味津々尋ねる四郎へも、穏やかに答える。
「郵便配達ぐらいは来てくれると思って表札を作ったのだがね。見事に誰も来ない。ここに隠居を決め込んでからは、人らしき生き物に会った記憶がない。君たちが初めてだよ、この家の訪問者は」
とぼけた返事に香里もジト目となり、ツッコミ役に回る。
全然記憶にないが、このクローズノイスという男。
現役中も、こんな感じの天然っぷりだったのだろうか。
「そりゃ、そうでしょうよ。こんな奥地じゃ十年来の親友だって遊びに来られません」
「そうかね?乗り物で来れば一瞬だ。車を持っていれば、だがね。そうか、君たちも車で来たんだな?そこの御劔くんは、お金持ちの御曹司だったろう」
そこのと指をさされて、ようやく御劔の硬直が解ける。
「あ……あ、いえ、御曹司だったのは昔の話です」
「ほう?では、今は没落貴族か。苦労したのだね」
「い、いえ、そうではなく。家を継いだのです」
つっかえながら答えると、小さく咳払いして、御劔は挨拶を改める。
「お久しぶりです、クローズノイスさん。御劔高士です。あなたに、もう一度お会いしたくて押しかけてしまいました」
話すそばから、ぽろりと御劔の双眸を涙が零れ落ち、慌てたのは伊能夫妻だ。
「ど、どうしたタカさん!?」
慌てる二人を制したのは本人で、「平気だ」と小さく囁き、手の甲で軽く涙をぬぐう。
「……こうして、再びお会いできる日が来るとは感激の至りです」
「その涙は喜びか。なるほど。感激の至り、言葉通りだ」
不意に、くるりと踵を返し「お茶を淹れてこよう。君たちは、くつろいでいるとよい。そこの椅子に腰かけて」とクローズノイスは台所へ歩いていき、言われた通り三人も居間のソファへ腰かけた。
ぐるりと部屋を見渡して、四郎が、そっと溜息をつく。
「嫁に捨てられて鬱々生活しているかと心配したけど、そうでもなかったみたいだな」
クローズノイスの家は、こじんまりと、まとまっている。
家具は全て彼の手作りなのか、どれも温もりを感じた。
テーブルには花が飾られていたし、床は塵一つ落ちておらず清潔だ。
男の一人暮らしにありがちな、雑然とした雰囲気が欠片もない。
「納得の上で別れたんでしょ。なら、落ち込んではいないんじゃない?」
香里のツッコミに「本当に離婚を納得していたかは怪しいじゃないか」と言い返し、四郎は御劔も見やる。
「きみのことは覚えていたみたいだな、彼」
「あぁ」と御劔は頷き、ぎゅっと両手を握りしめる。
「イーシンシア……母の話だと、彼もゼネトロイガーを知っているんだ。なら私を覚えていて当然だ。あの機体を通して私を見ていたんだろうからね」
「あー、だから驚きも少なかったのかなぁ」と香里が呟いたところで盆を持ってクローズノイスが戻ってきたので、小声での雑談も打ち切りとなった。
「さて……まず、御劔くんは知っている、覚えているのだが、他二人については記憶がない。誰かな?」
カチャカチャと紅茶の入ったコップを並べながら尋ねてくる相手に、四郎が会釈する。
「あ、はい。御劔氏とは同期で今も軍に勤めております、伊能四郎と申します。こちらは私の妻で香里です」
かしこまった挨拶に、クローズノイスは目を細めて笑った。
「おや、さっきはタカさんと呼んでいたのに今は御劔氏と呼ぶんだね」
「い、いや、あれは咄嗟に口を飛び出てしまい……お恥ずかしい」と汗だくになる夫を庇うかのように、香里が強気の反撃を飛ばす。
「これは社交辞令です、社会のマナーでしょう。大体あなただって、うちの四郎に突っ込める立場ですか。会ってから、ずっとタメグチで通しているくせに!」
「社会のマナーか、なるほど、なるほど。いや失敬、なにせ人との触れ合いは、すっかりご無沙汰なものでね。だが、ここは社会から外れた場所だ。社交辞令はナシでいいよ。私も、そのほうが話しやすいからね」
