合体戦隊ゼネトロイガー


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act3 知己

ゼネトロイガーの搬入に駆けつけたのは、本郷直属の部下である研究者一同だった。
その中の一人が、御劔へ話しかけてくる。
「やぁタカさん、久しぶり。きみがスパークランへ来ると聞いて、いてもたってもいられなくて来てしまったよ」
一体誰だ?馴れ馴れしい。
眉間に縦皺を寄せて乃木坂が声の方角を睨む横で、御劔が「シロさんじゃないか、あなたもスパークランの担当だったのか」と顔を綻ばせるもんだから、驚いた。
シロさんと呼ばれたのは、眼鏡をかけた白衣の中年だ。
パッと見は目元が優しげな風貌で、誠実そうな印象も受ける。
「近年のロボット課は若手が開発の中心でね。俺達ベテランは陸戦機の整備に回されている。スパークランのサポートも、業務の内の一つさ」
「いいのかい?ここで、それを話して。一応軍の重要機密だろう、それ」
「なぁに、ここには関係者しかいないから大丈夫だ」
軍属を経験していないスタッフや軍の内情を知らないスタッフもチラホラいるというのに、大雑把な発言だ。
黙して眺める乃木坂へ、御劔が男を紹介してきた。
「乃木坂くん、彼は伊能四郎さん。軍属時代に同期だった友人だ。シロさん、彼は乃木坂勇一くん。軍属時代からの私の部下だよ」
紹介されて、乃木坂は背筋を正して一礼する。
「乃木坂です、はじめまして」
「おや?忘れられてしまったかな。きみとは一緒に働いた事もあるんだが」
などと四郎には突っ込まれ、乃木坂は脳内をフル回転させる。
全然思い出せない。
なにしろ軍属になって、すぐ御劔のチームに配属されたような記憶だ。
他に誰がいたかなど、朧気にも覚えていない。
焦る乃木坂の背後でツユが、ひそひそと助け船を出してきた。
「こいつ、あいつの親父じゃないの?伊能十四郎の。眼鏡がそっくりだよ。あと、確かにいたよ、あの頃のロボット課に。全然活躍していなかったから影薄かったけど」
乃木坂が所属していた頃のロボット課は、御劔の一人舞台であった。
他に活躍した人がいたとしても、記憶の片隅にも残っていない。
逆にいうと、大した活躍もしていない伊能四郎を、ツユはよく覚えていたものだ。
本人にこっそり小声で尋ねてみれば、これまた意外な答えが返ってきた。
「あの頃もタカさんシロさんって呼びあっていたからね。それで覚えていたんだ」
あの頃にも、そんな距離の近い呼び方をしていたのか。
目の前では御劔が四郎に確認を取っている。
「あれ、彼は採用されてすぐ私のチームに配属されたような記憶だったんだけど」
「そうでもないよ。最初の一週間は新卒期間で、どこにも属していなかっただろ」
無配属だった一週間だけ、一緒の部屋で働いていたのだという。
道理で全然覚えていないわけだ。
「そちらの彼らも、きみのチームに配属された部下だったよね。見覚えがあるよ、石倉剛助くんに水島ツユさ……くんだっけね」
「そうそう、思い出した。水島くんを最後まで女性だと思っていたんだっけね、本郷さん」
思い出し笑いの御劔に、四郎も「実は俺もそうだったんだ」とテレ笑いを浮かべる。
女性だと間違われるのは若い頃からの日常茶飯事なので今更突っ込む気にもならないツユだが、四郎が自分の顔を覚えていたのには驚いた。
あの頃は、こちらも無名の新人だったはずなのだが。
「きみの学校の教官は、六人いると聞いたが?」
「あぁ、今、二人は場を外していて……もう一人は入院しているんだ」
ほんの僅かながら影の差した御劔に、四郎が労りの言葉をかけてよこす。
「空からの来訪者に爆撃されたんだってな。心配したよ。だが、無事でよかった」
民間施設への集中爆撃などラストワンが初めてで、聞きたいこともいっぱいあろうに、四郎はそれ以上の質問をせず、トレーラーで運ばれてきたゼネトロイガーへ目を向けた。
「あれが、きみの研究の集大成、ゼネトロイガーか」
「私の、というよりはシンクロイスの発想なんだがね」
「あぁ、本郷さんから聞いた。それでも細かい部分は、きみのオリジナルなんだろう?すごいよ、あれを一人で完成させるとは」
四郎からは賞賛の目で褒め称えられて、御劔はくすぐったそうに視線を外す。
「私一人で完成させたわけでは……」
「調整や組み立てはスタッフの協力があったとしても、だ。基盤となる設計図を書いたのは、きみなんだから、もっと誇っていいんだぞ」
