合体戦隊ゼネトロイガー


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act4 居場所の安寧

杏の肩の痛みは、翌日けろりと治ってしまった。
ただ、問題は残った。
「血管と絡み合って取り出せないし、逆探知も不可能とはね。厄介な物を埋め込んでくれたな」
女医の検査結果を机の上に放り出して、御劔学長が溜息を吐き出す。
シンクロイスのカルフによって杏の肩に埋め込まれた装置は、手術をもってしても外せなかった。
下手に外そうとすれば血管を傷つけてしまうと、ラストワンお抱え女医の報告書には書かれていた。
「そんな……じゃあ、あいつは一生あんなのを体に埋め込まれたまま生きていくんですか!?」
絶望に青ざめる木ノ下には、他の教官もかける言葉がない。
「それだけじゃない」と、御劔が物憂げに言う。
パイロットを目指す少女がシンクロイスの仲間になりたいと願うとは、到底思えない。
だが、ラストワンに居場所がないと思っただけでもアウトだ。
その場合も、向こうへ瞬間転移してしまう。
こちらからは逆探知できないというのに、杏の気持ち一つで取り返しのつかない事態に陥る厄介な装置なのだ。
「横溝さんの気持ちを如何に我が校へ惹きつけるかが鍵となる。だが彼女は今、クラスメイトと喧嘩の真っ最中だ」
正確には、モトミが一方的に杏へ喧嘩を吹っ掛けている。
これまでモトミが生きてきた環境に、杏のようなメンタルの弱い子は殆どいなかったのだろう。
モトミの気性を考えても、うじうじ後ろ向きに暗い杏とは、そりが合いそうにない。
杏の命が、かかっていると説明すれば、モトミも多少は妥協しよう。
しかし作られた偽善の友情など、あっさり看破されてしまうに決まっている。
メンタルの弱い子は、弱いなりに自分の心を守る術を知っている。
嘘を見抜くのが、他の人より敏い。
杏の心を開くには、モトミが杏を理解して、さらにすべてを受け入れなければいけない。
15の小娘に、そこまで寛大な気持ちが持てるだろうか。
という疑問は、この場にいる全ての教官が考えた。
受け持ち担当の木ノ下でさえ、無理じゃないかなぁと思ったぐらいだ。
なにしろ九段下モトミは短気でそそっかしく自我の強さはマリアの上をいき、頑固で意外と我が儘だ。
あれの性格を直すのは、杏のメンタルを鍛えるのと同等に困難だ。
唯一、木ノ下組に救いがあるとすればレティシアの存在であろう。
彼女が、うまいこと二人の掛け橋になってくれないものか?
鉄男組のマリアとカチュアは正反対の性格だが、間に亜由美を挟んで仲良く出来ている。
「ぶっちゃけ、どうなんだ?レティと他二人の関係ってのは」と乃木坂に尋ねられ、木ノ下は腕を組んで考え込む。
「概ね良好だと思うんすけど……モトミは結構レティの趣味を下に見てんですよね」
「趣味を下に?下に見られるような趣味って、どんなんだよ」
首を傾げたのは乃木坂だけじゃない。ツユや剛助、鉄男もだ。
「あー、俺もよく判らないんですけど、マジカル天使がどうとか?」
ますます理解が及ばす皆して首を傾げていると、遅れて入ってきた奴が合いの手を入れてきた。
「それなら知ってるぜ。ガキンチョやオタクに人気のテレビ番組だろ」
「春喜!どうして、お前がそんな事情に詳しいんだ」
学長の当然の疑問に「ネット見てっと時々話題に出るんだよ」と春喜は答え、指をくるくる回した。
「あいつが時々学校で言ってる呪文ってな、マジカル天使のパクリなんだぜ」
「呪文?ってぇと……」
受け持ち担当が首を傾げる手前で、春喜がレティの物真似をする。
正確には声真似だ。少女特有の甲高さを無理に真似て、声を張り上げた。
「レティビン・レティビン・ハムムメモ。モンスロパワーでパラポレマジカル〜!」
「うわ、キモッ!」
「やめてよ、鳥肌がたったわ」
外野の文句もどこ吹く風、春喜はニヤニヤと木ノ下を眺めて口の端を歪に曲げた。
「つか、なんで担任のお前が知らねーんだよ。よく廊下でも言ってんだろーが」
「え、えぇと、早口言葉の一種かな、と思って聞き流してました……」
しどろもどろな木ノ下から目を放し、今度は全員に向かって春喜が、さも得意げに語りだす。
「本来は『ララピン・リリピン・マミムメモ。パラポレパワーでパラポレマジカル〜!』ってんだが、ララピンとリリピンは双子の姉妹で、こいつらが主人公な。んでモンスロパワーってのは」
そいつを途中で学長が遮る。
「あぁ、長くなりそうだからマジカル番組の詳細は、いずれまた。なるほど、モンスローネさんの趣味はゴッコ遊びか。それを九段下さんは見下している、と……」
「九段下の趣味は何なんだ?」と鉄男に混ぜっ返され、木ノ下が即座に答える。
「あいつの趣味は雑談だな。要するに、おしゃべりだ」
おしゃべり相手のターゲットはマリアが大半だと言われ、鉄男も腕を組んで考え込む。
予想以上に、杏のコミュニティーは彼女にとって居心地が悪くなっているようだ。
趣味の合うクラスメイトが一人もいない。加えて、環境が騒がしい。
自分だったら、こんなクラスには見切りをつけて、他のクラスの子と遊びたい。
しかし、それでは解決に持ち込めない。
今のクラスの子と打ち解けねば、居場所も作れまい。
「うちは上手く回ってんだけどなぁ。メイちゃんが時々トンチンカンな事言っても、昴とヴェネッサでカバーするっつぅか」
乃木坂が言うように、どのクラスにも制止役が一人二人、必ず入っている。
乃木坂組は昴とヴェネッサ。ツユ組は飛鳥、鉄男組は亜由美といった具合に。
ならば、やはり精神的に一番安定していそうなレティシアが、木ノ下組の制止役に向いていよう。
「けど、これ以上レティに負担をかけるなってモトミの意見も、判らないわけじゃ〜ないんですよね……」
現在、杏と同室なのはレティシアだ。
彼女が毎日杏を叩き起こして、教室へ連れてきている。
本人は好きでやっているような言い分だったが、こちらへ気を遣っていないとは限らない。
「なら、モトミも突っ込み役に回せばいいじゃない。これで解決よ」
「いやぁ、あいつは早口なだけで全然冷静じゃないっていうか……」
木ノ下とツユが何か言いあうのを聞き流し、鉄男はポツリと呟いた。
「マジカルパワーを有効的に使えないでしょうか」
「は?」と、御劔や春喜を含めた全員が目を丸くするのも何のその、鉄男は超真面目な仏頂面を崩さず、もう一度言った。
「ですから、マジカルパワーです。例えばレティシアの趣味で横溝の心を解きほぐせれば、一歩前進できるのではないでしょうか」

