Devil Master Limited

ランスロットの穏和な日常 - 4.二人の愛

ランスロットはエイジに愛を叫び、エイジもランスロットへ愛を語った。
依頼を通して、二人は晴れて恋人同士となったのだ。
――だというのに。
依頼を終えても二人の日常は全く変わらず、寝床は別々のままだ。
これでは、よくない。
何がって、己の精神ストレスがだ。
今日という今日こそは、新婚生活をスタートしたい。
結婚式すらあげていないというのに、すっかり若妻気取りのランスロットはエイジの部屋をノックした。
『エイジ様、いらっしゃいますか?お話があります』
読みかけの書物を机に置き、エイジは戸を開いてやる。
あれ以来これといって忙しい仕事もなく、会社は定時に帰宅できるし、読みたかった本を読む時間も出来た。
たまに外出しても、帰宅後ランスロットがあれこれしつこく詮索してくる事もなくなり、エイジの生活は向上したように思える。
ただ一つ、問題をあげるとすれば。
我が遣い魔が、日に日に元気を失っていく点だ。
戦いが好きな遣い魔ではないから、依頼が少ないのはランスロットにとっても嬉しいはずなのだが……
『エイジ様、お忙しいところ申し訳ありません。ですが、どうしてもエイジ様のお耳に入れておきたい事項が、ございまして』
やけに畏まっている。
何年も一緒に暮らして気安い間柄だというのに、今日は一体どうしたのか。
「いや、構わない。それで、話とは?」
悪魔を招き入れてやりベッドへ腰掛けるように促すと、ランスロットは手をひいてエイジも自分の隣に座らせた。
『エイジ様、この間の依頼で私達は恋人同士となりました』
いきなり予想外の話題を切り出されてエイジが目を丸くしている間にも、ランスロットの独白は続く。
『だというのに、我々は一度として恋人らしい行為の一つもしておりません。これは由々しき事態だと私は考えます』
「こ、恋人らしい行為……?お前が言うと、違和感があるな」
エイジは視線を逸らして、あからさまに動揺している。
さもあらん。少しでも卑猥な方面の話題を、これまで全面シャットアウトさせてきたのは他ならぬランスロット本人なのだから。
だが、そんな過去の自分など遠くにうっちゃりして、ランスロットは畳み込む。
『私に、このような台詞を言わせているのはエイジ様ではありませんかッ。エイジ様は、本当に私を愛してくれているのですか?』
「それは……もちろん」
視線を外したまま言われても、説得力というものがない。
『では、エイジ様、証拠を見せて下さい』
「証拠?」
『そうです。私を愛しているのであれば、キスぐらい楽勝ですよね』
ぐっと肩を掴んで引き寄せてみたら、エイジは酷く狼狽して逃げだそうとしたが、そこは逃がすランスロットではない。
圧倒的腕力の差でご主人様をベッドに押し倒すと、上にのしかかる。
どちらが主人だか判らない状況に、エイジの声も裏返った。
「キスが楽勝なわけあるかっ!こうして、お前と密着しているだけでも恥ずかしいというのに……」
見下ろしてみれば、視線は泳いでいるわ頬は赤く染まっているわで、ランスロットはゴクリと唾を飲む。
愛を互いに打ち明けた今でも、エイジはテレ屋でシャイを貫いている。
恥ずかしがるご主人様は可愛いのだが、ここで終わらせてしまっては、いつまで経っても先の展開に踏み込めない。
『ですが、淫夢の中ではキスしていたじゃありませんか。偽者の私と』
「あ、あれは……俺が妄想したわけではない」
『クィーンリリスが見せた幻だとでも?しかし、パーミリオンは断言しました。あの偽者はエイジ様が創造した産物だと』
ぐっと兜面を近づけたら、エイジは体を揺すって抵抗を始める。
暴れたって無駄だ。
エイジを壊さないよう力加減しているとはいえ、逃がしてやるほどには緩い拘束でもない。
「パーミリオンが何を言ったのかは知らんが、きっかけは向こうが仕掛けてきたんだ!」
『きっかけ、とは?』
「そ、その……き、キスや、その他諸々の行為を……それに、気づいた時点で既に偽者が側にいた。俺が創造したんじゃない」
あくまでもパーミリオンの解釈は予想でしかないから、実際に誰が偽者を創造したのかは不明だ。
だが、そこは大して問題ではない。
問題は、エイジに性行為の知識があるか否かである。
もし偽者を創造したのがエイジ本人であれば、あるということになるが――
「俺は、されるがままになっていた。どうすればいいのか判らなくて」
完全に顔を横に向けて、額に汗を光らせたエイジが弁解する。
夢の様子を思い出したのか真っ赤に染まった頬が、ますます赤みを増してくる。