ぐっと御劔の双肩を掴んで自分のほうへ向き直らせて見つめあう四郎には、乃木坂の機嫌がガンガン悪くなっていく。
昔からの友人だか何だか知らないが、やけに距離が近すぎる。
ただの凡人なくせして友人の立場に陣取っているのも気に入らない。
御劔は乃木坂を部下と呼び、四郎を友人と呼んだ。そこも気に障る。
最早言いがかり級の嫉妬を、むくむく心の内で育てる乃木坂には気づいているのかいないのか、四郎と御劔の雑談は続く。
「おまけに合体まで出来るというじゃないか。早く見てみたいな、合体するさまを」
「あぁ、それなんだが……合体するには条件があってね」
四郎に耳打ちする御劔を見て、ますます乃木坂の嫉妬が膨れ上がる。
合体のプロセスを、乃木坂は教えてもらっていない。
なのに部下じゃなければ内部の人間でもない四郎にだけ教えるたぁ、どういうことだ。
しばらく耳を傾けていた四郎が、驚いた顔で御劔を見やる。
「そ、それで起動キーが煩悩だったのか……いやはや、倫理を越えた発想だね」
「だろう?初めて設計図を見つけた時は動くのかどうかも疑わしかったんだが、実際に起動テストをやって判ったんだ。大きさは違えど、発案者の考案通りに合体できそうだって」
「んん、起動テスト?きみは、一体誰と合体の動作をテストしたんだい」
友人たる四郎が眉間に皺を寄せて尋ねるからには、一人で出来る内容ではないようだ。
通常モードだって、男女のペアで動かしている。
乃木坂も興味津々聞き耳を立てていたのだが、御劔には言葉を暈された。
「誰とだっていいじゃないか。シロさんは変な処で好奇心旺盛だなぁ」
そんなのは重要じゃないと手まで振り払われては、それ以上の追及も出来ない。
「だって、きみが誰かと、そんなことになったら……気になって当然じゃないか」
遠回しに下衆だと罵られた四郎は頬を紅潮させてブツブツぼやいていたが、やがて自分の中で妥協したのか、落ち着いた口調で謝ってきた。
「……ごめん。確かに余計な詮索だったね」
「いや、こちらこそ言いすぎだった。方法を知れば、疑問を持つのは当然か」
御劔も謝り返し、とにかく、と会話をしめる。
「発動権限を持つのは一機で充分なんだ。元々は一つの発想なんだから。だから一組でも動作テストを行えた、そういうことだよ」
「現時点では……誰が発動権限を持っているんだ?」
視線を乃木坂たちへ向けた四郎へ、御劔が答える。
「今の処は、誰も辿り着いていない。本当は四期生が卒業試験を受ける際に教えるつもりだったんだが、爆撃のせいで予定が早まるかもしれないな」
では、いずれ自分達も教えてもらえる機会があるのか。
内心ほっとする乃木坂に、御劔が声をかけてくる。
「乃木坂くんにも、いずれ教えてあげるから安心したまえ」
「は、はい」
聞き耳を立てていたのは、ばっちり気づかれていたようだ。
恥ずかしくなり、乃木坂は「スタッフの手伝いをしてきます」と、その場を走り去った。


昼休み。
ツユに呼び出されて特別教室に入った木ノ下は、ゼネトロイガーの秘密を聞かされる。
「合体の発動は一体で事足りる……ホントに、そう言っていたんですか?学長が」
「何よ、疑うの?」
ツユにはジロリと睨まれ、「いえ、そういうわけじゃあ」と一応言い訳してから、木ノ下は今し方聞いたばかりの情報を脳内でまとめる。
午前中、ゼネトロイガーをスパークランへ運び込む作業が行われた。
木ノ下は特に召集を受けなかったので、スパークランをあちこち見物していたのだが、その時に学長が軍の研究者に話したのが、ゼネトロイガーの合体方法だと言うのだ。
何故、身内にも話していない秘密事項を軍の研究者にだけ明かしたのかは気になるが、ツユに聞いたところで明確な回答は得られまい。
ツユが聞き取った内容によれば、一機内で何かを行えば六体全てが合体できるような事を学長は言っていたらしい。
「……え、じゃあ、俺達が急ピッチで候補生と親密にならなくても、例えば乃木坂さんの組で発動させればオーケーなんじゃ」
「その通りよ。これを聞いて、あんた、どう思った?」
ツユに尋ねられ、木ノ下は正直に答える。
「シンクロイスと戦える力が現時点で既にありますよね、俺達」
合体すれば今より殺傷力の高い武器が使えると、学長からは聞かされている。
これまでの戦いで、ボーンがシンクロイスに効果ありなのは判明している。
ボーンもシンクロイスの考案した武器だ。
ならば、それより殺傷力の高い武器とやらも、シンクロイスに有効なのではあるまいか。
もしかしたら、アベンエニュラも撃ち落とせるのでは?