どれだけ怒っても暖簾に腕押し、クローズノイスは、のほほんと微笑んでいる。
「そうだ、御劔くん。私も昔のように"私"ではなく"僕"と言葉を改めるべきだろうか。歳を取ったら僕や俺を使うのは醜いと、とある人物に言われたので私を使ってみたのだが、思った以上に堅苦しい。君は軍属中、私で通していたね。あの頃は今より若かったのに、プライベートでも。それも社交辞令のなせる業か」
けして早口ではないのに口を挟ませる暇もない問いかけに、御劔は目を丸くして聞き終えた後、しばし考え、控えめに答えた。
「そうですね。では、あなたのお好きなように」
「うん。君なら、そう言ってくれると思っていた。嬉しいよ、君は全く変わっていなくて」
クローズノイスは御劔の対面に腰かけ、客よりも先に紅茶をぐいっと飲み干した。
この男が軍属中に社交辞令を知っていたのかは疑問だが、それは、ひとまず置いといて。
御劔は本題に入る。
「あなたに会いたいと考えたのは、あなたの設計図を基に私が作ったロボット……ゼネトロイガーについて、あなたの見解を聞いてみたいと思ったのです。あなたが、あれを軍に残した真意も含めて」
「あぁ。僕が残した考案を流用したのだね、紫のロボットに」
何度もウンウンと頷き、クローズノイスは背もたれに体を預ける。
「実に、よく出来ている。不必要と思えるパーツまで汲み取ってくれるかどうかは、一種の賭けだったのだ。ちゃんと君の手に渡って良かった」
「では、あの設計図は最初から彼に渡すつもりだったんですか?何故本人へ直接渡しとかなかったんです」
四郎の食いつきに、クローズノイスは溜息をこぼす。
「監視がついていたからね。僕は危険分子と間違われてしまったのだよ、上の無能な連中に。向こうにとっても御劔くんは大切な存在だったのだろう」
だが、とんでもないと首を振り、これまでの穏やかさとは一変して熱弁を振るった。
「僕は誰よりも早く空からの来訪者、今はシンクロイスと呼ぶんだったかね、あれの危険性を伝えたかっただけなのだ。それが叶いそうもないので、御劔くんを利用した」
「利用〜!?」と、声を素っ頓狂に荒げる香里を見、クローズノイスは肩をすくめてみせる。
「うん、利用だ。すまないね、後出しの謝罪で」
全然謝っているように見えない態度だが、そこは流して御劔も核心をついておく。
「シンクロイスの危険性を知っていたのは、あなたと同族だったから……ですね?」
目の前の男はナチュラルに頷いた。
「うん。そうだ。僕もシンクロイスだ。なんだ、もう知っていたのか。なら言葉を選ぶ必要もなかったな」
「知っていたのかって、あなただって知っていたんじゃないんですか?ゼネトロイガーを完成させた人が誰であるかぐらいっ」と紅茶にむせてゴホゴホやりつつ突っ込む四郎には、真顔で首を真横に振る。
「いや、全然。今、知って驚いたよ。ゼネトロイガー経由で接触できるのはパイロットだけだ。僕が接触した子は何といったかな。そうそう、カチュアだ。綺麗な瞳の幼女だった。あんな幼い子供も戦うんだね。軍で見た中には、あれほどの幼子はいなかったようだが」
「学びたてでは幼くとも卒業する頃には適年齢になっています」と断りを入れつつ、御劔は確認を取る。
「では、あなたはラストワンの学長が私であることも、ご存じなかったのですか」
「うん」
あっさり頷き、穏やかな目が、こちらを見つめてきた。
「誰が作ったんだか、人工知能にタイマーまでつけてあるじゃないか。素晴らしいと思ったよ。だが、作ったのが君なら納得だ。タイマーが発動した時期の遅かった原因は全体構造が大きすぎたのかもしれないな」
