Folxs

act18.新羅フォルクス

血まみれの肉塊に囲まれて、アミュは泣きじゃくった。
「酷いです、アスペル。あなたが一方的な殺戮を行うだなんて」
彼女を慰めようと白い羽根を優しく撫でて、アスペルも弁解する。
「すまない。てっきり、お前が魔族に襲われているものかと思ったんだ」
泣き続けるのに疲れたアミュが、やがて首をアスペルの肩に預けてくる。
譫言のように、ぽつりぽつりと呟いた。
「もう、疲れてしまいました。神界へ帰りませんか?アスペル……石は二つ、失われました……仲間は、どこにも見つかりません」
「二つ?」と首を傾げる兄弟子へ、そのままの姿勢でアミュが答える。
「えぇ、二つです。一つは魔族が……そして、もう一つはレジェンダーが所持を」
三つあるうち、一つは魔族の手に落ちてしまったらしい。
魔族が石を何に使うのかは判らないが、どうせ私利私欲を満たす程度の陳腐な目的であろう。
それに大天使様ほどの魔力でも持たない限り、そうそう大それた事はできない。
他の世界へ影響をもたらすほどの、大事には。
レジェンダーに魔力はないという話だが、連中は石を何に使うつもりか。
奇跡の石は、魔力を持つ者にしか扱えなかったはずだ。大天使様の話によれば。
アスペルの無言を、どう受け取ったものかは知らないが。
アミュが、泣きはらした目を彼に向けた。
「神魔を滅する必殺の武器を作っているのだそうです……レジェンダーは。ここに居続けていたら、私もあなたも彼らに滅されるかもしれません」
神族を滅する武器?
そんなものが本当にあるとすれば、放置しておくほうが危険ではないか。
「その話、誰から?」
アスペルが促すと、アミュは「カインから聞きました」とだけ答え、後は黙り込んだ。
フィーネやアミュが憧れていた頃のカインは、穏やかな気性の男だった。
彼が石の捜索隊に志願したと聞いた時、アスペルは驚いたものだ。
再会したカインは、アミュに何をもたらしたのだろう。
彼女の横顔を見るに、とても喜ばしい再会ではなかったというのだけは朧気に伝わった。
戦いは人を狂気に駆り立てる。
惑星へ降り立って魔族と争う内に、カインが狂気に囚われたとしても何ら不思議ではない。
自分だって人のことは言えないではないか。
アミュが多勢に襲われている、と思った瞬間。
大天使様の教えなど、アスペルの脳裏からは吹き飛んでしまった。
遥かに格下の者達を、この手で一方的に殺戮してしまった。
悔やまれる行為だ。
レジェンダーの作る必殺の武器が、如何ほどの威力を持つのかは判らない。
だがアスペルは、アミュには滅して欲しくないと願う。
彼女はアスペルにとって愛すべき許嫁であり妹弟子でもあり、命よりも大切な存在なのだから。
「そうだな……一緒に帰ろうか、アミュ」
ぽつりと、そんな言葉がアスペルの唇から溢れ出た。
アミュ以外の仲間とは、自分も出会えていない。
いくら広大な大地といっても、集落で一人の神族も見かけないなんて事が、あるだろうか。
アミュと違って、アスペルは方向音痴ではない。
いくつかの都市も見て回った。
それでも、仲間を見つけることが出来なかった。
ただの一人も、だ。
もしかしたら、もう、捜索隊の殆どが魔族と戦って命を散らしてしまったのではないか。
一度、大天使様から指示を仰ぐ為にも、戻った方がいいのかもしれない。
アスペルの返事を聞いて、アミュが嬉しそうに微笑む。
久しぶりに見た、彼女の笑顔だった。

ヒューイが古代レジェンダーの元を訪れてから、月日は飛ぶように流れていった。
ヒューイが何日も何日も、座禅と睡眠だけで毎日を過ごす間に。
石の塊だったものが次第に剣の形に整っていくのを、マナルナ達は見守った。
古代レジェンダーが入れ替わり立ち替わりやってきては、石を打って削ってフォルクスを造り上げる。
数えて半年が過ぎる頃に、ようやく、それは完成した。