敵はアベンエニュラ一人だけではないが、あれを撃墜すれば二度と爆撃されなくなる。
ベイクトピアの何処かに巣くっているカルフ達を探すには、気配の判る者、デュランやエリスと協力すればいい。
生身の彼らと戦った経験はないが、軍部にかけあえばデータを提供してもらえよう。
これまで全く勝ち目のなかった戦いに、光明が見えてきた。
自分の代で戦いを終わらせられたら、と考えるだけで木ノ下の心は湧き上がる。
上昇に歯止めをかけたのは、ツユの一言だった。
「ただね、気になる事も言っていたのよね」
「へ?」とマヌケ面になる後輩へ、続けて言う。
「本来は四期生が卒業するタイミングで教える予定だったんですって。つまり起動キーとなるべく行動は、今の段階では無理って可能性もあるんじゃない?」
御劔は動作テストを自ら行い、合体は可能だと確信したそうだ。
そして前後の会話を聞いた限りだと、その行為は二人一組のペアでやるものらしい。
不意に木ノ下の脳裏に閃きが宿り、「あ、もしかして!」と叫んだ後輩をツユが促す。
「なによ、何か思いついたの?」
「あ、ハイ。卒業試験の行動が起動キーにもなっているんじゃ?」
ラストワンの卒業試験は煩悩の最高峰、いわば挿入だ。
挿入を通じて煩悩パワーを最高値まで高め、ゼネトロイガーの機能を解放できれば晴れて卒業、軍への入隊も可能となる。
「え、じゃあ御劔さんは誰とヤッたのよ」と、下衆の勘繰り発言がツユのくちを飛び出し、木ノ下は視線を明後日に向けて小さく呟く。
「いや〜、そこまでは俺にも判りません。でも学長なら、いくらでも動作テストにつきあってくれる女性がいそうですよね……」
ところで、と不意にツユが話題を変えてきた。
「鉄男は、どこ行ったの?てっきり、あんたと一緒にいるとばかり思ってたんだけど」
それなんですけど、と木ノ下も下り眉になって答える。
「朝からずっと探しているんですが、どこにも見当たらないんですよね」
「あの元英雄のところへは行ってみた?」
「そう思って、さっき途中の道でデュランさんをとっつかまえて聞いてみたら、朝は一緒だったけど今は知らないって言われまして」
木ノ下にも行方が判らないとは、一体鉄男はどこへ行ってしまったんだろう。
ビル内部にはいるはずだが、特別教室へ到着するまで廊下で一度もすれ違わなかった。
「……今の時間なら食堂かしらね」
ツユの呟きにも、木ノ下が首を真横に振る。
「いえ、さっき覗いてみたけど、そこにも見当たりませんでした」
「じゃあ、トイレ?てか、すれ違いになった可能性はあるんじゃないの」
ひとまず、ここで言いあったって埒が明かない。
鉄男を見つけたら今の話をしておけとツユに命じられ、木ノ下は素直に頷いた。
朝から鉄男に会えなくて、内心では焦っていた。
デュランも午前以降、鉄男には会っていないと言う。
鉄男のストーカーたる元英雄でも見失うとは。
ビルの外に出ていってしまった可能性を一瞬考え、すぐに木ノ下は己の想像を打ち消した。
候補生でもあるまいし、まさか鉄男が、そんな真似をするわけがない。
きっとツユの言うとおり、どこかで入れ違いになっただけだ。
放課後の授業が始まる頃には、必ず会えるだろう。
ともすれば焦りそうになるのを理性で押さえつけながら、木ノ下は、どこか上の空でスパークランの見学を続けた。


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