合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 結界

地下街が襲われたのは、今回のベルトツリー襲撃が初めてだ。
死傷者が一人で済んだのは、これまでの執拗な爆撃を考えると、些か不自然でもあった。
誘拐されたのが鉄男一人なのも追撃が建物破壊だけなのも含めて、敵のパターンが、これまでとは大きく異なる。
黒軍団はゾルズが追跡している。
潜入後は定期的に連絡を入れるとの事だが、大丈夫だろうか。
全てが罠だったりしたら、一人で潜入するのは危険なのでは――?
とはいえ鉄男が誘拐されてしまった以上、動かないわけにもいかない。
「今まで彼らは何処に潜伏していたんでしょう」と呟く四郎に、剛助が尋ねる。
「そもそも、今回ベルトツリーの襲撃を事前察知できたのは何故なんです?これまでの襲撃では、アベンエニュラがレーダーに引っかかるまで判らなかったではありませんか」
答えたのは途中合流してきたアニス少尉で、「地下街に、突然反応が現れたのです。奴らは、まっすぐベルトツリーへ向かっていました」とのこと。
彼女もデュランやエリス同様、気配が判るものだ。
"気配が判るもの"とは人間とシンクロイスの気配、両方を感じ取れる者を指す。
シンクロイスは原則乗り移った生き物と同じ気配になるとシークエンスは言っていたが、気配が判るもの曰く、シンクロイスが乗り移った人間からは、人間とは全く異なる気配を感じるのだそうだ。
つまりシンクロイスが乗り移った状態で人間を装ってきたとしても、気配の判るものが感知すれば、人間ではないとバレてしまう。
それなのに、ツリーに接近されるまで誰にも気づかれなかったのは何故か。
「瞬間移動で地下街へ潜り込んで、そこからツリーに向かって少し移動して、また展望台まで瞬間移動した……?」
状況をまとめるツユの呟きに、四郎も首をひねる。
「おかしな動きですね。一気に展望台へ瞬間移動すればいいものを。まるで、わざと我々に見つかるのを期待していたように思えます」
「我々をおびき出すにしても、何故ベルトツリーだったんでしょう。誘拐にしても、行き当たりばったりだ。他にも人はいただろうに、何故誘拐されたのは辻氏一人だけだったのか」とは戻ってきたデュランの発言で、それにも一同は明確な推理を出せない。
シンクロイスに詳しい協力者が現在全員出払っているのでは、誰も答えられなくて当然だ。
少ない情報を元に考察するとなれば、誘拐された鉄男に焦点を当てるしかない。
何故、誘拐されるのが彼でなくてはいけなかったのか?
「……彼らは初めから、辻を探していたのかもしれませんね」
ぽつりと呟いた御劔に、皆の視線が集中する。
「どうして、そう思うのです?」と尋ねた四郎へ物憂げな表情で彼が答えるには。
「先にも述べた通り、辻鉄男はシンクロイスの一人、アベンエニュラに狙われています。アベンエニュラの地位は彼らの中では、けして高くありませんが、仲間の一人が興味を持ったとなれば、他の者が興味を示さないとは限りません」
「いや、ちょっと待ってください」と御劔の推理にマッタをかけたのは乃木坂で、「奴らはベイクトピアの何処かに拠点を持っているはずなんです。なのに今まで感知されなかったってのは、おかしかないですか?」と続けるも、アニスの横やりが入る。
「それについてなら多少は推測できます。恐らくは奴らも我々と同様、結界を張っているものかと」
「結界!?」
驚くラストワンの教官を横目に、御劔には思い当たる節があったのか、あぁ、と頷く。
「なるほど、例の地場ジャミングが完成していたのですね。それと同じものを敵も持っているのではないかと」
「すすす、すみません、その、地場ジャミングというのは?」
慌てふためく乃木坂へ答えたのは四郎で、御劔に聞いたつもりの乃木坂は何となくムッとなったのだが、会議の手前あからさまにはねのけるわけにもいかず、黙って解説を聞く。
「覚えていないかな?諸君らが軍にいる頃に始まったプロジェクトなんだが。地場ジャミングが働いている場所でなら、生き物の気配を完全に消すことが出来る。元々は、敵に気取られないで近づける部隊を作るための研究だったんだ」
