合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 候補生

次の日――
壇上に立って全生徒を見下ろしながら鉄男が思ったのは、何故この学校の生徒は女子ばかりなのか?という、純粋な疑問であった。
女学校だという説明は受けていない。案内にも面接試験の広告にも書かれていなかった。
しかも最年少は十二歳だと木ノ下から聞かされて、鉄男は目を丸くする。
若すぎる。
パイロットの素質が芽生えるのは、十五歳から十六歳の男子に多いとされている。
たかが十二の小娘に、はたしてロボットの操縦ができるものだろうか?
壇上では御劔が自分を皆に紹介している。
鉄男をニケア人だと紹介した時、軽いざわめきが起きた。
無理もない。鉄男は一人嘆息する。
ニケア人は、滅多なことでは国を出ない。愛国心が他国の者より格段に高いのだ。
「静かに」
学長の一言で、ざわめきも収まり、続けて簡単な紹介の後に挨拶を促され、鉄男は一歩前に出る。
「辻鉄男だ。本日付でラストワンの教官となる。以上」
あまりにも短い自己紹介に再び場はざわめいたが、相沢の話で締められ一同解散となった。

それぞれの教室へ戻る途中。
「昴クン、どう?新教官の第一印象は」
追いかけてきた同窓生と歩調を合わせ、青い髪の朝日川昴が答える。
「まずまず、かな。少々、堅苦しい印象を受けたけどね。ヴェネッサ、君は?」
昴は男の子ではない。れっきとした女の子である。
にも関わらずクンづけで呼ばれるのは、男の子のように小ざっぱりした外見と、クールな口調の為か。
傍らを歩くヴェネッサ=モンドロイと比べても、女としての華やかさは微塵もない。
だが本人がそれを気にしている様子もなく、男らしくしているのは彼女自身の趣味なのかもしれない。
ヴェネッサは首を傾げ、考える素振りを見せてから答えた。
「そうね……ニケア人らしい、という印象を受けたわ」
「ニケア人らしい?いやに無難な答えだね、君らしくもない」
昴がクスリと微笑む。
ヴェネッサは美人で物腰も穏やかだけど、何事にも正直で、はっきり言わないと気の済まない性格だ。
彼女と同じ教官を持つ昴だからこそ、断言できる。
「だって」と、早くも彼女からは反論がくる。
「あれだけでは、何の分析もできないわ」
「見事な三行挨拶だったな」
壇上に立った鉄男は、ニコリともしなかった。言うだけ言うと、さっさと下がっていった。
思い出して、昴は、また微笑む。
「まさに絵に描いたようなニケア人だと言いたいんだね」
だが、ひとくちにニケア人といっても、実際はピンキリだ。皆が皆、無骨なわけではない。
ここの教官である木ノ下進もニケア人だが、彼を無骨と呼んだら、無骨者が気を悪くするであろう。
「えぇ。昴クンの印象だって、そうでしょう?さっき、堅苦しいって言ったじゃない」
鼻息の荒いヴェネッサを、まぁまぁ、と手で押しとどめると、昴は先を歩く黒髪の少女を呼び止めた。
「メイラ!メイラくん、ちょっと待ちたまえ」
「なぁに?」
メイラと呼ばれた少女が振り向き、立ち止まる。
大きな丸い眼鏡。やや垂れ目の顔からは、いかにも暢気そうな性格が伺える。
メイラに追いつき、昴が尋ねた。
「メイラくんから見て、今回の新任はどう思う?同じニケア人としての感想を聞かせてくれ」
「ん〜?そーねぇ……」
天井を見上げて考え込んでいたメイラだが、チャイムの音で我に返る。
「あっ!もう、こんな時間〜?急がないとっ」
「あ、ホントだ」
急ぎましょう、とヴェネッサにも背を押されるようにして、三人の少女は廊下を急いだ。