「レティの趣味を学校全体に広めるのはいいとして、だ。そっから、どうやって杏の居場所を作るんだ?」
会議では一笑に付された鉄男の発言であったが、宿舎に戻り、改めて木ノ下に問われた鉄男は自分の案を披露する。
「思春期の子供はブームに踊らされやすい。皆がやっているという一体感に、横溝を取り込ませる」
「う、うぅぅん、しかし魔女っ子ゴッコはハードルの高い奴が多そうだぞ。まどかや昴なんて、乗ってもこないんじゃないか?」
難色を示す木ノ下に、鉄男も仏頂面でお返しする。
「何も魔女っ子だけに、こだわる必要はない。要は、一体感を生み出すブームを作れと言っているんだ」
「あーうん、なるほど?」
魔女っ子番組は多くの人々の間で流行っていると、春喜が言っていた。
だから、一つの例えとして出しただけだ。何が何でも魔女っ子ゴッコである必要は、ない。
「あぁ、でも、そうか、レティの趣味に杏を同調させたほうが、居場所は作りやすいかもな。あとは最大の難関である、モトミをどうするか、だけど……」
「一つの流れさえ学内で作り出せれば、一人二人の天邪鬼程度、どうとでもなる」
やたら自信満々なのが気になって、木ノ下は尋ねた。
「鉄男、お前も思春期時代、何かのブームに乗っかったことがあるのか?」
「それはない」と即座に面白みのない答えが返ってきて、しかしと彼が続けるには。
「後藤さんの話を聞いて思い出した。周りの奴らは、一つの動きに流されやすかったと」
「ん、まぁ確かに若い頃って、とんでもねーもんがブームになったりするよな。絶対ハマるはずないって思ってたのに、いつの間にか自分までハマッてたりするんだよ、恐ろしい事に」
どこか視線を外して木ノ下が言うのへは、逆に興味をひかれて鉄男も尋ね返す。
「木ノ下こそ、学生時代なにかのブームに乗ったことがあったのか?」
「んーまぁな。俺が学生ん頃、透明シートにアイドルの写真を挟むのが大流行してさ。俺はアイドルとか追っかけてなかったから絶対ハマらない自信があったんだけど、気がついたら有名テニスプレイヤーの写真を透明シートに挟んでいたんだ!どうだ、恐ろしいだろ」
随分と地味な内容だが、それでもブームだったのは間違いない。
気にしまいと務めていても、無意識のうちに感化される。それがブームというものだ。
「うーん、しかしブームか。これは俺達だけで何とか出来る問題じゃないぞ。誰か一人二人抱きこんで、女の子の好きそうな、誰でもハマりそうなブームを作り出さないと」
それには鉄男も同感だ。
自分で言ってみたものの、実際何を流行らせるのかと言われたら、とんと思いつかない。
女子の流行は女子に聞くのが手っ取り早かろう。
それも、秘密厳守できそうな口の堅い女子がいい。
何人か候補を脳内でリストアップしながら、鉄男は木ノ下の取り留めもない学生時代の思い出話を聞き流した。


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