「これが……新羅、フォルクス?」
首が痛くなるほどに見上げ、スカイが呟く。
傍らの古代レジェンダー、末裔のアメイルが横で頷く。
「そう。これが新羅フォルクス、全ての魔を切り裂く剣」
新羅フォルクスはマナルナやスカイが予想していたよりも、恐ろしく巨大な剣であった。
天に突き抜けるのではないかと思うぐらい、大きい。
武器と呼ぶよりも、巨大な剣のモニュメントといったほうが正しかろう。
例えヒューイがムキムキの筋肉質な大男だったとしても、振り回せないのではないか。
ましてや、この半年でヒューイが見た目成長したかといえば、答えはノーだ。
半年前と、まるっきり変わっていない。細腕で貧弱な体をしている。
だが古代レジェンダーの末裔は自信があるのか、ヒューイは成長したと口々に言う。
「フォルクスを使うには、腕力があればいいというものではない。精神力だ。強靱な精神こそが、この剣を動かす力となる」
「でも、こんなものを振り回したら、大地が壊れちゃわない?」
マナルナの疑問にも、古代レジェンダー達は穏やかに答えた。
「言ったでしょう。魔を押し戻す武器なのだと。大地に叩きつける必要など、ありません。ただ一振り、剣を薙ぎ払うだけでいい」
何処に隠れているかも判らないフィスタやホルゲイが、剣を振り回しただけで消え去る?
そう言われても、マナルナやスカイにはピンとこない。
リンタローも然りだ。
ヒューイだけは、重々しく頷いた。
「信じられないかもしれない。けど、この半年、古代レジェンダーとイメージ修行をして判ったんだ。この石は――奇跡の石は、魔力の塊みたいなものなんだ。念じる者によって、とんでもない効力を発揮する。強いフィスタが魔力を使って念じた場合、世界を滅ぼすことだって可能だと」
「信じられないな」と、スカイが遮る。
実際に目で見てみないと、信じられない。
奇跡の石に、本当にそのような力があるかどうかなんて。
「本当に、一回で全部追い払えるの?」
マナルナがゲーリーに尋ねると、ゲーリーも頷いた。
「あぁ。ただし……」
「ただし?」
「その一振りは、恐ろしく魔力を消耗する。だが我々レジェンダーには魔力がない。かわりに消耗するのは生命だ」
「ど、どういうこと?」
マナルナが狼狽える。スカイも頭が混乱してきた。
剣は精神力で振り回すと言っていたはずなのに、生命を消耗するとは、どういうことだ。
混乱する二人に、ゲーリーは辛抱強く説明してやる。
「簡単な話だ。奇跡の石、この石の能力を引き出すには、魔力が必要不可欠なのだ。天魔は強い精神力で念じる際、魔力を消耗する。だが我々には魔力が、生来備わっていない。だから魔力の代用として命の炎を使用する」
「じゃ、じゃあ!」
悲痛な表情でマナルナが悲鳴をあげる。
「ヒューイは、命を削って剣を振り回さないといけないの?大丈夫なの?ヒューイ、死んじゃうんじゃないでしょうね!」
「大丈夫だよ」と答えたのは、当のヒューイで。
「一振りで終わらせてみせる。これ以上、俺達の大地をあいつらに好き勝手させない為にも」
半年前には見られなかった強い光を携えた瞳で、マナルナを見つめた。
これまでに見たこともない真剣な表情のヒューイに、マナルナは、ぽうっとなる。
見つめ合う二人を遠目に眺め、スカイはリンタローを小声で促すと。
そっと、皆とは離れた場所へ歩いていった。

「どうしたのでござるか?失恋確実と知って、つらくなったでござ、あいたっ!」
思いっきりリンタローの脇腹に蹴りを入れてから、スカイが不機嫌に言い返す。
「大丈夫とは言ったけど、死なないとは約束しなかったよな、あいつ」
「へ?」
首を傾げるリンタローに、なおもスカイは小声で囁いた。
「普通、ああいう場面なら”俺は絶対死なない”って言いそうなもんじゃないか?」
「あぁ、なるほど。つまりフォルクスを振り回すには、ごっそり体力と生命力を削られるから絶対大丈夫とは言い切れなかったのでござるな、ヒューイも」
古代レジェンダーに取り囲まれたヒューイを見て、スカイがポツリと呟く。
「あいつだけに任せて、大丈夫かな」
ヒューイの傍らには頬を染めたマナルナも見える。
彼女はヒューイが天魔を追い払ってくれると、信じて疑っていないように思えた。
「でも、選ばれたのはヒューイで候?拙者達に出来ることは何もござらぬよ」
心配性な友の肩を羽でバサバサ撫でてやると、リンタローは目を細める。
「しかしスカイは、てっきりヒューイを嫌っているのかと思っていたが……なかなかどうして、仲間思いでござるなぁ?」
「そんなんじゃない」
疎ましげにリンタローの羽を払いのけると、スカイは友を睨みつけた。
「あいつが倒れたらマナルナが悲しむ。俺は、それが心配なんだ」
リンタローは「ははぁ」と言った後、しばらくニヤニヤと嘴の端を歪ませてスカイを眺めていたが。
「ならスカイに出来るのは、ヒューイを信じる事のみでござるな。なぁに、世界が平和になったら、拙者がお主にイイ聖獣を紹介するでござるよ。同族だけが幸せの伴侶とは限らないでござる」
「……何の話だ?」
眉間の皺を濃くするスカイを再びバサバサと羽で叩いて、彼に疎ましがられながら。
「何って、恋破れし親友の将来について話しているのでござる。お主を幸せに導くのが、拙者に課せられた使命なのだからして」
リンタローは調子に乗ってしゃべりまくり、スカイからは嫌というほど横腹を蹴りつけられた。


やがて、新羅フォルクスを振るう日が決まる。
ヒューイの体調と天候と地脈の会う次期を見計らって、決められた。
運命の日は、繊月の三十日。今日から数えて一週間後の朝であった――
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