合体戦隊ゼネトロイガー


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act1 後藤組

本来なら担当教官がブタガマガエルからイケメン有名人にチェンジという大変嬉しいお知らせであったはずなのに、ニカラの機嫌は朝から悪く、マリア達を驚かせた。
「ねぇ、どうして機嫌悪いの?」
直球なマリアの質問へ「別に?」と返す彼女は始終ふくれっ面で、周りを困惑させる。
機嫌が悪いのには原因があった。
まどかだ。
まどかの言動が、ニカラの神経を苛立たせている。
こんな感情を彼女に抱いたのは、二年一緒にいて今日が初めてだ。
デュランの話題を持ち掛ければ必ず最終的にはデュランと寝た候補生は自分一人だと自慢してきて、鬱陶しいったら、ありゃしない。
こっちは、そんな話がしたいんじゃないのに、話題を変えようとしても無理矢理そっちのほうへ話を持っていかれるのが二重に苛つく。
おかげで朝食の時間、彼女に話しかけたのをニカラは酷く後悔した。
かといってエリスに話しかけたって無視されるのがオチ、クラスの違う子にしても同じだ。
スパークランの生徒じゃないのに英雄デュランの師事を受ける。
それの共感が得たいだけなのに、肝心の話し相手がデュランのテクニックばかり惚気ているんじゃ不満も貯まりようというもの。
「教官変えてほしいって、毎日愚痴垂れとったやん。デュランはんも嫌なん?」
モトミにも突っ込まれ、ニカラは仏頂面のまま否定した。
「違うよォー。そこはいいの。いいけど、一緒に受ける相手が面倒なだけ」
「一緒に受ける相手って、まどかとエリス?けど、あの二人とは今までも一緒だったじゃん」と、ますますマリア達の困惑は深まり、そうこうしているうちにスパークランの授業が始まり、雑談は一旦お開きとなる。
再開できたのは、昼飯時間になってからであった。
まどかの側に人だかりが出来ているのを見て、ニカラは、そっと教室を出る。
スパークランでの授業は全員強制参加なのでサボることも出来ず、仕方なく一緒に受けたが、休み時間でまで、あいつと一緒の空間にいたくない。
できることなら、放課後の授業もサボッてしまいたい。
これまでずっと授業が自習だったせいもあり、非常にかったるい。
ましてやデュランにデレデレするまどかが一緒となると、寒気がしてくる。
養成学校には、元々居場所を求めてやってきたのだ。
パイロットになりたい願望もないし、授業はスパークランの分も含めて退屈なだけだ。
ただ、まどかが朝の話題に乗ってくれたなら、こんな感情を抱くこともなかっただろう。
昨日の夜、寝る直前まではワクワクしていた自分がいた。
デュラン=ラフラスはスパークランの教官であり、ラストワンの所属ではない。
スパークランがニカラ程度の学力では到底入れない最高クラスの進学校だというのも視野に入れると、パイロットを目指す身であれば、臨時交替は天から降ってわいた幸運であろう。
パイロットを目指していないニカラでも、興奮したのだ。
これを期に、いっぱい写真撮っちゃおう。
その写真でいっぱい知名度をあげて、居心地の良い場所を他に見つけよう。
なんて下心も、あったりなかったり。
……やっぱり放課後の授業には出ておこう、とニカラは思い直す。
まどかの存在は全スルーすれば問題ない。彼女が何を言っても無視だ、無視。
気に入らない奴一人のせいで自分が損するのは、もっと勿体ない。

ニカラが教室を出ていくのを横目に確認したまどかは、心の内で溜息をつく。
まったく。ちょっとぐらいデュランのノロケを聞いてくれたっていいだろうに、あんな邪険に退けなくたっていいじゃない。
昨日の夜は、まどかも興奮で眠れなかった。
なにしろ、夢にまで見た待望の教官臨時交替である。
入学から卒業まで教官は一貫だと聞かされて以降、絶望しかなかった四年間へ、一気にパァッと後光が差してきた気分だ。
まどかもニカラと同じく入学理由は居場所探しで、パイロット志願ではない。
親との折り合いが悪くなり、家に居づらくなってしまったのだ。
だが空襲の多い今の時代、家出は死に値する。
結局まどかは居場所のない自分――を演出し、お情けで転がり込んだのであった。
ラストワンの長所は面接や試験の類が一切なく、書類提出で入学できる点だ。
同じクラスに振り分けられた子には、似たような境遇の子もいた。
それがニカラだ。
彼女とは、たちまち仲良くなり、毎日休み時間は雑談に興じた。
大抵が受け持ち教官の悪口で、しかし臨時交替となったからには、今後は受け持ち教官のポジティブな話題で盛り上がれる――
と思っていたのに、なんだ、朝の彼女は。
デュランの手管を懇切丁寧に解説してあげたというのに、いいよ、もう聞きたくない、それよりラフラス家ってやっぱ今でも貴族なのかなぁと来たもんだ。
そんな小ネタはネットを駆使すれば、すぐ出てくるだろう。
こっちだって興味がない。
せっかく受け持ち教官になったんだし、普通はラストワン限定の授業をスパークランの教官だった彼が、どうやってくれるかといった方向に興味が沸くものではないのか。
スパークランは、パイロットを目指す者が一番憧れる学校だと聞いた。
校則も厳しく、まどかの居場所候補には、かすりもしなかった。
そもそも、まどかの学力じゃ入学試験で落ちるのが関の山だ。
入学試験に面接。誰かに評価されるのなんて、うんざりだ。
だから、面接試験のあるパイロットなんざ目指そうとも思わない。
将来は何になりたいか。
そう聞かれたら、まどかは迷わず金持ちの専業主婦になりたいと答えるだろう。
デュラン=ラフラスは条件に適っている。
あとは彼が、まどかを好きになってくれれば万々歳だ。
次から次へと話しかけてくるラストワンやスパークラン女子候補生からの質問へ軽やかに答えながら、まどかは、そっと己の野望を心の中で燃やすのであった。


