合体戦隊ゼネトロイガー


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act5 混ざり合い、入れ替わる

結論から言うと、辻鉄男は人類でありシンクロイスではない。
シンクロイスのシークエンスが、なんらかのきっかけで混ざり込んでしまった状態だ。
そう説明されても、軍の研究者及び候補生は首を傾げた。
混ざり合うというのが、そもそも理解できないらしい。
「だって、思考は身体一つにつき一人分でしょう」とは、まどかの弁だ。
怪訝な目つきで鉄男を眺め、さも信じられないといった口ぶりで結論づける。
「二重人格じゃないとしたら、どうやって、それを証明するんですか。私達が知らない出来事を話したとして、それを証明してくれる人やモノは、あるんですか?」
彼女の言い分は的確だ。
この場にいるシンクロイスがシークエンスしかいないのでは、誰も彼女の発言を本当だと証明できない。
人類が知るシンクロイスの知識は、非常に些細な量だからだ。
「それに」と、まどかの視線はエリスにも向けられる。
「気配の判る人は今までに誰がいたの?って私達が聞いた時、あなたは辻教官の名前をあげた……なのに、辻教官が来るよりも前から学長には能力を認められていたってのは、おかしくないかしら」
「なにもおかしくないわ」と答えたのは、当のエリス。
「あなた達は誰と、名前を尋ねた。名前の判る相手は辻鉄男しかいなかったので、彼の名前を答えたまでよ」
「屁理屈だわ!」とマリアが叫んだが、屁理屈ではない。
混ざりあう人物が鉄男以外にも過去いたのは、軍属時代のデュランが感じ取っている件からも明白だ。
エリスも名前を知らない赤の他人から、何度か異なる気配を感じ取っていたのだろう。
誰に話しても与太話で流されていた能力を、初めて認めてくれた相手が御劔だったのだ。
シンクロイスと人間を見分ける能力については、軍で認知されている。
従って桐本も、能力自体を疑うつもりはない。
軍にいる能力者が感知したから、鉄男を発見できたのだ。
しかし、混ざり合っているからこそ気配を感知できる――という発想には頷きかねる。
もし人とシンクロイスが混ざっている状態なのだとしたら、これまでデュランが感知し、こちらを襲ってきた連中。
あれは何故、混ざった人間がシンクロイスの暴挙を止めに入らなかったのか。
「辻くんの話ですと」と前置きしてから、デュランが語る。
「肉体を動かす権利があるのは起きている意識だけ、になるのだそうです。つまり今は辻くんの意識が目覚めている為、肉体は辻くんの意志で動いていますが、シークエンスと交替すると辻くんの意識は権利を失い、動かせるのはシークエンスのみ、となります」
実際には肉体ごと入れ替わってしまうのだが、これ以上ややこしくすると、誰も話についてこられなくなる。
改めて自分は面倒な立場にいるんだと、鉄男は密かに頭を抱えた。
全てはシークエンスが自分なんかを、寄生先に選んだせいで。
「では、シークエンスと話をさせてもらえるかね?」
桐本の声は異様に響き、部屋にいた全員が彼を注視する。
「きっ、危険です!」と忠告を発したのは黒服の一人で、しかし桐本には睨まれて口を噤む。
「危険ではない。これだけの人数がいるのだ、それに」
ちらりとカチュアへ横目をくれて、桐本は続けた。
「いざとなれば、そこのモアロード人に奴らの機械を押さえつけて貰えばよい」
シンクロイスが道具を即時に創り出すことも、この男はご存じなようだ。
「カッ、カチュアに何やらせるつもりなのよ!?」
血気盛んなマリアやモトミがカチュアを庇う位置に移動する。
カチュア自身は、というと俯きがちに床を見つめて微動だにしない。
それらには目をくれず、桐本の視線が向かう先はデュランと鉄男の両名だ。
「諸君らの話を真実づける為にも、本人との対話は必要かと思うが?」
「そうですね」と頷き、デュランが鉄男を促してくる。
「痛くしないから、俺に任せてもらえるかい」
呼び出すことに異論はない。
証拠を見せろと言われるのも、鉄男の想定内であった。
「……解剖しないと、約束してくれるなら」
ぼそっと吐き出された物騒な言葉に、桐本の声も高くなる。
「解剖だって?誰が、そのような真似をすると言ったのかね」
ちらりとデュランを見上げた鉄男を見て、ますます桐本は鼻息荒く言い足した。
「ふん、なるほど。元英雄は、それで彼を拉致、いや保護したという次第か。だが安心したまえよ、辻くんとやら。君は貴重な人材だ。解剖しては、奴らとのコンタクトも不可能になってしまう。我々は、そこまで愚かではないつもりだ」
「それならば、宜しいのですが」とデュランも肩をすくめて、挑戦的な目を桐本へぶつける。
「後に、あれは杞憂だったと笑い飛ばせるような正しい対応を、お願いします」
解剖する気はなかったと桐本は言うが、なら何故無理矢理にでも引っ張ってこようとしたのかの謎は残る。
誘拐なんて手を使われなくても、こちらはいつでも軍隊へ協力する心づもりでいたのに。
ベイクトピア軍への懸念が去ったわけではない。
しかし、ここでいつまでもごねていては、学校に戻ろうにも戻れない。
御劔学長も心配していよう。
「では……お願いします」
鉄男がデュランに身を委ねるのを、木ノ下は黙って見守った。
