EXORCIST AGE

act9.学院  街角で

やがて一学期の終業式も終わり――待ちに待っていた夏休みが始まった!

終業式の翌日、GENはチャイムの音で叩き起こされる。
また新聞の勧誘か?
イライラしながら出てみると、そこにいたのはティーガだった。
ミズノと、この家で鉢合わせて以降、ティーガは保健室にも、この家にも姿を見せなくなった。
どうしたんだろう?と心配していたのだが、夏休みになるのを待っていただけのようだ。
入ってくるなりティーガの目はミズノを探し求め、大声で呼びかける。
「ミズノさん、いるんでしょ?教えて下さいよ、どうしてココに来たんスか」
「あらティーガ、お久しぶり」
珈琲ポットを抱えて、台所からミズノが顔を出す。
あれ以来、彼女はずっとGENの家に寝泊まりしている。
無論寝室は別々にしているが、GENは内心落ち着かない日々を過ごしていた。
「ちょうど電話を入れようと思っていたのよ。あれから全然来てくれないから」
差し出されたコップを受け取って、ティーガは微笑んだ。
「ガッコが終わるまで待っていたんスよ」
ほぼGENの予想通りな答えを返すと、改めて真面目な顔に戻りミズノを問いただす。
「……で、ミズノさんは何でコッチに来たんスか?本社で変更でも」
「うぅん、まずはコレを見て」
ミズノから写真を受け取ったティーガは顔をしかめる。
「なんですか?この写真」
えらく写りの悪い写真で、ピンぼけしている。
金髪の人物が、しまりなく微笑んでいた。
「新学期に来る予定の親善大使らしい。あいつに似ていると思わないか?」
GENにも促され、写真を遠ざけたり近づけたりしていたティーガが急に叫んだ。
「あぁ!ひょっとして、デヴィット=ボーン!?」
大声で叫んでから、バッと自分で自分の口元を押さえる。
「大丈夫だ、この家は防音されている」
一応安心させてから、GENはティーガの顔を覗き込んだ。
「どう思う?」
「どう思う……って?」
言われている意味が判らず、ティーガは困惑するばかり。
ミズノとGENは顔を見合わせて頷きあった後、ミズノの方が答えた。
「偵察、或いは連絡役の可能性が高いわ。いるんでしょう?学院には、悪魔が」
珈琲を一口飲んで、GENも続ける。
「……ただ、俺にはどうも信じられないけどね」
「何よ!あなただって、その写真がデヴィットって認めたじゃない!」
たちまちミズノには怒鳴りつけられ。
オットットとカップを落としそうになりながら、GENは慌てて付け足した。
「だって悪魔が自分の処に隠れていると判る学院長が、何故悪魔の手先を呼び寄せるんだ?」
「……そういや」
ポツリとティーガが呟いたので、二人とも彼に注目する。
「なんで、学長はガッコ内に悪魔がいることに気づいたんスかね?」
GENがコップを床に置いた。
「まずは、学院長の身辺調査か」
「ちょっと待って。依頼主の調査は社則で禁じられているはずよ」
くいかかるミズノへ振り向くと、彼は口元にシニカルな笑みを浮かべた。
「直接依頼を受けている社員は、な。だがミズノ、君なら調べられるだろ?」
しばしGENと見つめ合った後、ややあってミズノは大きく溜息をついて肩をすくめる。
「いいわ、やってあげる。調べるのは学長だけでいいの?」
「学長および学院そのものについても調べて欲しいな。それと、この写真の出所も」
「なによ、ここぞとばかりに沢山頼んでくれるわね」
苦笑しながらも彼女は承諾すると、飲み終わったコップを台所へ運んでゆく。
洗い物の音をBGMに、ティーガが新たな話を切り出してくる。
「ところでGENさん。旅行の件だけど」
「ん、あぁ。覚えているから安心しろ」
「別に忘れているとは思っちゃいないッスよ。ただね」
耳にくちを寄せてボソボソと囁いてきた。
「生徒会長の取り巻きに一人変なのがいるんです」
何も、ここでコソコソ話すこともなかろう。
同じ会社の仲間しかいない、この部屋では。
「変な奴?」
そっと身を離してGENが尋ね返すと、意外や真面目な顔で頷いたティーガの言う事にゃ。
千早の取り巻きで、旅行にも同行するのは全部で三人。
内二人は女生徒だが、そのうちの一人から違和感を覚えるというのだ。
「まさか、その子が悪魔!?」
台所から飛び出してきたミズノを一瞥し、ティーガは曖昧にかぶりを振る。
「いや、悪魔とも違うんッスよねー。ただ」
「ただ?」
「生命力っつーんですか?人としての生命力が異常に弱く感じるんす」
ティーガの言葉に、GENとミズノは揃って首を傾げる。
生命力が弱い、すなわちそれは病弱という事だろうか?
