Devil Master Limited

ランスロットの穏和な日常 - 1.今後とも宜しく、ご主人様

エクソシストが悪魔への恨みを戦いの起源とするように、悪魔遣いにも悪魔と契約する為の理由がある。人それぞれに。
エイジの場合は親への反発心と降霊会への好奇心。
それと、生まれついての霊力の高さもあったろう。
彼の家は裕福で、人生にも両親の用意したレールが生まれる前から敷かれていた。
優秀な学校へ入り、優秀な官僚となって、綺麗なお嫁さんを貰う為の道のりが。
それが嫌で嫌で、十にもならぬ内に家を飛び出した。
十歳になったある日、街で占い師の老婆に呼び止められ「坊やには悪魔遣いの素質があるよ」と告げられたのだ。
手を引かれるままに降霊会へつれていかれたエイジは、そこで悪魔遣いの洗礼を受けた。
表を裏にした数枚の札が置かれ、好きな札を引けと命じられる。
その札に書かれた悪魔が、自分の遣い魔になるという。
どんな悪魔と契約を結べるのかは、運次第だ。
強い悪魔が出る事もあれば、その逆も然り。
エイジは食い入るように札を眺め、えいやっとばかりに狙いの一枚をひっくり返した。
その札に描かれていたのは凛々しい騎士。
全身を鎧甲冑で固め、重たそうな槍を構える姿を見て、少年は期待に胸を高鳴らせた。

その者の名は、ランスロット。
エイジが見守る中、先輩の悪魔遣い達が召喚呪文を詠唱し、やがて魔法陣には一体の影が現れる。
札と同様、鎧甲冑に身を固めた悪魔の姿が――


魔界と、その世界は繋がっていた。
とはいえ、好きな時に行き来できるとは限らない。
人間側では悪魔を自由に呼び出せるが、その逆は無理だ。
悪魔は誰もが皆、次元を移動できるわけではない。
魔術を使えたり次元移動ができるのは、ほんの一握りの種だけで、あとは、せいぜい攻撃力が人間よりも数段高い程度の生き物である。
ランスロットは、その一握りの種族に生まれていた。
だが本人は人間の世界に興味など、これっぽっちも持っていなく、興味は魔界に生えた植物や小動物達へばかり向けられていた。
ランスロットは、とても穏やかな性格の悪魔だったのだ。
鎧甲冑な外見とは裏腹に。
今日も、ランスロットは花や鳥と戯れていた。
そんな時だった、人間界へ強制召喚されたのは。
召喚に拒否権はない。
悪魔は有無を言わさず呼び出される。
そして、契約にノーと首を振る権利も与えられていない。
悪魔は悪魔遣いにとって、あくまでも仕事で使う道具でしかない。
対等な立場ではないのだ。
人間とは、いかに身勝手な生き物か。
だが多くの悪魔は、それをヨシとしていた。
途中経過や状況が何であれ人間界へ移動するには、それしか方法がなかったのだから。