風が心地よい。
ビルが建つのは地下街なのに、屋上へ吹きつけてくる風がある。
「どうして外部の人間を招き入れたの?」
エリスに問われ、遠くを眺めていた御劔が振り返る。
二人の他には誰もいない。
この時間、候補生が屋上へ出るのはスパークランの校則で禁止されていた。
「私の意志じゃない。ベイクトピア軍からの要請だよ。カルフを内部へ引き入れる際、鍵となるのは、うちの辻くんだからね。軍に近い人間を側に置いて牽制するつもりだろう」
「デュラン=ラフラスは、既に軍と決別したのではなくて?」
小首を傾げるエリスの目の前でパタパタと手を振り、「彼が、そう言ったのか?だが軍が彼を手放すまい」と、物憂げな表情で御劔は否定する。
「それに……彼には合体も知られてしまったからね。野放しにしておいたら、どこで何を吹聴されるか判ったもんじゃない」
軍もラストワンも、デュランを監視する為の臨時交替か。
エリスのいるクラスに白羽の矢が立ったのは、担当教官たる春喜が現在不在なのと、元々このクラス自体が要らない存在だったせいだ。
個人的感情で言うと、エリスはデュランが好きではない。
元英雄なのを鼻にかけている印象が強いし、自分が男前である点やカリスマの高さを自覚して、尚且つ自身の源とする人間は大嫌いだ。
たとえ他者に人気があっても、それを不服とする御劔みたいな男のほうが好ましい。
彼は、顔で評価される自分が嫌いだと以前言っていた。
全くもって同感できる。顔が災いして、実の親に襲われたエリスには。
顔の良さを鼻にかけたり、良い人を羨む者には一生判るまい。こちらの苦悩など。
思いがけぬ臨時交替により今日からは、自分に自信のないブサイク教官から一転して、自信満々カリスマ男の授業を受ける羽目になるのだ。
苦痛以外の何物でもない。
同級生なら、無視すればいいだけだ。
しかし、教官となると。どうあっても無視できない。
サボってしまってもいいのだが、サボリすら許さない気配がデュランにはあった。
暗雲たるエリスの落胆に気づいたか、御劔が声をかけてくる。
「授業を受けるのは嫌かい?だったら私から彼に話して、君だけ特別授業にしようか」
少し考え、エリスは答えた。
「……いいえ。大丈夫。あなたは下手に動かないで、他の二人を刺激してしまうわ」
他の二人とは言うまでもなく、まどかとニカラの両名だ。
あの二人もエリス同様、ラストワンという名の居場所を求めて入学したクチだ。
パイロット志願者ではなく、学校視点で見れば不要の人物に他ならない。
それでも御劔が三人を追い出せないのは、在校生徒を学長の判断で退学にしてはいけない規則が養成学校全般にあるせいだ。
ラストワンは入学試験が設定されていない。
入学試験のない学校には、希望者を全員入学させる義務が発生した。
候補生は、どの学校でも養成期間を過ごし、卒業試験を受ける資格を持つ。
学費の支払いが滞っていても、周りと揉めたり授業をサボりまくる問題児であっても、退学になる心配はない。
その代わり卒業試験で不合格を出した者への救済処置は一切なく、あとは自力で何とかしろと放り出されるのだから、どちらがいいとは一概に言えない。
辞める場合は本人の希望による自主退学扱いになり、こちらも野へ放り出される。
エリスは、とある事情で家にいられなくなり、次の居場所をラストワンに定めた。
入学試験や面接もない上、学長が優しく接してくるので、ついつい情にほだされて、入学理由、つまりは身の上を洗いざらい話してしまった。
父親の性DVなんて、ほいほい他人にする話題ではない。
理性では判っていたはずなのに、御劔が相手だと、自分でも驚くほど多弁になった。
何故だろう。自分の能力を理解してくれた、初めての人だから?
――いや、それは入学して、だいぶ後になってからの話だ。
入学当初では、エリスの能力を御劔も知り得なかった。
ともあれ、今では絶大に信頼している。
その学長が、あの二人に悪く言われるのは我慢ならない。
同級生とは最初から仲良くなれないと見切りをつけ、距離を置いてきた。
雑談を盗み聞きして判ったのは、あの二人が一般社会における底辺のワルで、しかもそれを自慢にしている、どうしようもないクズだという事であった。
間違っても、友達になりたいと思えるような相手ではない。
二人とも他クラスの子の前ではワル部分を隠して大人しくやっていたようだが、クラス内でいうなら初日の時点で酷い有様だった。
教官相手に殴るわ蹴るわ、後藤春喜が気の毒にさえ思えた程度だ。
春喜も春喜でセクハラ野郎を隠そうともしなかったので、態度に関しては五十歩百歩か。
授業初日で生徒の胸を触ろうとする教師など、生まれて初めて見た。
彼は二年間、エリスには一切手を出してこなかった。
わざと、うつろな表情で話しかけづらい女を装った演技のおかげだろう。
演技は同級生にも効き目絶大で、今じゃエリスがいてもいなくても空気の如し扱いだ。
それでいい。友達が欲しくて、ここへ来たんじゃない。
父親の影に怯えることなく、心安らかに暮らせる場所が欲しかったのだ。
「そうか。まぁ、授業が辛くなったら、いつでも私の処においで。君の話し相手になろう」
そう言ってくれるのは御劔だけだ。
居場所には、彼だけいてくれればいい。
いや、彼の側こそが自分の居場所だと考え、エリスは、ほんのり笑顔を浮かべた。


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