合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 この大地の何処かで

その日は、夜まで語り合った。
高士の気配が"気配の判るもの"に認識されないのは何故なのかという四郎の問いに、イーシンシアは推測だけどと前置きした上で答える。
「この地上に生きる生命体には、混血の認識がないのではなくて?混血とは、そうね、異なる種族が混ざり合った新しい気配の持ち主よ。わたしには原住民とシンクロイス両方が混ざった気配を、タカシから感じ取れる」
「あなたが感じられるからには、カルフやゾルズ、シークエンスにも感知できるはずですよね……なんで教えてくれなかったんだろ」
腕を組んで考え込む四郎に、高士本人も推測を語った。
「我々が立て込んでいたので言い出せなかったか、或いは、こちらが無反応なせいで確信できなかったのかもしれない」
ともあれ、感知できないが故に御劔は異端扱いされず済んだ。
シンクロイスと人類の間に生まれる子供は皆、混血になるが、気配が異質でないのならば、差別されることもなく人類に溶け込むのも容易い。
初代シンクロイスが死に絶えた後は、異なる気配の持ち主も自然消滅しよう。
シンクロイスの血を引く子供でありながら高士にシンクロイスの能力が受け継がれていない点は、こう推測する。
「この星の原住民は、これまでに乗り移ってきた生物と違って一癖も二癖もあるようで、乗り移ってからというもの異常事態ばかりが起きて散々振り回されたわ。シンクロイス同士では子供を生み出せなくなるし、食生活や生活習慣にも影響を受ける。おまけに感情までが汚染されて、これなら乗り移らなければよかったと後悔した仲間もいたぐらいよ」
原住民を完全否定する彼女を見つめて、御劔が尋ねた。
「あなたは、どうなのですか?乗り移って後悔しましたか」
イーシンシアは虚を突かれた表情で数秒固まった後、小さく溜息をつく。
「乗り移ったばかりの頃や、磯司への愛に振り回された時は後悔したわ。今は認めている」
「認めているとは、何をです?」と、四郎。
イーシンシアは僅かに口元を緩めて、三人を見つめ返した。
「今は、これが、わたしの人生なんだと受け止められるようになった。あなた達が会いに来てくれたおかげで」
話を戻すと、乗り移った後のシンクロイスに強い影響を及ぼす生命体であるが故に、他の生物と血が混ざった場合でも原住民の血が勝つのではないかというのが彼女の予想であった。
「実は私達って最強種族!?」
ふんっと鼻息を吹き出して胸を張る香里に、イーシンシアがクスクス笑う。
「そうかもしれないわね。こと、生命力と意志力に関しては」
シンクロイスの生き残りは、イーシンシアも全部を把握しきれていない。
彼女の知る残党は、ベベジェ一派の他はクローズノイスとシークエンスだけだ。
「多くの仲間が、あなた達原住民の作ったロボットにやられて死んだわ。でも、それを責める気持ちはないから安心して。殺されたのは、殺されるだけの理由もあったことだしね」
「過去の戦いは、そちらに非があったということですか……」と呟き、香里が考え込む。
「何か思いついたのか?」と尋ねる夫へ視線をやり、想いを吐き出した。
「このままナァナァで片付けていいのかなって。どちらも謝罪してないでしょ」
「んーまぁ、けど、過去の戦いの主犯者は、ほとんど死んじゃったからなぁ」
そうでしょ?と、四郎に相槌を求められたイーシンシアも頷く。
「近年の戦いについては、モアロードが謝罪すれば片付くでしょう」
「それも無理、かぁ……釈然としないなぁ」
しかし香里が納得しようとしまいと、世界は平和に導かれようとしている。
蒸し返して戦いが終決しないよりはマシだと四郎に慰められ、渋々自分を納得させた。
クローズノイスが軍を離れた理由についても尋ねたが、イーシンシアは首を真横に振る。
「それは直接、あの人に聞いて。わたしは何も聞かされていないわ」
「では、これが最後の質問です」と断って、御劔は尋ねた。