GENが問うと、ティーガはそれにも首を振って難しい顔で答えた。
「っていうかー……人の中に、別の何かが混ざっている感じ?」
またしても先輩二人は顔を見合わせ、GENが重ねて尋ねる。
「その子の名前は?」
「大守です。大守 悦子、三年生。生徒会長サンと同級生の」
「よし、後で調べておく」
頷くGENを見てホッとしたのか、ティーガは足を長々と伸ばし、話題を切り換えた。
「あ、ところでGENさん?」
「何だ?まだ、何か気になることが」
「水着、どんなの持ってくの?」
「え?」となってGENがティーガを振り返ると、キラキラした目で見つめてくるではないか。
「トランクス?それともビキニ?あ、でもビキニは駄目だよね。だってGENさんのは大」
わぁぁっっっ!!!
何を言い出すやら、ガバッと飛びつき後輩の口元を押さえ込むGEN。
慌てるGENとは正反対にミズノは興味津々、押さえ込まれたティーガへ尋ねてよこす。
「そういうティーガは、どんなのを選んだの?海へ行くの、初めてでしょ」
「うん。だからね、倭月に選んでもらったんだ。売ってた中で一番格好いいのを!」
答えるティーガは年相応の学生にしか見えない。
心から楽しみにしているんだろう、海水浴旅行を。
しかし気がかりなのは、先ほどの話だ。
生命力が弱く、他の何かが混ざっている生徒だと?
GENとてエクソシスト、悪魔の気配を感じ取る能力には長けているつもりだ。
一ヶ月半それなりに生徒の様子を見てきたが、自分には何も感じ取れなかった。
だが、ティーガは自分よりも直に生徒へ接触できる。
GENでは感じ取れない何かを感じ取ったとしても、不思議ではない。
「重たいよーGENさん」
文句を言われ、はたと我に返ったGENは、すぐにティーガを解放する。
「わ、悪い」
「で、GENさんは、どんな水着を持っていくの?」
「水着……」
そういや、まだ何も準備していなかった。
そう伝えるやいなやティーガには腕を引っ張られ、戸口まで連れていかれる。
「も〜、旅行は来月頭なんですよ?早く用意しなきゃ駄目じゃないっすか!」
「おい待てよ、まだ二週間近くあるじゃないか」
どこまでもマイペースなGENに、顔を近づけると。
ここぞとばかりに、ティーガは押し切った。
「たった二週間しかないんだ!!GENさんだって、いつも言ってるじゃないですか。準備は万全にって!」
結局、三人は連れだってアーケード街へ買い物に行くことに。

駅前ターミナルから真っ直ぐ伸びる歩道を、のんびり歩きながら。
久しぶりのアーケード街を、ミズノは見渡した。
GENの借家で寝泊まりしているとはいえ、ほいほい出歩くわけにもいかない。
原則依頼がない限り、THE・EMPERORの社員は天都へ降りるのを禁じられていた。
同じく、のんびりした歩調で横を歩くティーガが尋ねてくる。
「そういやミズノさん、会社はサボッてるんですか?」
「いやぁね、ちゃんと有休を取っています」
すまして答える彼女に、間髪入れずGENが突っ込んできた。
「けど依頼でもないのに降りてくるのは、御法度だぞ?どうするんだ、誰かに見つかったら」
「その時は、あなたがフォローしてくれるって信じているわ」
「冗談じゃないよ」と、GENが空を仰ぐ。
「パートナーでもないのに、そこまで面倒見きれるかぃ」
「あ、じゃあ」
ティーガが下から覗き込んで、ニッカと微笑んだ。
「いっそパートナーになっちゃえば?」
ギョッとするGENの横で「あら、いいの?」と、ミズノが聞き返す。
「いいのって何が?」
質問に質問で返すティーガの頭を軽く突き、彼女は笑った。
「GENのパートナーになりたいのはティーガ、あなたなんじゃなかったの?」
これにはGENが噛みついて「バカ言ってるなよ、社則じゃパートナーは男女のペアで」と言いかけるのへ被せるようにして、ティーガがぶっきらぼうに言い放つ。
「なりたいのは山々だけど、GENさん社則社則ってうるさいんだもん」
「あら、残念」
ミズノが再び笑う。
「今度生まれてくる時は女の子になりたいって神様にお願いしなきゃね」
「今度って、いつ――」
騒ぐGENの口元へ、不意にティーガが人差し指を押し当てて来た。
「シィッ!」
何だ?