「アベンエニュラが撤退した後、すぐに我々が襲われなかった理由も判りましたよ」
どこか安堵したように御劔が微笑む。
「スパークランのビルに使われているんですね、そのジャミングが」
「その通りです」と頷いたのはスパークランの校長、ロバートだ。
「ですが、それもご存じの上で我々に救助を求めていらしたのでは?」
「いえ、ジャミングの存在は知りませんでした。そちらへ駆け込んだのは、あくまでも軍の手を借りたかったまでです」
正直に答え、御劔は腕を組む。
「あぁしかし、そうなってくると厄介ですね。向こうも同じものを持っているとなると、本拠地を見つけるのは難しい」
ふと思い出したように、デュランが言った。
「ゾルズ氏は自分の気配を、わざと黒軍団に記憶させていたようです。あぁ、黒軍団というのは勿論シンクロイスの使う例の道具ですが」
「目に見える範囲でなら、我々にだって追跡は可能でしょう」と混ぜっ返してきたのはアニスで、眉をひそめてゾルズを非難する。
「追跡は完全に、こちらの想定を外した行動です。当初の予定では、彼自身を囮におびき出すつもりでした」
「そうですね……一人で突入とは無謀な真似をさせるものだと呆れましたが、やはり単独行動でしたか」と一旦は納得して、御劔はスパイルに次の予定を尋ねた。
「元仲間とはいえ、ゾルズ氏は混ざり合うものです。けして安全な身柄とは言えないのではありませんか?」
「えぇ、ですから彼を追跡する班も動かしています。もうしばらくすれば定時連絡が――」
スパイルの返事は誰かの「大変だ!」という大声によって遮られる。
「なんだ、次から次に!」と叫び返した軍人に、飛び込んできたスタッフが答える。
「子供達が反乱を起こしました!我々だけでは手に負えません、助けてください!!」


現場にいたスタッフ曰く。
シェルターにいたはずの全生徒が格納庫に雪崩れ込んできて、手がつけられなくなった。
ラストワンだけではない。
スパークランも含めての全生徒だ。
その数、八十弱とあっては数十人のスタッフで止められようはずもない。
ロボットを独自に動かそうとする生徒や、勝手にパイロットスーツを着る者。
抑え込もうとするスタッフは逆に数の暴力で押し戻され、救助を求めて一人二人抜け出す頃には、格納庫はおろか、コントロール室でさえも生徒で埋め尽くされた。
軍人と共に駆けつけたロバートが大声で怒鳴りつける。
「何をやっている!諸君らは、それでも栄えある我がスパークランの候補生なのかね!?」
生徒は全員ビクッと体を震わせ、こちらを恐る恐る振り返る。
ロバートの傍らでは御劔も苦笑し、生徒達を見渡した。
「やれやれ。そこを開いても、ロボットは発進できないんだがね。つまらない入れ知恵をしたのは誰かな?まぁいい。出撃したいのであれば、まずは我々に相談してくれないか」
コントロール室にいる何人かが、唇を噛みしめる。
シャッターさえ開けてしまえば、地上に出られるとばかり思っていたのに。
発進できないのであれば、天井のシャッターは何のために開閉するのか。
「あのシャッターは単なる換気用だ。諸君らが知らなくても無理はない。それよりも、何故暴動を起こした?騒ぎの首謀者は誰だ、名乗り出たまえ!」
ロバートの誰何に、二人ほど前に出る。
一人が手を挙げて名乗り出た。
「全ての騒ぎは、俺による勝手な判断です」
一緒に駆けつけたスパークランの教官陣からは、ざわめきがあがる。
「二階堂くん!?」「まさか君が、何故!」
正治は視線をロバートと御劔に向けたまま、真顔で答える。
「騒ぎを起こせば、あなた方は必ず駆けつけるだろうと考えました。スタッフの皆さんに取次ぎを相談したところで、一笑に付されるのは事前に判っていましたので」
「そうか、確実性を求めた結果か」と呟いたのは、デュランだ。
校長よりも前に出て、正治に近づくと、緊張で顔を強張らせる彼の頭を優しく撫でた。
「如何にも君らしい判断だ。ただね、やるならもっとスマートにやらなきゃ。スタッフではなく、俺達に直接メールをするってんじゃ駄目だったのかい?」