話の途中で「タイマー?」と声を揃える伊能夫婦へは、片目を瞑って答える。
「設定した日時でシンクロイスに波長を飛ばすタイマーだ。同族の気配を発することで奴らを誘き出して、集合した処を魂魄分解で一網打尽にする。そういう作戦だ、あの設計図にあった道具は」
なんてこった。
ラストワンが今年になって集中的に狙われたのは、これのせいだったのだ。
辻鉄男は、全くの冤罪であった。
言ってみれば、クローズノイスの立てた同士討ち作戦に巻き込まれた形となろう。
それでも目の前の男を責め立てる気持ちには、なれない。
彼の残した設計図がなかったら、未来への希望が失われていたかもしれないのだから。
ラストワンに災厄をもたらした道具の発案者は、二杯目の紅茶を飲みながら気楽に尋ねた。
「そういやゼネトロイガーに何度か乗り込んできた鉄男という名の男だが、あれの中にシンクロイスが混ざっているのも、君は既にご存じなのかい」
「えぇ。そのシンクロイスが、あなたの娘であるのも知っています」
この返事は心底意外だったのか、クローズノイスの反応が遅れた。
数秒の間を置き、彼は俯いて独り言ちる。
「……そうか。あの子が君の元へ来られて、よかった」
「捨てたってホントですか?」と尋ねる香里の語気は荒い。
「ん?」と顔を上げたクローズノイスと目が合い、再度尋ねなおす。
「ですから、シークエンスをですよ。過去旅行する際に見捨てたって、あなたの伴侶だったイーシンシアさんがおっしゃっていたんですよォ?」
「イーシンシアとも再会したのか」
これも初耳だったのか、表面には出さずに驚く彼に畳みかける。
「あなたも要らない子認定したから切り捨てたんですか?実の子なのにっ」
「おい、よせよ香里。イーシンシアさんも言ってただろ、価値観の違いだって」
見ていられず止めに入る四郎を横目に、クローズノイスは頷いた。
「そうだ。捨てた。それが当時での最良策だった」
「どこが!?住んでいた土地が爆発するって聞きましたけど!たとえ危険な旅だと判っていても、連れていってあげたほうが何倍も安全じゃなかったんですか!?」
もはや刺々しさを微塵も隠そうとせず怒鳴りつける香里をチラリと見、年老いたシンクロイスは大きく溜息を吐き出す。
「あの時点で、あの子を連れてきたとしても、この地で命を落としただろう。ギリギリにならないと本領発揮できない子だからな。残したのは追い詰める意味もあった。そして、あれは僕の読み通り危機を回避して、この地に辿り着いた」
「そんなの結果論です!」と怒る香里は四郎が宥め、横道に逸れた話題を御劔が戻した。
「あなたが軍を辞めたのは、気配の判るものに感知されたからですか?」
「うん?何だ、それ」
きょとんとされては、御劔まで、きょとんとしてしまう。
「いや、何だって。いたでしょ、シンクロイスと人間両方の気配が判る人たち」
思わず素で突っ込む四郎へも同じ目を向け「いや、覚えていない」と首を振り、クローズノイスは真実を伝える。
「僕が軍を辞めたのは、先ほども言ったように上層部から危険人物だと目をつけられたせいだ。研究室に居づらくなってしまったのだ、一部の馬鹿どものせいで。本郷といったか、あの上司気取りには嫌味を言われるし、両隣の同僚には指をさされてヒソヒソされるし」
「上司気取りって、上司でしたでしょうよ、当時も……」
さりげに現上司の悪口まで含まれて四郎は気を悪くしたが、当時のクローズノイスの状況を考えると、愚痴の一つや二つを言いたくなる気持ちは判らないでもない。
原住民の為を思って作った設計図は全て上に届く前に握りつぶされ、あまつさえ邪魔者扱いされて軍を追い出されようとしていたのでは。