不思議に思って彼の見つめる方向へ目をやり、GENも把握する。
こちらへ歩いてくる人影、あれは桜蘭学院の生徒じゃないか。確か名前は……
「やぁ。そこにいるのは津山くんじゃァないか」
ふわさ、と無駄に格好良く髪をかき上げて偉そうに見つめてきた、この少年こそは。
桜蘭学院三年の竹隈 甲斐。生徒会で副会長を務めている。
上から下までブランド物で固めたファッションを見て、ミズノがほんの少し眉を潜める。
「なぁに?この子」と囁いてきたので、GENも小さく囁き返す。
「桜蘭の生徒だよ」
竹隈もGENに気づいたか、わざとらしいぐらい丁寧に頭をさげてよこした。
「おや、長谷部先生もご一緒でしたか。お二人で揃って、お買い物ですか?」
保護者として長谷部先生がついてくる。
そのことは千早に教えてあるから、彼女経由でこいつにも情報が伝わったのだろう。
「まぁね。水着を選んでくれるんだそうだ」
「津山くんが?」
驚く竹隈にミズノを示し、GENは肩をすくめた。
「違う、違う。カノジョが、だよ。紹介しておこう、琴川 千鶴。俺のカノジョだ」
ナチュラルに紹介され、慌ててミズノが頭を下げる。
「は、はじめまして。琴川です」
「失礼。僕のほうこそ、ご挨拶が遅れましたね。竹隈 甲斐と申します」
またしても仰々しい素振りで会釈をかました後、竹隈が穴の開くほどミズノを見つめてくる。
なんとなく落ち着かない気分になりながら、ミズノは首を傾けた。
「どうかして?」
「いえ、この世に貴女ほど、お美しい女性がいたことに驚きました」
とても十八歳の言葉とは思えないお世辞っぷりに、言われたミズノはポカーンとなる。
アドリブを忘れた先輩を横目に、ティーガが突っ込んだ。
「竹隈サン、それ、千早サンにも言ってんじゃないスか?」
すぐさま竹隈は眉間に皺を寄せ「失敬な!」と大声でティーガを叱咤する。
かと思えば今度はGENへ視線を向けて、クスリと口元に笑みを携えた。
「恋人に水着を選んでもらうだなんて……長谷部先生、意外と貴方は恥じらいのない方だったんですね?」
GENとて大人の男、一回り歳の違う子供に言われっぱなしで負けるようなタマではない。
「そうかい?」と肩をすくめて竹隈を見つめ返すと、嬉しそうにミズノの肩を抱き寄せた。
「来年には結婚する相手なんだ、俺のことは何でも知っていてもらいたいからね。だから頼んだんだよ、旅行に持っていく服の品定めを」
いくら咄嗟のアドリブとはいえ、やりすぎである。
かわいそうにミズノは真っ赤になって、GENの腕の中で硬直しているではないか。
ティーガはティーガで、やっぱりGENの唐突なアドリブには戸惑いを覚えたものの、急いで彼のフォローに回る。
「そうそう、婚約者になら水着を選んでもらったって、おかしかないですよね〜!竹隈さん、いくら琴川さんが綺麗だからって、エイさんに嫉妬するのは恥ずかしいッスよ」
「嫉妬だと!?君ィ、この僕が嫉妬などするとでも思っているのかィ?失敬だな、謝りたまえ!!」
