合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 男なんて

カチュアが騒動を起こして以来、連日、軍部を交えての会議が開かれる。
合同記者会見を行った後もラストワンへの糾弾は報道やネット内で止まずにいたが、デュランが表舞台に立って擁護を始めて以降はラストワンへの誹謗中傷を止めようといった風向きに変わりつつあった。
「さすがですね。英雄のブランドは引退した今でも健在ですか」
ニュースサイトを見せられて、ぽつりと呟いた乃木坂へスパイルが自信たっぷりに頷く。
「言動には問題も多いが、いざという時は頼りになる男ですからな!」
言動に問題があるかどうかまでは、庶民の知りえる情報ではない。
むしろ言動に問題があると知られていたら、誰も彼の言葉に動かされないのではないか。
今のはスパイル個人の感想だと木ノ下は解釈し、TV報道へ目を向ける。
こちらでも映るのはデュランの姿で、ラストワンへの攻撃は収まってきたように見える。
これまで散々ラストワンやカチュア、学長といった特定個人に向けた誹謗中傷を繰り返していたコメンテーターが、掌を返して庇う発言をするのを見ながら、今後シンクロイスがどういった動きに出るのかと推測する。
問題は何一つ解決していない。
器工場は見つかっていないし、奴らの隠れ家にしてもそうだ。
暗殺部隊の報告によれば、鉄男が覚えていた隠れ家は、もぬけの殻だったそうだ。
カルフに尋ねても「僕にも判らない」とのことで、捜索は難航している。
カルフがスパークランに来て一週間が過ぎても、シンクロイスの残党に動きはない。
だが、ベベジェらが永久に放置してくれるとも到底思えない。
カルフ奪還ないしシークエンスを滅しに、奴らは必ず、こちらを攻撃してくるはずだ。
一つだけ明るいニュースがあるとすれば、アベンエニュラの発見だ。
カルフの情報を受けて陸戦機部隊が探しに行ったところ、クロウズの山中に転がっていた。
ただし見つけた時点で虫の息、数時間後には死亡が確認される。
二度と爆撃されなくなった可能性を報告するニュースには、世間も一瞬だけ盛り上がった。
現在、軍が集中して行っているのはシンクロイス残党と器工場の探索だ。
捨てられた隠れ家の場所から推測して、捜索範囲は地場ジャミングが働いている場所も含まれ、気配の判るものを総動員しての大掛かりな人海戦術となろう。
結局、デュランが提案した方法を採用した形に収まった。


一週間がたつ頃には、カルフもすっかり馴染んで、ある程度の自由が与えられた。
杏の肩に埋め込まれていた装置も本人の手により撤去され、奴はラストワン候補生の信頼を一挙獲得する。
スパークランの候補生や教官は警戒色が濃いものの、カルフに気にした様子は伺えない。
今は用心している人々も、時間経過と共に奴を信用してしまうのかもしれない。
――自分だけは。
自分だけは絶対に信用しないぞと心に決めて、ニカラはカルフを監視する。
今日も昼休みに中庭へフラフラと歩いていくから、こっそり後を追いかけた。
中庭にはテニスコートが二つ並んでいて、いるのはユナが一人。
カルフが話しかける。
「それで?ラストワンの候補生が僕を呼び出すとは、いい度胸じゃないか」
なんと、ユナが彼を中庭に呼んだらしい。
「そっちこそ、すっかりボクたちの仲間って顔して、うろつきまわってるけど、一体何が目的なの?」
眉を吊り上げて勇ましくあるが、よく見ると、ユナの足は震えている。
これまでシンクロイスと一対一で話す場面なんて、一度もなかったのだから当然だ。