「不幸中の幸いだったのは辞める前に御劔くん、君と知り合えたことだ。僕が出来ずとも、君に後を託せば安泰だと考えた。君とは随分話したね、懐かしい日々だ。シークエンスについてもヒントを与えたが、覚えているかな?」
「覚えていますが、あれはヒントとは言い難いですよ」と御劔は苦笑する。
正体を隠した上で来るかも判らない味方を教えようとは、無茶な真似をするものだ。
曖昧な言葉に御劔は混乱させられ、意味を理解したのは己の身に危機が迫った後であった。
これでは警告にもなりゃしない。
「うぅん。この星の言葉で伝えるのは今でも苦手でね」
クローズノイスも頭をかき、三杯目の紅茶を注ぐ。
「僕は設計しか特技がないんだ、昔から。だから元同胞の始末を自分の手で進めることもできなかった。この星の原住民に後始末を任せてしまって申し訳ない」
「え、でも、あなたがシンクロイスの王だったんですよね?ベベジェがリーダーを務める前は」と驚く四郎に、クローズノイスも「誰がそんなことを?」と驚きで返す。
「僕が王だとは酷い冗談だ。僕は望んじゃいないのに、皆が勝手に僕の後をついてくるんだ。過去へ飛ぶ時も何人かついてきて、ついたらついたで癇癪を起して喧嘩別れだ。ろくでもない奴しかいなかったよ、フーリゲンには。この星はいいね、穏やかな原住民が多くて」
他のシンクロイスから伝え聞いていたイメージと、かなりの食い違いがある。
皆が王と崇めていた男は、カリスマ無自覚の自由気質だった。
「僕も、この星で産まれていれば君と親友になれただろうにね、タカさん」
唐突に馴れ馴れしい距離感のアダナで呼ばれ、御劔は目をパチクリさせた後。
隣でムッとする四郎を気に留めつつ、穏やかに微笑んだ。
「同じ場所で生まれずとも、我々には出会える機会がありました。親友は一人につき一名だけとも限りませんし、あなたが想ってくれるのであれば、あなたも私の親友です。そうでしょう?クロさん」
「クロさん!?」と驚愕したのは伊能夫婦のみならず。
呼ばれた当人も「クロさん。クロさん、クロさん……」と何度か呟き、何かを会得したかのように頷く。
「いいね、温かい感情が流れ込んでくる。君は昔も今も、僕を幸せにしてくれるのだね。君と出会えた奇跡、これだけでも故郷の星を出た甲斐があったというものだよ」
そっとクローズノイスの手を取り、御劔は両手で包み込む。
また、涙が頬を伝って落ちた。
「奇跡を持ち出すのであれば、あなたが設計図を残してくれた事こそが奇跡ではないでしょうか。あなたが他のシンクロイスと同じだったら、二度に渡る襲撃で我々原住民は滅びの道を迎えたでしょう。あなたは私だけじゃない、全人類の親友です」

ゼネトロイガーの基盤となる設計図を残したのはクローズノイスだ。
彼の考案がなかったら、御劔が新規格のロボット製造に手を出すこともなかっただろう。
ラストワンがなくても、辻鉄男はパイロット育成所の教官になれたかもしれない。
別のきっかけで彼の中に眠るシークエンスが目覚めたifも、ありえる。
だが最早シークエンスだけで納められる戦いでは、なくなっていた。
ライジングサンの後続機クレイジーデュオは、シンクロイスと満足に戦えもしなかった。
ゼネトロイガーが存在していたから、あれがシンクロイスと互角に戦えたからこそ、シンクロイスにも原住民や自身の変化について考える時間が与えられ、共存の道が開けたのだ。

「困ったな。僕を持ち上げても、何も出ないぞ。設計図以外は」
当の本人は謙遜し、テレている。
「まぁ、お褒めの言葉は素直に受け止めておこう。これからも良き友でいられるよう」
感涙で言葉を続けられなくなった友人の背中を、優しく撫でてやった。


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