恐らく彼の言うことは本音であり、性行為の知識はランスロットが予想するより遥かに少ないのだ。
『――ではエイジ様、質問を変えましょう。エイジ様は未来のビジョン、どれほど見えておりますか?』
ほんの少々語気を和らげたら、エイジもホッとした様子で視線をランスロットへ向け直す。
「未来のビジョン……つまり、俺とお前の未来か?それは勿論、見えている。俺とお前の二人は永遠に、俺が死ぬまで一緒に暮らす。今と同じように」
『具体的には?』
「具体的?いや、だから今までと同じように」
『何事もなく?ベッドは別々で眠り、休日は本を読んですごすおつもりですか?私を何処かへ連れて行ったりもせず?』
再び遣い魔の語気があらぶってきたと知り、エイジは怯えた目で答えた。
「どこかへ行きたいのか?希望があるのなら、連れていくが……」
不意にエイジを押さえつけていた手を離すと、ランスロットは兜を脱ぐ。
続けてベッドを飛び降りると鎧も外し、上はシャツ、下はジーンズとラフな恰好になってから、再びご主人様の上に跨った。
唐突な脱衣行動にはエイジもポカンとしてしまい、おかげでうっかり逃げそびれる。
我に返ったのは、ぐっと素顔を近づけられた時だ。
「らっ、ランスロット!顔が近いっ」
騒ぐエイジをあえて無視して、ランスロットは自分の想いをぶちまける。
鈍感なご主人様でも判るよう、わざと直接的な物言いで。
『私はもっと、エイジ様と色々な事がしたいです。昔みたいに、お風呂やベッドを共にしたり、お食事をあ〜んしてあげたいです。それに淫夢の私ではなく、本物の私にキスしたりセックスしたりしてください、エイジ様!』
「キッ……ッ……ッ!?」
声を詰まらせ顔を引きつらせるエイジの両頬を手で挟むと、間髪入れずにランスロットはエイジの唇に己の唇を押し当てる。
「……ッッ」
びくん、と手の中のエイジが痙攣し、抵抗を止めた。
柔らかい唇だ。頬も、すべすべして手触りが良い。
男とは思えないほど肌が白くて、きめ細かい。
半開きになったエイジの口の中へ、ランスロットは舌を滑り込ませる。
歯の裏、舌と舐めてやり、唾液をすする。
頬を挟み込んでいた手を一本、首筋、腕と下げていき、ズボンの膨らみに、そっと触れると。
「ん……っふ、う……」
エイジが小さく身じろぎしたので、唇を開放してやった。
「あ……」
ランスロットの唇を伝った涎がエイジの服に、ぽたぽたと染みを作る。
それにも気づかないのか、ぼうっとした表情でエイジは己が遣い魔を見上げた。
『エイジ様、如何です。偽者と本物のキスでは、どちらが気持ちようございましたか』
「そ、そんなの、聞かずとも、判るだろう……」
顔を背けようとするエイジにのし掛かり、再びキスしてやる。
エイジは今度も逆らわず、ランスロットの愛撫――片手の動きに身を任せた。
唇を離した途端、「んっ、ぁ、ぅうんっ」と可愛い喘ぎがエイジの口から漏れ、彼は羞恥に口元を押さえる。
ランスロットは微笑みかけると、恥ずかしがるご主人様を優しく抱きしめた。
『エイジ様、可愛らしゅうございますよ』
――もう、ここまで無我夢中であった。
エイジに自分からキスするなど、本来のランスロットでは考えられもしなかった大胆な行動だ。
だが、エイジに出来ないのであれば自分がするしかない。
いつかエイジが自分から進んで出来るようになるまで、何度でも自分が体に教え込んでやらねば。
「可愛いなんて言うな、ばか……」
ぽつりと呟き、それでもエイジはランスロットの胸に顔をすり寄せてくる。
瞳を閉じ、じっと抱きついた。
「ランスロット、すまない」
そのまま寝てしまうのかと思いきや、小さく謝ってくるものだから。
ランスロットも首を傾げて聞き返す。
『何がですか?』
「俺の、意気地がないばかりに、お前にばかり手間をかけさせてしまって……だが、いつか俺から出来るようになるから……それまで、待っていてほしい」
ちら、と甘えた目でエイジに見つめられて、ランスロットの心臓は最大限に高鳴った。
このご主人様ときたら、無自覚に可愛さを爆発させてくるから困りものだ。
『当然ですとも、勿論ですとも。私はエイジ様の盾にして剣、そして恋人にして女房ですからね!いくらでも、お待ちいたします』
ぎゅうっと抱きしめているうちに、腕の中からは寝息が聞こえてきた。
いいですとも、いくらでも待ちましょう。
悪魔の寿命は長い。人間のエイジよりも、ずっと。
自分を押し倒してくれる男らしいエイジを脳裏に描きながら、いつしかランスロットも眠りに落ちていった。

END