途端にキーキーとヒステリックに喚ぎだす竹隈へ、へらっと笑顔を浮かべて一応はティーガも謝ってみせる。
「ごっめんなさぁ〜い。そうですよね、竹隈さんには千早さんがいるんだもん、嫉妬なんかするわきゃないッスよね!」
「き、君はホントにデリカシーのない男だなッ」
喜ぶかと思いきや、ヒステリーな勢いで吐き捨てると。
大きくゴホンと咳払いして、竹隈は場の雰囲気を取り繕う。
いや、取り繕おうと必死になって余裕の笑みを浮かべたつもりなんだろうが、口元はヒクヒクと痙攣していた。
「で、では長谷部先生。またお会いしましょう」
「あぁ。神無さんにも宜しく」
去っていく竹隈の背を眺め、ホッと溜息をついたのはGENばかりじゃない。
汗だくのフォローをかましたティーガも、安堵の溜息をついた。
「……も〜。GENさん、唐突すぎるんだもん」
ぶーっと口を尖らせる後輩に、GENはキョトンと目を丸くする。
「唐突って、なにが?」
「何がじゃないよ、いきなりの結婚宣言とかさァ。ねぇミズノさんだって困るよね?」
と、ミズノを促すと。
それまで硬直しっぱなしだった彼女にも、ようやく時間が戻ってきたようで。
「そ、そうよ!そうなのよ!もうっ、放して!!」
「あ、ご、ごめん」
やっと腕の中から解放されても、しばらくミズノは明後日のほうを向いたまま動かない。
こりゃあ、嫌われちゃったかな?なんてGENが思っていると、不意に彼女が振り向いた。
「と、とにかく!これ以上また誰かに見つからないうちに買い物を済ませちゃいましょ!」
顔を赤くしたまま急かしてくる彼女に押されるようにして、GENとティーガも早足になる。
「あ、じゃあ水着は君の選択に任せちゃってもいいかな?」
ついでとばかりにGENは気楽に提案してみたのだが、そのお願いは速攻で却下された。
「駄目!」
「なんで?」と尋ねてくるティーガへも目を合わせずに、ミズノが答える。
「だ、だってGENは結婚相手に選んで欲しいんでしょ?つまり、それって私じゃ駄目ってことじゃない」
さっきのアドリブのせいで、いらぬ誤解を生んでしまった模様だ。
「いや、あれは演技上の話で」
取り繕うGENの言葉へ被さるように、ティーガが陽気に言い放つ。
「じゃあ、俺が選んであげるね!GENさん、早く行こっ」
「な、なんでお前が!?」と泡食うGENの手を無理矢理引っ張って、ティーガは元気よくデパートへ駆けだした。

act9.組織  ギブ・アンド・テイク

皆に疑われているとはつゆ知らず、SHIMIZUは一つのビルへ入ってゆく。
黒真境出版。
黒真境ジャーナリズムを出している会社である。
よくある週刊誌の一冊だが、ここ数ヶ月、ずっと悪魔の特集を組んでいる。
だが悪魔の存在は、一部の者しか知らない――というのが定説のはずだ。
黒真境に住む多くの国民が、悪魔の存在を知らずに日々を生きている。
黒真境出版の連中は、何処で何を掴み、そしてどうやって悪魔を知ったのか?