メールさえくれれば出撃を認めるかのような言い分に、校長の声も跳ね上がる。
「ラフラス殿!?けしかけるような発言は、謹んでいただけませんか!」
だがデュランは、まるっきりロバートを無視して正治を諭し続けた。
「勝算があったんだろう?ラストワンの候補生には気配の判るものもいるからね……だが、それだけでは詰めが甘い。数で押し切って、どうにかなる相手だったら、とっくに軍が退治しているはずだと君達にだって判るだろう」
押し黙る正治に代わって、進み出たもう一人、クルーズが反論する。
「では、その軍の方針を、お聞かせ願えますでしょうか。ここには関係者もいます。ラストワンの候補生は、拉致された教官を心配しています。彼女達に何も知らせないで作戦を進めるのは、彼女達の不安を倍増させる悪手ではありませんか?」
「そうよ、そうよ!」と水を得て、メイラや相模原も騒ぎ立てた。
「私達には知る権利があるわ。辻教官は、私達の教官なんですから!」
「あんた達が何も教えてくれないってんなら、自分で確かめに行くわ!」
鼻息荒く捲し立てるマリアを一瞥し、御劔は傍らのロバートへ囁いた。
「教官が四十五名。候補生が九十八名。スタッフが、双方併せて二十名……使える手は惜しまないのが、成功の近道と考えますが?」
「危険だ!彼らを危険に晒すのは、彼らの保護者にも言い訳が立たん」と即座に御劔の意見をはねのけて、ロバートは生徒と、それから今度はスタッフをも見渡した。
どの顔も意気揚々と頬を上気させ、号令がかかるのを待ち受けている。
ここで却下すれば、何人かは本当に飛び出してしまうだろう。
だが、許可すれば救出活動の邪魔になること請け合いだ。
ロボットは、今が発進のタイミングではない。
どうする。どうすれば、うまく場を収められるのか――
ちらっと助けを求めてロバートがデュランを見やれば、奴は我が校きってのエリート二人の肩を叩き、こう宣った。
「よし、それじゃ君達も俺考案の救出作戦に参加してくれ。なに、そんなに難しい作戦じゃない。ただ、手は多ければ多いほど成功率も上がるからな!」
およそロバートが期待していた内容とはかすりもせず、斜め上な発言だ。
「一体、候補生達に何をやらせるつもりなのかね!!」
「ラフラス氏、スタンドプレイはゾルズ氏だけで充分です!」
ロバートの怒号とアニス少尉の怒りが重なる。
デュランは二人へ振り返り、力強く断言した。
「簡単です。同時多発探索で混ざり合うものを完全に燻りだす。候補生の皆には、伝言係を担当してもらいます」
「ハァ!?」と二人揃って奇声をあげるのを見ながら、御劔が、そっと四郎に囁いた。
「ははぁ、ラフラス氏が何をやりたいのか朧気に見えてきたぞ」
「そうなのかい?俺には、さっぱり判らないんだが」
首を傾げる親友へ、御劔は、なおも囁きかける。
「今まで我々はシンクロイスの襲撃に対して、ずっと受け身だった。彼らの本拠地が判らずにいたからね。だが今回、彼らは混ざり合うものを拉致した。これは我々にとっては重要な手掛かりだ。同時多発探索の意味は、混ざり合うものの全探索だ。軍は気配の判るものを全投入して、ベイクトピア全域を探せと言っているんだよ」
拉致被害者を一人探すだけの作戦が急激にスケール肥大化して、四郎も思わず先ほどの二人と同様に「ハァ?」と奇声をあげる。
驚く彼を愉快そうに眺め、御劔はポツリと付け足した。
「もっとも、全域を歩き回る必要は、なさそうだけどね。地場ジャミングが完成しているのなら、探索レーダーも完成しているんだろ?」
途端に、えっとなって「探索レーダーの開発は、ジャミングと違って極秘だったはずだぞ。何故、君が知っているんだ」と尋ねてくる四郎へは、清らかな笑顔を向ける。
「当然だよ。だってジャミングもレーダーも、最初に考案したのは私だったんだからね」
再び、四郎の口からは素っ頓狂な奇声が飛び出した。


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