「……あなたは、こうして辺境の地で暮らしていながら、どうしてシークエンスにコンタクトを取ろうとしなかったのですか?あなた方が生きていると判れば、きっとシークエンスは喜んだはずです」
高士の所在をクローズノイス経由で知っていたにも関わらず、イーシンシアは母だと名乗り出ることすらしなかった。
これには、幾つかの理由が立てられる。
名乗り出る勇気がなかった、クローズノイスへの遠慮、ベイクトピア軍の存在といった。
だが、シークエンスは違う。
正真正銘クローズノイスとイーシンシア、双方の血を引く純血シンクロイスだ。
それこそテレパスで連絡を取るぐらいは、できたのではないか。
「わたし達は移住先を探す名目で、あの子を捨てたのよ。今更合わせる顔もないわ」
三人同時に「えっ!?」と驚き、四郎が泡を食って問いただす。
「す、捨てたって、どうして!?あの子は、あなた方の娘でしょう!」
「そうよ、娘よ。出来の悪い。だから捨てたのよ。えぇ、あなた方の価値観では理解できないでしょうけれど、あの頃のわたし達にしてみれば当然の判断だった」
冷淡な返事で、ますます動揺する伊能夫妻を横目に、御劔の脳裏をカルフがよぎり、あぁ、感情の変化とは、こういう意味を指していたのだと思い当たる。
移住前のシンクロイス概念では、自分以外は道具の一つに過ぎなかった。
役に立たなければ家族でも平然と切り捨てたし、それを罪にも感じなかった。
乗り移った後は原住民に影響を受けて、根本から概念が変わったのだ。
クローズノイス夫妻が娘を残していったのは愛情だとミノッタは言ったそうだが、あれも乗り移った後での発言だから、彼も原住民の影響を受けたとみていい。
一見変化なしとみられるベベジェやロゼにも、きっと影響が出ているはずだ。
だからこそ、シークエンスの提案する決闘に乗ったのではなかろうか。
「あの子も来たと判った時は嬉しかった。自分が、そういうふうに思えたのにも驚いたけれど。連絡を取るのは最初に考えたわ。でも捨てた事への罪悪感が邪魔して、どうしても勇気が出なかった……だから、人づてに力を貸す程度しかできなかった」
「人づてに?」と御劔が首を傾げるのを見て、付け足した。
「ゼネトロイガーよ。あれにはクローズノイスの人工知能が組み込まれていたから、わたしも彼も、あれを通じて内部の人間とコンタクトを取ることが出来た。あれは、あなたが、そうしたのではなくて?」
質問に質問で返されて、御劔は手を振って否定する。
「私が?いえ、組み立てたのは確かに私ですが、あれが何を意味する装置なのか知ったのは、つい最近です」
「それよりコンタクトって、一体誰と?」
興味津々割り込んできた香里には「パイロット候補生の……名前はミィオ、だったかしら。漆黒に青が混ざる美しい髪の毛の、可愛らしいお嬢さんだったわね」と答え、イーシンシアが御劔へ鋭い視線を向ける。
「あんな幼い子まで駆り出さなければいけないほど、パイロット募集は窮していたの?」
「候補生は皆、本人が志願しました。世界を救おうとする者に、年齢は関係ありません」と切り返し、ミィオとイーシンシアが接触したのは、あの時ではないかと御劔は考える。
乃木坂が誘拐されて、ベベジェと一騎討ちを行った時だ。
空から落ちてきた鉄男たちをゼネトロイガーが受け止めた。
しかしロボットの掌に、衝撃防止のクッションは乗っていなかった。
おまけにミィオは途中から意識を失っており、ゼネトロイガーが動いたのもツユの操縦ではないと本人の報告で聞かされ、当時は怪奇現象に頭を悩ませたものだ。
シンクロイスが一枚噛んでいたんだとすれば、全てが納得できる。
ミィオの体経由でゼネトロイガーを操った際に何らかの道具を即席で作り出し、鋼鉄の掌への衝撃を和らげたのだろう。
「あのロボットは遠距離からでも意思疎通のできる代物だったんですね」
四郎の追加質問にもイーシンシアは答えを出す。
「というよりは埋め込まれた人工知能を媒体に通信した、というのが正解かしら」
ゼネトロイガーの存在に気づいたのは、つい最近だと言う。