しかし怖いなら何故、一人で呼び出したりしたのか。
「何度同じ説明をすりゃあ、君たちは覚えるんだ?僕の目的は、ただ一つ。鉄男と交尾して、子をなす。それだけさ」
しれっと答えるカルフに、なおもユナの追及が飛ぶ。
「っていう割に、全然辻教官にアタックしてないんじゃない?」
「あぁ、それはね」
髪をかき上げ、どこか遠くを見る眼差しでカルフが言うには。
「鉄男が忙しそうなんで遠慮してやったんだ。ここ数日、ずっと教え子とばかり話している。それも、個人情報を根掘り葉掘り聞きだしているようだ。恐らくは、僕と身を固める決心がついての身辺整理じゃないかと思うんだけど」
ずいぶんと自分に都合よく解釈したもんだと内心呆れるニカラの耳に、ユナの「それ!なんで僕って言うの!?」とキンキン声が割り込んでくる。
「は?君だってボクって言っているじゃないか。僕が僕を僕と呼んで、何が悪いんだい」
「ちょっと前まで男の子の器だったからでしょ?けど、今は女の子じゃない。なんで僕のまんまかって聞いてるの!」
腰に手を当て、カルフを睨みつけながらユナが怒鳴る。
「だから、それを言うなら君だってボクって言っているだろ。なら、僕だって僕と言って構わないはずだ」
「駄目!ボクを使うのは、ボクだけの特権なんだから」
一体何にこだわっているのかと思ったら、個性付けの話だったようだ。
昴も一人称が僕ではないかと脳内で突っ込みつつ、ニカラは物陰で聞き耳を立てる。
「もぉ〜。一人称がボクと僕で、だだかぶりだよぉ〜!」
カルフが声を立てて笑い、ユナの感情を逆なでする。
「笑いごとじゃないっ!」
「いや、ごめん。あまりにもバカバカしすぎて涙が出てきたよ。ロボットパイロットの候補生と言ってもピンキリなんだね」
全くだ。
カルフの問題は男から女に乗り移り変えたことや一人称が僕な点ではなく、シンクロイスという未知の生命体である点だろう。
ニカラはパイロットを目指していないが、ユナを基準に候補生を判断されるのは心外だ。
けらけら笑うカルフに、ユナはご立腹で、なおも突っかかる。
体の震えも止まっており、最初に抱いていた恐怖は吹っ飛んでしまったかのようだ。
「とにかくねぇ、辻教官をモノにしたいんだったら一人称僕のボクっ子はやめること!」
「なんだって、君にそんな指図を受けなきゃいけないんだ?」とはカルフの弁で、もっともな疑問だ。
するとユナは、偉そうに腕組みして言い放った。
「だって辻教官はボクッ子にキョーミないもん!」
クラスの違う受け持ち生徒でもないくせに、やけに自信満々言い切っている。
以前、ゼネトロイガーの戦闘テストだとかで一時的に辻教官とタッグを組んだらしいが、あの一日だけで教官の性癖まで看破したとなれば驚異の洞察力である。
「二人っきりの密室で、めいっぱいボクッ子オーラですりよってあげたのに、キョーカンってば悲鳴を上げて逃げたんだよ?あーあ、傷ついちゃう。そんなにボクッ子って需要がないのかなぁ」
密室で可愛い女の子と一緒というシチュエーションを、ニカラも脳裏に思い浮かべる。
辻教官は見たとこコミュ障っぽいし、悲鳴をあげて逃げたのは納得のいく結果だ。
しかし乃木坂教官や後藤ブタガエルだったら、どのような結果になっていただろう?
喜んで襲いかかっていたのではあるまいか。
もやもやと考えつくパターンを脳内妄想していると、カルフが薄く笑う。
「それは、君が偽物だからじゃないのかい?」
偽者、とは?ボクッ子オーラが偽物ってこと?
そもそもボクッ子オーラって何?