『きゃああーーーーッ!?』と悪魔にしては甲高い悲鳴をあげて、鎧甲冑が魔法陣の中でへたり込む。
悪魔遣いが言葉を発するよりも早く、そいつは早口に『何なんですか、何なんですか、あなた達は!』と喚き始めた。
『私を、こんな処に呼び出して!何をするつもりなんですか、お願い、早く魔界へ帰して!!』
そう言って、身を震わせる。
口元――とおぼしき場所には両拳を当てて。
怯えているんだろうが、ちっとも同情心を抱かせないのは鎧甲冑が厳ついせいだろう。
「第三階級悪魔のランスロットよ、落ち着け。落ち着いて我等の話を聞くのだ。お前を呼び出したのは我々だ。新たに誕生した悪魔遣いとの契約を結ぶために」
悪魔遣いの長が厳粛に話しかけるも、ランスロットは激しく拒絶。
槍を水平に構えて威嚇しながら、全員の顔を睨みつけた。
『何を訳のわからない話をゴチャゴチャと!私を煙にまこうとしたって、そうは上手くいくものですか!一歩でも近寄ったら、あなた達を殺して私も死にますッ』
たかが召喚された程度で、これほどまでに敵意を示す悪魔も珍しい。
大抵の悪魔は状況を把握できずにボーッとしているか、或いは自分に有利な契約条件を出してくるというのに。
槍を向けられ悪魔遣い達も動揺するが、先ほどの長が牽制した。
「よせ!我等を敵に回しても、お主に利など一分もないぞ」
『いやぁぁぁっ、近寄らないで!』
槍をブンブン振り回されては、長も慌てて後ろへ飛び退くしかない。
「ランスロット、落ち着いて!」と若い声が割って入り、悪魔遣い達の後ろから飛び出した。
悪魔遣いの一人が「危ないぞ、近づくなエイジ!」と制したが、構わずエイジはランスロットの側へ駆け寄ると、カタカタと震える鎧甲冑の側面を撫でて優しく話しかける。
「ごめん、急に呼び出されて驚いてしまったんだよね?でも、大丈夫だよ。ここには君を傷つけようと思っている人なんて、一人もいないから」
鎧甲冑は呆然と少年を見下ろしている。
鎧を見上げ、エイジは軽く会釈した。
「僕はエイジ、エイジ=ストロン。君と契約を結びたいと思っている、新しい悪魔遣いだ。契約って、わかる?ずっと、ずっと一緒にいるって意味なんだけど」
あながち間違った説明ではない。
何かの拍子で悪魔が魔界へ強制送還されたりしない限り、契約は悪魔遣いに死が訪れるまで永遠に続くのだから。
ぽ〜っとエイジを見つめていたランスロットが、槍を下げた。
『悪魔遣い?あなたが……?すると、ここは人間界?悪魔遣いのミサですか?』
悪魔遣いが何なのか、降霊会が何なのかぐらいは、世論に疎いランスロットでも知っている。
人間界への興味や情報は、他の悪魔達が絶えず囁いていたので。
「そうだ」と答えたのはエイジではなく、先ほどの長。
「我等が新しき同朋エイジは、今宵洗礼を受けて悪魔遣いとなった。お前は裁きの札によりエイジに選ばれたのだ、遣い魔として。契約を結ぶにあたり、多少の我が儘は」
またしてもランスロットは長の話を途中で聞き流し、エイジの側へ跪く。
『あなた……おいくつ?』
えっと驚いた顔を見せるが、すぐにエイジは答えた。
「十、だよ」
たった十年しか生きていない人間の子供を、ランスロットはマジマジと眺めた。
周りの悪魔遣いと比べて、すごく小さい。
ちっちゃくて、可愛い。肩や頭の上に乗せて、連れ回したい。
それに、可愛いのは背丈だけじゃない。顔もだ。
くりっとした緑の瞳は穏和な光を携えている。
この少年なら、自分に危害は加えまい。
小鳥や花のように、無害な生き物に違いない。
『そう……十歳』
「僕が若すぎて、不安になった……?」
『いいえ』と首を真横に振ると鎧甲冑は立ち上がり、兜を脱いで優雅に会釈した。
『契約をお受け致しましょう、若き悪魔遣いのエイジ様。我が名はランスロット。あなたを守る盾となり、あなたの為に戦う剣となりましょう』
今度はエイジがポ〜ッとなる番で。
兜の下から表れた顔を、赤くなって見つめる。
『いかがなさいましたか?エイジ様』と本人に首を傾げられ、慌ててエイジは言い繕った。
「あ、えっと、その……ランスロットって女の人、だったんだね。名前が男らしいから、僕、ずっと声の高い男の人かと……ごめんなさいっ」
兜の下から表れたのは、青緑に染まった髪をポニーテールに結んだ美しい女性であった。
凛と整った顔を見ているだけで、知らず心拍数が早くなってしまう。
どんな悪魔が出てくるのかと期待していた時のドキドキとは異なる。
胸が熱くなり、頬も紅潮した。
少年の動揺を何と思ったか、長が会話に横入りしてきた。
「違うぞ、エイジよ。ランスロットに性別はない」
「えっ?」と驚いて振り向くエイジへ、悪魔本人も口添えする。
『私は――無なのでございます、エイジ様』
「無って?でもランスロットは、そこにいるじゃない」
首を傾げるご主人様に、重ねて説明した。
『男でも女でもなく、また、生き物と呼ぶにも不完全な幽気体なのですよ。魔界にいる時の私は人の形を取っておりませぬ。ふわふわと、空を漂う霧のようなもの。それが私でございます』
それでは不便だから、鎧甲冑の中に入っているのだと言う。
こうやって人の姿に変身したのは、エイジへ挨拶する為だ。
霧のままでは不気味に思われてしまうだろうから。
今回は、たまたま女の姿を選んだけど、本来はどちらにも変身できる。
男にも、女にも。
そういった解説を受けて、ようやくエイジも納得した。
「じゃあ、こちらではずっと人の姿で通すの?」
『はい』
「なら一緒に御飯を食べたり、お風呂に入ったりもできる……?」
『はい』と頷いてから言われた言葉を反芻して、ランスロットは、たちまち赤く染まったかと思うと、ずさっと飛び退る。
『お、お風呂でございますかッ!? エイジ様と、私めが一緒のお風呂に!?』
「あっ、いや、そのっ、た、例え!例えばの話だから!」
エイジも汗だくで弁解し、ぽつんと後から付け足した。
「……で、でもランスロットが嫌じゃないなら、一緒に入ってくれると嬉しいな」
悪魔遣いの洗礼を受けたとはいえ、まだ十歳になったばかりの子供だ。
親離れも、ろくに済んでいないうちに家出してしまった。
エイジは自分の母親とランスロットを、重ねて見ているのかもしれない。

――と悪魔遣いの長は判断したのだが、ランスロットの解釈は、少々異なっていたようで。
ランスロットは翌日から、甲斐甲斐しくご主人様の身の回りの世話を一手に引き受けるようになった。
母親というよりは、同居中の恋人が如き距離感で。