言ってくれれば俺がやるのに、なんでデュランに任せるんだ。
といった言葉が危うく口を飛び出そうになったのだが、寸前で堪えた。
デュランに気を失うツボを押されて、がくりと鉄男の身体が力を失う。
「おっと」とデュランが支えたのも一瞬で、すぐに鉄男は身を起こし――
いや、鉄男だった者が身を起こし、部屋全体を見渡した。
ぽかんと彼女を見つめる複数の目に対して、威圧的に言い放つ。
「これで満足したのかしら、そこの軍人さんや子供らは。それで?次は、あたしに何をやらせようってのかしらね」
腰に手を当て、仁王立ちしているのは女性の身体と声帯を持つ人物。
シークエンスだ。
ただし眉間には皺を寄せ、思いっきり不機嫌そうな表情を浮かべていたが。
ほぅ、と感嘆の溜息を漏らして、最初に言葉を発したのは桐本だ。
「これは予想外だな。うむ、肉体まで変化してしまうのか」
何やら小さく呟くと、すぐに破顔してシークエンスへ話しかける。
「はじめまして、空からの来訪者シークエンスよ。私はベイクトピア軍の来訪者研究施設担当、桐本 千浪という者だ。単刀直入に聞こう。君は何故、辻鉄男くんを宿り木に選んだのかね?」
「皆、どうしてそんな事が気になるのかしらね」
ちらっと木ノ下へ一瞬視線を向けて、シークエンスが溜息を吐き出す。
「たまたまに決まっているじゃない。乗り移れれば何でも良かったの」
「ふむ。では続けて質問だ。完全に乗り移れなかった後、君は恐らく絶望しただろう。何故、他の人間に乗り移り変えようとは思わなかったのだ?」
そうだ、それは木ノ下も気になっていた。
前に他のシンクロイスと戦った際、シークエンスは彼らを殴れば追い出せるだのと言っていた。
追い出せるということは、失敗しても別の誰かに乗り移れるのではないか。
そして乗り移った後も器が気に入らなければ、別の器へ乗り移ることも出来るのではないか?
といった木ノ下の内心の質問にも答えるかのように、シークエンスが言うには。
「しばらく様子を見ようと思ったのよ。乗り移りに失敗したのに、消滅しないで済んだから。それでまた、別の良さそうな肉体があれば、そっちに乗り移ろうかと思っていたんだけど、ずっといるうちに、この器に愛着がわいたっていうか、居心地が良くなっちゃって」
「ほぅ。乗り移りに失敗した状態なのか、それは。そして失敗してしまうと、通常では消滅してしまうと?」
驚く桐本に、シークエンスが頷く。
「今までに消滅した仲間が何人か、ね。あたし達の消滅は、イコール死よ。器が持つ元の意識のままだから、すぐ失敗したんだと判るわ。でも乗り移りに失敗しても、こういうふうに残れる場合もある。あたしは失敗したの、鉄男が初めてだったんだけど、消えずに済んだのは不幸中の幸いだったわね」
「どうして?君は辻くんという名の器に閉じこめられているも同然じゃないか」
「そういう見方も出来るけど、そうねぇ、都合のいい家だったのよ、この器は。なにしろ消滅しないで残れた上、栄養分は吸収できるし、頑丈で器自体も死にそうにない。それに……鉄男の中にいたおかげで、進とも劇的な出会いを果たせたしね!」
キュピーン☆と瞳を輝かせるシークエンスに、一歩退いて桐本が問う。
「ふむ、では現状に不満はないのだね?」
「まぁね。進が、あたしとくっついてくれないのは不満だけど」
何度も名前を出されて、泡を食った木ノ下が割り込んでくる。
「だっ、だから、それは前にも説明しただろ!?」
「まぁいいわ」と小さく呟き、シークエンスは桐本を促した。
「質問は、これで終わりかしら。終わりなら、進とあっちの部屋でイチャイチャしてきていい?」
「それは」「駄目でぇーーっすっ!」
声を大にシークエンスの野望を妨害してきたのは、当然ながら桐本ではない。
「きっ、木ノ下教官はウチらの大切な教官やで!シンクロイスだかなんだか、けったいな寄生虫との子供を作るにゃ向いてへんのやっ」
唾を飛ばして激高するモトミの横では、同じく両拳を握りしめてレティが必死に叫んでいる。
「そぉでぇす!木ノ下教官とラブラブ新婚愛の巣を築く相手はレティと決まっているんですからぁ。キャッ☆言っちゃった♪」
「ちょ、レティ何言うてんのや!?」と、これにはモトミも、おったまげだ。
「ちゃうやろ!ラブラブ愛の巣は未来にとっといて、今は木ノ下教官を守らなアカン」
息の合わない二人に対し、シークエンスの態度は冷静で。
「あっそー、ハイハイ。乙女の妄想につきあう暇、今はないから」
シッシと手で二人を追い払う真似をしてから、くるりと桐本のほうへ振り返る。
「これだけの為に、あたしを呼び出したにしては、物々しい軍団をつれてきたじゃないの。本音じゃまだ、あたしと鉄男を解剖したいんじゃないの?」
「それはない」
桐本は、きっぱり首を真横に振る。
「先ほども言ったが、解剖しては奴らとのコンタクトが取れなくなるからな……シークエンス、君には改めて任務を与えたい。他の来訪者……シンクロイスとの交渉役を。どうだ、引き受けてくれるかね?」
軍の目的は、鉄男の誘拐でも解剖でもなかった。
初めから他の来訪者と交渉する役を、やらせたかったようだ。
鉄男が軍に引き抜かれるかもしれない、という御劔の予想が一番の大当たりだったのだ。


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