言われた本人、ユナはびくっと体を震わせる。
また恐怖がぶり返してきたのかと思ったら、違う。
ユナの顔からは表情が消えて、彼女は低く呟いた。
「……なんのこと?」
「気づいていないと思ったのか?僕は乗り移りの能力を持っているんだぜ」
ずいと近づかれて、一歩下がったユナの肩を、カルフが強引に掴んで引き寄せる。
続けて耳元で囁いた言葉は、ニカラには聞こえなかったけれど、ユナが顔面蒼白になるのを見届けた。
「い、いつ、気づいたの!?」
驚くユナへ、カルフが肩をすくめてみせる。
「君を初めて見た時に、ね。君は何が目的で女の園に入ったんだ?パイロットになる道だったら、他の九つの学校でもよかったはずだ」
なんなんだ。カルフはユナの何を見抜いたんだ。
俄然興味が沸いてきて、ニカラは、なおも物陰で見守る。
「ほ、他の学校は学力が高かったから……!それに、ここはイケメン教官がいっぱい居るって聞いてたしィ。それに新しいガッコなら、ユナのこと知らない子達と友達になれるかなぁって思って」
ユナがラストワンを選んだのは、割と不純な動機だった。
自分を棚に上げて、ニカラは呆れた。
目線を逸らして恥ずかしそうなユナへ、カルフの追い打ちが止まらない。
「友達が欲しいんだったら、それこそ他の学校で良かったはずだよ。ここ、スパークランだってイケメンな教官は、いっぱいいるしね。まぁ、君の学力で入れたかどうかは怪しいもんだけど。しかし君達の学長も気づかず入れてしまったとは案外節穴だね。それとも……入学時、顔のよく似た家族の協力があったのかな?」
「う、うるさいなぁ!」
ユナは思わずカッとなって怒鳴ってから、チラリと上目遣いでカルフを見る。
「それで……見破ったこと、他の人にチクッちゃうつもりなの?」
「僕に、これ以上のくだらない難癖をつけないと約束してくれるなら、他の奴には黙ってあげていても、いいんだけどね」
このままだと、箝口令が敷かれてしまう。
とうとう我慢できなくなり、ニカラは、さっと物陰を飛び出した。
ユナを助けたいんじゃない。
疑問が疑問のまま残る不燃焼に、我慢できなくなっただけだ。
「ちょっといいかなぁ、そこのお二人サン」
思いがけない出現に驚いたのはユナだけで、カルフは平然としている。
ニカラが尾行していたことなど、この地上外生命体は、とっくの昔に感づいていたのか。
「一体何がバレちゃったの?」
単刀直入な用件を切り出すニカラに「なんの話?」とユナが、そらっとぼける。
「偽者だとか、顔の似た家族ってなんのこと?」
さらに突っ込んで畳みかけると、再びユナは能面になり、カルフが苦笑する。
「僕が言うならともかく、君が偽者と言ってしまうのか?駄目だろ、仲間なんだから庇ってやんなきゃ」
「だって、偽者だと言われて肯定しちゃうなんて、気になるじゃない」
ニカラも食い下がり、ユナには「違う、肯定してない!」と叫ばれた。
「こ、肯定したんじゃないよ……ただ、吹聴されると困る内容だったから」
見れば目元に涙を光らせて、かなり必死の言い訳だ。
そんな態度を取られてしまうと、余計気になって仕方ない。
ほとんど初対面なシンクロイスに一発で看破されてしまう、ユナの秘密とは。
ボクッ子オーラ云々が辻教官に伝わらなかった話よりも、よっぽど重大だ。
「どんな内容なの?」と、ニカラはユナを追い詰める。
元々彼女とは親しくもないんだし、嫌われたって、どうってこたぁない。
それより判らないものが判らないまま残ってしまうほうが、ずっと嫌だ。
「好奇心旺盛だな」と呟き、カルフが心底軽蔑の眼差しでニカラを睨む。
「そうやって好奇心で鼻先を突っ込んでは、人々の信頼を失うタイプの女なら、過去に僕らの仲間にもいたよ。シークエンスっていうんだけど」
辻教官に寄生しているやつか。
あいつと似ているとするのがシンクロイスの中では侮辱にあたるのかもしれないが、彼女について詳しくないニカラにしてみれば、大した攻撃にもならない。
「ヘェ、あんた達の中にも好奇心旺盛なのがいたんだ。意外〜。成長しないのに?」