ラストワンの教室は教官名で仕切られている。
従って鉄男の担当する候補生がいる教室にも、でかでかと辻鉄男と書かれたプレートが下がっていた。
ガラッと勢いよく扉を開けた途端、頭上に落ちてきた何かを、反射的に鉄男は手で払いのける。
そいつは二度三度廊下をバウンドしながら、白い粉をまき散らして飛んでいった。
……どうやら、黒板消しであったらしい。
教室内からはチッという舌打ちと指を鳴らす音が聞こえ、鉄男が振り返ってみると、三つ並ぶ机のうち真ん中に座る少女が立ち上がって、さも残念そうに呟いた。
「チェッ、引っかからなかったかぁ。前の教官は思いっきり引っかかったのにー!」
頭にカラフルなバンダナを巻いた、いかにも元気の良さそうな少女だ。
鉄男はツカツカと歩み寄ると、何の前触れもなく彼女に平手打ちをかました。
「なっ……!」
これには両隣に座っている少女がビックリしてしまい、桃色髪の少女は腰を浮かしかけ、反対側、緑髪の少女はビクッと震えて俯いてしまう。
だが。
「いったぁーい!何すんのよォ!!」
殴られた当の本人だけは、威勢良く鉄男に怒鳴り返してくる。
「何をする、は此方の台詞だ。あれは貴様の仕業か?」
むすりとしたまま鉄男が言い返すと、バンダナの少女は、ぷぅっと頬を膨らませてソッポを向く。
「だとしたら、どうだってのよ!可愛い少女の、ちょっとした悪戯じゃない、殴らなくても」
言いかける途中で、また強烈にビンタを食らい、少女は椅子から転げ落ちる。
拍子でゴチンと後頭部を打ち付け、涙が出た。
なんなの、こいつ?
黒板消しを扉に挟んだぐらいで、二回も殴ることないじゃない!ムカツクッ。
殴られた頬よりも後頭部のほうが二倍痛んだが、それどころじゃない。
バンダナ少女は、すっくと立ち上がり猛然と抗議に入った。
「ちょっと!殴る事ないじゃない、この暴力教官!!」
ところが新任教官も然る者、少女の剣幕に怯むどころか威圧的に見下ろしてくるではないか。
「まだ口答えする気なら、何度でも貴様を殴る。さっさと罪を認め、大人しく謝罪しろ」
新米とは思えないほど、度胸が据わっている。
この諍い、半永久的に決着がつきそうにもない。
そう判断したのか、隣の少女が慌てて立ち上がり、二人の仲裁に入った。
「ま、まって下さい!あの、マリアちゃんが悪戯しちゃってすみません!ごめんなさい!止めに入らなかった私も悪いんです!マリアちゃんだけを叱らないで下さい!」
謝ったのは桃色の髪の少女だ。緑髪の少女は、じっと机を見つめて縮こまっている。
「ごめんなさい!あの、気に入らなければ私も殴って下さい!!だってクラスメイトが起こした問題は、クラス全員の問題ですから!ですよね?」
一方的に頭を下げ、何度も謝罪する少女には気を削がれたか、鉄男は、じっと彼女を見つめて何事か考えた後、小さく吐き捨てた。
「もういい。二人とも、席につけ」
「ちょっと亜由美、余計なコトしないでよ!」
何故か庇ってくれた相手を怒るマリアには厳しい目を向け、鉄男は低い声で命じる。
「さっさと席に着け。二度も三度も、同じ事を言わせるな」
「なっ!!」
言い返そうとするマリアは亜由美に「いいから、早く席に着こうよ」と宥められ、不承不承座り直すと、ぶっすーとふくれっつらでソッポを向いてしまった。
教壇に立ち、改めて鉄男が話し始める。
「今日から貴様等の担当を勤めることになった。朝礼で名乗った以上、自己紹介は省略する」
「は、はい、あの……辻教官、ですよね」
桃色髪の少女が愛想笑いを浮かべて、会釈する。
「私、釘原亜由美って言います。宜しくお願いします」
咄嗟の喧嘩仲裁といい、よく言えば気の回る、悪く言えば世渡りの上手な子だ。
ぶすったれたマリアの反対側に座る少女を、鉄男は一瞥する。
この子は、先の騒ぎで一度も口を訊かなかった。
ひたすら俯いて、騒ぎが収まるのを待っていたようにも見えた。
「貴様の名は?」
話しかけると、緑髪の少女は一度だけ顔を上げたが、すぐさま下を向いてしまう。
脅えている。彼女は傍目に見てハッキリ判るほど、青ざめていた。
「あーあ、ビビッちゃった。かわいそ〜、誰かさんがエッラソーに大騒ぎするから」
ひねた口調でマリアが何か言ってきたので、みたび制裁を加えようと鉄男は手を振り上げる。
しかし絶妙のタイミングで、亜由美が遮ってきた。
「あ、あの!その子は恥ずかしがり屋で、内気なんです!すみません!名前はカチュアっていいます!カチュア=ガーナクロイザ、モアロードの出身ですッ」
「モアロードだと!?」
完全に虚を突かれたかたちで、鉄男は思わず聞き返す。
モアロードは、かれこれ五十年近く鎖国状態にある大国である。
総人口数はおろか、現在の統一者が誰であるのか。それすらも、一切謎に包まれていた。
モアロードの人間が国を出るなど、ニケア人が国を出るよりも有り得ない。
「は、はい。あの、御劔学長からは、そう聞かされています……」
自信なさげに答える亜由美を横目に、鉄男はもう一度カチュアを見下ろす。
少女は青ざめたまま机を凝視し、身じろぎ一つしない。
頑なに、鉄男と視線を合わせるのを拒んでいるようにも伺えた。