SHIMIZUはそれを調べる為、上司にも内緒で単身、編集部を訪れた……というわけだ。
アポは取ってある。
自分の身分を明かし、編集長直々と面会のチャンスを取り付けた。
よく信じてくれたものだと思わなかった事もないが、恐らくは向こうも半信半疑なのだろう。
とりあえず話だけは聞いてやる。そんなつもりと見た。
送られてきた地図は大雑把で、ビルの場所を探し出すのに苦労はしたけれど。
そこから先は一本道、エレベーターへ乗り込んだ。
彼女を乗せた箱が五階に止まり、SHIMIZUは編集部のプレートがかかった扉をノックする。
ほどなくして扉は開き、無精髭を生やした汚らしい男が顔を出した。
「ハイ、クロ出版です。……宅急便ですかィ?」
「編集長は、いらっしゃるかしら?」
質問に質問で返すSHIMIZUを男は胡散臭げに眺めていたが、横から割り込んだ青年が彼女を歓迎した。
「ようこそいらっしゃいました!えぇと、エクソシストの志水さんですよね?」
パリッとした開襟シャツ。
軽く撫でつけた髪の毛といい、先ほどの無精髭とは比較にならない程の爽やかさをアピールしている。
男は編集部の榊と名乗り、SHIMIZUを応接間へ案内する。
応接間といっても、屏風を隔てただけのソファーと机が置いてあるスペースなのだが。
しばらくお待ち下さいと言われた五分後には編集長が現われ、お茶を勧められる。
編集長は野木と名乗る、ヒゲヅラの中年であった。
「志水英子さん……ですか。ご本名で?」
「さぁ、どうかしらね。ご想像のままに、お任せしますわ」
それよりも、と膝を進めてSHIMIZUは本題を切り出した。
「最近お宅の黒真境ジャーナリズムでは、悪魔特集をやっているじゃないの。どうして、また急に?」
ちら、と見上げて相手の顔色を伺うも、野木の様子に乱れは見えない。
そればかりか、口の端には余裕の笑みまで浮かべている。
「急に、とは?」
「急じゃありませんこと?だって去年までは悪魔のアの字も紙面に出ておりませんでしたのに」
黒真境ジャーナリズムは本来、黒真境で起きるニュースを取り扱っている週刊誌だ。
従って誌面は芸能ニュースや政治のニュース、スポーツなどが主となる。
それが、どうしたことか今年は何度も悪魔で特集を組み、国民へ喚起を呼びかけている。
悪魔の存在を知っているのは、エクソシストと一部の被害者ぐらいなはずなのに。
この編集部に情報を流している奴がいるとしか、考えられない。
SHIMIZUの強い視線を受けても、編集長の表情は変わらなかった。
「確かに昨年までは取り上げておりませんでしたがね。強力な情報網が手に入ったんですよ、それで」
「情報網?信頼できる筋、ということですか」
「まぁ、そんなところです」
編集長の手が煙草の箱に伸び、白い煙が、ふわぁっと室内を漂った。
「その人はエクソシスト?」
膝を進めて詰め寄ってくるSHIMIZUをチラリと一瞥し、野木は言葉を濁らせる。
少し苦笑するような、そんな笑みを口元に浮かべた。
「ま、そこはプライバシーの尊重ってやつで。お話しできませんがね」
黒真境出版は、そこらの三流与太雑誌を出している会社とは訳が違う。
それなりに優秀な経歴を持つ、有名出版社だ。
いい加減な情報源や匿名による情報提供では、読者は勿論、編集部も信頼すまい。
確たるソース、それもかなり現場に近い人間の情報があるからこそ特集記事まで組んだのだろう。
編集長は情報提供者の名前を知っている。
いや、名前だけじゃない。身元の確認も出来ているはずだ。
それでいて提供者名を明かさないのは、相手のプライバシーを守るばかりではない。
SHIMIZUを完全に信頼していない証拠でもある。
少し考え、彼女は話の切り口を変えることにした。
「この写真ですけれど……」
懐から取り出したのは、一枚の望遠写真。
かなり鮮度が悪く、暗い路地を写したもので、目を凝らせば人影を二つ確認できるだろう。
「この写真が何か?」と尋ねかける野木を制し、写る人影の一つを指さした。
「この男、デヴィット=ボーンですわね?」
ずばりそのものな名前を出して、様子を伺ってみると。
ほんのわずかだが、野木の眉毛がピクリと神経質に跳ね上がった。
「デヴィット=ボーン……さて、聞いたことのない名前ですが」
そう言いながらも、煙草を持つ指が震えている。
「では、どうしてこの写真を特集記事に載せましたの?」
SHIMIZUの、この問いには予め答えを用意していたかして、野木の顔に余裕が戻る。
「そこで倒れている人影、それ、うちの編集部の人間なんですよ」
夜道に伏せている人影を指す。
「今は病院のベッドの上で腹を縫ってもらっていますがね」
「お腹を?」
「悪魔にやられた、と本人は言っていました」
「悪魔に……」
誰かに腹を切り裂かれて倒れたとして、何故彼は悪魔というワードを知ったのか?
SHIMIZUの思考は、またしても一番最初のふりだしに戻る。
情報提供者のおかげだと野木は言っているが、この写真が撮られたのは、その前か、その後か?
それが問題だ。
やらせ――そんな可能性も、SHIMIZUの脳裏を横切った。
すぐに馬鹿なと彼女は否定する。
例えヤラセにしても、デヴィットと手を組む必然性が見つからない。
エクソシストと敵対している組織ならともかく、黒真境出版は一般市民の作った雑誌社だ。
エクソシストと敵対するメリットが見つからない。
そもそも、この写真は誰が撮ったのだ?