代わりに煽ってやると、カルフは目を伏せ、小さく吐き捨てる。
「成長しないからこそ、好奇心旺盛な奴は厄介だったのさ。いつまでも余計なことを覚えたままで」
だが、すぐに視線をニカラに戻すと、ユナの許可を得ずにカミングアウトした。
「簡単な話だよ。そこのボクッ子は性別が男だから、ボクって言っていたんだ」
「え……」と固まったのは、ニカラだけではなく。
あっさり真実をバラされてしまったユナもだ。
二人とも、カルフの言葉が脳に浸透するまで少々の時間を要した。
「えぇぇー、ちょっと、なんであっさりバラすのぉぉー!?」
やがてユナの甲高い悲鳴でニカラにも時間が戻ってきて、目の前のツインテールを驚愕の眼差しで捉える。
ずっと少女だとばかり思っていた。
女子だと疑いもしなかった。
顔は可愛いし手足は華奢だし、こいつと同じクラスの香護芽が実は男でしたと言われるほうが、よっぽど納得がいく。
こいつの裸を見たのは風呂場で一回、あとは身体検査の日ぐらいだ。
その時、下にブラブラしたのは、ついていたか?駄目だ、全然覚えていない。
元より興味のなかった相手だ。じっくり裸を見てもいない。
しかし、だからといって、まさか男子がラストワンにいたなんて。
入学の際、女子校だと明確な説明を受けたわけではない。
それでも全校生徒が女子しかいなかったら、女子校だと受け止めるだろう。
「ど、どうして……」
足元がガラガラと崩れ落ちる感覚に陥り、もう一度、ユナを見た。
ラストワンに入り込み、男は教官だけで男子生徒が一人もいないと判って、ニカラは心底安心した。
もう二度と、男子とは関わり合いになりたくない。
特に、自分と同世代の男子には。
男子なんて、男なんてクソだ。クソしかいない。
愛だの恋だのと囁いたところで、最終的には女の股座に突っ込みたいだけの獣なのだから。
ユナが男だとしたら、何故女の園に入学したかなんてのも、判り切っているじゃないか。
こいつも、あの男と一緒だ。
ニカラが過去、真剣に愛した、あいつと。
より取り見取りの入れ食い状態、女の子を食いまくるために入ってきたに決まっている。
ニカラの強い視線を受けて、ユナが取り繕おうと口を開く。
「あ、あのね?ニカラ、ユナは、その――」
「近寄らないで!この嘘つき野郎ッ」
大声で怒鳴って威嚇しながら、ニカラは沸騰した頭で考える。
許せない。女子のフリして、ずっと学校に居座り続けていたこいつが。
こっちは命からがら逃げてきて、やっと見つけた居場所だってのに。
男子なら、それこそ学力を差し引いても入れる学校は多々あったはずだ。
新しい友達だって、何も女子だけである必要はない。
なのに、わざわざラストワンを選んで入ってきている。
女生徒目当てなのは、疑いようもない。
チクッてやる。絶対に、チクッてやる。
だが、誰に言えば一番効果的なのか。
学長や教官では駄目だ。男子だと分かった上で、ユナを入学させた可能性がある。
何しろ、あの学長はパイロットを目指していないと判っていながら、まどかとニカラを追い出さないのだ。
それに学長も男だ。信用できない。
話すのであれば同じ女性、それも同世代の女子がよかろう。
そうだとも。騙されていた全員に教えてやればいい。
ダッと踵を返して走り去るニカラを、ユナも「待って!」と追いかけていく。
二人の背中を見送って、カルフは「……やれやれ」と小さく呟いた。
男が男だと判ったからって、何故あそこまでニカラは怒り狂ったのか。
男だというのを、必死で隠そうとするユナもだ。
教官も男なんだし、生徒に一人男が混ざっていようと大した問題じゃなかろう。
一週間一緒に暮らしてみたが、下等生物の考えは理解できないものばかりだ。
鉄男だけだ。単純明快で判りやすく、且つ、好ましいと思えるのは。
まだ受け持ち生徒と話している時間かもしれないが、そろそろ顔を拝みたくなってきた。
カルフも踵を返して、鉄男の居る教室へと歩いて行った。


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