反抗期なマリア、他人の顔色を伺う亜由美、恐がりのカチュア。
なんとも対照的な三人である。

まぁ、威勢の良いマリアや適応力のありそうな亜由美はいいとして、鉄男程度を怖がっている小心者のカチュアが果たして戦場で侵略者と渡り合えるのだろうか?
といった疑問は残るが、だからこその育成学校なのかもしれないと思い直し、鉄男は黒板へ向き直る。
初日の授業でやれることなど、たかが知れていた。
自己紹介、簡単な挨拶、心構えの確認だ。
挨拶も一通り終わったし、後は三人の心構えを聞いておき、今後における授業指針を考える。
教師など務めるのは生まれて初めての鉄男にだって、それぐらいの計画は立ててあった。
一番生意気なマリアを後回しにし、鉄男は亜由美に尋ねる。
「では釘原、貴様に聞いておきたいことがある」
「はい、あの――」
「――ねぇ」
二人の少女の声が重なり、亜由美がハッとして隣を見やった。
「マ、マリアちゃん」
「なんで貴様って呼ぶの?」
友達の制止など聞こえぬふりで、マリアが鉄男に問いかける。
ぶすったれた表情のまま、肘をついた行儀の悪い姿勢で……だ。
しかし鉄男は悠然と彼女の問いを無視し、亜由美へ話しかけた。
「貴様は何故パイロットを目指す?パイロットになりたい理由を述べろ」
「あ、えっと、その」
亜由美は一応マリアを気遣うように、ちらっと隣を一瞥してから、鉄男へと向き直る。
「お母さんとお父さんと、大切な皆を守りたいから……です」
「……ふん。模範回答だな」
褒められるかと思いきや、無愛想に呟かれ、亜由美は戸惑いの表情を浮かべる。
何この人?とでも思ったのだろう。
だが、すぐに彼女は、ぎこちない作り笑いで頭を下げた。
「すみません、月並みな理由で……」
何でもかんでも謝る癖が、ついているようだ。今のは全く悪くないというのに。
月並みでもいい。皆を守りたい――パイロットに、それ以上の理由が必要だろうか?
ぺこぺこ謝る亜由美を、じっと見つめていた鉄男の口元が、小さく動いた。
「釘原」
不意に呼びかけられ、弾かれたように亜由美が顔を上げる。
「はっ、はい!?」
鉄男はボソリと吐き捨てた。
「安易な謝罪は却って誠意を感じさせない。覚えておけ」
「あ……は、はいっ!すみません」
また謝っている。
謝り癖がついているのは、あまり良いことではない。
誠意を感じないというのが理由の一つだが、感情を殺してしまうというリスクもある。
マリアへ目を向けた鉄男は、彼女も此方を見ていることに気がついた。
「……何よ」
視線に気づいた彼女が、たちまち頬を膨らませるのなど気にも留めずに、先と同じ質問を放つ。
「マリア、貴様はどうだ。貴様も皆の命を守る為にパイロットになりたいのか?」
マリアの答えは、亜由美とは全く異なる内容だった。
「別に、なんで鉄男に言わなきゃいけないのよ」
真っ向から反発心を見せ、ぽつりと吐き捨てた彼女は、再びソッポを向いた。
確かに答える義務はない。だが、隠すのも無意味だ。
どうやら最初の遣り取りで、すっかり鉄男を敵視してしまったものと思われる。
この手の女は体罰を続ければ続けるほど、意地になって張り合うタイプだ。
ツカツカと近寄ってきた鉄男に対し、肘をつくのをやめたマリアが身構える。
「こ、来ないでよ」
警戒心バリバリなマリアの隣までやってくると、鉄男は反対側へ声をかけた。
「ではカチュア、貴様に尋ねる」
「え?」とハモッたのは、マリアと亜由美。
「カチュア、貴様がここへ来たのは何の為だ。何故、パイロットを目指す?」
マリアのほうなど見もせず、鉄男の意識は全てカチュアに向けられている。
そうと判った途端、無視されたという思いがマリアの脳内いっぱいに広がった。
ガタンッと勢いよく椅子を蹴って、マリアが立ち上がる。
「ちょ……あたしの理由は聞かないってわけ!?」
「貴様には、さっき聞いたばかりだ。回答を拒否。それが貴様の回答だろう?」
冷たく言い返すと、鉄男は重ねてカチュアに尋ねた。
「モアロードを抜けだしてまで候補生となりにきたのは、何故だ?」
後ろでギャーギャー「それはっ、あんたの訊き方が悪いから!」と騒ぐマリアなど、一切無視の方向で。
「…………っ…………」
騒音の中、カチュアの唇が小さく震える。
しかし声となっては聞こえて来ず、鉄男は彼女の側へ跪く。
真剣に耳を傾けてくる鉄男を、ちらっとすばやく盗み見してから、カチュアは答えた。
とても小さく蚊の鳴くような、それでいて鈴の音の如く透き通った声色で。
「わたし……を、受け入れて……くれたから」
「受け入れる?」
鉄男に聞き返され、僅かに頷き、カチュアが面を上げる。
何かに脅えたような、大きな瞳。綺麗な顔立ちをしていたが、どこか暗い影も感じられた。
「わたし……もう、何処にも居場所が……ないから」
答えと一時限目終了のチャイムが重なって、鉄男の耳には最後のほうが聞こえなかったけれど、マリアとも亜由美とも違う考えを持っているらしいカチュアという少女に、彼は、とても興味を覚えたのであった。


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