「突然だったわ。突然あの人の気配を、ラストワン方面から感じ取った。まるで一定の周期が来るのを待っていたかのようにね」
以降、ベベジェ一派がラストワンを襲ったニュースを耳にするようにもなった。
シークエンスが来ていると知ったのは、ベベジェらの企みが判った後だった。
器工場という発想は、過去の戦いにおいて存在しなかった。
「家畜という発想自体、乗り移る前はなかった。ここへ来て学んだのね、カルフは」
カルフとのコンタクトを取らなかった件に関しては、嫌悪に眉をひそめて吐き捨てた。
「あの人と決別した元臣下と同じ道なんですもの。同行できるわけがないわ」
話しているうちに夜も更けて、壁にかかった時計が深夜零時を告げる。
「あっと、もうこんな時間!そろそろ寝ませんか」
香里の言葉で質問大会もお開きとなり、四郎が「すみません、布団を貸していただけますか」と尋ねる横から、イーシンシアは「布団もだけど、お風呂も使っていってちょうだい。大丈夫よ、ワンタッチでお湯が沸くし」と嬉しそうに洗面所へ案内し、そこでまた、ひとしきりシンクロイスの技術に驚かされつつ、一夜を明かした三人であった。


イーシンシアの家を発ったのは午後一時と、随分ゆったりした時間になってしまった。
深夜から早朝に渡るまで、シンクロイスの道具について議論を交わしまくったせいだ。
「ふ……ふがぁぁ〜〜〜、ねむい。やっぱ連チャン徹夜は、きっついよなぁ……」
寝不足の目をショボショボさせる四郎に、やはり寝不足全開で香里が笑いかける。
「こーゆー時、自分の研究者肌を呪うよねぇ」
「ワンタッチ風呂沸かしに、トイレの水で尻洗浄だぞ。あれはスルーできない発明だ」
かくいう御劔は全く寝不足を感じさせない顔で、うずうずしている。
この地上にはない道具を見せられた興奮が、眠気を吹っ飛ばしたようだ。
「帰ったら作ってみるかい?」と寝ぼけまなこの四郎に問われ、勢いよく頷いた。
「あぁ。設計図も書いてもらったことだしね!」
はりきる御劔の横では、目をこすって香里が呟く。
「武器だけかと思ったら生活にも使っているなんて、すごすぎるよシンクロイスゥ〜」
「あぁ。一家に一人、シンクロイスがいたら便利だろうなぁ……」
眠気で頭が回っていない戯言をブツブツ呟きつつ、次の場所へと向かった。
クローズノイスがいるのは、ミッドナイト地域だ。
イーシンシアから受け取った紙には、詳しい住所も書いてある。
「そいや現状について尋ねるばっかで全然家族の感情を聞けなかったけど、いいの?」
今更な質問を繰り出す香里に、「いいんだ」と御劔は微笑んだ。
「彼女とは……母とは、いつでも会えるしね」
イーシンシアは、これからも、あの町に住み続けると言っていた。
会いに来てくれたら、いつでも歓迎するとも。
「うん、まぁ、それはいいとして、だ」
話題を切り替えたのは四郎で、香里へ確認を取る。
「ミッドナイト区って馬車も拾えないし、定期便もなかったよな、確か」
「あ。あー、そっか。列車じゃなくて車で来ればよかったね」
列車に乗ってから気づいても遅いのである。
「うーん。寝不足を解消するためにも、歩いていこうか」
寝不足ではない御劔に提案され、四郎も香里も頷いた。
「そうだね。ミッドナイト区って、あんまり歩き回った記憶がないし」
「何もない場所だからなぁ。学生時代に、現地調査で一回行ったっきりだよ」
「あー、それ、私もやった!歴史学での地表調査だっけ?大地の成分を調べるっていう、何の意味があったんだか未だに判らないやつ〜」
学生時代の想い出で盛り上がる伊能夫妻を横目で見、御劔は一人思案に耽る。
クローズノイスと会ったら、何を一番最初に切り出そう。
聞きたいことは多々あるし、何を聞くかも、ある程度まとめてある。
だが――実際に出会ったら、ちゃんと話せるかどうか。
感激で、うっかり泣いてしまいそうでもある。
ドキドキと早鐘を打つ胸をぎゅっと腕で抑え込み、御劔は目を瞑って寝たふりに入った。


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