SHIMIZUが問うと、野木はあっさり種を明かした。
「情報提供者ですよ。その写真が送られてきたからこそ、我々は話を聞こうという気になったんです」
「編集部の人間がやられて……その話とも一致するから?誰なんです、その提供者は」
「ですから、言えません、と言っているではありませんか」
このままでは堂々巡りで、話が進まない。
こちらも多少、手の内を明かす必要がある。
「デヴィットの名前を教えてくれたのも、その情報提供者ですか……しかし」
SHIMIZUはそこで一旦言葉を切り、じっと編集長を見つめると。
野木も挑戦的な目を返してきた。
「しかし?」
「彼の名を知る者は、彼と敵対するか手を組むものの二択。いいのですか?もし情報の提供者がデヴィットと同じ志を持つ者であったとなれば、黒真境出版の名前にも傷がつくのではありませんか」
編集長は黙っている。
黙ったまま灰皿に煙草をぎゅっと押しつけて、揉み消した。
「……それは脅しですか?脅迫とも取れる」
「どう取っていただいても構いませんわ」
あえて突き放し、SHIMIZUは視線を窓へ逃がす。
「ただ、私達エクソシストは政府の人間とも連絡が取れる。密告すれば、編集部の一つや二つ、簡単に取りつぶしができますでしょうね」
「デヴィット=ボーンの名前は」
急ぎ、付け足すような早口で野木が言い返してきた。
「どこにも公表しておりません。その写真も悪魔の手先か?とは書きましたが、名前は何処にも」
「そう、記事の何処にも名前は出ておりませんわねぇ。でも」
SHIMIZUの唇が薄い笑いを形作る。
「今までの会話……録音されていなかったとでも、思っていらっしゃいますの?」
「……しまった、録音機……!」
ガタッと派手に椅子を鳴らして立ち上がりかけた編集長を手で制し、尚も彼女は続けた。
「私、今日ここへ来ることを上司にも知らせてありましてよ。私の身に何か起これば、必ずここが怪しまれますわねぇ」
憎々しげに睨みつける目とSHIMIZUの目が重なり合ったのも、つかの間で。
小さく溜息をついて、緩く首を振った野木は、すぐに降参の体を示した。
「……あなたの目的は、何ですか?情報提供者を知って、どうしようっていうんです」
「悪魔の情報は、まだ公開段階にありません。今の段階で世間を騒がすのは政府の望む形ではないということを、貴方にお伝えしたかっただけ」
「警察に、引き出すんですか?」
「誰を?」
「その、情報を提出してくれた人をですよ。あと我々も」
クスッと微笑み、SHIMIZUはポケットに手を入れる。
「あなた方の罪?何か罪に問われるようなことをしていらっしゃるのかしら。忠告をしにきただけだと、たった今、申し上げたばかりではありませんか。ただ……そうですね、情報提供者のほうは、若干拘束されるかもしれません。えぇ、二、三、質問を受けたら、すぐ釈放されると思いますけれど」
最後に財布から一枚のカードを取り出し、野木へ差し出した。
「これ、私の身分証明書……えぇ、所謂社員カードと呼ばれる物ですわね」
受け取り、野木は隅から隅までカードを眺めた。
名前欄は『SHIMIZU』となっている。コードネームか何かだろうか。
続いて性別は女、年齢は二十六歳。
最後に会社の名前を口の中で読み上げた時には、野木はすっかり顔面蒼白になっていた。
「ほ、本物……本物だったんですね」
「私、一度も偽者だと名乗ったことはありませんでしてよ」
SHIMIZUは微笑んでカードを受け取ると、財布へしまい直す。
「……さ、教えていただけますわね?情報提供者の名前、そして現住所を」
嘘がばれる前に、全てを聞き出さなくてはいけない。
録音機も盗聴器も持ってきていない。
上司に行き先を教えたというのも嘘なら、野木に言った政府と連絡が取れるというのも嘘八百。
エクソシストは非合法組織。政府に認められた職業ではない。
だが野木が、まんまと騙されたのは当然だ。
エクソシストは一般に知られざる職業なのだから……